02 反転の魔術
気づけば、俺は床に倒れ込んでいた。
束の間、意識が飛んでいたらしい。
身体を起こし、辺りを見回す。皆が倒れているのが見える。
パーティ唯一の回復要員であるナターシャも倒れているのは不味い。何とか彼女だけでも直ぐに治療しないと。
そう思い、立とうとした所でその声は響いた。
「……まさか、ここまでやるとは思わなかったよ」
慌てて先程まで炎の柱が突き立っていた辺りを見る。
柱は既に無く、代わりに燻った煙が蠢く中。何かが、煙を掻き分け出てきた。
(あれだけの魔術を食らって生きているのかよ)
出てきたのは魔族だった。服はあちこち破れ、体中に傷を負っている。憎々し気な顔からは魔族自身も追い詰められていた事が窺える。
上級魔術を直撃させたのに倒せなかった。その事実に、内心歯噛みした。
やばい。相手も手負いだが、こちらは満身創痍だ。このままじゃ、全滅する。
「ボクをここまで追い詰めたのは君達が初めてだ。誇っていいよ。……誇りに思いながら、死ぬといい」
魔族が魔力を集中させ始める。
上級魔術?やらせるわけにはいかない。
「――死ぬのはお前だ!」
魔族に突っ込もうとした所で、別の声が飛び込んできた。この声はルノアールだ。
目を向けるとルノアールが魔族へと走っていくのが見えた。見る限り、軽傷に見える。
ナターシャの回復が間に合った? 魔族の反撃は? 倒れてたから最小限の被害で済んだのか?
いずれにせよ、チャンスだ。
様々な疑問が湧いてくるのを無理矢理押し殺し、奥の手の準備をする。
身体強化の魔術を自身に掛け直し、更に上から重ね掛けする。
身体強化の魔術は通常、最初の一回しか効果が出ない。だが、俺は俺自身の固有スキルによって、身体強化を重ね掛けすることができる。
更に重ね掛けを繰り返す。重ね掛けする度に体への負担は増すが、そんなことは気にしてられない。
計五回。重ね掛けした所で、ルノアールが魔族の元に辿り着く。魔族が攻撃を反射することに気づいていないのか、何の策も無く剣を振りかぶった。
魔族はルノアールに視線を向けている。
――いける。
大地を蹴る。
軋む体を無理矢理動かし。
瞬間的に魔族との十数メートルの距離を詰める。そのまま、背後より魔族の心臓を短刀で貫いた。
その間、僅か一秒弱。
「がっ! ……な!?」
突然の衝撃に驚愕する魔族。遅れてルノアールが逆袈裟に魔族を切りつける。
さしもの魔族も、自分の胸に刃が刺さった状態で、目の前の攻撃を反射する余裕はなかったようだ。
「エルヴェ!? お前」
ルノアールが俺の存在にようやく気づいた。忌々しげな表情が一瞬見えた。
その表情が一瞬気になったものの、目の前の魔族へと意識を戻す。
こいつはまだ生きている。
「ぐふっ。……まさか……このような手を……持っているとはな……驚いたよ」
「……とっておきの奥の手だ。驚いて貰わないと困る」
「素晴らしい……一撃だ……負けるとは思わな……」
胸から生えた刃に手を置きながら、辿たどしく話す魔族。その言葉は既に自分の死を受け入れているように聞こえる。
「ふん。俺は本物の勇者だ。本物に勝てる魔族がいる訳がないだろう」
魔族を挟んでルノアールが偉そうに告げる。俺が居なかったら斬撃を反射されて、今度こそ死んでたろうに。言わぬが花だろうか。
「そうだな……私は負け……だが、タダでは負けない」
「っ。ルノアール! 気をつけろ、何か変だ」
魔族の言葉に急に力が宿ったのを感じた俺はルノアールに注意を促し、自分も魔族に止めを刺すべく、刃を動かそうとする。しかし、魔族に掴まれたそれはびくとも動かない。
死の間際だというのに、何という力なのか。
このままでは止めを刺せないと判断し、一旦離れようとした。
だが、途轍もない疲労感が体を包む。
(こんなタイミングで強化魔術が切れるなんて)
魔族の反撃で、受けたダメージ。強化魔術の重ね掛けによって生じた負担。それらが一気に押し寄せる。
自分の意志に反し、動かない体を無理矢理動かそうとするが。
魔族の方が行動が早かった。
「最も厄介な君を道連れにしよう」
俺の足元に魔法陣が浮かぶ。
もはや、逃げるのは間に合わない。
回避を諦め、代わりに障壁の魔術を足元に展開する。
「一つ、間違いを訂正しよう。私の得意とする魔術は反射では無い。『反転』だ」
反転?
聞いたこともない魔術に、僅かに思考が逸れる。
「さあ、私の生命と引き換えに。その命を反転させたまえ」
魔法陣が光り輝いた。
その光が俺を包んだかと思うと。
体中を激痛が走った。
「ぐあ! あっ!」
思わず悲鳴が喉をついて出る。堪らず、その場に膝をつく。
何とか痛みから逃れようと、残った魔力を総動員し魔術に抗おうとする。
それでも魔族の死に際の魔術を止めることはできなかった。
呪いのように徐々に体を蝕む魔術。体のあちこちが軋むのが分かる。
これは、体が縮んでいる?
戸惑う間にもどんどん体は小さくなっていく。どこまで縮むのか分からないが、このままでは良くないことは間違いない。
必死に抗いながら、考える。
(奴は何て言った? 自分の命と引き換えに……命を反転? まさか!)
奴の言葉から、今自分にかかっている魔術がどういった物なのかを推測する。そこから助かるために、一つの考えが浮かぶ。
それが正しいかどうかは分からない。だが、推測通りならば、やらなければ間違いなく死ぬ。
迷っている暇はない。
残りの全魔力を注ぎ込み、一つの魔術を発動させる。
そこで俺は意識が途絶えた。