8.守るって、言ってくれたよね?
アジトに戻ったが、子供たちの姿は見当たらなかった。遺体も見当たらない。
「……連れ去られた?」
アヤナは周囲を見渡した。
「ここまできれいさっぱりいなくなったとなると、そう考えるのが妥当だな」
と、馬から降りてタロウが答えた。
ラウルも阪神から降りると、その周囲をすぐさまぐるりと盗賊らが取り囲む。ラウルは視線を巡らせるが、身構えることなく立つ。
「お前のせいだぞ、この疫病神」
「ガキを返せ!」
飛び交う罵声に、ラウルの目が死んで行く。アヤナは慌てて人波をかき分けた。
「やめて!ラウルを責めても状況は変わらないよ」
するとラウルはアヤナを押しのけてその場を離れた。アヤナはどきりとする。
「あ、あの目。あの目はヤバイ……!」
アヤナは後を追いかける。その間に、タロウは阪神の中の確認を始めた。
森の中は既に夜になっている。
ラウルは暗がりの中木の下に腰を下ろし、膝を抱えてふさぎ込んでいた。アヤナはその横にしゃがむと、彼の顔を覗き込んで取り成した。
「ラウルのせいなんかじゃないよ。あの、アニとかいうおじさんのせいだって。あいつが火を放ったのが悪いんだよ。ホラ、みんな怒りのぶつけるところがないから手っ取り早くラウルに当たって……」
ラウルは下を向いたまま声を落とした。
「アヤナはここで面倒を見てもらえ。私はここを去る」
アヤナは千切れんばかりに首を横振りして立ち上がった。
「何言ってんの!?今はいいけど、私もハッタリがバレたらどうなるか分かんないもん。私、ラウルについて行くよ」
ラウルはようやくアヤナを見上げると、不機嫌そうに顔を歪めた。
「そっちこそ何を言っている。私といた方が危険だ。アニの言葉を聞いたか?あれは神器を狙っているのだ。鍵となる私は、きっと捕らわれる。神器を取った後は用なしとなり、殺されることになるだろう」
「……だからこそ、協力してあげたいし」
「せめてお前だけは助かれ。もっと力のある者の庇護を受け、故郷に戻る算段をしろ」
「うー……」
アヤナは頭を抱えた。ラウルの言葉はいちいち正論だった。が、
「……私を守るって、言ってくれたよね?」
ラウルは怪訝な顔をする。
「……嘘つき」
アヤナの突然の謗りに、王は言い返せずただ顔を赤くする。
「私、何の力もないから怖かったけど……ラウルと神器があればこの世界でやっていけるって、ようやく思えたのに」
王はアヤナから気まずそうに目をそらす。アヤナはそれでも語りかけた。
「ひとりになったら駄目だよラウル」
彼は闇に目を凝らし、耳だけをそばだてている。
「ラウルがひとりになるってことは、私をひとりにするってことだよ。逆もそう。私、ラウルをひとりにしたくない。物置小屋で死にそうになってた私みたいな孤独を、ラウルには絶対味あわせたくない。ひとりぼっちの人間が最後までひとりだなんて、そんなの絶対駄目なんだよ……」
ラウルは異変に気がつき、弾けるようにアヤナを振り仰いだ。
アヤナは泣いている。
まっすぐラウルを見据えたまま、涙だけを流して泣いている。王は慌てて立ち上がると、涙に濡れる少女の顔を覗き込んだ。
「……そんな風に言ってくれたのは、アヤナが初めてだ」
彼もまた泣き出しそうな声で囁く。アヤナは表情を隠すように、ごしごしと目をこすった。
「私だってアヤナを助けたい気持ちは同じだったのに、つい気落ちして──」
アヤナはこくこくと頷いた。
「……ありがとう、アヤナ。いつも後ろ向きですまない。私はもう、大丈夫だから」
王の両手が、アヤナの涙に濡れた両手を求めて差し出される。アヤナは少しうろたえたが、王の手にそっと両の手を預けた。
彼の大きな両の手が、アヤナの手を大事そうに包む。
「だからアヤナ……やはり、私について来てくれるか?」
アヤナは照れ臭そうに破顔する。ラウルはようやくほっと息をついた。
「……とにかく二人で協力して、行けるところまで行ってみよう。実は、私はそなたと出会う前、行こうかどうか迷っていた場所があったのだ」
「そ、そーなん?」
「そうだ。そこにも神器があると言われている。アヤナがいれば、私はまたその神器を使いこなせるだろう。阪神はタロウとの約束通りここに置いていかねばならないし、どちらにせよもう私達がここにいる理由はない。明日、朝になったら新たな神器を探しに行こう。だから今晩はしっかり寝ておけ」
アヤナはその言葉に安心し、木の葉の集まった地面に寝そべると、すぐに眠ってしまった。ラウルはアヤナの寝顔を見つめながら、じっと物思いに耽っている。
次の日の朝、寝ぼけ眼のアヤナの元に、ラウルがタロウを伴ってやって来た。
タロウは馬を引き連れている。
「アヤナ、あれからタロウと話し合ったのだが」
ラウルが口を切った。
「阪神は、タロウとの約束通りここへ置いて行く。代わりにこの馬を一頭くれるそうだ」
アヤナはタロウを見上げた。タロウは深く頷いている。
「あれからあの阪神とやらを調べたんだけどよ、どうも起動するにはラウルの手が必要らしいんだ。が、ちょっとこの状況だと、ラウルをうちに置いとくのは厳しいし、かと言って神器を手放すわけにもいかない……仲間の手前、な。ま、とりあえず、どうせ誰も動かせない代物だ。このお宝は色々ハッタリに使えるし、しばらくここで預かっといてやるぜ」
ラウルは昨晩とは打って変わった穏やかな顔をして、馬の鼻先を撫でている。アヤナとタロウはじっとそれを眺めた。
「俺は誤解していた」
アヤナは弾けるようにタロウを見上げる。
「ラウル王ってのはもっとこう、役立たずのくせに高慢で、いけ好かねぇヤローだと思ってたんだよ。でも実際会ってみると……何か憎めねぇヤローだったんだよな。すぐしょげたり、足を引きずって歩いてたり、かと思えば急に王様の顔になったり……男の顔になったりするしよォ」
その言葉で、ラウルがこちらに赤い顔を向け「やめろ」と言った。
「え?タロウ、男の顔って何?」
アヤナが屈託なく問い、タロウがにやける。
「ん?そんなこと、お前さんの前で語るのは野暮だぜ」
「何で何で?」
「おい、だからやめろ」
タロウはラウルの慌てた様子に、声を出して笑った。
「ま、アレだ。ラウルもアヤナも元気でやれよ。これは餞別だ」
タロウは袋いっぱいの干し肉を差し出した。
「手下がうるせえから、これで勘弁してくれ。ほとぼりが冷めたらまた来い。色々むしり取ってやるから」
ラウルとアヤナは笑顔で頷いた。燃えた木々の先には、青空が広がっている。
二人は馬に跨ると、タロウに手を振って歩き出した。
タロウは振った手を下ろしてからポツリと呟く。
「必ず阪神を取り戻しに来いよ、ラウル」
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