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ありがとう。おやすみ

作者: 春風 優華

 もう時期日が暮れる。夏の日の入りなんて、明るいから油断しがちだが、時刻で言えばかなり遅い時間だ。とっくに蛍の光は鳴り終わった。

 なのにあの子は、いつまでいるんだろう。はじめは一人遊びに夢中なのかと思ったけど、なんか少し、様子がおかしい。

 僕は、ギギーと鈍い音をたてながら、古びたブランコから立ちあがり、滑り台の降り口にある砂場でしゃがみこむ女の子の元へ向かった。今のご時世、大人が親切心で子どもに話しかけると変な疑いをかけられるらしい。怖い世の中である。けれど僕は、幸いまだ話しかけても問題になるような年齢ではない。加えての童顔。兄弟と間違われてもおかしくはなかった。

「ねえ、君。何してるんだい」

 怖がらせないよう僕もしゃがんで話しかける。女の子はパッと顔を上げ、そのまん丸で黒目がちな瞳にいっぱい涙をためた。

 しまった。怖がらせただろうか。泣かれたって僕は何もできないぞ。

 話しかけたことを半ば後悔しながらおろおろしていると、女の子は懸命に涙がこぼれるのをこらえて、僕の問いに答えた。

「ママのゆびわ、ひもにつないでた。でもひもが切れちゃった。ゆびわ、みつからないの」

 要するに、この子はもう一時間も前からここでずっと指輪を探していたのだ。僕は今度は別の後悔でため息をついた。なんでもっと早く声をかけて上げなかったんだ。

「あの、ごめんなさい」

 どうやら女の子は僕のため息を怒っていると勘違いしたようだ。慌てて笑顔を作り首を振る。

「大丈夫だよ。僕が一緒に探してあげる。ひもが切れたのはどこ?」

 結局それから一時間さらに探して、辺りはすっかり暗くなってしまった。僕はともかく、これ以上女の子がここにいるのはいけない気がして、僕は一度家に帰るよう伝えた。後は僕が探すから、と。

「君のお母さんも、今頃心配してるよ。指輪なくしちゃったことはちゃんと謝って、今日はもう帰ろう」

 女の子は俯いたまま首を振った。意外と強情だな。怒られるのが嫌なのかな。

「家まで送るから。ね」

「違うの」

 女の子はおそるおそる言葉を紡いだ。

「違うの。ママはね、ママはお家にいないの。ママは、お空なの」

 その言葉が、なんてことない僕らの出会いを運命へと変えた。

「そっか、指輪は形見だったんだ」

 独り言のつもりで呟いた言葉だったが、女の子は意味が分からなかったのかきょとんと僕の顔を見つめている。

「ああ、気にしないで。実はね、僕も……お母さんがいないんだ。だから、僕らは同じだよ」

 それが母親のいない僕らの出会いだ。



 ずっと、忘れられない人がいた。その人に再び会うため、僕は今日まで真面目に生きてきたつもりだったけど、たった今、もうその人には会えないのだと知ってしまった。

 線香の香り、お経を読む声、親族のすすり泣き……全てが遥か彼方でぼんやりと漂っていて、徐々に僕の感覚から遠ざかっていくようだった。ミコト、ミコト……繰り返し、その言葉だけがいつまでも僕の中に響いた。

 ただ一つ、僕の見つめる先にあるのは、あの日の彼女の笑顔のみ。僕は、神でも仏でもなんでもいい、薄れていく意識の中、彼女の笑顔だけを指針としてひたすらに願った。

 どうかもう一度、彼女に会わせてください。彼女にお礼が言えなかった、ただそれだけが、僕の中で心残りなのです。

 霊界だろうと死界だろうとなんだって行ってやるつもりだった。このたった一つの心残りさえ、解決することができたなら。

 その時、頭の上の方から声が聞こえてきた。その声は深みのある老人のようで、みずみずしい若者のようでもあり、透き通った水のようで、山奥の木々のせせらぎのようでもある。

真面目な少年よ、お主の願い聞き届けた。

 声は語る。瞬間、ぱっと視界が明るくなり、僕の意識は眠りから目覚めた瞬間のようにはっきりした。そして僕は、真っ白な空間に一人立たされていることに気づく。葬式は、さっきまでの音や匂いは一体どこへ。

「何を慌てている。私がやったのだ、そう驚くことでもない」

 目の前に、頭から足まで白い布をまとった、人のようでそうではない何かが現れる。顔は覆われているわけではいないのに、影になって見ることができない。ただ、にやりと楽しげに笑んでいる口元だけが、僕の得られる情報であった。

「私が気になるか。だがな、どうせ私のことなどお主は忘れてしまうのだ。気にしたってしかたあるまい。それよりお主が忘れてはならんのは、今から私が言うことだ」

 白い何かがすっと僕の方に手を差し出すと、そこにはさっきまではなかった真っ黒のスニーカーが存在した。

「受け取りなさい」

 僕はそれが怪しい何かである可能性を考慮したもののすぐさま手に取り、壊れ物を扱うかのように大切に抱えた。

「よろしい。では少年よ、よく聞け。お主は今から現世に戻り、心残りを解決するため彼女に会うのだ。たった一日、再び彼女に会うことができるようにしてやった。その靴は、彼女と現世とお主とを結びつける道具だ。大切にしなさい。必ず、彼女を幸せにしてやるんだぞ」

 声を出して返事をしようとして、それが不可能であることに気づく。よくわからないが、どれだけ僕が声を出しても、なぜか音にはならないのだ。

 そして、目の前の何かが神のようなものであるとやっと理解できたその時、僕の意識は再び遠のいていく。薄れゆく意識の中、神が忘れるなと言った言葉のみを、必死に何度も反芻していた。



 はっとした、辺りを見回す。ここは……。

「あのぉ」

 背後からかけられた声に、僕は勢いよく振り返る。それに驚いた人物が、よろめいて二、三歩後ずさる。

「あ、ごめんなさいっ」

 頭を下げ慌てて謝る僕の声に、感嘆の声が被さった。僕は、姿勢を維持したまま、目だけでそっと声の主を伺った。

 そして今度は僕が驚いた。飛び退くかのように素早く顔を上げるも、なにを言って良いのかわからず無意味に口をぱくぱくと動かしてしまう。

「あ、あの……その」

「その反応、覚えてたんですね。光栄です!」

 レースのついた真っ白な日傘の下、満面の笑みを浮かべる、その人がいた。

「お久しぶりです、ミコトさん」

「お久しぶりです、レンさん」

 僕は差し出された右手を握り返した。彼女に会うのは何年ぶりだろうか。

 感動の再会、とまではいかないけれど、偶然の出会いを喜んでいると、ふいに、線香の香りが僕の鼻を刺した現実に引き戻された。

「お葬式、してるのかな。この辺にありましたもんね、確か」

「う、うん。そうだね。どうしても斎場があるとその辺り一帯がそういう雰囲気になりがちだ、ね」

 心臓が早鐘を打っていた。僕の脳は感動なんて何処へやら、今はバレてはいけないの一つしか考えられなかった。とにかく、ここを離れよう。

「ねえ、今時間ある? 良かったら少し歩いた先に君が町を出てから出来たカフェがあるんだけど、行かない?」

「え! ぜひぜひ行きましょ」

 僕は彼女の手を引き歩き出した。つい、昔の癖で手を掴んでしまったけれど、そんなことまで頭が回らないくらい僕は夢中だった。

 なぜ、バレてはいけない? だいたいバレるってなにを。

 焦りながらも必死にそのことだけ考えていると、段々色々なことを思い出してきた。そうだ、僕にはやらなければならないことがあるんだ。



「良かった、すぐ入れそうだね」

 休日の昼間ではあったが、少し時間が遅いからだろうか、カフェは割と空いていた。彼女は炎天下を僕のペースに合わせて歩いたせいか額が少し汗ばんでいた。無理に引っ張っていたことに気づいてから僕はすぐに謝ったが、彼女は嫌な顔一つせず笑ってくれた。

 本当に彼女は、昔からいい子だった。

「私、チョコパフェとカフェオレにしようかなあ。あーこのトッピング気になる!」

 早速メニューと睨めっこの彼女。元気そうで何よりだ。

「トッピングつけたいのつけなよ。僕が誘ったんだ、僕が奢るからさ」

「ええ、でも悪いですよー」

「今さらなんだよ。昔は容赦なく僕にせびってただろ。年下は年上に甘えとけばいいの。遠慮なんかするなよ」

 メニューで顔を半分隠しながら、僕を見て、彼女は満面の笑みを浮かべた。

「では遠慮なく!」

 そうして、追加トッピングが二つもついたチョコパフェを、満足そうに完食した。一口一口美味しそうに食べる彼女を見ているだけで、僕はお腹がいっぱいだ。ちびちびとブラックコーヒーを飲みながら、僕も自然と笑んだ。

「なんか変わりましたね、この町も」

「そうだね。昔に比べてだいぶ都市化してきたね。この前は小学校が改装されて、今度は公園が綺麗になるみたい。ついでに、危険だって言われてる遊具は全部撤去するみたい」

「えー! あの公園変わっちゃうのかぁ。寂しいな。よく二人で遊んだ場所なのに」

 そう、その公園には僕らの思い出がたくさん詰まっていた。だから僕も、こう見えてかなりショックを受けているんだよ。

「じゃあさ、この後公園行く? 工事が入る前に、昔の姿を目に焼き付けに」

 僕の中にも、君を焼き付けるために。

「行く行く! すぐ行こ、ね!」

「待って待って、これ飲んじゃうから」

 立ち上がり、僕の腕を引っ張る彼女を宥めながら、僕は急いでぬるくなったコーヒーを飲み込み、伝票を掴んだ。

「えへへ、ごちになりまーす!」

「はいはい。楽しそうで何より」

 君の笑顔のために、少しでも幸せな思い出を、遺したいから。



「ねえ見て見て」

 公園へ向かう途中、彼女は悪戯な笑みを浮かべて僕に右手の甲を見せた。

「これ、覚えてる?」

 僕はすぐに察して、あっと声をあげそうになるが、どうにかこらえて悪戯な答えで返す。

「えー、なんだろうなあ。指輪……? なかなか高級そうなのつけてるな」

 わざとらしく腕まくりをしてから、彼女の右手を両手で持ち上げまじまじと見つめる。最初は不満げに頬を膨らませていた彼女だか、やがてあっと声をあげた。

「そのブレスレット!!」

「ははっ。僕の勝ちだな」

「え、勝ちって……まさかわざと気づかないふりしたの!」

 彼女は先ほどよりもさらに頬に空気を貯めるが、すぐに吹き出して笑った。

「忘れるわけないか、お互い」

「そうだよ、忘れるわけないだろ。だって、散々探してなかった指輪が、まさかポケットに入ってましたなんてオチ」

「ちょ、そういう細かいとこまで覚えてなくていいよ」

 顔を見合わせ、また笑う。

「見つかって良かったよ。ぴったりはまるようになったんだな」

「うん、ありがとう。まだママには追いつけないけど、それでもこの指輪をつけるとね、やる気が湧いてくるんだ」

 天才デザイナーと言われた母の背を追い、デザイナーになる道を選んだ彼女。高校を卒業して、修行のために町を出た。その未来は、輝いているはずだった。けど、僕が世界の舞台に立った彼女を見ることはないんだ。

「うわっ」

「ちょ、大丈夫?」

 感傷に浸っていると、つい足元がおろそかになる。僕は自分で靴紐を踏んでしまい前につんのめった。途端に激しいめまいがしてしゃがみこんでしまう。

 はやく、結び直さなければ。目の前の空間が溶けて行くようだ。

「ねぇ、どうしたの」

 いけない、彼女を不安にさせては。

 力を振り絞ってとにかく靴紐を結び直す。強く強く、緩まないように。

「大丈夫だよ。歳かな、最近どうも鈍くてさ」

「もう、やめてよ。驚かせないで」

「ごめんて」

 立ち上がり、靴の具合を確かめる。うん、もう平気だろう。めまいもすっかり良くなっている。

「そういえば、そんなスニーカーあるんだね。なんだか珍しい形。外国製?」

「え、あ、あぁ。貰い物だからどこのとかよく分かんないんだけどさ」

「へー、ちょっと参考にさせてもらいたいな」

 僕の靴を興味深げにじっと見つめ、それから携帯を取り出して何枚か写真を撮った。

「あれ、おかしいな。なんかぼけちゃう」

 カメラロールを確認しながら、彼女はうーんと唸っていた。

「黒だからな、よく分かんないけど飛んじゃうのかも? ま、いっか。頭には入れたから。ありがとう」

「力になれたなら嬉しいよ。夢に向かって一直線って感じだな。応援してる」

「ふふ、ありがとう」

 応援してる、か。なんて白々しい。どんな気休めで、僕はそんなことを言っているんだろう。どうせ、もうすぐ……。

「あ、公園見えてきた! はやくはやくー」

「わ、走らなくてもいいだろ。転ぶぞ」

「だーいじょーうぶ! そっちこそ歳なんだから気をつけなよ」

 まったく、調子に乗ってるな、あいつ。でも、本当に、元気そうで良かった。

 それよりも、時間がなくなる前に、僕は早く伝えなければ。忘れてなんかない。けど、言ったらもう、終わってしまう気がして、勇気が出せなかった。でももう、充分すぎるくらい楽しんだだろう、ミコト。だから、伝えるんだ。この、思い出の公園で。



 今日もまた、僕は静まり返った公園で、ブランコに座っていつまでもいつまでも、考えても仕方のないことを考え続けていた。時々公園の前を、習い事の帰りなのか母親に手を引かれて帰る子どもが見えた。僕が味わえなかった時間。周りの子には、普通に与えられている時間。

「あ、いたいた! やっほー」

「何だよ、こんな時間に」

 人気のない公園に駆け込んでくる女の子の姿があった。僕は仕方なくブランコから降りて、女の子に近づく。

「こんな時間なのはお互い様だよ。二人ともまだまだ子どもなんだから」

「分かってるよ。で、今日は何しに? もう遅いから帰るぞ」

「ああ待って待って、あのね、これ今日友達と作ったの」

 女の子が差し出した小さな手には、小学生らしい色とりどりのビーズが大胆に使われた、おそらくブレスレットと思われるものが乗っていた。

「おー、上手にできたじゃないか。すごいな」

「えへー、ありがとう。じゃなくて!」

 頭に手を置き撫でてやったら、急にぶんぶんと首をふった。

「これ、預かってて!」

「え、僕が?」

「うん。それでね、もっともーーーっとすっごいのが作れたらね、その時に交換ね。約束だよ!」

 そうして無理やり僕にブレスレットを押し付ける。数年後、本当にその子は立派なブレスレットを作って僕に渡してくれた。今僕がしているものだよ。預かっていた方は返す、と言ったのだが、それは拒否された。本当はあの時もあげるつもりだったのだが、照れ隠しで預かっててと言ってしまったそうだ。可愛い昔の思い出だよ。兄と比べられ、父に認められずに僻んでた僕に光をくれた、女の子の思い出。

 僕がここまで真っ当に生きてこられたのは全て、彼女のおかけだ。

「見て、いっつも座ってたブランコ。今日も空いてるよ」

「大声で言うなよ、恥ずかしい」

 スキップでブランコまで行く彼女の背をのんびり歩いて追いかけた。

「ふふ、私も一度座ってみたかったんだよね」

 服が汚れるのも気にせずにブランコに座ると、軽く揺らしてみせる。スカートの裾が、わずかになびいた。彼女の影が、足から離れて揺れ動く。

「ねえ、どうして何も言わないの」

 ピタリと動きを止め、彼女は僕を見つめた。その顔に、先ほどまでの笑みは消え失せていた。今にも泣きそうで、しかしそれを必死にこらえようと無理に口元だけ笑った、苦しそうな表情。そんな顔、彼女にさせたくはなかった。けど、もう無理なんだろう。

 これで終わりなんだ。

「今日、君に会えて、とても楽しくて、今日が終わらなければいいのにと思った」

「私も。でも、そういうわけにはいかない」

「そう。だから、どうしても言いたかったこと、言えなかったことを、伝えさせてくれ」

 彼女は、俯いた。しかしやがて、決意のこもった表情をこちらに向けた。僕は口を開き、その言葉を言おうと息を吸い込む。

「その前に!」

 彼女が叫んだ。僕は驚いて、軽くむせる。一体どうしたって言うんだ。

「今日、お葬式があったよね」

「あ、ああ。そうみたいだな」

「亡くなった人の名前、知ってる?」

 冷や汗が流れた。なぜ、今そんな話を。

「いや、知らないよ。そんなのいちいち確認しないから」

「私は知ってる……。知ってるんだよ、ミコト」

 彼女は全てを知った上で、今日一日、僕に付き合ってくれていたことを、僕はその時初めて気がついた。

「あなたを町で見た時、同姓同名の人が亡くなっただけか、って不謹慎ながら安心したよ。けど、今日の様子を見て分かっちゃった。だってミコト、何かずっと焦ってるんだもん」

「レンには気づかれたくなかったんだけどな。演技が下手でごめん」

「そんなの、器用にこなせたらミコトじゃないよ」

 彼女はブランコから身を投げて、僕に飛びついた。泣かないと必死にこらえて、体が小刻みに震えていた。

「やだよ、ミコト。私、ミコトにすっごいのプレゼントするんだって決めてたのに。ミコトに私が世界で活躍する姿、見せてやるって、そのために、頑張ってたのに」

「レンなら行けるよ。無責任かもしれないけど、僕はレンを信じてる。だから、僕のためじゃなく、君の人生を、これからも生きるんだ。良いね」

「言いたかったことって、そんなこと? それ言うためにわざわざ会いに来たの?」

 僕は静かに首を振り、彼女を離して顔を見つめた。

「君からは、たくさんのものを貰った。本当にたくさん貰った。僕は何も返せていないのに、こんなの勝手だよね。ごめん」

「お願い、それ以上言わないで。お願い行かないで」

「だめだよ、そういうわけにはいかない。……聞いてくれる?」

 彼女はその瞳から、ぽろぽろと涙を流した。僕はハンカチでその涙を一粒ずつ丁寧に拭う。やがて、小さく小さく彼女は頷いてくれた。

「こんな僕と、一緒にいてくれてありがとう。一緒に時を過ごしてくれてありがとう。僕が生きてこられたのは、レンのおかげだよ。ありがとう」

「……ばか」

 とん、と彼女は僕の胸に拳を突きつけた。

「ごめんて」

「そうじゃない。私も、ミコトにはたくさん貰ったし、いっぱいいっぱいありがとうって、思ってるんだからぁ」

 ついにわんわんと声をあげて泣き出すレンを、昔のようにぎゅっと抱きしめる。あまり泣いたり怒ったりしないレンだけど、一度だけ、今みたいに泣いたことがあった。その時も僕は、ただ泣き止むまで抱きしめていただけだったな。それでも、彼女の救いになるのなら、僕は幸せだよ。

「レン。これから辛いことも苦しいことも山ほどあると思う。けどね、僕はレンが幸せになることを祈ってるから。幸せになって、レン」

「ばかあ、今が一番辛いんだよお」

「ごめんね、レン。ごめん。側で応援できなくてごめん、支えてあげられなくてごめん、幸せにしてあげられなくて、ごめん。一緒に生きていけなくて、ごめん。それでも僕は、最期に君に、ありがとうって言いたいんだ。今まで僕に幸せを分けてくれて、ありがとう。それで、君も幸せだったなら、僕は嬉しいよ」

 ふっと体が軽くなった。ああ、終わりか。そうだよな、もう僕の願いは、叶ったんだ。じゃあね、レン。必ず幸せになるんだよ。



 目を開くと、またあの白い空間にいた。

「おかえり、真面目な少年よ。覚えているかな」

 覚えているとも。言おうとしたが、やはり言葉は出せなかった。

「いい、いい。お主が言いたいことはよーく伝わってくる。言葉など、人には必要でも私には必要ないからな」

 なら、この不思議な存在にも伝えなければならないな。

 僕は心の中に、じっとこの言葉を思い浮かべた。

 ありがとう。彼女に会わせてくれて。

「はっはっは、本当に真面目な少年だ。この私に礼など、必要ないのだよ。足るべきものに足るべきものを。それだけのことさ」

 そうか、じゃあ、もう僕は充分だよ。

「眠くなって来たか。そうだな、もう休みたまえ。おやすみ、少年」

 おやすみ、神様。

 不意に、少し大人びた様子のレンの姿が頭に過った。そうか、夢を叶えたんだな。幸せに、生きているんだな。

 おやすみ、おやすみレン。僕は先に、寝ることにするよ。君はまだまだ、幸せに……。

 どうもこんにちは、優華です。衝動的に書きかけてた短編を、だいぶ違う方向で完結させました。小説に限らず創作は気分が暗い方、というか悩みなど負の感情を抱えている時の方が捗ると言いますが、なんだかまさにその通りという感じでして、完成させられたのは嬉しいけど、なんだか率直に喜べません。

 そういえば、今つい「素直に喜べません」て書いてしまい直したのですが、素直って自分に使う言葉ではないそうですよ。人を褒めるときに使う言葉だから、自分に使うと自画自賛してる的な云々。まあ、余談なので気にしないでください。

 この小説、元は友人とのお題小説だったんです。私に与えられたのはアイテムが靴、イベントが葬式、そして特定のセリフ。残念ながら導入を書いてから進まなくて、その時のお題小説は流れました。結局、セリフだけはどうしても使えなかったです。ごめんよ、友人。

 でも、割と好きな雰囲気の小説が書けて満足です。気持ちは晴れませんが、達成感はあります。

 短編で死ネタ、というところ、なんだか昔に戻って来た気がしますね。今回も終わりがけで読者様を驚かせたかったのですが、うまく表現できたでしょうか。良ければお聞かせください。

 また、ここに書くことではありませんが、一切訂正・修正せず投稿するため、色々と酷いかと思われます。そこはご了承を。少し元気になったら徐々に直していきます。私ごとではありますが、今の心境では直すところまで手が回りません。読み直しが辛いのです。早く投稿ボタン押したい……。

 長々書きすぎましたね。今日はこの辺りで失礼します。


 それでは、また。


2017年7月12日火曜日 春風 優華

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