30 アイリス様と、ミレーユと
「先生、またねー」
「さよならぁ」
「皆さん、気をつけて帰って下さいね」
「先生も気をつけて帰れよー」
学生達が手を振り、教室を出ていく。
俺はそれに、笑いながら手を振り返す。
Bクラスでの座学での授業。本日、最後の授業を終え、放課後を迎えた教室ではかしましさが目立っていた。
すぐに帰り支度を整え出ていく学生。この後の予定について話し合う学生。その中でも、去り際に話し掛けてくる学生の相手をしながら、俺も教室を出た。
授業で使っている魔術書を両手で胸の前に抱えながら歩く。
自分がいつの間にかその姿勢を取っていることに気づき。俺は自然を装って、腕を下ろした。
最近、気づいたら女の子っぽい姿勢を取っていることがある。
いや、今は見た目少女なので構わないのだが。何となく気恥しくなるのだ。
職員室へと向かいながら、昨日のことを思い出す。まさか、ミレーユと再会することになるとは思わなかった。
元気そうなのは良かったが、学園長から、彼女は勇者パーティを抜けたと言われたことが気になる。
何故かは分からない。俺が抜けた後のパーティに何があったのだろうか。
気にはなるが、今の俺は聞けるような立場にはいない。
ミレーユは俺のことをエルヴェとは認識していなかった。ルノアールが真実を告げていない、ということになるのだが。それはつまり、ミレーユにとって俺は、魔族から助け出した少女、というだけの関係のはずだ。その程度の関係で、何があったのかなんて聞けない。
俺がエルヴェであることを明かしたら、聞けるのだろうか。
正直、俺のことを伝えた時に、どういう態度を取られるか分からないのが怖いが。パーティを抜けた彼女なら、大丈夫なんじゃないかという気にもなる。
もし次に会うことがあれば。反応を窺って、俺のことを伝えても良いかもしれない。
ただ、そうなると今度は、俺がエルヴェだと信じてもらうことが大変になるのだが。
俺は反転の魔術で性別が変わってしまったわけだが、師匠ですら反転の魔術の存在を知らなかったのだ。当然、ミレーユも知らないはずだ。あの魔族と戦っていた時も、反射の魔術だと思っていたわけだし。
師匠には固有スキルのおかげで、すぐ気づいてもらえたけど、ミレーユはどうだろう。
まあ、昨日はたまたま再会したが、また会えるかどうかも分からないのだ。その辺りは、会って話をすることがあれば、考えよう。とにかく、方針は決まった。
あと、残る悩み事は近衛師団に勧誘されたことだが、こちらは師匠と話し合って保留することにした。
ルクソードさんは臨時講師の任期が終わる時まで待ってくれると言っていた。
だから、それまでは現状維持でいこうと思う。今は、元の体に戻る方法も探しながら、じっくりと考えていこう。
なので、今日も魔術書を読み漁ろうと、職員室に荷物を置いた後。俺は図書室へと足を運んだ。
いつものように、三の区画へと赴き。
「……こんにちは」
「ん。昨日ぶり」
俺はそこで、ミレーユとの早過ぎる再会を果たした。
「……えーと、ミレーユさんは何でここに?」
「愚問。ここは図書室」
本を読んでいたということか。ここは学園関係者以外入れないはずだけど、卒業生なら大丈夫なのだろうか。
とにかく、予想もしていなかった状況に、考えをまとめようとしたのだが。
「あ、カノンちゃん。やっぱり、ここにいた。……あれ、その人――」
背後から、聞き慣れた声。後ろを振り向くと、そこにはアイリス様がいた。
再び、前を向く。ミレーユがこちらを見ている。
――何でこうなるの。
俺は内心で、大きくため息をついた。
☆
「――じゃあ、ミレーユ先輩は仕事を探しに、学園を訪ねていらしたんですね」
「そう、です。何か、紹介してもらいたくて」
アイリス様とミレーユが話す。その会話を聞きながら、俺は内心、気が気でなかった。
図書室にて二人と出くわした後、何故かお茶しようという話になった。二人の共通の知り合いということで、もちろん俺は必須参加である。
結果、学園を出て。商業区にある、オープンテラスのカフェに着いたのがさっきで。
現在、三人で丸テーブルを囲んでいる。
路地に面しているため、人通りの少ないそこで、主にアイリス様とミレーユが話に花を咲かせていた。
「学園生だった時、図書室にはよく行かれてたんですか?」
「ん、はい。考え事する時は、いつもあそこに」
ミレーユが学園の卒業生ということで、アイリス様とミレーユは意外と話が合った。アイリス様が王女様だということがわかると、ミレーユは最初恐縮していたのだが。会話を続けることで慣れてきたのか、今はぎこちなさが大分抜けている。
まあ、敬語は苦手なようだが。
学園長との約束もあったので、アイリス様には、ミレーユのことは学園の卒業生ということしか伝えなかった。そのため、自然と話の内容は、お互いの共通点である学園のことになる。
どうかこのまま、俺のことは話題にしないで欲しい。
そう思いながら、話を聞く。
一番まずいのは、アイリス様が俺のことについて言及することだ。アイリス様には俺はエルヴェの弟子だと伝えているのだ。
万が一にも、そのことをミレーユに話すと、厄介なことになる。
状況によっては、ミレーユに俺のことを伝えてもいいと思ったが、こんな形で疑われるのは絶対に嫌だ。
何とか話をはぐらかさないと。
そうこうしている間に、話は学園の授業のことに変わった。ミレーユは学生時代、かなり魔術に傾倒していたようだ。学園の中でもトップの成績だったとのこと。しかし、ミレーユはあまりそれを誇りには思っていないようだった。
「学園の中でも上位だなんて、ミレーユ先輩は凄かったんですね!」
「でも、上には上がいた」
「上……ですか?」
「ん、世界は広い」
何か思う所があるのか、ミレーユが悲しげな目をする。しかし、それも一瞬で、すぐにいつもの調子に戻った。
何事もなかったかのように、手元のパイをつついている。
「魔術師を見た目で判断してはいけない」
「……良く聞く、魔術師と相対する時の常套句ですね」
「ん。一見しただけでは相手の実力は分からない」
ミレーユが顔を上げ、俺を見た。
「貴方の実力はどれ程なの?」
赤い瞳で真っ直ぐ俺を見てくる。その視線にたじろぐ。
目を逸らしながら、俺はミレーユへと答える。
「えーと、私なんかの実力は大したことないですよ」
「ありえない。その歳で臨時講師になるなんて尋常じゃない」
自分は大したことない、と言おうとするが、ミレーユからバッサリと否定された。
しかしその口調は、俺のことを怪しんでいるのではなく。単純に興味があるのだと言っているように聞こえた。
ミレーユは学園の卒業生だから、講師陣の実力を知っている。そこから、俺が普通じゃないと判断したのかもしれない。
「カノン先生は凄いんですよ! 魔族を追い払っちゃうえるぐらいなんです!」
どう返事をしようか考えていると、先にアイリス様が答え始めた。
これはまずい。
「魔族を? 本当に?」
「はい! 私も助けて貰ったんです」
アイリス様が自分のことのように、俺のことを自慢しだした。
きらきらとした顔で語ってくれるのは嬉しいし、光栄だが。今は状況が悪い。
このままでは、いつ爆弾発言が飛び出すか分からない。
「あ、アイリス様。私、そんな――」
アイリス様を止めようと、声を出したとき――。
「きゃああぁぁ!」
突如、悲鳴が聞こえた。弾かれるように、声がした方へ振り向く。
今のは、大通りの方か?
二人と顔を見合わせる。
悲鳴が聞こえた方から。ざわめきが聞こえ始めた。
何かが起こっている。
「何があったんでしょう?」
「……行ってみる」
「あっ、ミレーユさん、待ってください」
最初に動き出したのはミレーユだった。
慌てて、その後を俺とアイリス様が追いかける。前払い方式の店だったため、ミレーユにはすぐに追いついた。
路地を抜け、大通りへ出る。
その瞬間、俺達は有り得ない光景を目にした。
「――なっ!?」
「――どういうこと?」
そこで見たのは、王都に住まう人、そして。
ここに居るはずの無い魔物の姿であった。
外壁に囲まれた王都の中。その中心に位置する商業区において。王国の歴史上初めて、魔物が現れた瞬間であった。




