03 エルヴェ、美少女になる
意識を取り戻した時、目の前には知らない天井が広がっていた。
体を起こし、寝惚けた目を擦りながら周りを見る。知らない部屋だ。
窓が一つ。外からの日差しが入り込んでいる。
自分はベッドの上に寝ていたわけなのだが、ベッドの隣には小さな卓が置かれており花が一輪飾ってある。少し離れたところには姿見が置いてあった。
シンプルで小さい部屋だ。天井だけが少し高いか。
ここはどこだ?
顎に手を当て、ゆっくりと記憶を遡る。
俺は魔族と戦っていたはずだ。俺の短刀が奴を貫き、続いて勇者、ルノアールが一太刀浴びせた。
その後は……。そうか、思い出した。死に際の魔族に反転の魔術を掛けられたのだ。
反転の魔術。今までに見たことも聞いたことも無かったその魔術は、恐ろしいものだった。体が縮んでいく症状。奴は命を反転させると言っていた。たぶん、肉体の成長を反転させたのだろう。つまり、時間が経つほど、体が幼くなっていき。最後は生まれる前まで戻って死んでしまう。
途中でその事に気づいた俺は、魔術の進行を止めようとしたが駄目だった。奴が命を込めて放った魔術は後から止めることなどできない程、強力だった。
だから考え方を変え、対象を変えようとしたのだ。魔術そのものを止めるのでは無く、魔術に介入して、命の反転では無く、別のものを反転させるというように。
無我夢中で魔力を込めたのだが、結果それが上手くいったようだ。俺は生きている。
改めて自分の体を見る。視界に映った手はかなり小さい。子供の手だ。
ベッドの上に座った状態から見る目線も以前よりずっと低い。どうやら大分、体が小さくなってしまったようだ。魔術への介入がもう少し遅かったら、間に合わなかったかもしれないと思うと、ゾッとする。
着ているのは白を基調とした、シンプルなシャツだった。サイズは少し大きめだが俺の持っている服では無い。
シャツに気を取られ、首を傾げると髪が視界を邪魔した。
んん?
普段から髪は短く切っている。目にかかるなんて有り得ないのだが。
疑問に思ってると、扉が開く音が聞こえた。
音の方に目を向けると、黒髪の女性が立っていた。
目が合う。
「あぁ、目が覚めたのね。良かったわ。今、先生を呼んできますからね」
そう言うと、女性は扉を閉めて出ていった。
次に扉が開いた時には、先程の女性と白衣を着た年配の男性が一緒に入ってきた。
男性は医者、女性はその助手だと告げられ、医者の先生が俺の目や舌等を確認し診察する。どうやら、ここは病院のようだ。仲間達が気絶した俺を運んでくれたに違いない。
「うん、体の方は大丈夫だね」
「ありがとうございます。あの、それで皆は?」
他の皆は大丈夫だったのか。
気になり尋ねる。
何だか、自分の声に違和感を覚えた。
普段自分が発しているものよりも高く感じる。風邪かな?
「皆ってのは勇者様一行の事かね?」
「はい、そうです」
次の違和感は先生の発言に対してだった。
俺も勇者一行の一人だ。なんだか、確認の仕方がおかしくないか。
「君を救ってくれた勇者様達はまだこの街にいるよ。……一人を除いて皆無事さ。今は宿屋で療養してるんじゃないかな」
先生の言葉にまた違和感。
救ってくれた?
しかし、それよりも気になる発言がある。誰か無事じゃない奴がいるのか?
「一人を除いてって……誰か無事じゃない人がいるんですか!?」
先生と助手の女性は目配せし合うと、微妙な表情をした。言うか言うまいか、迷っているような素振り。焦る気持ちを抑えつつ、再度問いかけると、先生が答えてくれた。
「……そうだね。黙っててもどうせすぐに分かることだ。……勇者様一行の中にエルヴェと言う魔術師がいてね」
当然知っている。というか俺だ。
「パーティの中では補助役だったらしいのだが……その彼が魔族との戦いで亡くなってしまったんだ」
なくなった……? 死んだってことか?
いや、俺はここに居るぞ。
何を言ってるんだ? このおっさん。
「えっと。あの、エルヴェは俺なんですけど」
「……そうか、記憶が混乱してるんだね。無理もない、その年で過酷な環境に晒されたのだ」
何故か助手の女性が泣きそうな表情で抱きしめてきた。
大きな膨らみが顔に当たり、焦る。
離れようと藻掻くと、何故か更に強く抱きしめられ頭を撫でられた。
「君は魔族に囚われていたんだ。それを勇者様達が救ってくれたんだよ」
先生が諭すように、言った。
何を言っているのか全く理解できなかった。
ふと気づく。自分は反転の魔術にかけられ、体が縮んだのだ。元々は先生が言うように青年だった。だから、今の自分の姿とエルヴェという青年像が結びつかないのだろうか。
だが仮にそうだとしても仲間達が説明してくれると思うのだが。
いや、でも反転の魔術は、魔術師が本職である俺でも知らないくらい、非常に珍しい魔術だ。医者やその助手が知っているとは思えない。説明する手間を惜しんだのかもしれない。
それならば先程の、先生の発言に対する違和感にも説明がつく。
だとすると、俺は一体どれぐらい体が縮んでしまったのだろうか。
色々と考えこんでいると、助手が俺から離れた。
「大丈夫よ。勇者様達のお陰で、あなたに怪我は残ってないわ」
そう言いながら、部屋の隅の姿見を目の前まで運んでくる。
姿見がこちらを向く。そこに映った姿を見て、俺は愕然とした。
「ほら。どこにも傷が残っていないでしょ――」
姿見をただ、呆然と見つめる。なおも助手が何かを言っていたが、俺の耳には入ってこなかった。
そこにはそれは可愛らしい、一人の少女が驚きの表情を浮かべていた。
本日、夜にもう一話更新します。
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