04 パーティからの追放
自分はどうやら女の子になってしまったようだ。
考えられる原因は、魔族の反転魔術だ。命を反転させる魔術をかけられた俺は、ありったけの魔力を注ぎ込んでその魔術に介入し、命では無く別の物に対象を変えることで一命を取り留めた。
その時は無我夢中で気づかなかったが、おそらく反転させる対象が命では無く、俺の性別になったのだろう。だから、性別が反転し男から女になったのだ。
加えて、命が途中まで反転させられたこともあり、今の俺はどこからどう見ても十代前半の女の子にしか見えなかった。
肩口まで垂れた黒髪。顔は小さく、その割に目が大きい。エルヴェだった頃の姿からはほど遠い姿が、姿見に映っている。
そして、医者の先生から更に話を聞き、再び驚愕する。
エルヴェは魔族との戦いで死亡した。勇者一行は、勇者の捨て身の攻撃で魔族を撃破。その際、魔族に囚われていた俺――少女を救い出した。
それが魔族との戦いから今までの流れになっているらしい。勇者一行がそう説明していたと、先生は言った。
訳が分からなかった。
魔族との戦いの流れもおかしければ、俺の扱いについてもおかしい。
皆は何を考えてそんなことを言ったのか。その答は仲間達に直接聞かないと分からないだろう。
しばらくは安静にしているようにと告げ、先生とその助手が部屋から出ていった後。俺はこっそりと窓から抜け出した。
外に出て、ルノアール達が泊まっているという宿屋を探す。
歩き出して街を見渡したことで気づく。自分がいるのは、魔族と戦った館から最も近い所に位置する街だった。魔族と戦う前にも訪れていたので、幸いにも宿屋の場所は分かる。
雨が降りそうな雲行きだ。急いで宿屋へ行かないと。
宿屋へと歩きながら考える。
何故、自分は死んだことにされた?
あの時、ルノアール以外は倒れていた。皆は俺が、反転の魔術に晒されている所を見てなかった可能性がある。しかしルノアールは、はっきりと見ていたはずだ。
であれば、ルノアールは皆に俺のことを説明しなかったのか?
何のために?
嫌な予感が胸をよぎるが、それを振り払い歩く速度を上げた。と、
「あれ、君。元気になったのかい?」
後ろから声をかけられた。良く知った、聞き慣れた声。
振り向くと、そこにはルノアールがいた。
良かった、宿に行く前に見つかった。
「ルノアール!」
名前を呼びながら駆け寄る。
「ルノアール。会えて良かった。皆は大丈夫か? なんか、俺が死んだことになってるって聞いたんだが。どういうことか分かるか?」
矢継ぎ早に質問する。それを聞くルノアールはニヤニヤと笑っていた。
何だか様子がおかしい。
「ルノアール?」
「あぁ、君。私達に助けられたからと言って、少し馴れ馴れしすぎるね。私は仮にも勇者で、君とは立場が違うんだよ。――まぁ、まだ幼い君にこんなことを言っても難しいとは思うがね」
「お前、何言って――」
「お前、じゃないよ。ルノアール『さん』だ」
ルノアールの言葉に困惑する。
こいつは何を言ってる?
まるで、俺のことをエルヴェだと思ってないような――。
嫌な予感が増す。俺は更に捲し立てた。
「何、言ってるんだよ。俺だよ、エルヴェだよ。お前も魔族との最後のやり取り、見ていただろ?」
「あぁ、エルヴェか。その名前を出さないでくれ。彼は魔族との戦いで死んでしまったんだ。勇敢な奴だったのに、とても残念だよ」
が、返ってきたのは芝居がかった口調。悲しんでる仕草。しかし、相変わらず顔にはニヤニヤとした笑みを浮かべている。
「いや、エルヴェは俺――」
「しつこいな」
ルノアールが真顔に変わった。突然の表情の変化にたじろぐ。
「いいかい? 今の君は、どこからどう見てもか弱いお嬢さんだ。いくらエルヴェだ、などといっても誰も信じやしない」
強い口調で続けるルノアール。
その言い方、やっぱりこいつは俺がエルヴェと知っている。
でも、なら何故こんなことを?
「だから、エルヴェ。君は魔族との戦いで死んだんだよ。その後、私達は魔族を倒し、囚われていた少女を保護した。それが一番、混乱しない。違うかい?」
「な、何言って――」
「第一、君は自分がエルヴェだと主張してどうしたいんだ? まさか、その姿で私達と一緒に行動したいとでも言うのかい?」
ルノアールの言葉に動揺する。
「それは、この姿から戻れば――」
「戻れるのかい? 人の性別を変える魔術など、聞いたこともない。もはや、それは呪いのようなものだろ」
「探せばあるかもしれないだろ。現に魔族は使ってたじゃないか」
「それを探すのを私達に手伝えと言うのかい? 魔族共と戦うことよりも優先して?」
詰問に口を噤む。
「そもそも君は、パーティの中でも中途半端な位置にいた。ミレーユのように強力な魔術が使える訳でもなく、地味な強化魔術しか使わない」
違う、強力な魔術が使えない訳じゃない。ミレーユは上級魔術の詠唱が早く、俺は強化魔術を無詠唱で撃てる。だから、役割分担をしていただけだ。
「挙句には出しゃばって、私達のように前衛の真似事をする」
それは、ルノアール達が直ぐに脇を抜かれるから。カバーに入らなければミレーユやナターシャがやられてしまうからだ。
「はっきり言おう。君はパーティにいても邪魔なんだよ」
邪魔? 俺がパーティにいても邪魔、だと。
ルノアールの言葉が頭に響く。
「だから、ここでお別れだよ。エルヴェは死に、君は新しい人生を歩むといい。元仲間のよしみで、治療代だけは払ってやったから安心したまえ」
何かを言っているが、もはや頭に入ってこなかった。
仲間だと思っていた。同じ釜の飯を食い、命を預け合ってきた。それなりに、皆の考えていることが分かっていたつもりだった。
でも、それは勘違いだったというのか。いつも傍にいた仲間の事を、俺は何一つ理解できていなかったのだろうか。
そのことがショックだった。
いつしかルノアールは立ち去り。
雨がしとしとと降り始める中。
俺はただただ、その場に立ち尽くしていた。