蹉跌 1
掲載日:2019/08/13
ある地方紙。
日本のそれらの中では屈指の存在で、
3大紙も一目置く論説を掲載する新聞社がある。
昭和40年代以降(1965年以降)に、
「事業の多角化」という名目で、レジャー施設を運営する関連会社を設立し、
数年は業績が順調だった。
ところが、思わぬところから「邪魔」が入り、
その関連会社は解散に追い込まれた。
その経緯をふりかえってみよう。
このレジャー施設は、某地方紙を発行する新聞社が、
2番目に手がけたもの。
最初に開業したのは、公営動物園に隣接した遊園地で、
稼働率と収益は共に良好。
その余勢で、「違う場所に別のレジャー施設を」という声が、
その新聞社内から出て、しだいに大きくなっていった。
上層部が、どのようなレジャー施設にするか、
場所としてどこがよいか、
開業・運転の資金等について協議して、
計画が具体化されていった。




