第9話 アリアの力、レイの覚醒
ダンジョンに入ってから数分後。私達は大きな扉の前にいた。
扉は私達の数倍の大きさで、その上今は水中だから、とても開けられそうにない。
「ここってさ、宝物庫かな」
「でしょうね。もしくは、家主の部屋でしょう」
「フィアナさん呼ぶ?」
「……そうですね。そうしましょ」
そう言って、来た道を戻ろうとした。その時――
ドゴン。
何かが爆発したかのような音と同時に、私達は何かに捕まれ、身動きが取れなくなった。
何かスライムのようにぶよぶよしているものだが、水に溶けていて分からない。
唯一自由な足で思いっきり蹴り上げる。しかし、何かにあたった感触はなく、そのままダンジョンどころか、海の外に放り出された。
「ゲホ、ゲホ。大丈夫ですか? レイ」
「ゲホ、ガホ。大丈――うぐっ、がっあぁ!」
突然、右脚が無数の針を刺されているかのように痛み始めた。
右脚には、血管ではない何かが膨れ、脚全体を覆っている。蹴った時に何かされたのだろうか。しばらく右脚は使えそうにない。というか、痛みで動けそうにない。
「大丈夫ですか!? しっかりしてください!」
「大丈夫――ではない――けど。とりあえず――フィアナさんを――探さないと」
「そうですね。私がもう一度っ」
突然、フィアナさんが私めがけて飛んできた。
私は反応することができずに、そのままぶつかった。
「あっ! ごめんなさい、アリアちゃん! いきなり飛ばされたものだから」
「――っ。だ、大丈夫です。フィアナさんも、無事でよかった」
突然、海の水が膨れ上がり、蛇のような姿のものが、数体現れた。頭の部分には核らしき球体がある。
「ここまで追ってくるって、執着心強すぎませんか」
「多分、あれの球体を壊せば倒せっ――ゲホ、ゲホ、ガハ」
砂が赤く染まる。全身の力が抜け始め、意識が段々と遠のく。
「レイ? レイ! しっかりしてください! こんなところで死んでは困ります!」
「私も――そう思って――るんだけど――ゲホ。だめ。ちょっと――休む」
そう言ってその場に倒れ込んだ。
レイが倒れた。
あんなにも強いレイが、虚ろな目をしながら、弱々しく呼吸している。たまに咳き込み、その口からは赤い液体が飛び出している。
私が。私が今度は守らなきゃ。
でも――どうやって?
フィアナさんに任せるのもいいが、レイをここまで追い詰めた敵だ。フィアナさんだけでは敵わないかもしれない。だからといって、私が何かできるわけでもない。私が――私が、もっと強かったら――。
不安という雲が、私の心の空を覆う。
「……ちゃん! アリアちゃん!」
「はい!」
「今戦えるのは私とあなただけなの。2人でレイちゃんを守りましょう!」
「――はい!」
そうだ。そんなことを考える必要はない。
いつも、レイは私を護ってくれた。上手ではないけど、私に剣術や魔力の扱い方を教えてくれた。
今度は、私が護るんだ。
「よし! とりあえず剣を……あれ? いつからここに?」
全く気づかなかった。
目の前にレイの剣が刺さっている。
最初からあったわけではない。かといって、レイが投げたわけでもなさそうだ。まさか、この剣が独りでに?
「……とりあえず、緊急事態なので借ります」
私は剣を握った。すると剣は、夜中のランタンの火のような、優しくほんのりとした光を放ち始めた。
レイが持っている時は、こんなことないのに。
突然、奴らのうちの一匹が襲いかかってきた。
それに驚いた私は、思わず剣を振った。
刃自体は当たらなかったが、刃から放たれた白い光の刃が、奴の身体を真っ二つに切った。
しかし、核には当たらず、すぐに再生した。
「レイちゃんの言っていた通り、アリアちゃんは強いわね」
「私なんて――まだまだです。戦闘中に――喋るのは――まだ少し難しいです」
だめだ。全然数が減らない。倒してもまた次の奴がどんどん現れる。魔力も残り少ない。一体どうすれば――。
私の動きが一瞬止まった。奴らはその隙を逃さず、総攻撃を仕掛けて来た。
死ぬ!
――――あれ? 生きてる。
「大丈夫ですか? アリアお嬢様」
先程まで寝ていたはずのレイが、私を抱き上げていた。
「――! レイ! 起きるのが遅すぎです。寝ていた分、今からしっかり働いてください!」
「言われなくてもそのつもりです〜。――あ、剣はあげるよ」
「え? なぜです?」
「その剣、アリアのことが気に入ったみたいだし。私も新しい武器見つけたから」
そう言いながら、レイは自分の腹に手を入れた。しかし、血が出る様子は無く。腕の周りが静かに波打っている。
そして、取り出された? のは、夜空のように黒い球体。
その球体は取り出されるや否や、粉のようになり、最終的にはレイの服となった。
レイの足元には、今まで来ていた服が、丁寧に折り畳まれて置かれている。なんて律儀な武器なんだ。
「何ですかそれ」
「簡単に言えば、私の魔力と一緒に封印されてた魔道具。ま、詳しいことは後で」
そう言ってレイは奴らの方を向いた。
奴らはレイのことを警戒している。無効化したはずの相手が目の前で元気に喋っているんだ、当然のことだろう。
レイは手を前に突き出し、何かを握りつぶすように、拳を握った。
その瞬間、レイの足元は黒く染まり、無数の黒い鎖が現れた。
黒い鎖は、不規則に動く奴らの核を的確に捉え、そのまま潰してしまった。




