21 魔族 襲来
魔族は場違いな服装でそこに立っていた。上下一体のワンピース。スカートの部分は左右にスリットが入っている。とても戦うような服装じゃない。しかしその見た目とは裏腹に、溢れ出ている魔力は相当なものだ。間違いなく、この前倒した魔族よりも強い。
「第二隊は学生達を避難させろ! 魔術師達は障壁を張れ、学生達を傷付けさせるな! 残りは前へ!」
誰かの叫び声がした。同時に、半数の騎士がその場で剣を構え、魔族に対峙する格好を取る。残りの騎士は学生達の元へと走り出した。少し遅れて、学生達の前に障壁が張られる。
学生達はまだ何が起きているか理解出来ていないようだ。
「あの人は一体、何なのかしら」
隣でクレア先生が呟く。そうか、魔族を見たことがないのか。
王都で暮らしていて魔族と出会うことなど無い。魔族と気づかずに接触するなんて通常は命取りになるが、この場では不幸中の幸いだ。パニックにならずに済む。
「皆さん! 今から移動しますので、落ち着いて騎士団の指示に従って下さい!」
俺は大声で皆に叫んだ。隣で驚いているクレア先生に緊急事態です、と告げた。
離れたところでは既に騎士達が学生達を逃がす準備を始めていた。
「カノン先生!」
背後からの声。振り向くとアイリス様がいた。
そうだ。アイリス様だけは今、何が起きているか正確に把握しているのだ。
不安そうな表情の彼女に、声を掛けようとした瞬間。魔力の高まりを感じる。
「逃げられると思うなし」
その言葉と共に爆音が響いた。障壁が揺れる。同時にあちこちから悲鳴が上がる。
「きゃっ」
アイリス様もまた、悲鳴を上げ、頭を抱える。
いけない、とにかく彼女を安心させないと。
少しの間悩んだ後、俺は意を決すると彼女を抱き締めた。
身長差があるため背伸びして、アイリス様の頭が肩にくるように抱える。そして、背中を優しく叩いた。
「――あっ」
「――大丈夫。約束した通り、私が皆を守ります」
「カノン、先生……」
アイリス様を離し顔を見上げる。俺は彼女を安心させるように優しく微笑んだ。
彼女に背を向け、魔族を見据える。
魔族は騎士達と戦っていた。剣を受け止めているあれは――扇子か?
おそらく鉄扇の類だ。器用に剣を受け止め、返す刀で騎士団を殴っている。
殴られ怯んだところに、詠唱破棄した初級魔術を打ち込んでいるようだ。初級魔術自体は威力が低いが、それでも騎士団が不利なのは変わらない。
通常、魔族と戦う時は騎士と魔術師が組んでお互いにフォローするのが定石だ。しかし今、魔術師達は学生達を守るために障壁魔術を使っている。騎士達が距離を詰めているおかげで、二発目の上級魔術を使わせることは防げているが。このままでは遠からず騎士達がやられてしまう。
とにかく皆が逃げるための時間を稼がないといけない。
俺は強化魔術を自分にかける。一回かかった上から更にもう一回。固有スキル『重複化』による重ねがけを繰り返すこと計五回。
魔族と騎士達の戦いを見ながらタイミングを測る。
二人の騎士が同時に魔族へと斬りつける。魔族は片方の騎士へファイアーボールを投げつけ、もう一人の騎士へと鉄扇を走らせた。火球を投げられた騎士が避けようと体勢を崩す。
その間にもう一人の騎士と魔族が武器を交える。そのまま剣と鉄扇で切り合いになるかと思いきや、魔族が蹴り技を放った。足業は完全に意識から抜けていたのか、騎士がまともに蹴りを食らい、吹っ飛ぶ。見た目にそぐわない威力。
その頃には体勢を崩していた騎士が持ち直し、斬る体勢に入っていた。剣が振り下ろされる。
が、しかし。魔族が初級魔術を放つ方が早かった。ファイアーボールが浴びせられ、騎士が崩れ落ちた。
「――ふん、雑魚ばかりさね」
魔族は倒れた騎士を一瞥すると、再び学生達へと向き直り、魔力を高め始める。上級魔術を使うため集中するタイミング。
――今。
俺は地面を踏みしめ、魔族へと突っ込んだ。過剰に強化された肉体が一瞬で魔族との距離を詰めさせる。
左足を踏み込み、半身の状態から。その慣性に逆らわないように、右足を振り抜く。
「――喰らえ!」
「なっ!」
勢いそのままに、不意を突いて無防備なその腹を、蹴り飛ばした。
まともに俺の蹴りを食らった魔族が、森の中へと吹っ飛ぶ。激しい音を立てて、魔族の姿が見えなくなった。
静寂が訪れた。今目の前で起きた出来事に皆、息を呑んでいた。
チャンスだ。パニックが収まっている。
「騎士団の皆さん! 今のうちに学生達の避難をお願いします!」
「あ、あぁ。しかし、今ので魔族を倒せたんじゃ」
「あいつはまだ生きてます。時間は私が稼ぐので、早く!」
「わ、分かった」
いち早く正気に戻ったのはカリストさんだった。俺が促したことで撤退に動き出す。
実際、魔族を蹴る際、足への衝撃は腹に当たる前にきた。おそらく障壁か何かを張ったのだろう。蹴りの勢いで吹っ飛ばしはしたが、ダメージはほとんど負っていないはずだ。
ここから出る推論は俺にとって嬉しくなかった。
相手は全ての魔術を詠唱破棄して行使している。先ほど、上級魔術を放つ際にも詠唱している素振りは見られなかった。初級魔術に至っては、ほぼノータイムで騎士達へと放っていた。
しかも、騎士団との戦いの様子や、先程俺の一撃を防いだ動きから判断するに、体術も相当できる。
非常に厄介な相手だ。
重ねがけした強化魔術を解く。重ねがけは体への負担が大きい。不意打ちでも倒せなかった以上、これ以上は相手に致命傷を与えるより、こちらがバテる方が早いと判断する。
再び強化魔術を自身にかける。ただし今度は重ねがけ無し。
倒れている騎士を、別の騎士が助け起こすのを尻目に俺は前を見据えた。手伝ってやりたいが、そんな余裕は無い。
「カノン嬢。さっきの動きは常にできるのか?」
声は横から。横目で確認するとカリストさんだった。撤退は部下に任せて、こちらへ来たのだろう。
「すみません、できません」
「そうか。では私が前に出よう」
「いえ、ここは私に任せて下さい。カリストさんは撤退の指揮を」
「魔術師一人では何もできんだろう」
「あいつは無詠唱で魔術を放ってきます。おそらく固有スキルの力で。剣だけでの近接戦は無理です」
前衛が時間を稼ぎ、後衛の魔術師が止めを刺す。それが対魔族のセオリーだが、今回は相手が悪い。初級とはいえ、ノータイムで魔術を放ってくる敵を相手に、前衛が時間を稼ぐなど無理がある。
現にさっきは、騎士二人がかりでも相手になっていなかった。
「私はソロ冒険者のエルヴェに師事していました。魔術師ですが、一人で戦う術があります」
俺は言葉を切って、腰に下げた短刀を抜いた。
「しかし、君のような少女を残して撤退したとあれば、王国騎士団としての――」
「カリスト隊長、今重要なのは誇りを保つことでは無いでしょう! あなたの成すべきことを成して下さい」
「……学生達を安全な所に逃がしたら、魔術師を引連れて戻ってくる。それまで時間稼ぎを頼む」
「お願いします。早く来ないと、美味しい所持ってっちゃいますので」
「心得た」
後退していく気配。カリストさんは意外にも聞き分けが良かった。もっと粘られるかと思ったけど、俺のことを信じてくれたのだろうか。
だとしたら俺はその信頼に応えなければならない。アイリス様との約束もあるし、益々負けられなくなった。
大きく息を吸い、吐く。俺は森の奥へと声をかけた。
「わざわざ待っててくれるなんて、優しいんだな」
「――気にすんなし。あんたとは、不意打ち無しでやりたかっただけさね」
反応は直ぐ近くから。声と共に茂みを掻き分け、魔族が出てきた。
「退屈な仕事と思ったけど、存外楽しめそうさね。あんな雑魚共どうでもいいし、あたしはあんたとやりたい。――『連撃』のメルスピリウス。本気でいくし」
「――魔術師カノン。私も全力でいかせてもらう」
お互いに名乗り、構える。合図も無く同時に動き出し。
俺は魔族と激突した。




