18 課外活動
「――ふあっふ」
欠伸が出そうになるのを噛み殺す。
図書室での調査を始めてから一ヶ月が経った。まだ手掛かりは見つかっていない。
毎日遅くまで調べているせいで、若干寝不足気味だ。いや、遅くなるのにはもう一つ理由があった。
魔術書が面白すぎるのだ。色々と読み込んでいる内に、時間が経ってしまう。
俺は眠気を振り払うため、軽く頭を振ると手元の資料へと目を落とした。
そこには『課外活動について』と書かれている。
課外活動。学園に入学した学生達が、より親睦を深められるようにと開かれる定例行事だ。
その行事に向けて、打ち合わせるための会議が今、行われており。俺はそこに出席している。
と言っても俺は臨時講師の、しかも新人だ。末端の席で大人しく話を聞いているだけなのだが。
長方形の机複数を四角形になるように並べられた部屋で、机を囲うように講師達が座っている。
前方で学年主任の講師が目的や注意事項などを述べているのだが。それら全て、書類に書かれていることを読み上げているだけである。
この時間は必要なのだろうか。各自目を通しておくように、で済むと思うけど。
案の定、周りを見れば。頭が船を漕いでいる人が何人も見受けられる。ベテランの講師ほど何回もこの行事を経験しているだろうし、目的や注意事項についても何度も聞いているはずだ。余計に退屈な時間となっているのかもしれない。
「あふ……」
再び欠伸を噛み殺す。
不味い、このままじゃ俺も寝てしまいそうだ。ベテランの人はともかく――本当はベテランの人でも不味いが、とにかく新人の俺が寝てしまうと、流石に怒られる。こんなことで目を付けられたくもない。
気を紛らわすために再び、書類へと目を落とす。もう既に読んでしまって把握しているのだが、眠気を覚ます目的で読み直す。
えー、なになに。今年は王都から少し離れた所にある森に行く。護衛に騎士団がわざわざ付いてきてくれる、と。
学園生に無駄な危険を及ぼさないため、とのことだが、それなら課外活動なんかしなければいいのに。護衛につく騎士団にとってもそれなりの労力が必要だろう。
わざわざ安全な王都から離れ、そのための護衛に人員を割く。そんな非効率な行事が行われる理由の一つが、課外活動で行われるイベント、魔物狩りだ。
もちろん、狩るのは騎士団であり、学園生は見ているだけである。将来を担う学生達に、魔物の脅威を教える。ここで、魔物の脅威を正しく知ることで将来、本当に役立つ人材となる。のだそうだ。
本当か?
疑問には思うが、異議を唱えても仕方がないので黙っている。何せ、俺は新人の臨時講師だ。
それより、更に疑問なのは今、課外活動をしても大丈夫なのかということだ。つい最近、王都周辺に魔族が現れたのだ。もし、課外活動中に別の魔族が現れたら、魔物の脅威を伝える所ではない。
まあ書類を見るに、活動場所は事前に騎士団が調査するそうだし、たぶん大丈夫だと思うけど。
そう言えば、魔族が出たって噂は聞いたことがないな。王城からお触れは出ていないのか。
だから、皆知らないのかもしれない。
あれこれ考えながら読み直しても、薄い書類は直ぐに読み終えてしまった。
俺の隣で、完全に寝てしまっていたニア先生が怒られた。気持ちは分かる。俺も眠ってしまいたい。
俺もニア先生もクラスを直接引率する訳ではない。ベテランの講師が引率を行い、若手の俺たちはそのベテラン講師達を補佐する役割が与えられていた。
メインじゃないから、余計に気が抜ける。
ちなみに、俺の受け持ちはSクラス。直接の引率はクレア先生という算術課の講師だ。
まだ話したことは無いが、落ち着いた大人の女性、といった雰囲気を出している。
直属の上司であるウィルソン先生の補佐にならなかったのは、おそらく性別が原因だ。
課外活動は泊まり込みで行われる。そして、引率の講師と補佐の講師は同じ天幕の下で寝るようだ。体は少女な俺と、男のウィルソン先生が一緒の天幕で寝るのは問題があるのだろう。
色々考えながら、何とか眠らずに耐えていると、会議がようやく終わった。
「ほへ〜。ようやく終わった」
「ニア先生、怒られてましたね」
「だって、眠かったんだもん」
隣でニア先生が会議机に突っ伏した。ニア先生はあの後も、度々寝ているところを指摘されていた。
「こらこら、大事な会議で眠ったら駄目でしょうが」
ニア先生が頭を書類で叩かれた。優しく当てる程度なので痛くはないだろう。声を掛けてきた人を見る。眼鏡をかけた中年の女性。クレア先生だった。
「えへっ。すみません」
申し訳ないとはあまり思ってなさそうな態度のニア先生だが、クレア先生は特に気にしてなさそうだ。
苦笑しながら、俺へと顔を向けてきた。
「カノンさん。課外活動ではよろしくね」
「あ、はい。よろしくお願いします」
「聞いてたと思うけど、活動にあたって、クラス内で班作りをするから。手伝ってね」
「はい、分かりました」
それじゃ、と言いながら去っていくクレア先生。颯爽とした姿が、できる大人に見えて、なかなかに格好良かった。
ああいう大人の女性も素敵だな。
そこまで考えて、一瞬思考が止まる。
いや、今のは男として素敵だなって思っただけだ。決して女として憧れた訳じゃない。
「カノンちゃん、どうしたの?」
「いえ、何でもないです」
頭を振る俺を不思議に思い、ニア先生が尋ねてきたが、気にするなと伝える。
俺は誰にするでもない言い訳を頭の中で繰り返した。
☆
クレア先生はできる雰囲気を醸し出していたが、間違いなく本当にできる講師だった。
事前の打合せは無駄なく済ませ。学生達の班分けも恙無く終わらせた。俺は補佐の役割を与えられていたが、出番が無く見ているだけだった。
特に何も仕事をすることが無いまま、校外学習を迎えた。
森まで馬車で向かうとのことで、十人乗りの馬車に別れて乗る。この日のために雇った御者が一人。一班四人か五人なので、二班ずつ乗り込む。俺とクレア先生は、四人班の乗る馬車に、別れて乗った。
そして、現在。
「――カノン先生、飴食べます?」
「――こっちのも美味しいですよ、カノン先生」
俺は何故か、学生達から餌付けされていた。
おかしい。俺は入学式で威厳を見せつけたはずなのに。
気付かぬ間に口に放り込まれた飴を舐めつつ、どうしてこうなったのか考える。
「ちょっと皆! そんなことしたら駄目よ」
おぉ。俺を取り囲む学生達に、声をかける子がいた。そう、そういうことをしたら駄目なのだ。何せ俺は威厳ある講師なのだから。
誰が声をかけてくれたのか気になり。見るとアイリス様だった。そう言えば、同じ馬車だったな。
それはともかくアイリス様。さあ、皆に注意してやってください。
「あんまり食べ過ぎたら晩ご飯が食べれなくなっちゃうわ。……ねぇ? カノン先生」
あ、駄目だ。アイリス様も全然分かってくれていなかった。
俺はため息を吐きながら口内の飴を転がした。




