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ギルド立てこもり事件 その5

 ギルドの最上階は横浜ランドマークタワーと同じようにラウンジになっていて、シープ王国の景色を見渡しながら食事ができるようになっている。

 武装した犯人達の隙をついて、僕たちはバーカウンターにうまく隠れた。

 僕はバーカウンターの横からバレないように少しだけ顔を出して状況を確認する。

 犯人達は人質を見張る者や窓の外からロットワイラーの動きを警戒する者、夜に備えて寝ている者もいた。

 そして人質はラウンジの中心に集められていて、夢が先ほど言っていたように手足をロープで縛られていて目隠しされている状態だった。そ人質は視界を奪われていているため恐怖で震えていた。

 ……今すぐ助けやるからな。

 そんなことを思っていると脳内で。


『お兄ちゃん、聞こえてる?』


 と夢の声が聞こえた。

 これは自分が思っていることを他人に伝える精神系魔法『テレパシー』だ。

 僕は魔法が使えないので『テレパシー』で返答するはできないが、しかしこの魔法にはもう一つ便利な能力があり、なんと他人が考えていること読み取ることができる。

 だから僕は頭の中で『聞こえてるよ』と答えた。


『じゃあさっきした作戦をもう一度確認するね。まず私が最初に攪乱系魔法『スモーク』で犯人の視界を奪う。そして犯人たちが混乱しているうちに私が犯人全員を催眠系魔法『スリープ』で眠らせる。お兄ちゃんは私が戦っている間に人質を開放してそして守ってほしい』


 つまりそれはほとんど夢が戦うようなものだった。

 そんなこと本当ならば了承したくはなかったが、しかし僕は戦うことができないほど弱い。大ダメージを受けたらその時点で僕は終わりだ。

 それにそろそろ日が落ちかけていて夜になろうとしている。

 これは僕にとっては一刻を争う事態だった。

 あまり気は進まないがここは最強の魔法使いである夢に任せるしかないだろう。

 だから僕は『わかった』と頷いく。

 すると夢は聞いてくる。


『それじゃあ、心の準備はオッケー?』


 僕は少しだけ間をおいてから、『ああ出来てる』と頷いた。

 そして夢は言う。


『じゃあ行くよ‼お兄ちゃん‼』


「スモーク‼」


 夢はバーカウンターから飛び出し魔法名を叫んだ。

 その瞬間、夢の身体から消火器のような白い煙が噴出して、あっという間にラウンジは白い煙に包まれる。

 犯人たちはいきなりの視界を奪われ、


「な、なんだこれは‼」「畜生‼何も見えねえ‼」「お前ら‼警戒しろ!」


 と混乱しているみたいだ。そんな中。


「スリープ‼」


 と夢の声が聞こえた。

 どうやら犯人の一人を魔法で眠らせたみたいだ。こんな煙の中、何も見えないと言うのにどうやったらそんなことできるのか不思議に思うが、それもきっと魔法なのだろう。

 そんなこと思いながら僕は誰にもバレないようにこっそりバーカウンターから赤ちゃんのようにハイハイしながら出ていく。

 そして作戦通りに人質を救うために人質がいる場所に出来るだけ素早く向かう。

 しかしここで焦ってはいけない。

 焦ってしまったら失敗する。それは僕の経験論。

 僕はそうやっていつも失敗してきた。

 冷静にならなくっては……冷静に……。

 そう自分に言い聞かせていると、ドンと僕は何か硬い物ぶつかる。

 例え白い煙の中でも至近距離だったためそれが一体何なのか僕はわかった。それは決してイスやテーブルではなく、屈強な男の足だった。

 僕は視線を恐る恐るゆっくり上げる。

 すると如何にも悪人ヅラの男がそこにいて、右手には剣が握られている。

 明らかにこの事件を起こした犯人の一人だった。

 し、しまった‼


「なんだ?」


 そいつは下を向いてきて、僕とちょうど視線が合う。


「誰だ!お前は!」


 男は僕を見て叫んだ。

 ヤバい!見つかった!

 僕はとっさに背中にさしてある短剣を抜いて男の喉を切り裂こうとしたが、夢の顔が脳裏によぎり短剣を抜くのに躊躇してしまう。

 夢は人を傷つけることを嫌う。

 いくら魔法で傷を治せるとしても、死んだ人を生き返らせることができたとしても。

 人を絶対に傷つけてはいけないと夢はそう思っている。

 例えそれが人質を取るような悪人であったとしても。

 だからこそ夢はたくさんの魔法がある中で、犯人たちを捕まえるのに人を眠らせるだけの魔法『スリープ』を選んだのだ。それが一番人を傷つけないと知っていて……。

 それなのに僕がここでこいつを殺すわけにはいかなかった。

 それにきっと僕が人を殺したら夢はとても悲しむだろう。

 僕は夢が悲しい顔をするところは見たくはない。

 だとすれば僕はどうすればいい?どうやってこの状況を切り抜ける?

 僕は必死に考える。

 だけど相手がそれを待ってくれるはずもなかった。

「誰かわからねぇが死ね‼」

 屈強な男は僕に剣を振りかざす。本気で殺すつもりで。

 僕はそれを避けようともせずただ眺めているだけ。

 そして、死んだ──そう頭の中で理解した瞬間。


「スリープ‼」


 そんな声が聞こえた途端、男は膝から崩れ落ち安らかに眠った。

 僕は何が起こったかわからず唖然としながら倒れた男を見つめていると、次第に白い煙が消えていき周りがだんだん見えるようになった。


「大丈夫?お兄ちゃん?」


 目の前には心配そうに僕のことを見つめる夢がいた。

 どうやら夢がこの男を倒してくれたらしい。

 きっとこの男が僕を見つけて声を上げた時、僕が危ないと気づいて夢はすぐさま助けに来てくれるのだろう。

 結局、僕はまた夢に守られてしまった。

 自分が情けなくなる。本当ならば僕が夢を守らなくっていけないのに。

 僕は立ち上がりながらああ大丈夫だ。ありがとう」と言った後、夢に聞く。


「他の奴らは?」

「大丈夫だよ。この人が最後みたい」


 夢がそう言うと白い煙は完全に消えた。

 そこには床に倒れている犯人達がいる。

 犯人達は夢の魔法で安らかに眠っているみたいだ。

 まだ数分しかたっていないのに全員を眠らせてしまうとは……。


「お前はやっぱりすごいな」


 僕は夢の頭を優しく撫でると、夢は「エへへ」と少しだけ照れながら笑った。


「それじゃあ人質を助けるか──」


 僕は撫でるのをやめて人質がいる場所に目を向けた時──僕は言葉を失った。

 茶髪の女性が背を向けている夢に対して拳銃を向けていたのだ。

 犯人の中に女性はいなかったはずどういうことだ?

 その女性はそんな僕を見てニヤリと笑う。

 瞬時に僕はどうしてかろうじて逃げ出せた人がいたのか理解した。

 いや、よくよく考えたらわかることだった。

 人質が多すぎると反撃を食らう可能性があるから逃がしただけと思っていたが、しかし人質に逃げられてしまうと大きなデメリットがある。

 それは情報が伝わってしまうことだ。

 実際に僕たちはかろうじて逃げられることができた人の証言から犯人の人数や持っている武器を知ることができた。そんなこと夢の魔法があれば簡単に知ることができたのだろうが、しかしそれを知られることは犯人達にとってデメリットのはずだ。

 なのに人を逃がしたのは、あえてその情報を僕たちに教え、人質の中に犯人の仲間が混じっていると悟らせないためだったのだ。


「夢‼」


 僕は叫び咄嗟に夢を横に突き飛ばす。

 その瞬間、女性は拳銃を発砲した。

 バン!という発砲音とともに銃口から飛び出た弾丸はまるで時間がゆっくりと動いているように一直線に僕の方に向かってくる。

 この弾丸が当たれば僕は確実に死ぬだろう。

 でもそれでいいと僕は思った。

 僕はお兄ちゃんらしく夢を守ることができたのだから……。


「お兄ちゃん!」


 僕に突然突き飛ばされた夢は悲痛な顔をしながらこちらを見ていた。

 きっと僕が死んだら夢は自分のせいだと自分のことを責めるだろう。

 だから僕はそんな夢を安心させるために優しく微笑みながら夢に向かって言う。


「また明日な……」


 そして弾丸は僕の心臓を貫いた。

 僕は口から血を吐き出し、その場に倒れる。

 視界は暗転し──。


 〇


 僕は柔らかいベッドの上で目を覚ました。

 それとほぼ同時に鳴り響くスマホのアラーム。

 僕はアラームを止めて自分の部屋の窓から見えるビルが立ち並ぶ都会の景色を見る。


「……」


 どうやら僕はまた戻ってきてしまったらしかった。

 夢がいる異世界ではなく。

 夢のいないクソったれな現実世界に。


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