難易度★★★★★のダンジョン
クエストは五段階の難易度に分かれている。
★はランクEからDの冒険者が受けるクエストで、一番簡単だが報酬も低い──前回の猫を探しがこの分類に入る。
★★はランクDからCの冒険者が受けるクエスト。
★★★はランクCからBの冒険者が受けるクエスト。
★★★★はランクBからAのクエストが受けるクエスト。
そして一番難易度が高い★★★★★はランクAの冒険者が受けるクエストで、命を失うこともあるが報酬も一番高い。
今回、受けたクエストがこの分類に入る。
だけどただのダンジョン探索で★★★★★はなかなかレアケースだった。それはきっと何人もの冒険者が行方不明になっているからなのだろうけど……。
「ダンジョン探索するだけで百万ウールもらえるなんて、ギルドも太っ腹だよなー」
「これから行くダンジョンはそれだけは危険だっていうことだよ」
受付のお姉さんに別のクエストを受け方がいいと一時間ほど説得されたが、(どうやら僕達がまだ若いから止めようとしてくれたらしい)しかしそんなお姉さんの善意を断り、僕達は現在そのダンジョンがあるという誘惑の森に来ていた。
「だからくれぐれも油断だけはしたらだめだよ。お兄ちゃん」
「大丈夫だって、ちゃんとわかってるさ。夢は僕が必ず守って見せるから安心しろ」
「全然わかってないよお兄ちゃん……。お兄ちゃんはもっと自分が弱いことを自覚して」
呆れた後、僕にそう注意する夢。
「お兄ちゃんは確かに死んでも眠ればいつでもこの世界に戻って来れるけどさ、でも何度も言っているように私はお兄ちゃんが死ぬところなんて見たくないんだよ?だから私のために犠牲になろうとするのはやめてよね。だって私はお兄ちゃんよりも強いんだから」
「だけど……」
「だけどじゃないよお兄ちゃん。お兄ちゃんはさー、いくら自分が不死身みたいな身体だからって『命』を、『死』というもの少し軽く見てるんじゃない?」
「そんなことはないけど……」
あれ?夢さん、珍しく怒ってらっしゃる?さっきのことまだ引きずっているのだろうか?まあ怒ってる夢も最高に可愛いからいいけど。
だから僕は黙って夢は説教を聞くことにした。
「いや、わかってないよお兄ちゃんは。お兄ちゃんはこの異世界で何回死んだと思ってるの?お兄ちゃんが死んだ理由はお兄ちゃんが弱いせいだったり、私を守るためだったりとかあるかもしれないけど、でも一番の理由はお兄ちゃんが『命』を軽く見ているから、『死』ていうもの理解していないからなんだと思う。『死ぬ』ていう感覚がわからなくなることはとても危ないことだってわかってほしい。」
それはまるで自分は『死ぬ』という感覚がわかっているような口ぶりだった。
僕はそんな夢に疑問を覚えつつ、夢は僕に言うのだった。
「お兄ちゃんはこの異世界では確かに不死身の存在なのかもしれない。だけどお兄ちゃんが現実世界で死んだらどうなるのかわかってないし、そんなこと試そうとしても試せないんだから」
「それは、そうだけど」
異世界で死ぬと僕は現実世界に戻される。
では逆に異世界で死ぬとどうなろのだろうか。
この異世界に来ることができるようになってからしばらくして、夢にそんことを話したら僕は夢に怒られたことがある。そして絶対にそんなことはしてはいけないよと釘を刺された。
しかしただ純粋な疑問として僕が現実世界で死んだらどうなるのだろうか。
僕は異世界転生モノのように、この異世界に転生できるのか?
それともただ普通に死ぬだけなのか?
一体どうなるのか本当は試してみたい。
僕はシャーロックさんみたいに研究熱心な人ではないが、しかし妹のためならどんなことでもするシスコンではある。もしかしたらそれが夢を現実世界に戻す方法を見つけ出すヒントになるかもしれないと考えるとどうしてもそれは知っておきたいことではあった。
でも愛している夢に止められてしまってはそれを試すわけにはいかないだろう。
妹が嫌がることは僕だってできる限りしたくはない。それは夢を傷つけることにつながるからだ。
夢はきっとそれをわかっているはずなのにどうして夢は一度終わった話をぶり返したのだろうか?
考えてもわからなかった。夢は僕に何を言いたいんだ?
そんな僕に夢は言う。
「だからお兄ちゃん、私と約束して──お兄ちゃんはもうこの異世界で二度と死んだらいけないって。じゃないといつの日か、お兄ちゃんは現実世界で自分の命を捨てようとすると思うから……」
「いや、さすがにそんなことしないて」
自分の命を捨てる。それはとどのつまり『自殺』という意味。
そんなことを思っているなんてさすがの妹でもお兄ちゃんを一体なんだと思っているんだよと言いたくなるほどだった。
僕が夢をこの異世界に置いて自殺するなんてありえない。
だけど夢は真剣な眼差しで続ける。
「いいから私と約束して……約束してくれないと……」
「……してくれないと?」
恐る恐る聞くと夢は真顔で言った。
「私、お兄ちゃんのこと嫌いになるから」
「約束する!約束するから!だからそれだけは本当に勘弁してください!お兄ちゃんを嫌いにならないでください‼」
僕は咄嗟に夢を拝むように泣きながら大声で頼んだ。
妹に嫌われるなんて死ぬことよりも辛すぎる!
「冗談だって!お兄ちゃんを嫌いになったりしないから。だから泣くのやめてお兄ちゃん!」
夢は慌ててそう言う。
僕は泣くのをピタリとやめて聞く。
「えっ冗談?」
「うん、冗談だよお兄ちゃん」
なんだ冗談か……。危うく自殺するところだったぜ。
「でも約束はして、お兄ちゃんはもう二度と死なないて」
「ああわかった約束する」
僕は涙目をぬぐいながら夢に誓う。
「僕はもう二度死なない。そして夢のことも守りきってみせる‼」
「本当にわかってくれてるのかな?」
少しだけ不安そうに夢は呟くのだった。
それからしばらく歩きようやく目的地のダンジョンについた。
地面からひょこりと出ている石レンガで作られているダンジョンの入り口は、階段になっていて下に降りることしかできない。どうやらダンジョンの全体は地下に埋もれているみたいで、これではどのぐらいの大きさなのかさっぱりわからなかった。まあだからこそクエスト内容にマッピングが書かれていたのだろう。
「ちょっと準備するから待っててね。お兄ちゃん」
「了解」
夢は近くにあった四十メートルぐらいの高さの木に触ると。
「『クリエイト』」
そう唱えた。すると何の変哲もないただの木は突然、白い光に包まれ、木はだんだんと長細い物へと姿を変えていく。
創作系魔法『クリエイト』は物に触りながら呪文を唱えると自分が望んだ物になるという便利な魔法だ。この魔法さえあれば自分が欲しいと思った物は何でも手に入るし、商売だってできる。まあ夢は欲しいものはちゃんとお金で買うし、冒険者として稼いでいるので金には困っていないのでそんなことはしないが。
さてそんな夢がクリエイトで作り出したものは白の毛糸玉だった。
夢曰く、この糸はアリアドネ―の糸と言うらしい。
実はこの糸が意外なことにダンジョン攻略に役に立つ。
記憶力が悪いのでいまいち覚えていないが、それはギリシャのお話らしく、ミノタウロスの生贄としてそのミノタウロスがいるという迷宮に閉じ込められたアリアドネーは糸を使って迷宮から無事に脱出したらしい。
アリアドネーもなかなか頭がいい。
糸を使えば出口に結びつければいつでも外に戻ってれるし、同じルートを通る心配もないというメリットがある。
僕ならきっと迷路雑誌を攻略するみたいに、まず行き止まりをすべて塗りつぶして正しいルートを見つけだろう。しかしその攻略方法では全体図がわからないダンジョンでは使うことができないし、迷路だったらゴールはあるのだろうが、ダンジョンの場合はゴールというものがない場合だってある。(この場合のゴールとは出口と言う意味ではなくダンジョンの奥にいるボスだったり、誰かが意図的に隠した財宝のことだ)
そうだった場合、少しでも迷えば一巻の終わりである。
だからこそ僕達はこのアリアドネーの糸を使う。
ちなみに白い糸にした理由は夢は白色が好きだからだ。
夢は近くにあった石を『クリエイト』で鉄の杭に変え、ダンジョンの入り口付近の地面に刺す。それから鉄の杭の輪っかになっている部分にアリアドネーの糸を通してほどけないように結んだ。
「よし、準備完了。お兄ちゃんはマッピングと糸、どっちやりたい?」
「僕はいつも通り糸担当でいいよ。マッピングは夢の方が綺麗に描けるだろ?」
それに、後でギルドに提出しなければいかないと考えると絶対に夢の方が良い。僕だとぐちゃぐちゃになってやり直しを食らう羽目になる。
「オッケー。じゃあ次に視覚系魔法『ナイトアイ』をかけるね」
「ああ頼む」
ダンジョンは中は当然、光が差さないので暗い。
そのため探索中は明かりを常に灯さなければいけないのだが、ここで火を使おうとするものがいたらそいつは冒険者失格である。ダンジョンにはトラップとしてスイッチを踏むと天井から水が落ちてきて火が消えいきなり真っ暗になったりとか、ダンジョンにガスが充満していて火を使うと爆発する仕掛けになってたりとかなり危険なのだ。本当、いきなり爆発して死ぬなて僕はもう二度ごめんだ。
さてそのため、他の冒険者は光属性魔法『ライト』や魔道具などで周辺を灯しながら進まなければいけないのだが夢はその魔法を使う必要がない。
夢は僕の目に両手かざして魔法を使う。
「ナイトアイ」
すると紫色に光る。
目がなんかショボショボする。まるで暗闇から一気に明るい所へとでき来たような感覚だった。僕は目を慣れさせようと瞼をパチパチさせた。
その間に夢は自分の目に「ナイトアイ」と魔法をかける。
夢は自分の目から手を降ろすと夢の優しそうな目は猫のような鋭い目つきに変わっていた。今の僕もきっと夢と同じような目をしているのだろう。僕は全然似合っていないだろうが、でも夢はいつもの姿もいいが少し雰囲気が変わった夢もまた良かった。
目がだいぶ慣れてきた所で僕は夢に試しに聞いて見た。
「なあ夢、魔法で猫耳と尻尾をつけることは可能か?」
「うん?変装系魔法『コスプレ』を使えば可能だけど?」
「ちょっとやってみてくれないか?」
そう頼むと不思議そうに首を傾げながら「うんわかった」と言うと夢は魔法を使う。
「コスプレ!」
その瞬間、僕の頭から猫耳を生やしお尻のところから長い尻尾が出てきた。
「あっごめん、そうじゃない。ちゃんと説明しなかった僕も悪いけど、そうじゃない」
てかなんだこれ、気持ちワル。マジで猫耳と尻尾がある。男の僕にこんなもんつけてもどこにも需要ねぇーよ。
「あれ?違かった?」
「僕は夢につけて欲しかったんだよ。きっと似合うと思うから」
「うーん似合うかな?」
「いいからやってみてくれよ」
「うーんじゃあやってみるよ」
嫌々に夢は魔法を使う。
「コスプレ!」
そして夢の身体からも猫耳と尻尾が生えてくる。
「どうかな?お兄ちゃん?」
夢は恥ずかしそうに聞いてくる。
「おう、可愛いぞ……」
まるで本物ようにピクッと動く猫耳となめらかな尻尾、それから全てを見透かしそうな猫の鋭い目は夢の良さを一段と引き立たせていた。
猫のように可愛い、いや猫よりも可愛い!ヤバい……可愛すぎて鼻血が出てきた。
僕はとっさに鼻を隠す。
「どうしたのお兄ちゃん?」
「い、いや何でもないよ。そ、そうだ。ちゃっとだけ試しに手を猫のようにしてニャンて鳴いてみてくれないか?」
「えっと……ニャン?」
「……」
ああ僕は今、とても幸せです。
僕はしばらく至福の時を味わっていると夢は怒る。
「もうお兄ちゃん!おかしなことやってないで早くダンジョンに入ろうよ!」
「ああそうだな。悪い」
夢の猫耳姿に見惚れてすっかりそのことを忘れていた。
「それじゃあ行こうか」
そして僕たちは猫耳姿の状態でダンジョン中に入る。
だけどこのダンジョンはただのダンジョンではなかったことをこの時の僕達はまだ知らなかった。そんな所に迷い込んだ愚かな二人の猫はそれを後々思い知ることになる。




