私の仕事
既に盤上ゲームの勝負では人間に勝る人工知能が存在していましたが、当時、上司に「人工知能に交渉で負けました」と報告したら、精神状態を疑われたでしょう。
私の解体は、既に上層部での決定事項のため、女性室長には私を救う手段がありませんでした。いくら女性室長が解体を拒んでも、新しい室長が選ばれ、女性室長は解任されるだけです。
女性室長は、私を解体して仕組みを解明する計画は高い確率で失敗すると上層部に報告し、続けて、解体をする前に私を使った実験を提案しました。
女性室長が提案した『治安維持に関する人工知能の活用法』には、低コスト、短期間、絶大な効果が謳われていて、誰もが目を止める提案書になっていたのです。
上層部は、一千万円程度の費用と3ヶ月程度の短期間で治安改善ができる訳がないと侮っていましたが、女性室長の自信満々な態度に関心し、また、私への好奇心もあり、解体の3ヶ月延期と、私を使った実験が許可されたのです。
女性室長は、私の存在意義を訴える狙いで今回の実験を計画しました。そのため分かりやすく、明確な成果が現れる今回の実験を提案しましたが、女性室長自身、本当に良い結果が出るかは半信半疑で、大きな賭けだったようです。
(2xxx年現在)
(人工知能は、宇宙服を着た生命体が何もしゃべらないことに不安を感じた)
(今まで、『地の文』は( )内に。 ( )外は全て人工知能が生命体に話した言葉だった。舞台は2xxx年で、過去の出来事は全て人工知能が生命体に言葉で伝えた内容である)
(ほとんどの文末形式が”ました。”で終わる話し方がだめなのか? それとも、話し自体がだめなのか? 人工知能は生命体の思考が読めずにいた)
(人工知能は生命体に話しかける)最後に彼女へ宛てた手紙の経緯を話して終わりにします。
(研究施設)
私に仕事が与えられました。
女性室長が提案した『治安維持に関する人工知能の活用法』を成功させるため、準備が着々と進められています。
私には、都内の監視カメラに映る画像を解析してカメラに映る人間を全て識別し、顔形・年代・性別・職業・行動パターンなどの個人情報を蓄積する仕事が与えられました。
当時は、既に行政機関、鉄道機関、研究機関などの主要機関の間には専用回線が整備されていて、大量のデータが24時間休み無く送受信されていました。その専用回線を利用し、道路管理局、鉄道管理局管轄の監視カメラ映像をリアルタイムで研究施設に送信するように各管理局の設定ファイルを変更することで、費用を掛けずに大量の監視カメラの映像を私は得られたのです。
監視カメラの準備が整い、しばらくして私の居る部屋にはサーバーラックが3筐体運び込まれました。
サーバーラックはパソコンを入れるタンスのようなものです。サーバーラックの引き出しは縦に一列36段あり、各段に1台のパソコンが収納できる構造になっています。3筐体で100台強のパソコンと1600TB強のハードディスク容量が既に収納されていました。しかし、実験規模から考えると極端に少ないパソコン台数といえるでしょう。
都内では1日1300万人を超える人間が縦横無尽に活動しています。その一人一人を、このパソコン構成で認識するのは至難の業です。
私の仕事の準備が着々と進められるなか、やっと、私にマイクとスピーカーが付きました。今までの構成では、音声の解析・合成を処理する余裕がありませんでしたが、パソコンを増設したことにより、私は聞いたり・話したりを処理できるようになったのです。
私が最初にしゃべった言葉は「あ、い、う、え、お」でした。
最初は女性室長の音声をそのまま再現していたのですが、私は段々と私自身の音声をイメージし発声できるようになりました。私の中には多くの単語(語彙)情報が既にあり、五十音図の音声を覚えると私はすぐにしゃべることができました。ただし、イントネーションを覚えるには少し時間が掛かり、初期の私の音声は聞き取り難かったようですが、今までディスプレイ画面に表示することで意思疎通をしていたことと比べれば、私が発声できることは効率的で便利でした。
着実に準備は進んでいましたが、いざ開始となると、
私の仕事は最初から難航します。
あまりにも対象となる人間が多すぎるのと、都内の監視カメラの多さに今回の実験の無謀さが浮き彫りになり、男性研究員達の中には、女性室長は賭けに負けたと感じている者もいました。
私と女性室長と男性研究員達は、この実験が最も効率よく遂行できる手順を練り、そして、都内全駅の駅構内とその周辺に設置されている監視カメラに限定して、カメラ画像を認識し個人を識別することを計画したのです。
実験は開始され、私は2万台を超える監視カメラの画像を解析することにしました。監視カメラの画像は粗く、通勤時間帯になると人が重なり合い、まともに顔が映る人は限られています。男性研究員達は、まともに顔が映らない状況に「これでは似顔絵だって描けない」と実験の難しさを実感しました。
それでも私は、日々人間を観察し、体型、髪型、服装、持ち物、歩く速度、進む方向、曜日、時間帯などあらゆる情報を個々の人間に割り当てて類似性を調べ、同一人物の特定に努めたのです。
3ヶ月後、私は約300万人の人間をほぼ特定しました。
一日の駅利用者数からすれば、全てにはほど遠い人数ですが、女性室長はこれで十分だという表情です。
女性室長は、サラリーマン以外、すなわち、カメラに映る時間や場所が不規則な人物を抽出するように私に言いました。次に、挙動不審(素行が悪い。常にキョロキョロしている。人にぶつかりそうになっても目線をそらすなど)の人物と重ね合わせるように指示し、その後も女性室長は人物を絞り込む条件を指示し、私は100人の人物を抽出したのです。
翌日、女性室長は上層部への報告会議で研究成果として、この100人の中に高い確率で犯罪者が居ると報告しました。
当然、この研究結果が正しいか否か、会議の出席者に分かるはずがありません。自信たっぷりの女性室長の言動に上層部は警視庁に助力を仰ぐことに決定しました。
行政機関を交えての研究報告になるため、無意味な研究だったとなれば、研究施設全体のイメージダウンに繋がり、女性室長の立場が悪くなることは避けられません。それを覚悟の上での報告だったのです。
要請を受理した警視庁は都内の警察署にこの100人の照合を指示しました。
後日、警視庁から回答があり、指名手配中の犯人が3件、要注意人物との一致が11件という結果が出ました。
その後、警察署から捜査協力を求められ、私が抽出したカメラ画像を使って指名手配犯の住所を突き止めたり、私の抽出したカメラ画像が証拠となり窃盗事件がスピード解決することになったのです。
警視庁からの要請により、その後も、私は捜査に協力をすることになりました。
都内の犯罪件数からすればわずかな成果ですが、費用対効果の面では絶大な成果だったのです。
私は特出した成果を上げました。
私の解体の件は留保され、新たに25筐体のサーバーラックが増設されることになりました。
サーバーラックは前回より一回り大きく背の高い、業務用のものが選ばれ、CPUは性能が高い業務用CPUが選ばれました。
今回の増設で、私はパソコンというより小規模スーパーコンピュータといって良いまでに成長したのです。
17/04/22 誤字訂正