デート㊂
「このクソガキ!失敗しやがって!」
「がはぁ!」
商店街の裏路地にある小さな酒場。
そこから男の怒鳴り声とあの少年の声が聞こえた。
少年はおそらく何か失敗して殴られたのだろう。
ともかく僕達は少年がいることを確信し、その酒場に入る。
酒場の中は煙草の煙が充満していて鼻を塞ぎたくなるほど臭く、壁には所々小さな穴が開いていて、天井の隅には蜘蛛の巣が貼られている。この店は本当に営業しているのか?そう思ってしまうほどボロボロだった。
でも人がいるということは営業しているのだろう。いや、それとも既にこの店は潰れていて彼らのたまり場になっているだけかもしれない。
僕は目の前にいる柄の悪そうな大人達を見てそう思った。
そいつらはいきなり入ってきた僕らを見て言う。
「誰だおめぇら?ここはガキが来る場所じゃねーぞ」
「実はそこで倒れている少年に財布を盗まれてしまって探してたんですよ。だからその少年を僕達に渡してはくれませんか?」
床に横たわっている少年の指差して言った。
その少年は彼らに相当痛めつけられたみたいで気絶していた。自業自得でしかないのだろうが見ていてあまりいい気分はしなかった。それは別に同情なんてちっぽけな感情ではなく、クラスメイトにイジメられていた夢と今の少年の姿を重ねてしまったからだろう。
それは夢も同じみたいで夢は彼らを睨んでいた。
怒りを堪えながら夢は言う
「その子をおとなしく私たちに渡してください。そうすれば何もしません」
するとおそらく彼らのリーダーである奴が前に出てきて言う。
「はーん、なるほど。もしかしてお前がこの国を救った最強の魔法使いか?でないとこんな場所を探し当てることなんてできねーもんな。そうだよな?最強の魔法使いさんよー」
確かに僕達は夢の魔法でこの場を探し当てた。
でもそれがどうしたっていうのだろうか?
そう思っていると男は自慢げに言う。
「いや、実はおめぇらの財布を盗んでここにおびき出すように指示したのは俺達なんだよ。コイツは財布を盗むのを失敗したらしいが、ここにおめぇらが来たっていうことはこのガキは俺たちに噓をついていたことになる。それは嘘をつかれたことはかなり腹が立つが、まあそんなことはどうでもいい。おめぇらを殺すことができれば大金を入れることができからな!」
そう言うと彼の周りにいた奴らは武器を構えた。
どうやら本当に殺るつもりらしい。
失笑を禁じえなかった。
お前ら如きの相手に最強の魔法使いが倒せるはずもないのに、なんて浅はかな考えをした奴らなのだろうか。彼らもギルドに立てこもった奴らと同じで『ワースト』の口車に乗せられたのだろうが、それでも馬鹿馬鹿しかった。
「全然おめぇらが来なくって少し焦ったが……来てくれて安心したぜ。来なかったらこのガキをぶっ殺そうと思ったが、まあこんなガキでも役に立ってよかったよ──」
そう言って少年の顔を踏みつけようとしたその瞬間──そいつの体は音もなくいきなり吹き飛び、口から泡を吐きながら気絶した。そしてそいつが先ほど立っていた場所には夢がいて、拳を突き出していた。
あまりにも早すぎて見えなかったが夢が倒したらしい。
暴力が嫌いな夢が人を殴るなんてとても珍しかったが、夢はそれだけ怒っているということだった。
あの優しい夢が──。
あの温厚な夢が──。
本当に怒っている。
それがどういことを意味しているのか僕にはわかっていた。
夢は少年を抱きかかえ、その少年を僕に渡す。
「お兄ちゃん、この子をお願い」
「ああ分かった。でも夢はどうするつもりなんだ?」
「この人達を少し痛みつけることにしたよ。彼らを許すことは私にはできないから……」
すると残っている敵を睨みつけた。
「あなた達にはこれから少しだけ痛い目に遭っていただきます」
「じょ、上等じゃねぇーか!」
震えた声でそう言うと、彼らは一斉に夢に襲い掛かってきた。
しかし夢はそれを一つずつ丁寧にかわしていき、攻撃を的確に入れていく。魔法なんて一切使ってない。純粋な実力だけで相手を次々と倒していく。最強の魔法使いて呼ばれているのにその魔法を使わないなんてそれは一見、相手をおちょくっているかもしれないがそういうわけではない。
本当に怒った時だけ夢は魔法を使わないのだ。
なぜならば魔法を使ってしまったら手加減ができずに相手を殺してしまうかもしれないから。だらこそ夢は素手で戦う。
でも当然の疑問として、まだ中学生である夢が大の大人を素手で倒せるのかと思ってしまうが、しかし実際に先ほど一人倒している。
夢は魔法を使わなくっても普通に強いのだ。
僕が守ってやらなくってもいいほどに強い。
今、武器を持っていない僕が戦い参加してもきっと夢の邪魔になるだけなのだろう。
だから僕は少年を抱えたままその場で立ってることしかできなかった。
本当ならこの少年を安全な場所に避難させるべきなのだろうけど、情けないことに僕は夢の戦いぶりに思わず見惚れてしまっていた。
背後から剣で襲われても後ろを振り返らずに気配だけでかわしてから肘打ち喰らわし、銃を向けられても左右に素早く動きながら近づき顔面をぶん殴る。
その無駄のない戦いに僕は圧巻される。
そして彼らも夢と戦っているうちに自分達では倒せないと判断したらしく。
「に、逃げろ!」
と一人が叫ぶと倒れた仲間もちゃんと担いで全員店の外に続々と逃げていった。
夢はそれを追いかけたりはせずその場に佇む。
追いかけなくっていいのかと聞こうとしたが夢の表情を見てやめた。
それから少してから全員いなくなり静かになると夢はぼそりと言う。
「やっぱり人を殴ると痛くなるね……お兄ちゃん」
「……夢、ごめんな……お前ばっかり無理させて……」
「ううん、そんなことないよ」
夢は首を横に振りながらそう言ってくれたが、夢だって本当は人と戦いたくないはずなのだ。それなのに最強の魔法使いであるが故に何度も襲われ戦う羽目になる。
それは最早、最強の魔法使いの宿命と言えるのかもしれない。
だけど夢はどこにでもいる普通の女の子なのだ。
──僕の妹なのだ。
何とかしてやりたい。いくら心の中でそう叫んでも、魔法を使うことができない僕はどうすることもできない。ああ、僕がもう少し強ければ夢が辛い思いなんてしないで済むのに、どうして僕はこんなにも弱いのだろうか……。
夢を守ってやりたいのに。
夢を助けあげたいのに。
だけど何もできない自分。
──そんな無力な自分を心の底から恨む。
しかし今はそんな自己嫌悪に陥っている暇なんてなかった。
夢は近くにあったテーブルを触り「クリエイト」と唱えるとテーブルがベットに変身すると夢は僕に向かって「お兄ちゃんその子をベットに寝かせてあげて、怪我を治すから」と言った。
先ほど戦いで疲れているはずなのに、他人の心配するなんて切り替えの早さなのだろうか。そんな夢を見て僕もしっかりしなければと思った。
僕は夢に言われた通り少年をベットに寝かせてあげる。
そしてすぐに夢は少年に向かって回復系魔法『ヒール』を使う。夢の手からはいつものように緑色の光が放たれ、少年の怪我をどんどん治していく。
僕も夢のために役立とうと思い「なんか僕にできることはないか?」と夢に聞いた。
「それじゃあこの店の中に何か食べ物がないか探してきてくれないかな?私の魔法で食べ物も作れるけど、空腹を紛らわせるだけで栄養はないからさ」
「ああ分かった。他にも必要なものがあれば僕に言ってくれ」
と僕は言うと夢は──
「うん、いつもありがとうね。お兄ちゃん」
と言った。
それは僕の台詞だと思った。
●
僕は酒場のキッチンから何か食べ物はないか探し始めるが、やはりこの酒場はもうすでに潰れているみたいで食べ物どころか調理器具すらなかった。唯一見つけたものと言えばおそらく飲みかけだと思われるお酒が入った瓶だったが相手は病み上がりだし、あの少年は僕達と同じでまだ未成年だろう。この異世界に未成年禁酒法なんてあるかわかないがやはりお酒を飲ませるわけにはいかない。
僕は仕方がないので買いに行くことを決めた。
だけど僕はお金なんて持っていない。そういうのはすべて夢が管理しているのだ。
そして夢の財布は少年が盗んでしまった。あのガラの悪そうな奴らに渡してなければあの少年が夢の財布を持っているはずである。
そのことを僕は夢に聞きに行こうとキッチンを出、夢がいるところに戻ると少年を治療している夢と目が合う。
「あっお兄ちゃん、なんか見つかった?」
「いや、何もなかったよ。だから何か買いに行こうと思うんだけど。その少年、お前の財布持ってないか?」
「そっか、この子にお金取られちゃったんだよね。ちょっと探してみるね」
そう言うと『ヒール』を使うことをいったんやめて、夢は少年が着ているボロボロ服のポケット探すがどうやらなかったらしく。
「あれ?財布がない」
と首を傾げた。
「やっぱり、もうアイツらに渡してたのか」
「えっでも、さっき財布を盗むことを失敗したとか言ってなかったけ?」
「そう言えばそうだったな」
確かにそんなことを言っていたような気がする。
うん?だとすれば夢の財布はどこにいったんだ?
と疑問に思っていると──突然、一発の銃声が鳴り響いた。
何事かと思い僕達はすぐに周りを警戒する。
でもこの酒場には僕と夢、そしてベットに横たわっている少年しかいない。僕や夢が銃を撃つ理由なんてないし、気を失っている少年が銃を撃てるはずがない。
じゃあ一体誰が銃を撃ったというのだろうか。
もしかしてまだこの酒場には奴らの仲間がどこか隠れているのか?
そして夢の命を取ろうとしている。
夢が撃たれていないということは幸いにも銃弾はどこかに外れたらしいが、ともかくこの場所は危険である。
「夢、『ワープ』を使ってこの場から逃げよう」
夢の方を振り返りそう提案するとありえないものを目撃した。
夢がいる背後の壁から紫色のオーラを放った銃弾がニョキと出てきたのである。
それは一瞬、目の錯覚かと思った。壁に開いてある穴から銃弾が出てきたのかと思った。
しかし違う。銃弾は紛れもなく壁を貫通してきたのである。そしてその銃弾の直線状には夢がいた。
僕はすぐに理解する。銃弾は外れたわけではなく、今も夢のことを狙っていると。
立てこもり事件の時のように僕が夢の身代わりなりたかったが、最悪なことに距離があった。これでは走っても間に合わない。
だから僕は叫んで危機を知らせる。
「夢‼後ろだ‼」
「えっ⁉」
夢は後ろ見るがその時にはすでに銃弾は室内に入りものすごい勢いで夢に向かっていったが、咄嗟の判断で夢は近くに落ちてあった椅子でその銃弾を防ごうとする。
それが普通の銃弾だったら防ぐこともできたのだろう。
でもその壁を貫通してきた銃弾は椅子で防げるはずもなかった。
その銃弾は椅子を貫通し──夢の左胸にゆっくりとめり込んでいく。
そして銃弾は完全に夢の身体に入った。
「…………………………………………」
「……………………………………夢?」
僕はその場で無言なまま佇む夢に恐る恐る聞く。
……今、撃たれたはずだよな?何ともないのか?
そんなことを思いながら回り込んで撃たれた場所である夢の左胸を確認するが何ともなかった。弾痕もないし、血も流れてない。
撃たれたと思ったがどうやら外れたみたいらしい。
「よかった。何ともなくって……てっきり撃たれたのかと思ったよ。もしかしていつもみたいに魔法を使ったのか?」
近くにまだ銃を撃った敵がいるかもしれないというのに僕は夢が大丈夫だったことですっかり安心しきっていた。
すると夢は僕の目を見る。
「お兄ちゃん……………………気をつけて……………………」
「えっ?………」
夢はか細い声でそう言うと夢はいきなり口から大量の赤い血を吐き出した。
大量の血、血、血──夢の血。
そして血を出し終えると夢は電池が切れたロボットのようにその場に倒れた。
「夢‼」
僕は急いで倒れた夢を抱える。
な、何が起こった⁉撃たれてなかったはずじゃないのか⁉
わけもわからず混乱する僕。
状況がまだ飲み込めないのにそれでも夢の呼吸は段々と小さくなっていく。
もしかし死ぬのか?夢が?
──嘘だろ?そんはずない。だってそうだろ?夢は最強の魔法使いなのだ──どんなに困難なことが起こっても魔法で解決できる。だから死ぬはずがない。
……でもだったら、僕の手についてるこの血はなんだというのだろうか。
僕の腕の中で安らかに眠ってる夢はなんだとうか。
「おい、しっかりしろ夢‼頼むから死なないでくれ‼僕を一人にしないでくれ‼お前がいないと僕は生きていけないんだ──だから死なないでくれ‼」
神様に願うように叫んだ。
それでも夢の呼吸は小さくなっていく。
──どうすればいい?──何をすればいい?
そう思っていると夢は自分の右手をあげた。
「どうしたんだ夢?」
僕はそう聞くと夢はその上げた右手で左胸を抑えた。
多分、夢は僕に何かを伝えようとしている。
僕達は血の繋がった兄妹だからそういうことがわかるのだ。でも一体何を伝えたいのかがわからない。そう声を出してくれなければわからない。
お願いだから夢の声を聴かせてくれ、テレパシーでもいいから。
「何も言ってくれなきゃ兄妹でもわからねぇだろ‼」
一体何を伝えたいんだ──そう聞こうとした時、夢の呼吸が完全に止まっていることに気づいた。
───夢が、死んでいる。
「……………………」
僕は夢を抱きしめながらしばらく沈黙した後「ああ分かったよ」と夢の右手を握りしめてつぶやき、夢の意志を受け取ると夢を抱きかかえゆっくり立ち上がる。
そして少年が寝ているベットに寝かせてあげた。
幸いにもギリ二人寝れることができる大きさでよかった。少年からしてみれば死体の横で寝るなんて嫌な事かもしれないが、そもそもこの少年のせいで夢が死んだのだ。そんなことを言われる義理はない。
僕は安らかに眠っている夢の頭を撫でながら謝る。
「……ごめんな、夢。守ってやることができなくって、お前を必ず現実世界に連れ戻してやるって約束したのに、遊園地に連れてってやるて約束したのに………それなのに………ごめん、ごめんな…………」
今さら謝ったところで許してほしいとは思わないけど、それでも僕なりの償いと決意だった。
ここで待ってくれ、すぐに終わらせるから。
僕は夢に謝ると近くに落ちていた銃を拾う。
おそらくこの銃はさっき夢が倒した奴らが落としたもだろう。本当は銃よりも短剣の方が好きなのだが、今は銃の方が良い。
僕は手に持っている銃弾を詰め込むと、銃弾が飛んできた壁に銃を構え──怒りのままに叫んだ。
「そこにいることはわかってるんだ!こそこそ隠れてないで出てきやがれ‼何がなんでもお前をぶっ殺してやる‼」
「──フフッ。ええ、もちろんいいわよ」
すると壁の向こう側で女性の声が聞こえた。そして足音が聞こえる。どうやら本当に中に入って来るつもりらしい。随分と余裕みたいだ。それはきっと最強の魔法使いが死んだからなのだろう。
でもいいそれならそれでいい。
もう勝負は終わっているのだから──




