31 王都、動乱
悲鳴を聞きつけ、大通りへと出た俺達の目に飛び込んできたのは一体の魔物だった。
人型、頭が牛の魔物。ミノタウロスだ。
その凶悪な姿に、その場にいた人達が逃げ惑っていた。
悲鳴を上げている女性。腰が抜けたのか、地面に座り込んでいる男性。誰もが狼狽えている。
「――なんでっ。魔物が!」
「知らない。けど、助けないと」
混乱する俺の横で、ミレーユが小さく告げる。
確かに、ミレーユの言う通りだ。
今は魔物がここに居る理由を考えている場合じゃ無い。まずはあいつを何とかしないと。
ミノタウロスが、座り込んだ男性に気づいた。
まずい、狙われる。
誤射の可能性があるため、魔術は使えない。
俺は自分に身体強化の魔術をかけると、ミノタウロスへと突っ込んだ。
距離を詰めて、跳躍。二メートルはあるであろう、その巨体の頭部に蹴りを入れる。
よろめいたミノタウロスの肩に足をかけ、再度跳躍。座り込んだ男性の前に、着地した。
背中越しに、男性へと声をかける。
「立てますか?」
「あ、ああ。君は――」
「立てるなら、立って! 早く逃げてください!」
俺の勢いに呑まれ、男性が小さく悲鳴を上げる。少しずつ遠ざかる気配。
油断なくミノタウロスを見据えながら、周りの気配を探る。住民は皆、逃げたようだ。
誤射の可能性が無くなったなら、こっちのものだ。
既に体勢を立て直し、俺に迫ろうとするミノタウロスの前で、初級魔術『ライト』を無詠唱で放つ。
小さな光球が発生し、ミノタウロスの視界を奪う。一瞬の隙が生じた間に、距離を取る。同時に、詠唱を開始する。
その瞬間、ミレーユの魔術がミノタウロスへと突き立った。雷属性の中級魔術『サンダーランス』。ミノタウロスの動きが止まる。
そこに、俺も『サンダーランス』を放ち追撃をかけた。俺の一撃に、よろめくミノタウロス。更に、ミレーユの『サンダーランス』が再度、ミノタウロスを貫いた。
その後も、俺とミレーユで交互に『サンダーランス』を浴びせる。五発当てた所で、ミノタウロスが倒れた。
しばらく待って、起き上がらないことを確認してから。俺は身体強化の魔術を解いた。
倒れたミノタウロスを観察する。
ごく普通の魔物。間違いなく、本物だ。こんな所に居ていい存在じゃない。
一体、どういうことだ?
考え込んでいると、ミレーユとアイリス様が近づいてきた。
「魔物、倒せたの?」
「はい。もう大丈夫ですよ」
尋ねられたので、もう大丈夫と返すと、アイリス様は安堵したのか大きく息を吐いた。
その横ではミレーユが、何かを考えている様子だった。
まずいな。怪しまれているかもしれない。
男性を助けるためとはいえ、エルヴェの時と同じように動いてしまった。
「良かったぁ。カノン先生、ミレーユ先輩。ありがとうございます!」
「いえ。そこまで大事にならなくて良かったです」
「……ん。被害は少なめ」
「本当に、良かったです! ……でも、何で魔物が街の中に現れたんだろ?」
アイリス様がお礼を言ったので、答える。ミレーユも顔を上げて、返事をした。
俺とミレーユは、ミノタウロスを倒すのに、あえて中級魔術を使った。その甲斐あって、街に戦闘の被害はほとんど出ていない。上級魔術を使っていたら、威力が大きすぎて、もっと被害が出ていたはずだ。その分、ミノタウロスを倒すのに手数はかかったが、倒せたから問題ない。
最後にアイリス様が疑問を口に出したが、それは俺にも分からない。
「分かりません。ただ――」
首を横に振った俺の視界の先に。
「良くないことが起きているのは間違いないですね」
突如、黒い靄が発生した。俺の視線に気づき、アイリス様とミレーユが振り返る。
俺たちが視線を向ける中。靄の中から魔物が出てきた。
「……おかわり」
「……私、小食なので、おかわりはいらないんですけど」
魔物のおかわりは一体では終わらなかった。次々と新たな魔物が靄から出てくる。オーク、ミノタウロス、白狼。統一感の全く無い集団。
「アイリス様は下がっていてください」
視線は前を向きながら、アイリス様を後ろへと下がらせる。計十体の魔物が出たところで、魔物の出現は打ち止めとなった。
靄が消える。
魔物が出てくる靄など聞いたことがない。だが、事実として今、目の前で事は起こった。
おそらく、最初のミノタウロスも同じ要領で出現したんだろう。あの靄が何かは分からないが、とにかく今は目の前の魔物をどうにかする方が先だ。
「時間、稼げる?」
ミレーユが俺に問いかけてきた。先程、ミノタウロス戦で動ける所を見せたがゆえの質問だろう。時間を稼ぐということは、上級魔術の詠唱を行うつもりか。確かに、今は街への被害を考えている場合じゃ無い。
これ以上、エルヴェと同じ動きを見せると余計に、気づかれる可能性は高くなるのだが。そうも言っていられない。やらなければ、被害が増していく。
俺は覚悟を決めて、ミレーユへと答えようとした。
その時。
「魔物の群れを確認! これより、討伐に当たる」
野太い声が響いた。同時に、魔物と俺達の間に割って入ってくる大量の鎧。そして、ローブの集団。
鎧の一人がこちらへと振り向いた。
「君たち、大丈夫か? ……て、姫様とカノン嬢! 何故ここに!?」
「カリストさん!」
鎧とローブの集団は騎士団と魔術師団だった。カリストさん以外の騎士が魔物の群れと戦闘に入る。
魔術師達は俺たちの少し前から様子を窺っている。
「姫様、ここは危険です。城へお戻り下さい。カノン嬢と……そこのお嬢さんも魔術師か? 済まんが、姫様の護衛をお願いしたい」
「カリストさん達は大丈夫ですか?」
「なに、魔物ごときには遅れは取らんよ」
カリストさんの言葉に頷く。
何が起こっているのか分からない現状、アイリス様を安全な場所に連れて行くことには賛成だった。
今、見える限りでも騎士達は魔物相手に優勢に戦っている。ここは任せても問題なさそうだ。
「そうだ。カリストさん――」
手短に黒い靄のことを伝える。
カリストさんも靄のことについては知らないようだった。注意しておく。とだけ返答がきた。
他にも魔物が出るかもしれないから、気をつけろ。と忠告を貰った俺たちは、城へと走り出した。




