7.アニ・コルテス議長の急襲
「エレキビームって何だ?」
ラウルが前を向いたまま尋ねて来る。
「攻撃出来るみたい。シフトJで、黄色のボタン長押しだって」
「ふむ。アヤナ、もっとこの乗り物について説明してくれ」
「うん。速く走り過ぎると転ぶので注意。あっ、通信機能もついてる。他の阪神と通話可能……でも、あそこに阪神くんは一台しかなかったけどなぁ」
「他には?」
「ええっと、ラウルの触れたあの板あるじゃん?そのハンドル中央についてる、スマホみたいな板。その中にも説明書が入ってるって」
「この中に説明書……?」
ラウルはハンドルの下側を覗き込む。アヤナは笑った。
「あはは、覗き込んでるのウケる!つまりこの紙の説明書が燃えても、その板を操作すれば同じ内容が読めるってわけ」
日が傾き、周囲は黄昏れて来ている。ふと、鼻先に焦げ臭いにおいが漂って来た。
「ん?何だ?」
タロウが声を出す。隊列全体に嫌な予感が漂い、速度を上げてヒドラ森の見える丘へと駆けて行く。隊列はそこに足を止め、呆然と立ち尽くした。
ヒドラ森が燃えている。
隊列の視線が、森からゆっくりとラウルに移った。全員が目の色を失っている。アヤナも声を失っていた。そして彼女は、ラウルの手に力が入って行くのを目撃する。
「……ラウル」
「アヤナ、降りろ」
「何をする気?」
「今ならまだ、森に火を放った奴に一矢報いることが出来るかもしれない」
アヤナはカイ少年のことを思い出していた。あの子はどうしているだろうか。
「わ、私も行く!」
するとタロウが力の限りに叫んだ。
「お前ら何ボーッと突っ立ってやがる!残っているやつらを救出するぞ!」
それを合図に、隊列が丘を一気に駆け下りて行く。が、森の手前で一同は足を止めた。
ヒドラ森から騎馬隊がゆったりと歩いて来る。一様に磨き上げられた銀の鎧をまとい、バチバチと近づき難い音を発している。ラウルはハッと息を呑んだ。
「……どうしたの?あの集団は一体……」
アヤナが問うのより早く。
「これはこれは陛下。盗賊の真似事とはお盛んですなぁ。おや、不思議な乗り物に乗っておられますね。よもやそれは、神器ではありませぬか?」
向こうから挨拶が飛んで来た。老紳士だが、甲冑に身を包んでしゃんと馬を乗りこなしている。
「……知り合い?」
ラウルは歯ぎしりをしてから答えた。
「アルベス村議長の、アニ・コルテスだ」
アヤナはカイの言葉を思い出していた。ベリエ王国を大きく四つに分ける村のひとつ、その長らしい。
アニは数十の騎馬兵を従えていた。バチバチと細かい音が立ち、アヤナやラウルのところにまで静電気が伝わって来る。相手は余程強大な電気を体に蓄えているらしい。
「陛下。すぐにその物体から降りるのです。さっさと投降し、神器をお譲りなさい。さもなくば……あなたもあのアジトと同じ末路を辿っていただきますよ?」
ラウルは舌打ちし、ひとりごちた。
「神器が目的か。ならばやはり、盗賊に我が城を襲わせたのは、議長だったのだ」
ラウルは背後にささやく。
「アヤナ、隠れていろ。相手は強すぎる……」
が、既にそこにアヤナの姿はなかった。
「あ、アヤナ?」
嫌な予感がし、きょろきょろと視線を動かしていると
「アニ・コルテス!!」
背中から木刀を引き抜いたアヤナが、いつの間にやら阪神の足元に立っている。静電気も影響しているのだろうか、文字通り怒りに毛が逆立っている。
「森に火をつけるなんて許さない!残った子供をどうしたの!」
急に出てきた奇妙な出で立ちの女に、アニは目を白黒させた。
「……女か?」
「ただでは帰さない……必ず鉄槌を下す!」
アヤナは目血走り、怒りに我を忘れている。アニはアヤナを上から下まで見て、フムと呟いた。
「女で海兵の出で立ち。さては貴様、王の護衛か?そこをどけ、神器をよこすんだ」
アヤナは木刀を手に走って向かおうとしたが、アニの手にバチバチと電撃が集まる様を目撃する。その次の瞬間、彼の手から地面と平行に稲妻が走った。アヤナの手に衝撃が走り、木刀が地に落ちる。
呆然とするアヤナに、アニはけらけらと笑った。
「蓄電が間に合わなんだか。者共!今だ、やれ!!」
騎馬兵が手に手に火花を散らし始める。アヤナの脳裏に、カイの声がよみがえった。
──危ない!って感じると、ブワーっとビリビリした感じが手の平に集まって来るんだよ。
アヤナは一縷の望みにすがり、片手を前に出す。
──アヤナ姉ちゃんの電撃、見てみたいなァ。
「だめだ、カイ……私、電撃なんか」
アヤナの足が絶望に震え出した、その時だった。
視界が真っ白に飛んだ。アヤナの横から燃えるような閃光が通り過ぎ、声を上げる間もなくドンという衝撃音が遅れてやって来る。バリバリと雷鳴のような音が轟きようやく顔を上げると、眼前には騎馬兵らが累々と地に落ちていた。
アヤナは何が起きたのか分からず、手を前に出したまま呆然と肩で息をする。アニも衝撃で落馬していたが、うめいて立ち上がった。
アヤナとアニの目が合う。
「貴様……油断させおってからに。海兵の女め、覚えてろよ……」
遠くから、離れていた騎馬兵がアニの元に駆け寄って来る。騎馬兵はアニを乗せると一目散に逃げて行った。
盗賊らが安堵と興奮の入り混じった息をようやく吐き出す。アヤナは後方を振り返った。呆然とするラウルに対し、主を乗せた阪神は平然と立っている。
よくよく目を凝らすと、阪神の腹の中央から円筒がへそのように突出していた。それでようやくアヤナは気づいた。
「今のビームは、阪神くんの……」
ラウルは阪神をしゃがませて降りるとアヤナの元へと歩いた。
「アヤナ、ケガはないか?」
「ねえラウル。あれ、どうやったの?」
ラウルは声をひそめた。
「アヤナの説明の通り、黄色のボタンを押したんだ」
「そっか。あれがエレキビーム……」
「オイオイ、姉ちゃん凄いな!」
タロウが馬に乗ったまま、浮足立ってやって来る。
「あれがアヤナの力か!そりゃ女だてらに王の護衛にもならぁな!」
アヤナとラウルは顔を見合わせた。どうもタロウの目にはアヤナが閃光を発したように見えたらしい。アニの台詞を反芻する。どうやらあちらも、アヤナが電撃攻撃したように見えたらしかった。
「者共!アジトへ戻るぞ!!」
タロウは矢も楯もたまらず走り出す。盗賊が去り、ラウルはアヤナに手を差し出した。
「立てるか?」
「こ、腰が抜けて……」
アヤナはラウルに肩を貸され、ほうほうのていで歩き出した。
二人で阪神に乗り込み、ラウルの操縦で立ち上がる。後方の座席に座ったアヤナは、ラウルの背もたれに額をついた。
「うーっ、疲れたぁ」
「まさかアニ相手に出て行くとは思わなかったぞ」
「だってムカつくじゃん。完全にこっちを下に見てたし」
「当然だ。村の議長まで上り詰めるくらいだから、彼はかなりの電撃使いなんだろう」
アヤナは腕を組み、不満げに口を尖らせた。
「はぁー、まさかラウルに助けられるとはなぁ」
「言っただろう。私が守ると」
「阪神くんのおかげでしょ?ラウルの力じゃないっつーの」
ラウルは怒ったように黙した。アヤナは慌ててつけ加える。
「あ、ごめん!本心では超助かったありがとうって思ってるから、そんな怒んないでよ!」
「出来れば本心から話せ……無駄に傷つく」
「ごめんって!口下手で不器用な女なんだ私。ねーちょっと、機嫌直してよ」
「……ふん。もう少しご機嫌取りをしろ」
「ラウル超カッコイイ!男の中の男!」
「まるで心がこもってないな……」
焦げたにおいが充満する森に、二人を乗せた阪神は小気味いい機械音を立てながら戻って行った。