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写真屋 泡沫  作者: ナナカマド
2/2

私の小窓1

なんだか急に寒くなってきた………

柱時計の振り子の音が店内に響く

ここはどこだろうか


ー真映子


おじいちゃん?


顔を上げるとそこには、もう会えない木漏れ日のように暖かい笑みをたたえた祖父がいた。

祖父がその大樹のように大きな体の梢で、優しく私を撫でながら祖父の付けてくれた私の名前を葉の擦れる音のように静かな声で。けれどもはっきりとした声で、呼ぶ。


ーいいか真映子


うん。ちゃんときいてるよおじいちゃん。


ー昔写真が日本に広まり始めた頃はな、このカメラは魂を吸い取ると言われて怖がられていたんだ


どうして?そんなことないのに。そんなこといったら、カメラがかわいそう。


___ああそうだとも。カメラには何の罪もないな。真映子は優しい子だ。だがね、それまでは日本には似顔絵しかなかった。なのに急に写真なんてものが日本にきたらどうなるだろう


みんなびっくりしてしまうんじゃないのかな


___そうだね。当時写真を撮るときの使い捨てのフラッシュと、こんなに精密に映し出された自分の姿を見て、まるで自分の魂がそこに閉じ込められたと感じてしまったのだろうね。


おもしろいひとたちなのね。そんなばかなことありえっこないのに。


___そう、今でこそそう言えるが、当時はまだみんな妖怪などを心の底から信じていたからね。それに真映子だって、もし目の前にあるボタンを押しただけで自分と全く同じ姿のロボットが出てきたとしたらびっくりするだろう


からかわないでよ。そんなことあるはずないじゃない。私は子供じゃないのよ。それくらいわかるわ


___ははは、そうだね。からかってすまない。でも決してあり得ないことじゃない。あり得ないなんて事はあり得ないのだから。だがね、当時の人々も写真のことを今真映子が感じたように"そんなばかなこと"と思っていたのさ。


そんなのみないとわからないのに


___そうだ。だからね真映子。君は噂で全てを判断するようにはなってはいけない。自分の目を信じなさい。そして見たものを写真に残しなさい。撮った写真は、自分の生きた証になるのだから____


うーーー。マエコよくわかんない


____ははは。いつかわかるさ。きっと真映子が、今よりずっと、大きくなったその時にね________


祖父の優しい笑い声は、花曇りの空にすうっと吸い込まれた。かと思うと、ふわりと雪解けのように静かに消えていった。




===================================================================




秋晴れの気持ちの良い午後。


少し幼さを持ったその人は閑古鳥の鳴く古風な店内の入り口の斜め前に位置するカウンターの前で相棒のお世話をしていた。

このまるで時間が止まったような空間で唯一コチコチと「ちゃんと時が進んでいるんだよ」とでも言いたげに店内の壁に掛かった古い薇式の時計の音が、時を刻む音を響かせ続けている。


不意にその人が、目の前にある木製のカウンターにコトリと何か箱のようなものを置くと、

「ねぇレオ。こんな感じで良い?」

そう箱に呼びかけた。その箱はよく観るとレンズがついており、どうやらカメラらしいことが、見て取れた。

対してレオと呼ばれたカメラは嬉しそうな声で

「うん。ありがとマー子」

と応えた。マー子とはこの女性「宇津宮 真映子」の小さい頃からのあだ名だ。

今でこそたくさんの友人がこの名を呼んでくれるが、一番最初にこの名を呼んだのは先の

「喋るカメラ」で彼女の友達第一号であるレオこと「ダゲレオ」だ。

名前の由来は彼の機種がダゲレオタイプだからで特に意味はない。ちなみに創業当初からいるのでかなりのご高齢であるのだということは、宇津宮家では禁句の一つとなっている。


 そんな2人の営む小さな写真屋は操業こそ幕末だが、かつて大正時代に周りの景観に合わせて中身だけ改築し、それっきりメンテナンス以外で手をつけていない。なので本物の大正モダンを拝むことができ、今ではそこも売りにしている。ちょうど窓に嵌められた手漉きガラスから、陽が入り込んで店内を明るく照らし出していた。そして、宙を舞う埃たちがまるで太陽から零れ落ちたかのようにチラチラと光を受けて輝いている。


とても穏やかで静かな時間が店内には流れていた。


「あー、こうも何もないと暇だね」

そんな沈黙に耐えられずにレオが声を上げる。

「だね。まあ最近は輪をかけて不景気だからね〜。最近だとこんなところじゃなくても、チェーン店とかスマホでより綺麗な写真を撮ることもできるし………。じゃあレオ。しりとり、しようか」

私がそう提案すると、何故かレオが小さなため息をつく。なんか変なこと言ったかしら。そう思い首を傾げるとレオが再び声を上げた。

「勘弁してよ………今眠い。惰眠を貪りたい」

"え、カメラも寝るの⁉︎"なんて言う話はとりあえず置いといて、取り敢えず最後の『い』から文を紡ぐ。あ、ていうか、最初に声かけてきたの君じゃん。さては面倒臭くなったな。………ちょっと煽ろう。

「言ってる割りに参加するんだ?」

ニマニマする私を無視して、レオも脳内で文を構成し始める。

「『だ』……………だってそうじゃないと煩い『し』」

むう。やっぱり参加してるじゃん。完全に私を下に見ている感じではあるけれど。

「『し』……………仕様がないじゃん。暇なんだも………」

言った直後にそのことに気づきハッとする。あ………しまった。そう思い苦い顔をしていると、隣からフフンと言う笑い声と共に

「………はい負け」

無邪気な笑顔(をしているような気がしてくる声)で敗北を言い渡された。態々そんな馬鹿にするような声で宣言しなくてもいいじゃない。明らかにニタついているよなレオ。なんかこの態度に段々腹が立ってきていた。こうなったら仕方がない。私の最後の切り札を見せる時が来たようだ。フフフと気味悪い声とともに振り返ると

「………ンゴロンゴロ自然保護区………!」


 負け犬の遠吠えと言わんばかりにマエコが切り札を持ち出す。ご丁寧に変な決めポーズ付きで。

が、

「ダメ。それ入れたらキリがない」

否定という刃で斬り捨てられた。試合終了のゴングが、マエコの中で鳴り響いていた。


 そもそもレオとは生きてきた時間が違う。よって、彼の方が博識だ。だからなのか、マエコが本気のしりとりで彼に勝ったことは一度もない。

何だかんだ言う割に頭は冴えているのがレオだ。

 そしてそんな彼に一度でもいい。ギャフンと言わせるのがマエコの叶いそうもない小さな夢の一つでもある。よく笑われたが。


「いつか勝ーつ!」

「ハイハイガンバ」


 適当にあしらわれた事が気に食わなかったのか、マエコは口を尖らせながら手入れを続ける。勿論丁寧に。

「そういえば、そろそろ板買い足さないとだね」

「そういえばそうだね。ついでに硝酸銀溶液も買っときたいね」

ダゲレオタイプのカメラの撮影はかなり手間がかかり、しかも出費が痛い。そして何より道具が多く、手入れに時間を取る。撮影する時の主な手順は次のとおり。


1. ガラス板をピカピカに磨く(但し、湿板用のアルミ板の場合は磨き不要)

2. コロジオン溶液をプレート全体に塗布する。余った溶液はボトルに戻してok

3. 硝酸銀溶液に3〜5分ほど漬ける(絶対に暗室で行う)

4. プレートを取り出して、プレートホルダーという道具に設置(これも絶対暗室)

5. 撮影する。大体1分前後くらい掛かる

6. 現像するための液を全体にかけて現像。精製水で現像を止める(やっぱり絶対暗室)

7. 水で洗った後に、定着液に入れて現像したものを定着させる

8. ニスがけ


 ただ写真を撮るだけで、こんなにも工程がある。しかも真っ暗な暗室と水場、汚れても良い部屋必須だ。昔の人はこれらの苦難を乗り超えた先で写真を手にしていたわけで、だからこそ値が張り、なかなか撮れるような代物ではなかった。

 だがここは現代。流石に普段からこんなに時間をかけるわけにもいかない。だからこそ、"普通の撮影"の時は、現代のカメラを使用している。

 ただ問題は値段で、道具を揃えるためにカメラを除いたとしても最低5万円程かかる。しかも、硫酸銀は溢したら黒いシミになりなかなか落ちない。一度、うっかり手にぶちまけてしまったことがある。この時は運悪く、硫酸銀が何かの模様のような溢れ方をしてくれたのだ。恥ずかしくて包帯を巻いて学校に行ったところ、『包帯+変な模様』というパワーワードのおかげで友人達に厨二病と勘違いされる羽目になった。落ちるまでの2週間。あの目線の生暖かさと冷たさは一生忘れないだろう。そんなわけでデメリットが多いように感じる湿板撮影。ただ、ガラス板で撮影するとなかなかオシャレなインテリアになるので、一部のマニアの間では人気なのだとか。よくわからない。

 そんな事を悶々と考えているうちに、店内に設置されている古い黒電話が鳴り出した。


「電話だよマエコ」

「うん」


 それまで手にしていたレオを一旦目の前にあるカウンターに置き、急いで電話の方へ手を伸ばす。

 チリンという音と共に電話の方から「あ、もしもし……」という日本人特有の控えめな女性の声が聞こえてきた。………年代は2〜30代くらいだろうか。

「はい。ご利用ありがとうございます。貴方の大事な瞬間を守る、写真屋 泡沫です」



「本日はどのようなご用件でしょうか」

秋の空が一番好きです。空気が澄んでいてどこか旅に出たくなります。

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