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現実世界 神園知恵美

 


「神園先生、怖すぎるよおぉぉぉぉ!」


 ホームルームが終わると弥一が真っ先に僕のところに泣きついてきた。

 まったく……僕のところに来るんじゃねーよ……。僕は今、次の時間に提出しないといけない英語の宿題をやっているていうことが見てわからないのか、こいつは。

 別に無視してもよかったのだが、ほっといてもきっとうるさいだけなので僕は宿題をやりながら弥一に言う。


「日直だということを忘れていたお前が百パーセント悪い」

「確かにそうかもしれないけど、でも言い方ってもんがあるだろ⁉マジで怖かった‼今だって足が生まれたての子鹿のように震えてるぞ‼さすが『冷血の魔女』て生徒から呼ばれているだけのことはあるよ‼」


 神園先生はその冷たい態度から『冷血の魔女』として生徒から恐れられていて、数々の伝説を現在進行形で作り上げている。

 例えば、宿題を忘れた生徒を説教して泣かせたり、日直が黒板を消さずにいたらそのままの状態で授業を始めたり、学校に乗り込んできたモンスターペアレントを論破して土下座させたり、これでもまだ伝説のほんの一部でしかないというだから驚きである。

 その伝説の中には当然デマだったり話が飛躍しすぎたものもあるのだろうが、これだけのことをしていてよく教師を続けていられるなと思う。いつ解雇されたっておかしくはないだろう。


「そういえばお前、神園先生が顧問をしている文芸部に入ってるんだよな?」

「まあそうだけど。それがどうかしたのか?」

「いやお前やっぱりスゲーなて思ってよ。俺なら絶対に無理だわ」

「神園先生、いい人だぞ?」

「お前、もしかしてああいう人がタイプなのか?確かに神園先生は巨乳で俺が見ても思わず惚れてしまいそうな美人だが、でも性格は超ドSだぞ?やめとけ」

「別にそうじゃねーよ」


 なにか勘違いしている弥一に僕はそう言う。

 僕が文芸部にいるのは夢に言われたからだし、それに僕は夢一筋だ。そのことはこいつだって理解しているだろうに。


「まあいいや」

 弥一は僕との会話に飽きたのかそう言う。

 やっと自分の席に戻ってくれるのかと安心していると。


「そこスペル間違ってるぞ」


 と弥一にそう言われた。僕は宿題のプリントを確認する。

 なんでこいつ、性格はチャラいくせに頭がいいのだろうか。

 そんなことを思いながら筆箱から消しゴムを取り出して、僕は指摘された場所を直すのだった。


 ○


 結局、宿題は弥一が邪魔をしてきたせいで終わらず、しかも英語の教師である百木先生に宿題をしてこなかった罰として倍の量もある宿題を放課後までに終わらせろという無茶な課題が下された。

 こんな量……絶対に僕一人じゃあ無理だ……。

 僕は弥一に手伝ってくれと頼んでのだが、アイツがそんなこと手伝ってくれるはずもなく「頑張れ」と馬鹿にした笑みで僕にそう言うと「じゃあな」と教室から出ていた。

 どうせアイツことだから、部活にはいかずに駅前で女子をナンパでもしているのだろ。

 そんな暇があるなら僕の宿題を手伝ってほしかった。

 さてそんなわけで僕は現在、僕以外誰もいない放課後の教室で宿題をやっているわけなのだが一時間経っても終わりそうな気配がなかった。

 うーん、誰か手伝ってくれる人はいないものだろうか。

 しかしそれは誰でもいいというわけではない。当然、僕よりも頭がいい人じゃないといけないし、そして──


「望、大丈夫?」


 こいつにいたっては論外だ。

 教室になぜか戻ってきた真昼にそう話かけられ僕はそう思う。

 確かに真昼は頭がいいが、しかしこいつに頭を下げてまで手伝ってもらいたくない。僕はできる限り借りを作りたくはないし、それは僕にとってもっとも屈辱的な行為だ。


「お前、部活に行ったんじゃないのかよ」

「べ、別に忘れ物を取りに来ただけよ」


 真昼は僕から視線を逸らす。


「ふーん、だったら忘れ物を取ったらすぐに出てくれ、お前がいると気が散る」


 僕の態度に「本当アンタは……」と少しイラついたように言った後、真昼は聞いてくる。


「それで宿題は終わりそうなの?」

「お前には関係ないだろ」


 僕は宿題に集中しながらそう言う。

 その様子を見ていた真昼は再び懲りず聞いてくる。


「まだ終わってないなら私が教えてあげてもいいけど?」

「別にいらねーよ。そもそも僕はお前に手伝ってもらいたくないし、それに今ちょうど終わったところだ」


 僕はドヤ顔でそう言う。

 だけどそれは嘘だった。宿題は全然まったく終わっていない。

 しかしそうでも言わないかぎり真昼は僕のことを手伝おうとして、部活にいこうとしないだろう。こいつとも長い付き合いなのだ。それぐらいわかる。

 宿題のプリントと自分のカバンを持って「じゃあな」と出ていく。「えっちょっと……」と見ていた真昼は僕が出ていってしばらくしてから。


「もう!望の馬鹿!」


 と言う真昼の声が三年一組の教室から聞こえた。

 アイツなんでキレてるんだ?

 僕はそんな真昼から逃げるように文芸部の部室に向かう。

 文芸部の部室は東棟校舎の一階の一番隅っこにある小さな教室で西棟校舎の四階にある三年の教室からかなり離れている。

 いつもなら職員室に部室のカギを取りに行かなければいけないのだが、あの人がきっといるだろうと思い、そのまま向かうとやはり部室の鍵は開いていて、ドアを開けるとそこには予想通り神園先生がいた。

 パイプ椅子に座っていて、なにか難しそうな本を読んでいる。きっと神園先生のことだからいつものようにミステリー小説でも読んでいるのだろう。


「あら来るの遅かったわね」

「ええちょっと、さっきまで教室で宿題をやってまして」

「そういえば百木先生がそんなこと言ってたわね」


 どうやら百木先生、神園先生に伝えていたらしい。それは僕に宿題を必ず提出させるための対策としてなのだろう。神園先生は生徒全員から恐れられていることは教師だって知っている。まあ僕は別にそうは思わないが。

 神園先生は聞いてくる。


「で、それは終わったのかしら?」

「いいえ、残念ながらまだです。教室だと集中できなくって部室に来たんですよ」

「そうなの」


 静かにそう言うと読んでいるページに栞をはさみ、本を閉じる。


「本当なら文芸部の顧問として部活動をして欲しいのだけれど宿題が終わってないなら仕方がないわね。私が教えてあげるから隣に座りなさい」

「いいんですか?でも先生、国語担当ですよね?英語できるんですか?」

「私を舐めないで頂戴。私は教師、教えることが仕事なのよ。それに国語さえできれば、どんな教科でも教えることは可能よ」


 そう言うと神園先生は「ほら早く座りなさい」と隣に置いてあるパイプ椅子を軽く叩く。

 僕は少し躊躇したが、しかしそこまで言ってくれるなら先生に教えてもらおう。僕一人じゃあ絶対に無理だし、真昼なんかに教えてもらうまだマシだ。そして教えてくれる人が現役の教師なのだからとても心強い。

 僕は「すいません。じゃあお願いします」と言いパイプ椅子に座ると宿題のプリントをテーブルに置いた。


「ふむふむ。結構あるわね」

「この量を今日中に提出しろって平気で言ってくるんですから、百木先生は苦手ですよ」

「私もあの百木先生は苦手だけれど、そもそも原因は望君が宿題をやり忘れたせいよ。次からは気をつけなさい」

「そうですね」


 それに関しては何の反論の余地もなかった。


「じゃあまずはここからやりましょうか」

「あの先生……」

「どうしたの?」

「胸が当たっているんですが……」


 そう指摘すると神園先生は自分の胸に視線を落とす。すると神園先生の胸は僕の左肘に当たっていた。弥一がこの状況を見たらきっと羨ましがるだろう。


「私は別に気にしないわ。それとも望君は、胸が当たっているくらいで私に欲情しちゅのかしら?」

「えっといえ、別に……」


 僕が欲情するのは妹だけである。


「なら問題に集中しなさい」

「はあ……」


 僕はそう返事をして言われた通り宿題に集中する。

 神園先生の教え方はとても分かりやすく、そして普段の授業とは違くほのかに暖かく優しさがあった。

 普段も今みたいに生徒と接していれば嫌われることなんてないだろうに。

 神園先生が教えてくれたこともあり、最終下刻時間ギリギリに終わらせることができた。


「ありがとうございます。神園先生のおかげでなんとか終わらせることができました」

「別に礼なんていいわよ」


 神園先生はそう言って部室の鍵を閉める。

 そして僕たちは職員室に向かって歩きながら、神園先生は言う。


「──二年前、君がこの文芸部に入ってくれなかったら廃部になっていたのだから、感謝しているのは私の方なのよ」

「あれから二年も経つんですか。なんか随分遠い出来事のように感じますね」

「そう?私も昨日のことのように思い出すわ」


 二年前──まだ弥一と友達になっていなく、真昼とクラスが別になり、しゃべる友人がいなくっていつも一人で教室でいたところ僕は神園先生に部員がいない廃部寸前の文芸部に誘われて僕は入部した。

 最初の一年は部員は僕だけしかいなくっ文化部の発表会やコンクールの準備がとても忙しかったのを今でも覚えている。


「でも僕が文芸部に入ったのは別に先生が困っていたからとかじゃないですよ。僕は困っている人を助けられるほど強くはないですし、優しくもありません。僕はそういう人間なんです」


 そう、僕はそう言う人間じゃない。

 そういう人間になれなかった人間なのだ。

 そんななり損ないの僕は言う


「僕が文芸部に入ったのはただ単純に夢がいたからですよ。夢がいなければ僕は文芸部なんて入ってなかったと思います」


 そう言うと先生はピタリと動きを止めた。

 きっと僕の妹の名前に反応して動きを止めたのだろう。

 現在行方不明になっている僕の妹、夢野夢。

 夢が文芸部に在籍していた期間は少なかったが、しかしそれでも夢が文芸部に在籍していたことは確かなことであり、そして神園先生は夢と仲が良かった。それはまるで姉妹のように。

 だから夢の名前を聞いて色々と思うことがあるのだろう。

 神園先生は真剣な眼差しで僕に言う。


「それでも私は望君に感謝してるわ。だから私にできることがあれば言ってほしい。私は望君のためならなんだってするつもりよ」


 そして神園先生は僕を励ますように言う。


「望君の妹さんはきっと今もどこかで生きてるわ。私はそう信じてる」


 神園先生は夢が異世界にいることなんて知らない。

 もしそんなことを言っても信じてはくれないだろう。

 だから僕はそんな神園先生に笑顔で答える。


「ええ僕もそう思っています」


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