19 アイリス様の不安
学生達から餌付けされ、講師としての矜持が傷付きはしたが。移動自体は順調に進んだ。
演習する森まで後三割程の距離、というところで、馬車を止める。少し早いが今日はこの場で野営をし、明日から森に入る予定だ。
野営をする場所は草原で、森のある方向以外は見晴らしも良いので、魔物が近づいてきても直ぐに気付けるだろう。学生達が固まり、その周囲を囲うように護衛の騎士が散らばった。
班ごとに天幕を張り、ご飯の準備をする。俺は講師用ということで、少し小さめの天幕をクレア先生と二人で利用することになっている。
「カノンさんは随分慣れてるのね」
「天幕を張るのは何度か経験したことがあるので」
「そうなのね。私はこの課外活動ぐらいでしか天幕を張った事が無くてね。去年はニア先生と一緒だったのだけど、苦労したわ」
俺は冒険者時代に何度も天幕を張ったことがある。体が小さくなっても感覚は忘れてないので、落ちた力さえ身体強化の魔術で補えば。昔と同じように動くことができた。
手際よく組み立てているとクレア先生から褒められる。普段、王都内に住んでいる人にとって、天幕を張る機会など無いのだろう。クレア先生はしきりに関心するばかりだった。
「あっ、すみません。そっち持ってて貰って良いですか?」
「こっちね。……これで良いかしら?」
「はい、ありがとうございます。――ふぅ、これで完成ですね」
「ご苦労さまです。ありがとうね、カノンさん」
「いえいえ。これぐらい任せて下さい」
物理的に手が届かない所については、クレア先生にも手伝って貰う。そうして張った天幕はきちんとした形に仕上がった。クレア先生の補佐についてから、ようやく仕事ができて満足する。
ご飯の準備はしておくから、学生達の手伝いをしてくれと言われたので、その場を離れて学生達を見て回った。
男子学生の班は綺麗に天幕を張れているが、女子学生の班はやはり手こずっているようだ。
これは馬車内での、舐められた態度を払拭する良い機会になるな。
格好良く、バシッと決めて威厳を取り戻そう。
そう決心し、手間取っている所を見つけては手を貸していったのだが。
「カノン先生。こんなにちっちゃいのに天幕張れるんですね」
「体いっぱい使ってるの、可愛い!」
「私もカノン先生みたいな妹が欲しいなぁ」
何故か、微笑ましい目で見られた。皆、お礼は言ってくれるので、馬鹿にされている訳では無いと思うが。
何故だ。講師としての威厳を取り戻せる気がしない。
結局、俺の作戦は失敗し、意気消沈してクレア先生の元へと戻った。
「見てきてくれて、ありがとうね。カノンさんが一緒で良かったわ」
クレア先生だけが唯一、しっかりと褒めてくれた。
俺は泣きそうになりながら、準備してくれてたご飯を食べる。
クレア先生が作ってくれたご飯は美味しかった。
ご飯を食べ終え、後片付けをした後。就寝時間を迎えてから、再び学生達を見て回る。先程は天幕を張る手伝いが主だったが、ここからは学生達がちゃんと寝ているか。そして、異常が無いかを見て回るのが仕事となる。
同じくご飯を食べ終えた学生達は皆天幕の中に篭っていた。
親しい友達と一緒に夜を過ごすことになるので、皆なかなか眠らないものかと思っていたが、そうでもないようだ。
おそらく今日が朝早かったことと、明日の朝も早いことが影響しているのだろう。
楽な見回りを続けていると、一人の女学生が天幕の外で焚火に当たっているのが見えた。
あれは、アイリス様か?
「アイリス様、もう就寝時間ですよ」
「あ、カノン先生。……すみません」
「いえいえ。眠れないんですか?」
「はい。ちょっと緊張しちゃって……」
申し訳なさそうにアイリス様が謝った。
緊張してるって、魔物に対してか?
でも、周りには騎士団がいる。アイリス様だって騎士団が魔物なんかには負けないことは知っているはずだ。
そこまで考えて、気付く。
アイリス様が心配してるのは魔物のことじゃない。
「……魔族のことが心配ですか?」
アイリス様の横に腰掛けながら尋ねる。
「……はい」
返事は少し間を置いた後。呟くようにアイリス様が頷いた。
やはり、魔族に狙われたことが尾を引いていたようだ。普段は安全な王都にいるため問題無いが、こうして外に出てきたことで、あの時のことを思い出したのだろう。
普段は元気なアイリス様の、落ち込んだ姿に胸が詰まる。
こういう時に何と言えばいいのだろう。
こういった経験の少ない過去の自分を恨みながら、必死に言葉を探す。
「――大丈夫ですよ。この辺と森の中は騎士団が事前に調査してますから」
「……はい」
少し、早口になる。
違う。こんな言葉だけじゃ彼女は安心できない。
今度は言い聞かせるように、努めてゆっくり話す。
「それに、もし魔族が出てきても大丈夫です。皆を守ってくれる騎士団がいますし」
言葉を切って、アイリス様の目を見る。視線がぶつかった。
「何より私がいますから」
安心させるように微笑む。
「カノン……ちゃん」
「私の強さはアイリス様も知ってると思いますけど。……実は私、もっと凄い切り札を持ってるんですよ」
「切り札、ですか?」
「はい。だから、何があっても絶対私が皆を、アイリス様を守ります。約束します」
優しく、丁寧に。小さい子供を諭すように告げる。
「……やくそく?」
「はい、約束です。破ったら、……そうですね、アイリス様の望むことをしちゃいましょうか」
「私の望むこと……何でもいいの?」
「私にできることなら、何でも大丈夫です」
「それじゃあ。……私、カノンちゃんと一緒に街へ遊びに行きたい」
「そんなので良いんですか? それなら、いつでも付き合いますけど」
「じゃあ、今度お城に遊びに来てほしい」
「いや、お城ってそんな簡単に入れませんよね!?」
「ふふっ。そんなことないよ」
アイリス様が小さく笑った。
少しは不安を取り除けたかな。
「カノンちゃん、ありがとう」
「いえいえ、なんと言っても私は皆の先生ですからね」
「本当に先生みたいだね、カノン先生?」
「本当に先生ですよ!」
更にアイリス様が笑う。良かった、だいぶ調子も戻ってきたようだ。
「少しは落ち着きました?」
「うん、もう大丈夫」
「よし。それじゃあ明日も早いので、もう休みましょう」
「はーい。……カノン先生、一緒に寝ない?」
「寝ません」
アイリス様が天幕に入るのを見届け、俺は歩き出した。
あれで正解かは分からないけど、元気になってくれて良かった。
しかし、流れで変な約束をしてしまった。あの様子だと、もし破ったら何を要求されるか分からない。
まあ、約束を破るつもりなど毛頭無いから、構わないのだが。
俺は明日からの活動に対し、気合いを入れ直し、見回り作業へと戻っていった。




