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第4章.潜水艇「鯨」と同棲生活

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21.亡き兄ルキアの遺志

 昼になると、右手首から先のない女性がサンドイッチを大量に作って持って来た。それを畑の脇で囲み、カイも含めて皆で食べることにした。


 女性はラウルに言う。


「みんな、あなたがいつかここに戻るのを待っていたのよ」


 かじりかけのサンドイッチを手に、ラウルは困惑の色を浮かべる。


「あなたが子供の頃、この湖の封印を解いたの。テオは現場を見ていたんでしょう?」


 テオは頷くと、ラウルに優しい視線を向けた。


「あなたのような足のない人間を助ける集団が欲しいと、そのようにおおせつかり、我々はこの神器を受け取りました。ラウル様が大人になってから困った時に、助けてやるようにと」


 ラウルは真剣な顔で尋ねる。


「……私を連れて来たのは……」


 テオは頷いて答える。


「ルキア殿です」


 ラウルはそれを聞くと、感じ入るようにそっと目を閉じた。


「そうか、そんなことが……いくつぐらいの時だ?」

「あなたが三つ、ルキア殿が十の時でした」

「そんなに昔の話なのか。しかし、あの城から十歳と三歳が、どのようにしてここまで」

「付き添いがおられました。確か、女性で」


 ラウルは嫌な予感に顔をしかめた。


「女だと?」

「はい。城の女兵士で、名前をニルダと」


 アヤナとラウルの時が止まった。


「……ニルダ?メレデス村議長の?」

「議長かどうかは私も存じ上げないのですが、ニルダと」

「ニルダはかつて城の兵だったことがある。まさか、ニルダが」


 ラウルのただならぬ様子にテオは少し肩をすくめる。


「これはルキア殿から聞いた話ですが、その……ニルダに頼んで連れて来てもらったと、そのような口ぶりでした」


 ラウルは歯噛みする。


「大方、ニルダがルキアをそそのかしたのだろう。あいつも神器を……一体、何の目的で」


 アヤナもカイも、心配そうに顔を見合わせる。いよいよ困り顔のテオだったが、意を決したように


「しかしラウル殿。私もあなたも、現にこの神器で救われているのです」


と釘を刺した。ラウルの表情から、ふと毒気が抜ける。


「そんなにあらゆることに気を立てずに、少し休んだ方がいいです。まだ、あなたは相当に気を張り詰めていらっしゃる。今は少しお兄様との思い出を味わって、心を取り戻すことを優先した方がいい。でないと、早晩心から壊れて行きますよ」


 アヤナはラウルの隣で何度も頷き、テオの話に心から同意していた。それに気づいたのか、王は彼女に目を移す。アヤナはいたずらっぽく笑いかけた。


 ラウルは気を取り直したように前を向くと、少々ヤケクソ気味にサンドイッチにかぶりついた。アヤナは笑顔になったが、カイは難しい顔で彼の様子をうかがっている。




 畑作業は夕方に終わった。各自好きな食料を収穫し、乾いた洗濯物と共に艇に戻る。


 約束通りカイを艇内に入れると、彼は目を輝かせた。


「うわーっ、すっげえ!これが神器かぁ!!」


 ひねれば水の出る水道。ベッドに食卓、シャワー室に冷蔵庫もある。カイは子供らしくぐるぐると艇内を徘徊した。


「こんないいものなら、議長たちが狙ってるってのも分かるなぁ」


 カイにとっての神器は、至宝ではなく便利グッズとして上書きされてしまったようだ。


「これからどうする?もう夕飯にしようか」


 アヤナが尋ねると、カイの頬がつやつやと輝いた。


「わーい!そうする!今日のご飯何?」

「今日は……魚焼きと野菜のスープ」

「やった!」


 アヤナが台所に立つと、ラウルもその横に並んだ。


「アヤナ、そんな凝った料理出来るのか?」

「じーちゃんと暮らしてる時は、料理の担当は私だったから」

「ふーん」


 背を向けたままの二人に、カイが苦々しい口調で背後から声をかけた。


「ラウル、アヤナねーちゃんの邪魔すんじゃないぞ。こっちで座って待ってろよ」


 二人が振り返ると、カイはぶんむくれていた。二人は顔を見合わせ、ラウルだけがすごすごと食卓へ戻る。


 カイは食事が始まっても、なぜかぶすっとしていた。だがラウルは見ないフリで平然と問う。


「カイはこれからどうするんだ?」

「……どうするって、あんたのせいで俺の居場所は燃やされたんだぜ」


 アヤナは絶句するが、ラウルはそれを難なく受け止める。


「悪かった。お詫びと言っては何だが……良ければヒドラ森まで送り届けようか」


 カイは意表を突かれたように黙りこくる。


「バラバラになった子供たちも、何とか連れ戻して」

「ふん。いかにも世間知らずな考え方だなぁ」


 少年はせせら笑った。


「俺たちは世話してくれるなら、どこの誰のところでもいいのさ。ここにいられるなら、ヒドラ森なんかに戻らなくてもいい」

「……何か矛盾してないか?」


 ラウルの問いかけに、カイは少しむっとする。


「居場所を追われたと憤っておきながら、戻らなくてもいいとは」

「べ、別にいーじゃん!俺、ここにいたいんだ。アヤナ姉ちゃんの料理も美味しいし」


 ね、とカイはアヤナに同意を求めるが、彼女は困り果てたように笑うだけだった。


「ふーむ。何か引っかかるが……」

「う、うるせーやい。俺はとにかくこの中で暮らしたいんだ。二人とも、しばらく世話になるぜ!」


 カイは自身を奮い立たせるように、大声で言う。アヤナとラウルは顔を見合わせた。




 夜になるとカイは疲れたのかすぐにベッドに入り、動かなくなってしまった。


 その反対側の二段ベッドの下段に、家事をすべて終えたアヤナが体を投げ出す。


「はー、疲れたぁ」


 アヤナは雑誌でも読むかのように、潜水艇〝鯨〟の説明書をベッド下から取り出してめくった。


 そこに、食器を洗い終えたラウルがやって来た。


「あ、ラウル。私まだいいから、先にシャワー浴びて来たら?」


 ラウルは寝転がるアヤナの足元に腰かけた。そして、布団をポンポンと叩く。


「……なぁに?」


 アヤナが起き上がって素直にその横に座ると、ラウルはぽつりと言った。


「……今日の話」

「?」

「兄のことについて、アヤナにまだ話していないことがあるんだ」


 アヤナは緊張して頷いた。思いがけず、ラウルの闇の核心に触れる予感がする。



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