幕間-勇者、堕つ
三人称視点の話となります。
パーティを解散したルノアールは、以降、一人で依頼を受けていた。
薬を飲み、向上した力で魔物を切る。
その力は凄まじく。Bクラスの依頼であれば、一人でも、問題無く依頼をこなすことができていた。
しかし、一人で依頼を受けると言うことは、全ての負担が自分にかかるということであり。
依頼をこなす程、薬の服用量は増えていく。
そして、飲めば飲むほど、ルノアールの精神は壊れていった。
その様子が、あまりに奇怪で。いつしか、ルノアールに近づく者は居なくなっていた。
ただ、二人を除いて。
一人はライデン。ルノアールの幼馴染みであり、最も長い時を共に過ごした友。
一人はナターシャ。勇者を補佐することを役割とする者。
二人はルノアールに、薬の服用を止めさせようとしたが、叶わなかった。
彼らは考えた。ルノアールを止めることはできない。ならば、薬をルノアールに渡す、謎の商人をどうにかしなければならないと。
商人がどこの店の者か、二人は知らなかった。
ゆえに、彼らは。ルノアールと商人が面会している場に乗り込んだ。
ルノアールの後をつけ、とある食事処の、とある個室へと踏み込む。
「――ライデン、それにナターシャ。……何の用だ?」
ルノアールが乱入者へと視線を向ける。その目はかつての仲間へと向けるものではない、冷たい目をしていた。
「……用があるのはそっちの商人だ」
ルノアールの視線に怯みつつも、ライデンが答える。指差した先に座る小太りな男は、こんな状況でも冷静に、笑みをたたえていた。
「私に用ですか? 何か入用であれば、何でもご用意いたしますよ」
「あの薬について説明してください」
「あの薬、と言いますと……あぁ、勇者様にお渡しした薬のことでしょうか。あれが欲しいのでしたら――」
「あれは、何なんですか!? 飲むだけで力が得られる薬など、存在するはずがない!」
ナターシャが強い口調で商人の言葉を遮る。しかし、商人は全く動じた様子を見せなかった。
「……何、と申されましても。私共の開発した秘密の薬ですので、詳細は申せませんな」
白々しく語る商人。このままでは埒が明かないと、ライデンが一歩踏み出そうとした時だった。
突如、黒い靄が商人の横に出現した。
突然の現象に、ライデンは動きを止め、ナターシャは口を噤んだ。
皆が静かに見つめる中、靄の中から出てきたのは一見、人に見えた。が、その頭部を見た瞬間、ライデンとナターシャに緊張が走る。
髪が一切無い、その頭部には。魔族たる証である、一本の角が生えていた。
「メルスピリウスとキルクライがやられちまったよ」
「そうか、目的は?」
「達成できてねぇ」
魔族が商人へと話しかける。商人もまた、何事も無いかのように、答える。
その光景にライデンとナターシャは困惑した。
なぜ、商人が魔族と、親しげに話しているのか。商人は魔族と繋がっていたのだろうか。
様々な疑惑が生じる中、声を上げたのはルノアールだった。
「魔族め。こんな所に現れるとは運が悪いな。今ここで私が討伐してくれる!」
宣言と共に立ち上がり、ルノアールは薬を飲んだ。その言動には、商人と魔族の関係を疑う様子は見られない。
ただ魔族だけを見据え、ルノアールが飛びかかった。
しかし、ルノアールが魔族に掴みかかる直前、黒い靄が魔族とルノアールの間に生じた。
ルノアールは勢いのまま、その靄へと飛び込み。個室の入口に、同じく出現していたもう一つの靄から飛び出した。
それは、空間の移動。スキンヘッドの魔族の固有スキルである。彼は黒い靄を通じて、別の場所へと空間を繋ぐことができるのであった。
「今、取り込んでるから、後にしてくれる?」
魔族がルノアールへと告げる。ルノアールのことなど、全く相手にしていないという、その態度に。ルノアールは激昂した。
「――ふざけるなっ!」
魔族へと再度、飛びかかり。靄によって距離を離される。また飛びかかり、そして離される。
何度か繰り返した所でルノアールは業を煮やした。
更なる力を得ようと、薬をもう一本取り出して、飲む。力が湧き上がってくるのをルノアールは感じた。
「これで貴様など、こ、あっ――がっ」
そのまま一歩、踏み出そうとした所で。突然、胸を抑えて苦しみ出し、ルノアールが倒れ込んだ。
「ルノアール!」
「大丈夫ですか!?」
その異常な様子に。ナターシャとライデンがルノアールに駆け寄る。
二人が見ている前で、ルノアールが変貌していく。
「ふふ、ふはははは。ようやくか」
「あれ? これって俺のせい?」
「いや、お手柄だよ」
商人が高らかに笑い、隣に立つ魔族へと話しかける。
皆が見守る中、ルノアールの変貌は進み。やがて、苦しみが収まり、立ち上がったルノアールの額には、太く、黒い、角が生えていた。
「ルノアール様……」
「な! その角、お前――」
「気分が良い。非常に気分が良いよ」
ライデンとナターシャが驚愕する中、ルノアールが静かに呟く。それを見て、商人がさらに笑った。
「完成だ! 心を壊さずに眷属化させるのには随分苦労したが、これで勇者は魔族となった」
眷属化。それは商人に扮していた魔族が持つ固有スキルであり、対象を自分の眷属とすることができる。彼はこの力を薬に込めることで、徐々にルノアールの心を取り込んでいた。
商人扮する魔族が立ち上がり、ルノアールへと近寄る。そして、未だ呆然としているライデンとナターシャに話しかけた。
「君達も祝ってくれたまえ。勇者の固有スキルを持った、最強の魔族が今、誕生したのだよ!」
勇者の固有スキル――起死回生。その昔、王国を救った救世主が持っていたスキル。逆境において通常以上の力を発揮する、そのスキルを持った、たった一人の勇者により。過去、魔族は人族に大敗を喫していた。
時が過ぎ、同じスキルを持って生まれ、勇者と祭り上げられた青年は、今魔族へと堕ちた。
「さあ、最後に我々もひと暴れしようではないか。先に逝った二人の弔いをしに行こう。繋いでくれ」
スキンヘッドの魔族へと告げる。言葉を掛けられた魔族はライデンとナターシャを一瞥した。
「こいつら、どうすんの?」
「せっかくだ。元仲間が、国を滅ぼす所を間近に見てもらおうではないか」
「はいよ」
その言葉を合図に、黒い靄が生じる。靄は部屋全体に広がると、そこにいる全ての人を飲み込んだ。
数秒後、靄が消えた後には何も残らず。
舞台は王都へと移る。




