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秋、それは、戦いの季節

作者: アッサムてー

 お昼の忙しい時間も過ぎ、落ち着いた頃。

 その店の電話が鳴った。

 取ったのは、従業員の一人早番パートの女である。

 電話の相手と言葉を交わしていくうちに、その従業員の顔が劇画タッチになっていくのを、樹里は見逃さなかった。

 世紀末でヒャッハーしている漫画作品があるが、あれ並みに濃ゆくなっていく。

 やがて、受話器を置いて女性が補充作業をしていた受理を振り返り、厳かに告げた。


 「今年も、来た」


 店にかかってきた電話の内容は、例年例外なく繰り返されてきた秋の訪れを告げる電話だった。


 内容を聞いて、樹里の顔も世紀末ヒャッハー漫画タッチのように濃くなる。

 そして、


 「今年も、来た、か」


 まるで、厨二病患者が口にする、「風が騒がしいな」といわんばかりのノリで、しかし重々しく樹里はそう呟いた。




 その日から数日後。


 「うわぉ、電話連絡の時より増えてるし」


 秋と言えば、何を連想するだろうか?

 食欲の秋、芸術の秋、読書の秋、小さな秋。

 まぁ、人によって様々だろう。

 ここでとあるサービス業、もう少し詳しく書くならば飲食店の秋を見てみよう。


 飲食店の秋、ときいて首を傾げる者はきっと多い。

 少なくは無いはずだ。

 では、飲食店の秋ときいて連想できるものはなんだろう?

 きっと、夏メニューから秋あるいは冬のメニューへ変わることだろうか。

 もちろん、それもある。

 季節限定でメニューを切り替えるのは、いまや常識すぎる。

 秋なら栗やサツマイモを使った料理やデザートなんかが主流だろうか。

 お店や業者によっては抹茶なんてこともあるかもしれない。

 たしかに、なるほどそれらも飲食店の秋だ。

 しかし、一部の飲食店ではちょっと変わった光景が九月から見られるようになる。

 

 「沢山って言っても、去年と同じ場所からの注文プラスアルファだけどね」


 とあるファストフード店勤務の従業員、樹里の言葉を受けて樹里の先輩社員である藤原は苦笑して返した。

 樹里よりも六歳ほど年上の三十路の男性である。

 メガネをかけて、ひょろい。

 このような飲食店ではなく、本屋の店員と言われた方がしっくりくる。

 樹里と藤原の視線の先には、五枚の封筒がゴムで束ねられ強力な磁石でホワイトボードに貼り付けにされていた。

 封筒の中身は特別注文のオーダー伝票である。

 特別注文とはなんぞや?

 そう思う者も多いだろう。

 お店によって呼称は様々だろう。

 樹里達の所属する店では、【特別大量注文】略して【特注】と呼称されていた。

 さて、この【特別大量注文】であるが、実は年中受付はしている。

 その繁忙期が秋になるのだ。

 何故、春、夏、冬のいずれかの季節が繁忙期ではないのかは、実に簡単な理由である。

 秋には、保育園、幼稚園、老人ホーム、小学校、中学校、高校、などの施設でイベントが催される率が高い、否、多いためだ。

 保育園、幼稚園、老人ホームではそのイベントの名称はそれこそ様々だろう。

 しかし、学校ではこう呼ばれているイベントだ。

 すなわち、【学祭】と。

 学祭でそれぞれの学年だか、クラスだかで飲食店をやる時、樹里の所属する店だけではなく、ライバル会社というか同業者のファストフード店にもこういった注文が入る。

 もちろん、学祭とはいえお店をやるのでかなりの大量注文となる。

 受けた注文のほとんどは、会社が持っている工場で作られ各学校に運ばれるが、中には距離やその他諸々の大人の事情で店で作ることがある。

 納品時間が例えば朝十時だった場合、数にもよるがそれこそ朝五時、六時に出勤したり、なんてこともザラである。

 さて、樹里達が働いているこの店では焼きそばやたこ焼きにソフトクリームなど、テンプレなメニューを取り扱っている。

 それこそ、秋冬メニューの大定番である大判焼きもつい先日始めたばかりである。


 この店に注文される、特注のほとんどが主力商品である焼きそばだ。

 数は、学校によって様々だが基本この時期は二百個から三百個が平均的である。

 さすがに、一日に五件の納品が集中しているとかでは無いので、それはまだ救いである。


 「一番近いのは来週の土曜日二件か。

 トータル三百食分、枚数換算だと八枚弱(一枚=四十食換算)、か。

 材料全部入るかなぁ」


 樹里の言葉に藤原が、発注書とカレンダーを休憩室から引っ張り出して、見比べつつ計画を立て始める。


 特注だけではなく、普段の営業分の材料もあるので冷蔵庫がパンクする事態も起こりうる。

 そうなるとどうするのか、というと、無理やり冷蔵庫に詰め込むのだ。

 いくら、秋になったからと言ってその冷蔵庫の外に出しておこうものなら、炎上必須案件となってしまう。

 焼きそばに入れるキャベツとモヤシが鎮座している場所にも、頭を使って、とにかく入れまくる。

 発注日や配送日の関係によっては、材料を分けて発注したりもする。



 そして、土曜日当日。

 早朝から準備を始めるわけだが、焼きそばの麺は冷蔵庫から出してすぐ使う訳では無い。

 まず、マニュアルにそって、レンジで規定の時間温めて解すのだ。

 それから焼きに入るのだが、。

 焼き時間は1回につき、十分前後。

 その工程はこんな感じである。

 麺は基本五食分ごとに小分けにされている。

 温め解されたそれらの麺とキャベツを、鉄板で焼ける最大の数分乗せる。

 この店の場合、三十食分が一度に焼ける最大数だ。

 鉄板の火を点け、規定量のラードとソースを掛けて焼いていく。

 この焼きの作業。これがかなり体力を使う。

 ヘラを持つ手だけに力を入れて焼いていくと、翌日掌が痛くなる。

 かと言って腕だけで焼こうとしても、やはり翌日、慣れていないとーーもっと言えば適切な筋肉が付いていないと痛みでのたうち回ることになる。

 

 飲食店では女性の割合が多いことがある。

 なので力仕事も女性が行うことが多くなる。

 そんなわけで、元々農家の出である樹里は、この就職してからの数年間で更に筋肉がついてしまった。

 この日の場合は、藤原が焼きを担当することになっていたので樹里にとってはまだ楽だ。


 まぁ、この筋肉の使い道は、この日からそう遠くない未来で意外な形で役立つことになるのだが、それはまた別の話である。

 

 結局、疲れるが部分的な筋肉痛を防ぐには体全体で焼くほうがベストになってくる。

 途中でモヤシも追加して焼いていく。

 そうして、十分後。

 鉄板の上で山を作っている焼きそばを、盛り付けていく。

 容器に盛り付け、蓋をして、輪ゴムで蓋を固定する。

 更に、特注用の一箱三十個入るダンボールに詰めていく。

 ここまでを二人でやるのだが、焼いている人間は、焼きながら盛り付けていくし、箱詰めをする人間は時に盛りながら箱詰めをしていくのだ。

 これを基本二人で、開店前にやることがほとんどだ。

 大体、二人がかりで三十人前を焼きから箱詰めまで一気にやると二十分弱かかる。

 もう少し早いかもしれないが、平均的に大体それくらいだ。

 多く見積もって、この日の分は約3時間強かかる計算だ。


 三時間後。

 開店前に焼き上げ、箱詰めも無事に終わると片方が納品先に配達に行く。

 残った者は、今度は開店準備が待っている。

 

 「それじゃ、車まで運ぶの手伝ってね」


 量が量なので、安全面なども考えて台車を二台使って駐車場まで運ぶ。

 トランクと後部座席にダンボールを詰め込んで、樹里は藤原を見送ると空になった台車二台とともに店に戻って開店準備に取り掛かる。

 取り掛かろうとした時だ。

 出鼻をくじくように鳴り響いた、電話。

 休憩室には親機が、そして、樹里の立つ厨房には子機が設置されている。

 

 「ま、まさか」


 なんだか、嫌な予感がする。

 そして、こういう予感は当たるものだ。

 過去に何度か経験したことがある、このタイミングでの電話。

 ごくり、と緊張に唾を飲み込んで樹里は鳴り止まない子機を手に取り、通話ボタンを押した。


 「いつもありがとうございます!

 〇〇店でございます」


 根暗オタ属性の、低めの声から一転、変声機でも使用しているかのような、溌剌とした声で応対する。

 すると、受話器の向こうから雑音とともに子供の声がとどいた。


 『あのぅ、すみません。今日文化祭で予約注文をした△□中学校の◆□ですが。

 そのぅ、今から追加ってできますか?』


 出来るわけねーだろ。

 もう配達のために車出発したわ。

 せめて、もう二、三日早く電話しろ。


 そんな心の声をぐっと押さえ込んで、樹里は丁寧に配達のために既に車が出てしまっており追加の配達が出来ないことを伝える。

 すると、


 『どーしても、ダメですか?』


 今の説明聞いてたか、コノヤロウ。

 世の中出来ることと、出来ないことがあるんじゃ。

 喉まで出かかった言葉を、やはり無理矢理押さえ込む。

 

 「大変申し訳ございません。今説明したように配達の車がすでに出ているのと、事前予約頂いた分の材料しか用意していないので、追加分をお作りすることが出来ないんですよ」


 学祭の場合、生徒にこういった段取りをさせることが多い。

 そして、こういったことも度々起こる。

 樹里は慣れてはいたが、慣れているというのと毎度同じ説明をする手間をかけるというのは、全く違うのだ。

 相手は中学生であり、こう言ったことも含めて社会勉強なのだろうとはおもう。


 『わかりました。ありがとうございました』


 そうして、電話が切れる。

 思わずイラついてしまったのは、相手が常識を知らない子供ということを差っ引いても、せめてもう少しこちら側の事を考えて欲しいと思ってしまったためだ。

 イラつきは、声には出ていなかったと思う。

 当日の、それも納品数分前に追加のオーダーをして間に合うとどうして思うのだろうか。


 気を取り直して、開店準備を始める。


 とあるデパートの中にテナントとして入っているこの店は、開店前は客席こそ公共スペースなので食品売り場で、朝早くから買い物をした人達が一息休憩をしているが、店には網のようなカーテンが掛かっている。

 ふと、人の気配というか視線を感じて開店準備の手を止めて樹里はそちらを見た。

 見知らぬおばさんが、樹里をガン見していた。


 と、目が合うと同時におばさんは口を開いた。


 「開店と同時に取りに来るから、大判焼き餡子とカスタードクリーム、それぞれ10個ずつ作っておいて!」


 「いらっしゃませー。すみません、開店準備の関係で作ってお渡しするのが十時二十分過ぎになってしまうんですが良いでしょうか?」


 「え、そうなの? もう少し早く出来ない?」


 「すみません、焼く時間などを含めるとどうしてもそうなってしまうんですよ」


 「気が利かないのね」


 うっせぇ、ババア。

 そもそも、開店前に話しかけてくんな。


 「申し訳ございません」


 「仕方ないから、それで良いわ。支払いは?」


 「ありがとうございます! お会計は、今は開店前ですので、今の注文を予約扱いにして商品をお渡しする時にしてもらうことになります」


 説明しながら樹里は、レジ脇に備えてある予約用紙の予備を取って今の注文を素早く書き込んだ。

 そして、口頭で確認をする。


 「では、確認をお願いします。大判焼きのアンコとクリームそれぞれ10個ずつでよろしいでしょうか?」


 「だから、そう言ってるじゃない! 

 それじゃ、買い物してくるからなるべく早く作ってね!!」


 だから、確認だって言ってんだろ、耳腐ってんのかこのミイラが。

 生焼けで良ければいくらでも早く出せるわ!!

 営業スマイルを貼り付けて、ぐぐぐ、と毒を飲み込む。

 そして、急ピッチで開店準備を終わらせる。

 同時に開店時間となった。

 ながら作業で、大判焼きを作りつつぽつりぽつりと来始めた客の接客をしていると、藤原が帰ってきた。

 これまた、別のお話だがこのながら作業も、そう遠くない未来で意外な形で役立つことを樹里はまだ知らない。

 大判焼きのオーダーを見て、彼は苦笑した。


 「いっぱい来たねー」


 そんな呟きが聞こえた直後、更に別の客から大判焼きの大量注文が入った。


 「小倉(アンコ)三十個ください」


 樹里は営業スマイルで応じ、注文が聴こえていた藤原が笑顔のまま固まった。


 秋は、まだまだ始まったばかりである。

 

  

 

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