現実世界 森本弥一
朝ご飯を食べ終え、真昼が食べ終えた食器を洗ってくれている間に僕は学校に行く支度をある程度済ませた後──
「行ってきます」
とリビングにインテリアとして置いてある夢の写真にそう言う。
その時にはもう真昼は皿洗いを終わらせていて玄関で僕のことを待っていた。
さすがにもうエプロン姿ではなくスクールバックを肩にかけ、背中には剣道で使う竹刀が入っている袋を背負っている。真昼は実は剣道部でしかも滅茶苦茶強い。前に男たちを傘一本で倒したところを見たことがある。
真昼は準備を済ませた僕を見て「もう遅い」と愚痴った後、僕たちは家を出る。
同い年の女の子と一緒に学校に登校するなんて思春期真っ盛りの僕としては恥ずかしいことなのだが、僕がそれを拒んでも真昼は無理矢理にでも僕についていこうとするのは明白だった。だから僕はそんな無駄なことはしない。
真昼は歩きながら僕に愚痴る。
「望が遅いせいで遅刻寸前じゃん」
「言っただろ?皿洗いは僕に任せてお前は先に行ってろ、後からすぐに追いつくって」
「どうして死ぬ前のキャラクターが最後に言う台詞みたいに言うのよ。それ絶対に学校に行くつまりない台詞だよね」
「なぜサボろうとしていたことがバレたし」
そう言うと真昼は呆れながら言う。
「わかってる?今年、私たち受験生なんだよ?そんなんだと進学できないわよ。ただでさえ望は馬鹿なんだし」
「馬鹿とは失礼な。僕は中間試験の数学で八十点とったんだぞ」
「私は九十点よ」
ぐっ……負けた……。
「それに望ってば数学以外、全部赤点じゃない」
「どうしてそのことを知ってる⁉」
「望のお母さんに教えてもらったわ」
くそ!また真昼に余計なことをいいやがって。
「そんなで本当、進路どうするつまりなの?」
「別にそんなのお前には関係ないだろ」
「関係なくないわよ。私は望のお母さんに望のことをよろしくって言われているし……。それに望は危なっかしいだから……」
そう言って横目で心配そうに見つめる。
まったく僕のことはほっといて欲しいものだ。
それからお互い無言でしばらく歩いていると。
「あっ昨日のお兄ちゃんだ」
と背後から話しかけられた。
後ろを振り返るとそれは昨日、猫が逃げ出してしまい道泣いていた女の子だった。背中にはランドセルを背負っている。きっと彼女もこれから学校に行くところなのだろう。
「お兄ちゃん、昨日はありがとうね。あたしの猫ちゃんを見つけてくれて」
「別にいいよ。それよりももう二度と逃がしたらダメだからな」
僕はそう言うと、女の子は「うん」と笑顔で頷き「兄ちゃん、じゃあね」と言ってから学校に向かった。
僕はそれを眺めていると真昼は「へー」と感心していた。
「助けてあげたんだ。右手を怪我したのもその時にしたの?」
「まあな」
「ふーん、そうなんだ」
真昼はそう言って僕をマジマジと見つめる。
「なんだよ」
「いや、望てさ案外優しいところがあるよねと思ってさ」
「案外てなんだよ……」
まあ確かに僕は本来なら人助けをするような正確ではないのだが。
と思っていると真昼は「ほら行くわよ」と言って歩き始める。
僕たちが通っている横浜市立秀心中学校は歩いて数十分ほどで着くところにある。
遅刻ギリギリで僕たちは登校し、三年一組の教室に入る。
そして僕達は一緒に登校してきたのを誰にも悟られないようにお自分の席に座る。
例え同じクラスでも僕と真昼が教室でしゃべることは滅多にない。僕は自分の席にスクールバックを置くとホームルームが始まる前にトイレに行こうと廊下を出ると。
「よっ!望」
と親友の森元弥一が話しかけてきた。
僕は視線をラノベに向けたまま「おう、弥一か」と言う。
弥一は中学の入学式の時に同じクラスになり、話しているうちにいつの間にか仲良くなっていた僕の唯一の友達である。外見は好青年に見えるが性格はチャラく、女子にモテたくって必死でサッカー部に入ったのも女子にモテるからという不純な理由である。
「また教室でそんなもん読んでるのかよ。オタクは女子にモテないぞ……てお前には彼女がいるから関係ねえーのか。ちくしょー日向と付き合ってるなんて妬ましいそ!望!」
「だからアイツは彼女じゃねえーていつも言ってるだろ」
てかそう周りから思われている事態、僕にとっては不愉快極まりないことだった。
だから僕は例え無駄だとわかっていても否定するのだが……。
「嘘つけよ」
これである。本当、勘弁してほしい。
「俺、お前と日向がいつも二人で仲良く登校してるの知ってるんだぜ?」
「あれは真昼が無理矢理、一緒に行こうて言ってくるから仕方なくだよ。今朝だって、勝手に家にあがり込んで朝飯を作るし……」
「はあ⁉」
突然、キレる弥一。どうやら油に火をつけてしまったらしい。
「なんだそれ⁉もうそれ恋人を通り越して完全に夫婦じゃねーか‼許さん‼許さんぞ‼お前、一回俺に土下座して謝れ‼」
「なんでお前に土下座しなきゃいけないんだよ」
そう言うといきなり弥一は涙目になる。
情緒不安定すぎるだろこいつ……。
「ちくしょう……俺だって髪を金髪に染めたら、女子にモテるのに……」
「いやお前は金髪に染めても女の子には絶対にモテないから安心しろ。僕が保証する」
「ああ⁉お前になんでそんなことがわかるんだよ‼ケンカ売ってるのか‼」
なんでわかるかって……実際に見たことがあるからとは口が裂けても言えるわけがなかった。それに弥一がモテない理由は外見の問題ではなく、チャラついた性格のせいだろう。これも口が裂けても言えるわけがない。
「ねえあなた達」と背後から声をかけられる。それは背筋が凍り付いてしまいそうな冷たい声だった。恐る恐る振り返るとそこには僕達三年一組の担任である神園知恵美先生がいた。
蔑むような目で弥一のことを見ながら神園先生は言う。
「もうそろそろホームルームが始まるわ。早く教室に入りなさい」
「す、すいません」
「そういえばあなた、日直だったわよね。プリントは持ってきてくれたかしら?」
「ゲッ……忘れてた……」
弥一がそう言うと神園先生は深くため息を吐く。
「いい?あなたが日直の仕事を忘れたせいで、みんなの貴重な時間が奪われる羽目になるの?あなたはどう責任を取るつもりなのかしら?」
「い、今すぐに取りに行きます!」
怯えた声でそう言うと弥一は走って職員室に向かった。さすがサッカー部、足が速い。すぐに姿が見えなくなる。
「ほら、望君も教室に戻りなさい」
「あっはい、わかりました」
本当はトイレに行こうと思っていたのだが、まあホームルームが終わった後に行こう。
その後、チャイムが鳴る寸前のところで息を切らしている弥一がプリント思って戻ってきた。そんな弥一見て「遅刻ギリギリだったわね」と冷たく言った。