ギルド立てこもり事件。
捕まった猫を依頼主である少女に届け、酬を貰うためにギルドに向かっている最中、僕は夢に聞いた。
「しかしこんなクエストで良かったのか?報酬はたったの千ウールなんだろ?」
『ウール』とはこのシープ王国の通貨で一ウールが一円と考えるとわかりやすいと思う。つまり千ウールは千円。あれだけ街中を走り回ったのに少なくすぎる報酬だ。しかしそれでも夢は「うん」と頷いた。
「困っている人がいたら見過ごせないもん」
「そっか」
今回のようなクエストは報酬も少なく、そのわりには体力を使うクエストなのでそんなクエストをわざわざ受けようとする冒険者はいないだろう。
だけど困っている人のためならどんなクエストでも受けてしまう夢はさすがだった。
まったくよくできた自慢の妹である。
と感心していると夢は僕を見て言う。
「それにお兄ちゃんは戦うことができないでしょ?」
「いや、一応戦うことはできるさ」
「でもお兄ちゃん、弱いじゃん」
「確かにそうだけど……。そんなにハッキリ言わないでくれよ」
お兄ちゃん、傷ついちゃうぞ。
うーん、仕方がない。ここは兄の威厳を保つために言ってやろう。
「あまり僕のことを見くびらないでくれ。僕はそこまで情けないお兄ちゃんじゃない。これでもスライムと互角に戦える強さは持ってる」
「スライムと互角てやっぱり弱いじゃん……。てかこの前スライムにやられたばかりでしょ?忘れちゃったの?お兄ちゃん」
「あっそうだった」
スライムぐらい楽勝だろうと油断してたらスライムに丸吞みされ身動きが取れずにそのまま窒息死したことを僕は完全に失念していた。あんな経験、現実世界ではなかなかできることではないはずなのに易々と忘れてしまうとは相変わらずの記憶力の悪さだ。
「わかってるの?お兄ちゃん。お兄ちゃんの場合は死んでも私の魔法では蘇生できないんだよ?それに私はお兄ちゃんが死ぬところなんか見たくないんだからね」
「ああわかってるよ」
僕だって妹に自分が死ぬところを見せたくはない。いくら次の日、何もなかったかのように復活できるとしてもそんなのあまりにもカッコ悪すぎる。
やはり妹には兄のカッコイイ姿を見せたいものだ。
ギルドに近づいていくにつれ、だんだん人が多くなってきた。
すると夢はローブについてあるフードをかぶり僕の後ろに隠れ始める。
僕はともかく夢は最強の魔法使いと呼ばれるほど有名人なので顔を見られてしまうとすぐに人が集まってしまう。だから夢はフードで自分の可愛い顔を隠したが、それ以外にも他に顔を隠した理由がある。
これは夢が現実世界にいた時もそうだったのだが、夢は視線恐怖症なのだ。
今もこうして僕の後ろで人の視線に怯え、震えている。
これでも症状はまだマシな方で、夢が現実世界にいた時はたくさんの人の視線に晒されただけで過呼吸になり倒れてしまうこともあった。
本当なら歩かずに目的地に一瞬で移動できる移動系魔法『ワープ』を使ってギルドに行ければいいのだが、しかしギルドはこの国のライフラインと言っても過言ではなく、常に人多い。もしもそんな所に『ワープ』を使って移動したら大騒ぎになるに決まっていた。
「大丈夫だよ。夢」
僕は夢を安心させるためにそう声をかけると、
「うん、ありがとう。お兄ちゃん」
夢は背中越しでそう言った。
僕はできるだけ人通りの少ない道を選びながら進む。
しばらくしてギルドの建物が見えてきた。
ギルドの建物は横浜ランドマークタワーと同じくらい大きく、ここがこの国の中心だと言わんばかりにとても目立っていて、所々にこのシープ王国のひし形のマークに羊の絵が描かれてある国旗が飾られてある。
そして僕たちはようやくギルドに到着する。
しかしこのシープ王国を守る国家騎士『ロットワイラー』が建物に誰も近づけさせないように周りを囲んでいてギルドに一切入れないようになっていた。
どうやらギルドで何かがあったらしい。
野次馬もたくさんいて妙な緊迫感があった。
「何かあったのか?」
僕は近くにいた中年の男にそう聞くと「なんだ、兄ちゃん。知らないのかい?」と言った後、ギルドの建物を指差して言うのだった。
「今、武器をもった奴らが立てこもってるんだよ」