35 再戦、メルスピリウス
雷属性の初級魔術、ライトニングを放ちながら、メルスピリウスへと接近する。
メルスピリウスもまた、俺が動くと同時に動いていた。
左手で鉄扇を展開し、面の部分で払われる。さらに、右手をこちらに向けるとファイアーボールを撃ってきた。
それを俺は障壁を張って防ぐ。
近づいては離れ、離れては近づく。
幾らかの攻防を挟んだ後、俺はメルスピリウスに近づいた。メルスピリウスがファイアーボールを撃つのに合わせて、俺もファイアーボールを放つ。
火の初級魔術がぶつかり合い、俺とメルスピリウスの間で、炎の壁が生じた。
以前、戦った時と同じ状況。前回はここで、俺が突っ込み、反撃を食らったが、今度はそんなことしない。
俺は、後ろに飛び、距離を取った。
と、メルスピリウスがいるであろう辺りにサンダーランスが直撃する。ミレーユが放った中級魔術だ。
続けざまに俺もファイアーボールを打ち込む。
煙が晴れる。不意を撃った一撃は、しかし魔族には届いていなかった。
障壁を前面に展開して、俺達の魔術を防いだメルスピリウスはミレーユを見て舌打ちをした。
「あんた、邪魔さね」
そう言うと、メルスピリウスがミレーユへと突っ込んだ。
「っ!」
ミレーユは、しかし避けようとも迎撃しようともしない。メルスピリウスに距離を詰められる。
させるか!
俺は身体強化の魔術を重ね掛けし、地を蹴る。二重に強化された体で、一瞬の内に距離を詰めると。無理矢理、体をミレーユとメルスピリウスの間にねじ込んだ。
振りかぶられた鉄扇を短刀で受ける。
同時に、ファイアーボールを至近距離から連発。着弾の勢いで、メルスピリウスの体が後方に弾かれた。
瞬間。炎の渦が降り注ぎ、メルスピリウスを飲み込んだ。
これは上級魔術? 突然のことに驚き、ミレーユを見る。ミレーユは俺を見ると一言、呟いた。
「信じてた」
その言葉に衝撃を受ける。
ミレーユはメルスピリウスに迫られている状況下で、迎撃することも避けることも考えず。俺が何とかすると信じて。上級魔術の詠唱を行っていたのだ。
余りに無謀すぎる。
実際に、俺がメルスピリウスを止めれたから良かったけど、そうでなかったら。
俺が少しでも失敗していたら、ミレーユは攻撃を喰らい。大きなダメージを受けていたはずだ。
信じてくれるのは嬉しいが、いくらなんでも無茶すぎる。
「いや、今のは流石に無謀だろ!」
「そんなことない。昔のエルヴェなら余裕」
「何だよ、その昔の私に対する厚い信頼感」
「むぅ。カノンになって鈍った?」
その物言いにカチンとくる。
体が小さくなったとはいえ、最近は師匠にまた稽古を付けてもらっているのだ。
そうそう、元の体の俺に負けるつもりはない。
「鈍ったかどうか、よく見てろよ」
「ん。期待してる」
ミレーユに宣言してから、未だ燃え盛る炎へと視線を戻す。
油断なく見据えながら、自分の状態を確認する。
重ね掛けした、身体強化の魔術は既に解いている。体の動きは問題ない。
至近距離でファイアーボールを炸裂させ、俺も熱風を浴びたせいで右腕の皮膚に痛みがある。だが、我慢できない痛みじゃない。こちらも問題無い。
全て問題無いことを確認し、再度、単発で身体強化の魔術を自分に掛ける。
俺は大きく息を吐くと、正面を見据えた。
炎の渦が歪む。大きくたわみ、弾ける。
その中心でメルスピリウスが顔を歪めていた。
「……何さね、今のは」
「仲間を信じた一撃、らしいよ?」
「ふざけるな!」
再び、メルスピリウスが動き出す。それに合わせて、俺も動く。
距離を詰めてくれば、体術で応戦し。上級魔術を撃とうとすれば、初級魔術で牽制する。
そして、隙を突いて、ミレーユが魔術を放つ。
前回は、ギリギリの戦いを強いられた。非常に手強い相手だった。だが、今メルスピリウスに負ける気は一切しなかった。
俺が圧倒できる程、強くなったわけじゃない。一対一で戦えば、前回同様。互角の戦いになり、持久戦で負けるだろう。
じゃあ、何が違うのか。簡単だ。信頼できる仲間がいる。
――魔族とは一人で戦わなくてもいい。
師匠の言葉を思い出す。そうだ、仲間と共に戦えばいい。
前回、メルスピリウスと戦ったときも。師匠に稽古をつけて欲しいとお願いしたときも。頭のどこかで、一人で戦う事を意識していた。
仲間と一緒に戦うことの大切さを。カノンになってから、すっかり忘れてしまっていたようだ。いや、もしかしたらルノアールに追放されてから、どこか臆病になっていたのかもしれない。
当たり前のことを思い出しながら、俺はメルスピリウスとの戦いに集中する。
元々、俺とメルスピリウスの実力は互角だった。そこにミレーユが加われば、どちらが有利なのかは一目瞭然だった。
「――がっ!」
ミレーユが放ったサンダーランスが、メルスピリウスに直撃した。
膝から崩れ落ち、うつ伏せに倒れた彼女を油断無く見据える。
メルスピリウスは手を地面について起き上がろうとし、失敗する。手を滑らせ、今度は仰向けになった。
「……一対一なら負けなかったさね」
「そうだな。仲間のおかげで勝てたよ」
「ふん、気に食わないし」
メルスピリウスは目をつぶっていた。
もはや、殺気も感じなかった。
「止めを刺すといいさね」
「……メルスピリウス、礼を言うよ。お前のおかげで仲間の大切さを思い出せた」
「どうでもいいし」
俺は感謝の言葉を伝えると、詠唱を行う。
せめて、苦しまないように一撃で決めよう。
「『ジャッジメントレイ』」
光の一撃がメルスピリウスを撃つ。
後に残った遺体を暫く見つめた後、俺はミレーユの元へと走った。
「行こう。黒い靄を出す魔族を止めないと」
「ん。王城へ急ぐ」
二人で王城へと向かう。走りだしたところで、ミレーユが呟いた。
「やっぱり。エルヴェはエルヴェ。どんな姿になっても変わらない」
「……ありがとう」
その一言は、心に深く染みわたった。
「それはそうと。自分のこと、『私』って言うんだね」
「……もう癖になってるんだよ」
俺は拗ねるように呟いた。
☆
大きな地響きが鳴る。
建物が振動で揺れ、時折爆音や金属音が響く。
城壁の中、王城の入口前にて。
一人の魔族と、二十名の騎士、魔術師が戦闘を繰り広げていた。
「――前衛は奴の投擲を防ぐことに集中しろ! 後衛は牽制を継続。負傷者は背後に回れ!」
二十名の小隊の指揮する騎士、カシムが叫ぶ。同時に自らも飛来する剣を弾く。
背後からは魔術師達が放った魔術が魔族へと殺到するも、魔族は手に持っていた剣で薙ぎ払う。
「くそっ。魔術を通さないって、どんな武器だよ」
悪態をついたカシムは、何とか隙を見つけようと魔族を観察する。
空中に靄が発生したかと思うと、突如現れた魔族。
その魔族は全身が黒だった。黒い髪、黒い眼、黒い服。頭の左右から生えた角もまた黒い。
吸い込まれそうな黒で統一されたその体の周りには無数の剣が、魔族を中心として円を描くように浮かんでいる。
どういう仕組みなのかは分からないが、魔族はそれを簡単な手振りのみでこちらへ投擲してくる。
しかも、いくら投擲してこようと一向に数が減らない。
厄介なのは、この剣一本、一本に魔術を切り払う効果がある事だ。それのせいで、飛んできた剣を障壁の魔術で受け止めることができない。
最初に剣が飛来してきた時、障壁を貫通され。数名の騎士が負傷、後退を余儀なくされた。
そこからは防戦一方だった。魔術は全て剣で切り払われる。上級魔術すらも防がれてからは、魔術は牽制のみに使用するようになった。しかし、その牽制も大した効果を発揮せず。剣の投擲を止められない。そうなると、騎士達が距離を詰めることもできない。
自分達だけでは、魔族の守りを突破することはできない。
そう判断したカシムは即座に方針転換する。魔族を逃がさないように、そして王城まで踏み込ませないように。牽制は切らさず。無理して攻めようとはせず、時間を稼ぐ。
それでも圧倒的に不利なのは自分達で、徐々に負傷兵が増えてくる。
王都内に現れた魔物を討伐するため、騎士団と魔術師団はほとんど出払ってしまっている。
このままでは突破されてしまうのは目に見えていたが、それでも。あえてカシムは時間稼ぎという手段を取った。
そうして、時間が経過した所に訪れた者は――。
「――かっけぇな、あれ。全部剣かよ」
黒と銀の鎧。背中に槍を背負った男――イグルスと。
「――剣? あれは剣じゃないわ。そう見えるだけよ」
黒のローブに身を包んだ女性――ミリアム。
近衛師団。王族直属の少数精鋭部隊。その二人が、魔族を迎撃するため、現れた。




