36 近衛師団の戦い
三人称視点の話となります。
(――何とか、もったか)
黒ずくめの魔族を迎撃していた騎士と魔術師。それらをまとめていたカシムは内心で安堵した。
やってきたミリアムとイグルスに期待の眼差しを送る。
「剣じゃなかったら何なんだよ」
「魔力の塊だよ。だから、魔術にぶつけて相殺できている」
「ほー、なるほどね。で、その剣もどきを沢山携えたあいつと、どう戦えばいいんだ?」
魔力を可視化することができるミリアムが一目見て、剣の正体を看破する。その固有スキルを知らないカシムは、ミリアムの状況判断の速さに瞠目した。
これはいけるか、と勢いづく。
「そうだね……シンプルに行こう。あんたが囮になって、私が相殺できない程の火力で魔術を放つ」
「……それ、俺も危なくねぇか?」
「安心して、骨は残ると思う。拾ってあげるわ」
「そんなん認められるか!」
二人のやり取りを聞いて。本当に大丈夫なのだろうかと、一気にカシムは不安になった。
しかし、彼に迷っている余裕は無い。自分達は追い込まれていたのだ。
ここで、二人が魔族に負けたら、王城内に攻め込まれる。
「近衛師団の両名。私はカシムだ。奴の剣はこちらの障壁を貫き、上級魔術でも傷を負わせることができなかったぞ」
少しでも有利になるよう、カシムは自分が持っている情報を共有した。
その内容に、ミリアムが渋い顔をする。
「近衛師団のミリアムです。上級魔術でも貫通できないですか。厄介ですね」
「近衛師団のイグルスだ。じゃあ、どうすりゃいいんだ?」
お互い、手短に挨拶する。その後の、イグルスの疑問はミリアムへと向けられていた。
「そうだね。一つ目、あいつの魔力が切れるまでとにかく魔術を撃ちまくる。二つ目、いい感じに牽制する間に、いい感じに接近して斬る」
さあ、どっちがいい。とミリアムは締めくくった。
それは作戦と呼べるものではない、酷いものだった。カシムは思わず怒鳴りたくなったが、寸前で、イグルスを見て思いとどまった。
「なるほどな。それじゃあ、とりあえず俺らで二つ目をやってみっか。それで駄目なら一つ目に移行ってことで」
イグルスは薄く笑っていた。
そして、ミリアムの提案を当たり前のように受け入れる。こんな適当な内容なのに。何故だ。
訳が分からない。
二人のやり取りに薄ら寒いものをカシムは感じていた。
「カシム隊長、それでも構わないですか?」
「あ、ああ。分かった」
「オーケー、じゃあそれで。合図はどうする?」
「私が魔術を放ったら、魔術師団の牽制を止めて貰ってもいいですか? 後は、あんたが好きなタイミングで飛び込みな」
「う、うむ」
「りょーかい」
あれよあれよという間に段取りが決まる。本当にこれで大丈夫なのか。カシムには疑問でしか無かった。
だが、こうなったらやるしか無い。近衛師団の力を信じよう。
そう思い、事の推移を見守る。
ミリアムが集中する。詠唱を唱え始めた。
イグルスもまた、槍を手に持ち、精神を集中させる。
二人の雰囲気が一瞬で変わり、カシムが目を見張る。
やがて、ミリアムが小さく呟いた。
「ジャッジメントレイ」
魔術が発動し、遥か上空に魔力の塊が生まれる。それは大気を歪め太陽光を吸収し始めた。
塊の真下に影ができる。
影に気づき、魔族が上を向く。上空にあるそれに気づいた時には、既に溜めは完了していた。
ミリアムが腕を振り下ろした。
「裁きの光に焼かれなさい」
光の柱が魔族へと降り注ぎ。同時にイグルスが魔族の元へと飛び込んだ。
魔族は自身の周囲を回る剣を操り、傘を差すように上空へ展開した。
光の柱を剣の傘が受ける。
魔力の塊である剣は、光に触れた先から蒸発していく。
強力なミリアムの一撃がどんどん剣を削っていく。
が、しかし。魔族へと至る一撃とはならず。光の奔流が消えてもなお、僅かばかりの剣が残っていた。
ミリアムの魔術が完全に消滅した瞬間、間髪入れずイグルスが飛び込んだ。
右半身を引き、半身に構えた状態から、槍を突き出す。
飛び込みの勢いと合わさり、目にも止まらぬ速さとなって、魔族を貫こうとした。
魔族は体を捻りながら、手に持っていた剣を立て。槍の軌道を逸らそうとする。
槍は僅かに逸れるも、躱しきれず。魔族の左肩へと突立った。
「ぬっ」
小さな呻き声と共に、魔族がバランスを崩す。
好機とばかりに追撃をかけようとしたイグルスは、しかし、直前で体を引いた。
瞬間、さきほどまで自身がいた場所に二本の剣が突き刺さる。
魔族が上空に展開していた剣を飛ばしたのだ。
更に飛来する剣をイグルスが槍で弾く。
既に魔族は体勢を立て直していた。
逆にイグルスを追い詰めようと、次々と剣を投擲する。が、その剣の悉くが、空中で雷撃を浴び爆散した。
それを見た魔族が即座に飛び退く。下がり際に剣を振るい、自身に飛んできた雷撃を切り払った。
「貴様……見えているのか?」
距離を取った魔族が言葉を放った。その視線の先には、雷撃の魔術を放ったミリアムがいた。
「見えているって何がだい?」
対するミリアムは気だるげに魔族へと聞き返す。
「……よもや、貴様らのような強者が、残っていようとは」
魔族はミリアムの問いには答えず、更に発言を続ける。会話が成り立たず、肩をすくめるミリアム。
魔族が剣を生み出す。再び、自身の周囲を剣が周りだした。
「『剣戟』のキルクライ。そこを通してもらうぞ」
魔族、キルクライが名乗りをあげた。イグルスが槍を構えながら、ミリアムを振り返る。
目が合ったミリアムが顎をしゃくった。
それを見たイグルスが頷き、キルクライへと向き直る。
「近衛師団のイグルス。そういう名乗り、嫌いじゃないぜ!」
イグルスもまた熱く名乗る。正々堂々としたキルクライの振る舞いを気に入ったのか、その表情には笑みが浮かんでいる。
「近衛師団、ミリアム」
「……って、それだけかよ! もう少し何か言えよ!」
対して、簡潔に名乗るミリアム。あまりに短い発言にイグルスが思わず突っ込んだ。
「イグルス、うるさいよ」
「俺が悪いの? え、まじで!?」
掛け合いを続ける二人だが、その視線はキルクライから少しも外さない。
キルクライもまた、二人を見据え。
「――参る」
宣言と共に剣を投擲した。
絶え間なく飛んでくる剣を躱しながら、イグルスが走る。
隙間を縫うように前へと詰める。避けきれない剣は槍で弾き、時には後ろからのミリアムの援護で破壊する。
徐々にだが、イグルスとキルクライの距離が縮まっていく。
(やはり、奴には見えているか)
キルクライが内心で判断する。
それは、穴。魔術を切り裂き、武器にもなる彼の、攻防一体の魔力の唯一の欠点。
彼は固有スキルにより、自身の魔力を実体化させていた。これにより、実体のある剣。実体の無い魔術。そのどちらにも対応することができていたのだが。
同時に、魔力を実体化させることで、急所が生じてしまっていた。
無理やり、魔力を固めることにより、負荷のかかった部位。それは小さく、本来なら急所にはなり得ない。
だが、ミリアムはそこを的確に見抜き、狙い撃っていた。負荷の高い部分を射抜かれることで、実体化を維持できなくなり。剣は霧散してしまう。
魔力を実体化していると、ミリアムに狙撃される。魔力の実体化を解けば、狙撃されることは無くなるが、今度はイグルスの槍を受けれなくなる。
キルクライは己の不利を悟った。
☆
「有り得ないだろ……」
呆然とした表情でカシムが呟く。
それは目の前で繰り広げられている光景に対しての感想だ。
二十人から成る彼の小隊は魔族に手も足も出なかった。
騎士達は近づく事ができず、魔術師達は魔術を当てる事ができない。
それなのに、近衛師団はたった二人で、魔族と向かい合い。有利に立ち回っている。
イグルスは前衛として素晴らしい動きをしている。魔族との距離が縮まっても、反応よく、飛んでくる武器を躱している。
だが、それ以上にあり得ない動きをしているのはミリアムだ。
魔術師団の上級魔術でも破壊できなかった奴の武器を、軽々と破壊していく。それも中級魔術で、だ。
何で、そのようなことができているのか、カシムには理解できなかった。目の前で起こる、奇跡のような現象を彼は、ただただ見ていた。
ミリアム・トッド。かつて神童と言われた魔術師の実力を垣間見たカシムは、やがて、頭を振った。
「こりゃ、後で皆を励まさないといけないな」
自分以上にショックを受けているであろう、魔術師の連中をどうやって励ますか、今から悩むカシムであった。
☆
武器が激しく交差する。幾合もの撃ち合いが発生し、金属音が鳴り響く。
キルクライとイグルス。演舞にも似た二人の剣戟はイグルスがキルクライの腹を、その槍で以って貫いたことで、終焉を迎えた。
「ぐっ。……ここまでか」
膝をついたキルクライを油断なく見下ろすイグルス。キルクライが飛ばしていた剣も、全て地に落ちているが、そちらにも注意する。いつでも止めを刺せるように槍を構えた状態で、キルクライへと問いかけた。
「黒い靄を出す魔族はどこだ?」
「黒い靄? あぁ、奴のことか」
キルクライが小さく笑う。イグルスが槍を突きつけた。
「答えろ!」
「さぁな。だが、奴にはもうすぐ会えるさ。……貴様が生きていればな」
「っ!? てめぇ――」
残る力を振り絞り、キルクライが魔力を練る。突如、イグルスの背後に一本の剣が現れ、イグルスへと振り下ろされた。
最後に不意を付いた一撃は。だが、イグルスへ突き立つ直前。再び、中級魔術に貫かれ、破壊された。
「悪いね、全部見えてるの」
「……見事」
最後にミリアムへの賞賛の言葉を述べ。キルクライは絶命した。




