2.ヒドラ森の盗賊タロウ
「うわー、最近のイベントは手が込んでるね。見てよアレ!」
ヒドラ森の奥深く。
ラウルの案内通りの場所に、盗賊のアジトはあった。
アジトの前には鉄の柵門があり、その向こうには限りなく大き目に造ったほったて小屋が並んでいた。門の前には牛の角を模した革の兜を被った三人の男が、武器を携えて立っていた。
「あれがヒドラ森の山賊だ」
「ふーん、変な格好……」
ラウルはしぃっと唇に指を立てた。
「アヤナ、仮にもお前は女だ。あんな集団の中にのこのこ出て行ったら、何をされるか分らんぞ」
「あれ?ラウル、私の心配してんの?」
「まあな」
「えっへっへ」
アヤナは屈託なく笑った。
「あそこには私ひとりで行く。アヤナ、お前はもう帰れ」
「は?私を置いてくの?こんな深い森に?そっちの方が危険じゃん」
少女の正論に、ラウルは気まずそうに咳払いする。
「……私はアジトに入る方が危険だと思うが……」
「まあ見てなって。いざとなったらこの、日光杉の木刀ちゃんがあるから大丈夫!」
ラウルはアヤナの奇妙な剣術を思い出した。
「そこまで言うなら行ってもいいが……自分の身は自分で守れよ」
「ふん。ラウルに言われたくないね」
アヤナはそううそぶくと、さっさと立ち上がる。ラウルもおっかなびっくり立ち上がり、アヤナの後ろに隠れるようについて行く。
暗がりの中、松明の炎によって浮かび上がるように現れた見慣れぬセーラー服姿の女に、山賊らは身構えた。
「──何奴!」
アヤナに遅れてラウルも現れる。一瞬の静寂の後、
「……本物の王か?」
山賊のひとりが戸惑いにうわずった声を上げる。アヤナはおほんとひとつ、もったいぶったように咳払いをした。
「お頭にお会いしたいと、王が申しておられる!」
尊敬語と謙譲語を全て取り違えてアヤナが宣言する。一方の王は、彼女の背後でただただ冷や冷やしていた。山賊は頭を寄せ合い、ひそひそと談合するとこう告げた。
「その男。王であると言うなら、その証拠を見せてみろ!」
アヤナは少し焦る。ラウルの目はどこか覚悟が決まったように座っている。彼はアヤナを通り過ぎ山賊の前に進み出ると、もぞもぞと左足を動かした。
窮屈なブーツを脱ぎ、器用に体重を移動させながら、ラウルはズボンの裾をまくり上げる。それを松明の下で見、アヤナと山賊は息を呑んだ。
足首から先が、ない。ラウルの左足は粘土人形を作りかけたように、丸く潰れて足先がなかった。アヤナが慌てて捨て置かれたブーツを覗き込むと、その先には木製の足が入れてあった。血の痕跡も見当たらない。元から足先がない身体なのだ。
「そうか。ラウルが足をひきずってたのは、怪我をしたんじゃなくて元から足がなかったからなのか」
アヤナの言葉にラウルは何の感情も見せずに頷く。一方、山賊たちはやにわに色めき立っていた。
「不具の王、ラウル」
「不具の王だ!」
フグの王……?とアヤナも呟く。山賊はラウルの服装を隅々までチェックすると、
「ついて来い」
と歩き出した。アヤナもついて行こうとしたが、門番に止められた。
「何すんの?」
ラウルがその声に気づいて振り返る。
「おい、その女を離せ」
「この女は何だ?」
アヤナは口ごもり、すぐにラウルが助け舟を出した。
「そいつは私の護衛だ」
女で王の護衛と聞き、山賊らは口々に呟いた。
「あの格好、都で見たことがある」
「なるほど、電撃使いのようだな」
アヤナは疑問符の浮かびそうな顔になったが、真面目な表情を作ってこらえた。山賊は彼女の未知の力に勝手におびえ、遠巻きにする。アヤナは澄ました顔で王の背後についた。
二人はアジトの向こうの一番大きなほったて小屋の前まで歩かされた。粗雑な作りの、建てつけが絶望的な木製ドアを力任せに引き開けると、これまた牛の角を模した兜を乗せた大男が小さな椅子に座っていた。
大男はラウルを眺めると、目を白黒させた。
「おい、まさかこいつ」
ラウルは座っている男を見下ろし、
「ベリエの王、ラウルだ」
と端的に告げた。大男は「ほう」と呟いたかと思うと、豪快に笑い出した。ラウルは表情をぴくりとも変えない。
「よく似せてあるな!ラウルは民衆になぶり殺しにされたと聞いている。お前はあの王の顛末を、どう聞いている?」
回答するように、ラウルは再びそのブーツを脱いだ。その丸い足先を見るや、大男は気圧された。
「げっ。足まで切り落として来るとは、気合の入った奴だな」
盗賊の頭目は頑なに目の前の男を王と認めようとはしなかった。ラウルは注意深く語りかける。
「私は名を教えた。そなたも名を名乗れ」
頭目はにっかりと笑った。
「俺の名はタロウ。このヒドラ森の山賊の頭をやっている」
すかさずアヤナが言った。
「私のじーちゃんと同じ名前だ」
ラウルが咎めるようにアヤナを睨む。タロウの目がアヤナに向いた。
「おっ、ラウルよ女を連れているのか。お前の名は?」
「私は壬生アヤナ。壬生が姓で、アヤナが名前ね」
「姓があるとは、さては名家の出か?落ちぶれてざまあねえな。ところでお前ら何をしに来たんだ?普通は用もなく、こんな森の深くまで来ないだろ」
ラウルとアヤナは目配せをする。どちらの瞳にもプランの気配はない。言い出しっぺのアヤナが口を切った。
「ラウルはこの国の王様なんだ。でも色々あって逃亡中なんだってさ。匿ってあげてよ」
単刀直入が過ぎ、ラウルは歯噛みした。タロウは軽く相槌を打った。
「ふーん?殺されたと聞いていたが……情報が錯綜しているな。まあ好都合だ。俺達も今、国の混乱に乗じてデカい盗みを計画していてな」
「盗みになど加担せん」
ラウルが食い気味に言い放ち、アヤナは頭を抱えた。タロウはその言い草を小馬鹿にしたように笑い、
「あんたが本当の王ならば知っているだろう。この国に隠された十二の神器の話を」
それを聞いてラウルの顔色が変わった。アヤナは目を輝かせる。
「面白そう!隠された神器って何!?」
「それが俺達にもよく分からねーんだけどよ、すげーお宝らしいんだ。一説には古代に作られた兵器とも言われている。何だか凄そうだろ?どの賊よりも先に手に入れたい。神器の場所は、王族のみに伝えられているらしいんだが」
「へー。この地域には他にも族がいるの?」
「ああ、めちゃくちゃいる。この国が傾いて王が不在になったのも、その賊を放置したからだ」
「ふーん。警察は何もしないの?」
「ケーサツって何だ?それはよく分らんのだが、辺境警備兵がサボリまくっていたらしい。賄賂を貰わねーと動かないっていう、役立たずの集団だったのさ。まあこれも王族が軍の統率を怠ったのが悪いんだがな。賊が増えに増え、略奪が横行し、地方が疲弊した。そこからの民衆の反乱、軍の無力化、議会からの突き上げ。だから王は逃亡した。全てを放棄してなぁ」
そう言って豪快に笑うと、タロウがラウルの顔をさも面白そうに覗き込む。アヤナもラウルを見上げた。手痛いことを言われただろうに、まっすぐ前を向いている。アヤナの目には、彼は王として、全てを真正面から受け止めているように見えた。
「まあお前が本物の王ならば、だがな。ほれ、各所に散らばる神器の在り処を言え。言わなければすぐそこの町にある民衆警邏兵に引き渡すぞ」
アヤナは期待を込めてラウルを見上げた。が、
「言わない」
ラウルの返答はにべもない。
「ふーん、なら引き渡し決定だな」
タロウの返答も、にべもない。アヤナが慌てている内に、ラウルは踵を返した。アヤナはひたすら困惑したまま、ラウルの後について行く。
「ねえ待ってよ!ここが駄目なら他に……」
ラウルはアヤナを振り返った。
「もういい、アヤナ」
王の顔はどこか清々しい。
「アヤナ、先程は助けてくれてありがとう。私はやるだけやって、野垂れ死ぬことにしよう」
アヤナは呆然と立ち尽くした。
「ここでお別れだ」