29 ミレーユとの再会
何故、ミレーユがここに?
そんな疑問をねじ伏せ、俺はテーブルへと近づいた。
落ち着け。今の俺はカノンだ。ルノアールの言っていた言葉を信じるなら、ミレーユは俺がエルヴェだとは知らないはずだ。
今、俺から正体を明かすつもりはない。信じていたルノアールに、裏切られたのだ。パーティの中でも仲の良かったミレーユにまで、ルノアールのように振る舞われたらと考えると、俺のことを伝えようという勇気は出ない。
ここは無難にやり過ごしたい。
できるだけ目立たないよう。ニア先生がお茶を置いた横から、そっとお茶請けをテーブルに置く。
横目でミレーユを見る。ばっちり目が合った。
慌てて、目を逸らしその場から離れる。
「ふふふ。流石の君も驚いたみたいだね」
学園長がミレーユに告げる。
「彼女はカノン先生。今年入った、魔術課の臨時講師だよ。
カノン先生、この人はミレーユ。学園の卒業生で、君と同じ魔術師だよ」
退出しようとしたのだが、声を掛けられてしまった。
こうなったら、無視をする訳にもいかない。振り向いて、ミレーユを見る。
ルノアールに追放されて以来、初めて見る彼女は元気そうだった。
「初めまして、カノンと言います」
「ん、ミレーユ。魔術師だったのね」
言葉少なめな会話。一緒に居た時と変わらない話し方に、少し安心する。
「おや、君達は知り合いなのかい?」
「前に助けたことがあるだけ。覚えてないかもだけど」
ミレーユの言い方が気になったのか、学園長が問いかけると。ミレーユは助けたことがあると返した。
口調の感じからは、俺がエルヴェだということは分かっていないようだ。ルノアールは本当に真実を仲間達には告げていないみたいだ。
それなら、俺も一人の助けられた少女として振舞えば、この場を乗り切れるかもしれない。
「えっと、勇者様のパーティの魔術師さんですよね? その節は助けて頂いてありがとうございます」
勇者一行に助けられたと、お世話になった医者が言ってた。ここで、そのことを言うのは不自然じゃない。お礼を言って、頭を下げる。
頭を上げるとミレーユが、驚いた表情を見せていた。何か、失言をしたか?
不安になる中、ミレーユは何事かを喋ろうと口を開き。
「あな――」
「勇者様のお仲間さんなんですか! 凄い!」
ニア先生に思いっきり遮られた。
思いっきりはしゃいでいる。流石はミーハーな性格というべきか、勇者の仲間という所に反応したようだ。
「カノンちゃんも勇者様のお仲間さんと知り合いだったなんて。言ってよー。
あ、じゃあもしかして、勇者様とも知り合いだったりするの?」
「あ、いや。知り合いって程の関係では――」
早口で捲し立てられる。ニア先生は完全に暴走していた。
「カノンさん」
呼ばれて振り向くと、学園長が微笑んでいた。いや、目が笑ってない。
「連れて行きなさい」
「――はい!」
学園長の雰囲気に恐怖を感じた俺は即答すると、ニア先生を部屋から連れ出した。
興奮覚めやらぬニア先生を連れて廊下を歩く。
学園長は怖かったが、正直助かった。
あのままあそこにいても、ミレーユと、どう接したら良いのか分からない。あの場を離れられて良かった。
ニア先生には感謝しよう。
その後は職員室に戻り、いつもの日常に戻ったのだが――。
「ね、ね。勇者様ってどんな人だった?」
「あー、えーと。良く分からないです」
「えー、見た目は? 格好よかった?」
いつまでたってもニア先生は落ち着きを取り戻さなかった。かれこれ二時間は経過しただろうか。
お互い、授業が入っていなかったこともあり、俺はひたすらニア先生の話し相手をさせられていた。
いい加減しつこいぞニア先生。
そんなに勇者が気になるのだろうか。
疑問に思いつつも適当にあしらっていると、学園長がやってきた。
「ニア先生、カノン先生。ちょっといいですか?」
ニア先生と一緒に、声をかけられた。
連れ立って、再び応接室まで歩く。中に入ると、ミレーユはもうそこにいなかった。
促されてソファに腰掛ける。隣にニア先生が、対面に学園長が座った。
「さて、私が何で声をかけたのかはもう分かっているかもですが。先程のミレーユさんについてです」
座ると早速、学園長が話を切り出した。
「結論から言いましょう。ミレーユさんが勇者パーティの一員だったことを話すのは、今後一切禁じます」
「えっ?」
ニア先生が隣で驚きの声をあげた。
俺も少なからず、驚く。
別に、勇者の仲間だってことは秘密にすべき情報じゃ無い。冒険者仲間、ギルド、王侯貴族。知っている人はそれなりにいるはずだ。
いや、待て。今学園長、一員だった、て言わなかったか?
声には出さなかったものの、疑問に思っていることが伝わったのか。学園長は俺の顔を見て頷いた。
「ミレーユさんはつい最近、勇者パーティを抜けたそうです」
「ミレーユさんがですか?」
「えー!? 何でですか!」
告げられた言葉に驚愕する。隣で、俺以上にニア先生が驚いていたが、そんなことは気にならなかった。
なぜミレーユが? ミレーユも追放されたのか?
いや、でもさっき見たミレーユは落ちこんでる雰囲気も無かったし。じゃあ、自分から抜けたのか? 何故だ?
様々な疑問が頭に浮かぶ。
そんな俺を見て、学園長が言葉を続けた。
「理由は言えません。ただ、パーティから抜けたミレーユさんのことを、あれこれ言いふらすのは彼女のためになりません。なので、このことはここだけの話にしておいて下さい。
特にニア先生。絶対に言ってはいけませんからね」
「は、はい! 言いません、絶対。誓います!」
学園長は理由を説明してくれなかった。
まあ、当然と言えば当然なのだが。
気にはなるが、どうしようも無い。ミレーユ本人に聞きに行くわけにもいかない。
俺は学園長の言葉に頷いた。
ニア先生も学園長からの圧を感じたのか、勢い良く頭を縦に振っている。
俺達の様子を見た学園長も頷くと、ため息を吐いた。
「すみませんね。本当はミレーユさんのことは、ただの卒業生として紹介するつもりだったんですけど。カノン先生と知り合いだったのは私の誤算でした」
「……すみません」
「カノン先生が謝ることでは無いですよ」
その後は二言、三言、話をして、俺とニア先生は応接室を後にした。




