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01 いつもの尻拭い

「――君達でもう何組目かな? 人間も懲りないね」

「――安心しろ。今回で最後だ。何せお前は今日ここで死ぬんだからな」

「――やれやれ。勇者はどいつも威勢だけはいいね」


 とある森の中の館。その最奥の広間にて。俺の前で勇者と魔族が会話を繰り広げている。

 目の前の魔族は豪華な椅子に腰掛け、悠然と此方を見据えている。パッと見は普通の人と変わらないが、耳の上に生えた左右の角が人では無いことを如実に語っている。


「それじゃあ行くよ。精々僕を楽しませてね」

「ぬかせ!」


 魔族が立ち上がり、悠然と構える。それに合わせて俺達、勇者パーティも陣形を取った。

 盾役を担う剣士――ライデンが前に立ち盾を構える。

 その後ろに勇者――ルノアールが立ち、少し距離を空けて俺を含む残り三人が控えた。

 戦い慣れたいつもの陣形。その陣形を取るやいなや。俺は身体強化と、魔法耐性の支援魔法をパーティ全体にかけた。


 それを合図に、魔族が動く。


「まずは小手調べかな」


 掌を上にして掲げた右手の先、何も無い空間に炎の塊が生まれる。魔族は無造作に手を振り、それをこちらへと投げつけた。

 瞬間、炎が膨張し俺達を飲み込もうと吹き荒いだ。


 離れていても感じる熱量。赤に染まる視界。

 火の上級魔術――『フレイムストーム』。無詠唱で放ってくる辺り、技量の高さが窺いしれる。こんなもの、喰らえばライデンは間違いなく消し炭になる。


「――っ。エルヴェ、ミレーユ!」


 ルノアールが咄嗟に叫ぶ。名前を呼ばれた俺と。もう一人の魔法使い、ミレーユは即座に魔法を唱えた。


「『ミスティックウォール』!」

「『エンハンスドマジック』」


 即座に生じる霧の壁。即応性が求められるが故に無詠唱で紡がれたそれは、魔力の錬成が足りず、目の前の炎を防ぐには酷く弱々しい。しかし俺の魔術が壁を強化し、吹き荒ぶ炎と遜色ない強度を作り出す。

 炎の着弾は一瞬後。爆音と共に部屋全体が揺れた。


 大量に発生する水蒸気。ルノアールが剣を振るい、それを切り払う。晴れた視界の先で魔族が不敵に笑っていた。


「やるね」


 余裕の表情を見せる魔族に向かってライデンとルノアールが突っ込んだ。


 離れれば、先程のように魔術で狙われる。ゆえに迫る。魔術を使わせず、数の利で押し切るために。


 ライデンが盾を前面に構えた状態で前進する。左右に避ければ、直ぐ後ろを走るルノアールが追撃をかける。避けなければ真正面からライデンの突撃を受けることになる。体格差、そして勢いはライデンにある。まず負けないはずだ。

 魔族が避ける気配を見せないことを感じたのかライデンが更に勢いづけて迫った。両者が接触する。


「ぐっ。バカな!?」


 魔族は吹き飛ばされること無く突撃を受け止めていた。

 魔族が腕を振る。瞬間、ライデンが吹き飛んだ。


 すぐ後ろでそのやり取りを見た勇者は、飛んできたライデンをしゃがんで避ける。そして、そのまま斜めに斬り上げた。

 その刃は確かに魔族の身体を薙いだ。


 鮮血が舞った。


「なかなかに鋭いね。……その一撃、重たいんじゃないかな?」


 何気なく呟いた魔族はしかし、傷一つ負っておらず。


「ルノアール!」

「勇者様! 『ヒール』」


 膝から崩れ落ちるように倒れたのは勇者であった。

 即座にルノアールの身体を癒しの光が包む。一番後方に控える治癒師――ナターシャの回復魔術。

 見れば、ライデンにも既に癒しの光が包んでいる。


 二人のことはナターシャに任せ、俺は魔族へと目を向けた。先程ライデンとルノアールの攻撃をまともに食らった筈なのに、ダメージを受けた様子が無い。


「物理攻撃無効? いえ、二人のやられ方から考えると反射ね」

「あぁ、恐らく反射系統の魔術だな。物理耐性だけなら魔術が効くけど……」

「試す気にはならないわね」

「だな。……隙は俺が見つける。止め、任せてもいいか?」

「問題ないわ」


 もし魔術も反射できるなら、下手に魔術を撃つと反射されて全滅する可能性がある。

 ミレーユと短くやり取りをした後、俺は一歩前に出た。前衛がダウンしている以上、新たな壁役がいる。奴にダメージを与えられるような魔術を撃つには魔力を練る必要があり、そのための時間稼ぎがいる。誰かが前に出て隙を作らねばならない。


(誰かと言っても、俺しかいないんだけどね)


 気負いは無い。前衛を抜かれるのはこのパーティでは良くあることだ。残念なことに。


 いつもと違うのは一つ。反射の魔術を使わせないために、足止めではなく隙を作らないといけないということだ。当然、魔族に強力な魔術を撃たせないように常に距離を詰めながら、である。

 いくら何でも無茶ぶりだ。

 まあ、できなければ全滅するだけなのだからやるしかない。斬撃の反射を受けたルノアールはともかく、ライデンは直ぐにでも復活するだろう。二人で当たることができれば何とかなるはずだ。たぶん。


 俺は大きく息を吐くと、腰に差した短刀を抜き、無造作に魔族へと突っ込んだ。

 魔族に肉薄する直前、左手をかざし初級魔術『ライト』を無詠唱で発動。一瞬の閃光が魔族の視界を奪う。

 魔族が見ていない状況でしゃがみ、足払いをかける。それを魔族は大きく後ろに飛んで躱した。足払いに気づいたと言うよりは、俺を警戒し距離を取るための動き。 


 追撃をかけるべく俺は短く詠唱する。練られた魔力に応えるように生まれる三本の火の矢。

 一本は真っ直ぐ、残り二本は左右から弧を描くように魔族を挟撃する。魔族は矢を確認すると、その全てを反射させてきた。

 先程通った軌跡をなぞり、俺の元へ返ってくる三本の火の矢。自分が放った直後に準備していた魔術障壁を展開し、防ぐ。


「素晴らしい動きだ。強いね、君」

「全部躱しといて、よく言うな」

「それは仕方ないさ。それ以上にボクが強いからね」


 余裕の表情で語る魔族に舌打ちする。


 悔しいがあいつの言ってることは事実だ。だが、先程のやり取りで弱点も発見した。その余裕の表情、崩してやる。


「エルヴェ! 任せて済まん。ここからは俺もやる」

「ライデン、身体の方は大丈夫か?」

「ああ、いける」


 再び距離を詰めようとした時、ライデンが復帰してきた。横に並んだライデンに、俺はこれまでに得た情報を簡潔に伝える。


「奴は俺達の攻撃を反射してくる。迂闊に一撃は加えるなよ」

「何だと!? どうすりゃいい?」

「おそらくだが攻撃が見えていないと、反射できないんだと思う。あとはオーガと戦う時と同じ手順だ」

「なるほど。分かった」


 こちらの会話は魔族にも聞かれているので、弱点を発見したことは直接的に、攻め方は間接的に説明する。ずっと同じパーティで戦ってきた仲間はこれだけで察してくれる。


 そして、弱点についてはまず間違いないだろうと踏んでいた。でなければ、光で目を眩ませた時に俺の足払いを躱す必要が無い。こちらの攻撃が見えなかったが故に、反射できなかったのだろう。


 俺達は左右に分かれると、魔族を挟撃する体制を取った。

 片方が攻め、魔族が反応するともう片方が死角から攻める。魔族がそれに気を取られたら最初に攻めた側が再び動く。

 お互いがフォローし合って、魔族を攻め立てる。


 魔族の表情からは笑みが消えていた。真剣な顔で俺達の攻撃を捌いている。

 余裕の表情を崩せた所までは良い。しかし、俺達の攻めはそこまでだった。

 魔族に一撃食らわせるには一歩足りない。反射魔術に胡座をかいてれば良いものを、魔族は体術でも俺達を上回っていた。


「ふむ。一瞬ヒヤリとはしたが……。ここまでかな?」


 魔族が呟く。


 攻めあぐねている俺達に、防戦一方の魔族。一見、互角に見えるが実はそうではない。魔族としては一撃でも反射させれば俺達の誰かを戦闘不能に陥れられる。だから決して反射されないように戦わなくてはならないのだ。俺達は気を使いながら攻撃しなければならず、それは必要以上に集中力を消耗し、そして攻めきれない要因ともなっていた。


「くそっ。化け物め」

「ふふふっ。君達は十分強いさ。誇っていいよ。ただ、残念ながらボクの方が強いだけさ」


 ライデンの悪態に、魔族が笑って返す。その言葉を俺は否定せず、受け入れた。


「……確かに。俺達じゃあ、お前には勝てなそうだ」


 魔族が訝しげな顔をする。


「けどな。弱者だって、追い詰められたら強者に一矢報いるんだぜ」

「っ! これは!?」


 俺は溜めてた魔力を解放した。魔族を中心とした床に俺達三人がすっぽり収まる程の魔法陣が現れる。

 風の魔術が魔族へと殺到する。完全に不意をついた一撃だった。


「舐めるなよ!」


 しかし、ギリギリで魔族の反射魔術が間に合ってしまう。魔族へと殺到した魔術は綺麗に反射され、俺とライデンを弾き飛ばした。

 ――瞬間。

 上空から飛来した炎の柱が魔族を飲み込んだ。


「捉えた。『サンダーランス』」


 短く呟かれた女性の声。

 同時に、雷撃が炎の柱を貫いた。


 その光景を見ながら、俺は内心安堵した。


 上手くいって良かった。

 ミレーユが止めを刺すためには魔族の意識の外から魔術を打ち込む必要があった。

 しかし、俺とライデンの二人では魔族の気を完全には逸らせなかった。あいつは常にミレーユの方にも注意していた。だから、一芝居打った。俺の魔術が切り札であるかのように見せて。足元に注意を向けさせ、ミレーユから気を逸らしたのだ。

 ちなみに俺が放ったブラフの魔方陣は反射されることが前提だったので、只の突風を発生させる魔術だ。おかげで俺とライデンは突風に弾かれ、安全圏に逃げることが出来た。

 そこを逃さず狙い撃ったミレーユは流石だ。


 俺は大殊勲を挙げた天才魔術師を見やり。次の瞬間、悪寒に襲われた。


「皆、気をつけろ――」


 炎の柱が弾け、辺りに撒き散らされた。

夜にもう一話、更新します。

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