初遭遇
残念ながら、今年の卵は1つは孵らず、1つは孵ったものの雛がすぐに死んでしまった。
どちらも、長老木の近くに埋めて、皆で歌って弔った。
フレーヌとグリシナは、まだ解ってないようだったけど、僕より小さな雛が死んでしまうというのは、とても胸が痛くなる。
アーラに聞いてみたら、決して珍しい事じゃないんだそう。
丈夫で強かったり、かしこくて魔力が高かったり。そんな種族のオスの方が、良い卵が生まれやすいんだそうだ。
ゴブリンなんかは、選択肢の中では最低ランク。
…まあ、申し訳ない事に頭良くは無さそうだった。だから、繁殖期のハーピィの森に迷い込む、なんてこともやらかしたんだろうね。
強いオスが欲しいけど、そういうのは警戒して繁殖期には近づかない。
それが、雛が減っているもう一つの原因だね……
ほんと、早いトコなんとかしなきゃ。
しかし、物事は急がば回れ。急いては事をし損じる。
慎重を尊ぶ言葉は、沢山あるものです。
という訳で、春が過ぎて夏になっても、僕はアーラと一緒に縄張りをいっぱい見て回っている。
いつの間にか、アーラが僕のお付みたいになってる。
そういう風に決まったというか、出かけたい時に常に一番近いというか、他のハーピィが一緒に行こうとすると、若干威嚇するというか……
フレーヌ達が一緒に来るって言う時は、シャンテさんや他のハーピィも同行したりするんだけどね。あの二羽は本当に普通の雛だから、目が離せない。
「ぴぃ……。たぶんここだけど、あんまりみえないねー」
「王子、あまり奥まで入らないで下さい! 何が潜んでいるか解りません」
先日、砂金やラピスの原石を見つけた川を遡って、源流であろう山まで来てみたんだけど。
いい感じに洞窟から流れ出してて、奥に鉱脈があると思う。ただ、当たり前だけど中は暗くて、よく解らない。
この山は僕らの縄張りだとしても、洞窟の中は別の生き物の領域。森の中なら熊も僕らの獲物だけれど、洞窟内では立場は逆転するだろう。
不用意に入って襲われたら危険だから、アーラの注意も当たり前。
洞窟内じゃ、飛べないしね。というわけで、覗きこんでいた洞窟から離れる事にする。
ちなみに、ハーピィは鳥目ではありません。夜でも視界は鮮明です。
「ばしょがわかったから、とりあえずいいや。つぎさがそう」
「違う宝物探しですか?」
「うん。いっぱい、もりじゅう、いろいろさがしたい」
「でしたら、私達が狩りの途中に休憩する場所に、美しい岩があります。見に行きますか?」
「いく!!」
僕にとっては手探りで探索するしかない場所だけど、この森に長く住んできたハーピィ達には、勝手の解りきった庭みたいなもの。
それが、価値のあるものかどうか。彼女達には解らないだろうから、少しずつでもヒントをもらい、判別していかないと。
これだけ広い森だもの! もっともっと、未だ見ぬお宝が眠ってるはず!
アーラの案内で飛んできたのは、水源から少し離れた森の中の岩場だった。
ここには、あんまり木や草が生えていない。
岩がむき出して、ごつごつしている。そういえば、岩そのものも模様や質によっては建材としての価値が出る。それも考慮に入れとこう。
…あんまり大規模に、伐採や採石をしないで欲しいけどね? まあ、開発なんて自然破壊とセットだけどさ。
「こちらです、王子」
「ぴ!」
ぱたたとはばたき、華麗に着地。ふふ、もう距離を見誤って顔面着陸なんてしませんよ!
僕も立派なハーピィなのです。雛だけど。
それはさておき、アーラがこれ、と僕に見せてくれた浅い穴の中には。
「……、…ぴぃ!」
「どうでしょう、王子の求める美しさですか?」
ハーピィ2匹くらいが入れる穴の中は、ぽこぽこ小さな穴が開いてて日の光が入るから、内部が良く見える。
削られた壁は、日光を反射してきらきら輝いていた。
白みがかった透明な岩壁。
水晶かな? …いや、違う。ここは、自然の風雨で削られたのではなく、誰かが……間違いなくハーピィ達が、わざわざこれを露出させてる。岩肌にいくつも、爪で削った跡がある。
彼女らが認める価値を持った、結晶物。となれば、答えは出たようなもの。
確信を得る為に、僕は透明な岩をぺろりと舐めてみる。
「! しょっぱい!」
「はい。狩りにつかれた時などはそれを舐めると、不思議と疲れが取れるのです」
やっぱり! これは、岩塩の塊だ!
単なる綺麗なだけの結晶を、ハーピィ達は尊ばない。わざわざ遮蔽物のないここを休憩場所にしているのだから、何か理由はあると思ってた。
どんな動物でも、水と適度な塩は必要とする。前の世界のインコだって、塩土とかカゴに入ってた! ような! 気がする!
普段は、獲物の血液から塩分を摂取できるんだけど、狩りの最中でそれが補給できない時に、ここを使ってるんだろう。
本能的な物だけど、さすが野生動物! 自然とうまく付き合ってる!
そして、これはもしかすれば、金鉱脈並のお宝の山である!
「ねえ、アーラ。うみ、ってしってる?」
「うみ……?」
「とってもおっきな、しょっぱいみずたまり!」
「ああ! ババ様がそんなお話をしてくれたことがありますね。遠い遠いところにそんな場所があるそうです」
いえす!!
アーラの返答に、僕は心の中でガッツポーズする。
ババ様は、幼い頃に群れの数が半減するような過酷な旅をした事がある。それは、ちょっとやそっとでは辿りつけないくらい遠くからここへ来たってこと。
そのババ様が『遠い遠いところ』と言うくらいだから、ここは海から離れた内陸って事になる。
海から離れれば離れるほど、塩は貴重品。
これは……釣れる。
薄ぼんやりとしていた未来の展望が、開けそうな気がしてきた。
贅沢を言うなら、香辛料の類がないだろうか。胡椒の実なんてあったら、お外の文明がどれくらいかよく解らないけど、金と同じ価値がある可能性もある。
基本、狩りをして生肉を食べる僕らには無用のものだけど、国を維持するために食料を保存する必要があるだろう文明人には、塩や香辛料は不可欠だから…
「どうでしょう、王子の宝物になりますか?」
「なる! すごくなる! ありがとアーラ、だいすき!!」
「!! …も、もったいないお言葉…!」
感極まって、両翼広げて喜びを表現したら、突如アーラが泣き出した。
えっ。なになに、そこまで喜ぶこと? …あ、喜んでるんだよね?
思わず心配になって覗きこんでしまった。なんか最近、アーラおかしいよ?
去年はもうちょっと、気安かったというか、抱っこしてほっぺすりすりとかしてくれたんだけどな。最近、それこそホントに王子扱いになってるというか…
まさか、お子ちゃま雛期間はもう終わっちゃうのだろうか。まだ、アーラ達より二回りは小さいのに……
僕らの食事は、だいたい朝と夕方の二回。
ただ、調査の為に飛び回っていると、疲れてくるし余計にお腹も減る。
なので、今日は太陽が頭の上に来たころに、おやつにする。
小さな小動物が狩れればいいんだけど、そういうのはだいたい夜行性だ。猪のような大きな獲物は、二匹で食べるには大きすぎる。
なので、おやつは木の実です。
「あまーい♪」
「王子、あまり食べ過ぎないで下さいね」
「はーい」
夏に実るという、小さな赤い実を見つけて、口に頬張る。
見た目はサクランボみたい。小さくて、鈴鳴りに実っていた。
生まれてこの方、数度しか味わっていない甘味に、僕はご機嫌だ。
木の実ばかり食べて死んでしまった雛が居るからか、本当に滅多にこういうのを食べさせて貰えない。…だから、木の実が悪いんじゃなくて、お肉を食べなさすぎたせいだからね!
高い場所に生っているから、ホバリングしながらもぐもぐ。
……うまく他の種族と交流できるようになったら、お料理とかお菓子とか、導入できたりしないかな。
生肉を食べないと体に悪いのは、もう証明されているようなもの。それは解ってる。
でも、甘い木の実はやっぱり美味しいし、食べ過ぎなければいいんだと思う。
うん、端的に言うとね。お肉美味しいけど、若干飽きてきてる!
「―――う……」
「? アーラ、なにかいった?」
「いえ?」
相変わらずサクランボをもぐもぐしてたら、微かに何かが聞こえた気がした。
下で羽繕いをしているアーラに聞いたけど、違うみたい。
もぐもぐとホバリングをやめて、僕も地面に降りて耳を澄ませた。
「……ふえぇーん…」
! これって、誰かの泣き声だ!
しかも、子供の声。この森で明らかに子供の声、というのは僕かフレーヌ達だけのはず。
どっちかが一羽で遊びに出ちゃって、迷子になったかしら!
「あ、王子! お待ち下さい!」
僕が慌てて飛び立つと、アーラの止める声がしたけど聞かずに進む。
えぐえぐ泣いてる声がするから、方向は見失わない。ハーピィは、耳も良いのです。目も良いです。鳥って結構、高性能なんだよ?
木々の間を縫うように飛んでいくと、ぽつんと黒っぽい人影が見えた。
あれかな。黒っぽいってことは、髪の色が濃い方……グリシナか
「王子!」
「ぴぃ!」
追いついてきたらしいアーラに、後ろから翼でばふっと捕まえられた。
二匹とも羽ばたけなくなったからそのまま下に落下。
抱っこされたままなので、着地はアーラがしてくれた。
「なあに、アーラ? グリシナが、まいごになってるよ?」
「あれはグリシナではありません。…よく見てください」
え、違う?
飛んでる最中では微妙に視界がブレててよく解らなかったけど、アーラに抱っこされてよくよく見たら、確かに違った。
黒っぽい、じゃなくて本当に黒い。
短くてざんばらな黒い髪。木の葉に隠れるように、うずくまって泣いている。
顔を覆う腕は、僕らのような翼じゃない。指があり手がある。
「あれは、人間の雛です」
「にんげん!」
雛って。いやまあそこはいいや。
初めて見た! 人間だ! 僕ら以外の言葉が話せる生き物だ!
……いや、うん、ゴブリンは置いとくといて……、あれは不幸な事故だった。
「おはなし、してみたい!」
「いけません!」
「なんで?」
「人間は、私達のように翼も無ければ、爪も牙も無い種族ではあります。ですが、代わりに私達よりもずっとかしこい。様々な道具を使い、強力な魔法を扱う個体も居るのです」
ふむふむ。
僕の想像する、ファンタジィな世界の人間って感じで、良さそうかな?
「何よりも注意すべきは、その性格が個体によって大きく異なる所です。私達に友好的な者も居れば、有無を言わさず襲ってくる者も居ます」
「ぴぃ……?」
「ですから、人間と関わる時は、その者をよく観察してからでなくてはなりません。そして、交渉を求められても、決して巣に近づけてはなりません。あいつらは、嘘も得意なのです。気を許せば、後から襲われる可能性もあります」
あ、ああ、うん。そうだね、否定できない。
善意の塊のような人もいれば、人を陥れ自らの益だけを求める人もいる。人間ってそういうものだ。その中間の人が圧倒的大多数だろうけど。
思えば、ハーピィ達が嘘を吐いた所は見たことが無い。
動物的な性質が強いからかもしれないけど、彼女達はいつだって素直だ。良くも悪くも。
「……でも、あのこはちっちゃいよ」
「そうですね…。森の外に人間の村がありますから、そこから迷い込んだのかもしれません」
! あったの?!
それは、一気に交渉相手候補の一番に躍り出た。正直、別に僕ら以外の魔族でも良いと思ってたけど、個人的には人間の方が良い。
性質や本質、生き方を知らない魔族よりは、人間の方がある程度予測が利く。なんせ、元々人間なので。
その危険度も解ってるつもりだけど、リスクは知らない魔族との手探り交渉を思えばトントンかなと。
「ぼくらをかりにきたんじゃ、ないとおもう」
「…ええ。確かに、あの雛に関しては、その可能性は低いと思います」
「だったら、たすけてあげよ?」
悪意なく迷い込んだ子を、放っておくのは気の毒だ。
たぶん、ちっちゃいからこの森の危険性をよく理解出来なかったんだろう。
あるいは、知っていて尚、何かどうしようもない理由があったのかもしれない。
「……あの雛に、案内の対価を払えるとは思えませんが…」
「アーラ!!」
「はっ、はい!!」
「ぼくがたすけるっていってるの! きけないの?!」
「失礼しました! 王子の仰せのままに!!」
宜しい。
どうやら、ハーピィにとって他の種族を助ける事は、何か見返りがあっての事らしい。
まあ、縄張りに入ってきた他所の生き物を、積極的に狩らないだけ良心的だ。放置したとしても、そのうち力尽きることが目に見えてるからだろうけど。
何か得になるなら助けてやっても、くらいのスタンスでいるみたい。
ただ、これは大きなチャンスだ。
あの子を助けて、村に戻ってこの森のハーピィは人間に友好的だ、という話が広まれば、その分いつか来るかもしれない交渉が少し容易になる。
今あの子から対価が貰えなくても、全然問題無い。むしろ、それ以上に大きな得に繋がる可能性があるのです。
というわけで強く出たら、アーラはあっさり折れた。
…微妙だと思ってた王子扱いも、こういう時は楽でいいや。
「ですが、なるべく王子はあの雛には近づかないようにお願いしますね? 本当に、なにをしてくるか解らないのが人間という種族なのです」
「きをつけるー」
近づかないとは言っていない。
むしろ、雛同志友達になるくらいの勢いで近づく気満々です。
飛び立つアーラの後ろにとりあえずついて、泣いてる子供の近くまで行く。
黒髪の子は、男の子みたいだ。地味な色のシャツとズボン。ヒモで縛って固定する靴を履いてる。
うーん、服装からしても、やっぱりよくあるファンタジィな世界観みたい。それくらいのつもりでいれば、間違いなさそうかなあ。
「――、――――」
「?!」
「ぴ?」
え?
アーラが、僕の聞いた事のない音で、子供に声をかけた。
全く言葉として認識できず、なんて言ったのかも解らない。
……あれ。もしかして、元人間で生まれる前から言葉を認識していたからこれが普通の言語だと思ってたけど、僕今までハーピィ語で話してた?!
しまった、本当に想定外。これじゃあ、僕が自分で交渉とか出来ない!!
静かに慌てる僕をよそに、アーラの言葉を聞いた子供は、驚いて泣くのをやめて、顔を上げた。
「……、……うわああぁぁぁぁぁぁ!!!」
次に上がったのは、悲鳴だった。それは共通なんだ。悲鳴だって解る。
立ち上がらず、手足でずざざざっとおしりを引きずるように後ずさった。
……ああ、うん、そうだね、怖いよね。言って僕達、魔物だもんね。
青ざめてガタガタ震える子供に、振り返ったアーラはとても困ったような顔をしていた。
「…どうしますか、王子。完全に怯えてしまっていますが」
「な、なんて声かけたの?」
「そこの雛、どうしたんだ、と……」
だから雛……、いや、それはいいや。
アーラが人間の言葉を話せる事に驚く所かもだけど、それも置いといて。
普通に声をかけてコレなら、単純にハーピィに怯えているってこと。
ここに住んでいる事を知らないのか、それとも危険な魔物だとされてるのか。
ギャン泣きしたり、恐慌状態になって逃げださないだけ、多少マシかな…
「アーラ、ぼくのことば、かわりにつたえてもらえる?」
「あまり難しい言葉でないのでしたら…」
アーラも、あんまり流暢に話せる訳ではないみたいだ。
ともあれ、なんとかこの子を森の外まで案内する為には、一緒に歩ける程度にはなって貰わないと。
怯えられてるアーラを一歩下がらせて、代わりに僕がぽんと出る。
少年はびくっと震えたけれど、大人のハーピィよりは、小さな僕の方が少しは怯えが少ないみたいだ。
「おどろかせてごめんね。きみをおそったりはしないよ」
敵意は無いよ。助けたいんだよ。
片言だというアーラの人間語が、変に怖い口調でなければいいんだけど。
アーラが通訳してくれた僕の言葉を聞くと、少年は本当に? と言いたげな視線を僕に送ってきた。
良かった、いたずらに恐怖を煽ったりはしてないみたいだ。
「どうして、ここにいるの? ニンゲンは、すぐまよっちゃうんだよ?」
「―――、―――」
「なんて?」
「何か、探し物があるようです」
「ふうん。どんなもの?」
「―――――」
「…草? 白くて、青いフチの……ああ、あれか」
「しってるの?」
「毒蛇に噛まれた時や、悪い物を食べた時に効く草です。私達も、たまに使いますよ」
なるほど、毒消し草。
子供の身でそれを探しに来るってことは、大人が探してくれるのをじっと待ってはいられないくらい、大切な人の為ってこと。
うん。いい子みたいじゃない?
「ここのちかくに、ある?」
「そう遠くはありません」
「じゃあ、とってきてあげて?」
「解りました。王子は……」
「このコと、まってる」
「……あまり、近寄らないで下さいね。危ないと思ったら、すぐに逃げて下さい」
「はあい」
危険は無いと思うよ。いきなり襲い掛かってくるようなら、僕だって正当防衛を発動するつもりはある。
武器も何も持って無さそうだもん。僕の爪の方が強い!
…この子の方が、一回りくらい大きいけどね。
「ちょっとまっててね。さがしもの、とりにいってるから」
「……?」
言葉は通じないけど、黙ってるのはなんかアレだし。
笑顔で話しかけたら、首を傾げたけど。怖がってる様子は、殆ど無かった。
よしよし。翼があって下半身が鳥で爪が鋭いけど、怖くないよー。ほら、上半身は可愛い女の子でしょ? 僕はオスだけどね。
前に湖に行ったとき、初めて自分の姿を写してみたんだけど、ふわふわの蒼銀の髪に黒くておっきな瞳で、僕ホント可愛かった。オスなのに。
種族的に、こういう造形なんだろうなあ……
「!」
「ぴ?」
向かい合って座ってたら、少年のお腹がくぅ、と鳴った。
お腹空いてるの? 人間的にはお昼の時間だもんね。
お弁当も持ってこないなんて、焦ってたのかな。
きょろきょろと、周囲の木を見上げる。さっきの場所から近いから、たぶん……あ、あった。
ぱたぱたと飛んで、さっきもぐもぐしたサクランボの枝を、一枝頂いた。
生肉を食いちぎれるのです。細い枝一本咥えて折るのなんて、わけない。
それを少年の元まで持って行って、地面に置く。
「おいしーよ」
お腹いっぱいにはならないだろうけど、空腹を紛らわすくらいは出来るかな?
吃驚顔をしている少年の目の前で、サクランボを先にもぐもぐ。
あ、そういえばハーピィと人間って、味覚同じなのかな? 人間にとってはすっぱかったら、どうしよう。
美味しそうに僕がもぐもぐするのに、つられたみたいだ。恐る恐る、枝からサクランボを取って、少年も口に含む。
すぐさま、パっと笑顔になった。美味しかったみたいだ。
「ぴぃ♪」
良かった良かった。うっかり好感度下げたら、どうしようかと。
ちょっとでも警戒を薄れさせて貰う為にも、一緒の枝からサクランボを食べる。
「―――」
「?」
いくつかもぐもぐした辺りで、少年が何かを言った。
僕をちゃんと見て言ったから、独り言ではなく、話しかけてくれたんだろう。
何かな? 語尾が上がらなかったから、質問ではないと思うんだけど。
質問ではなく、言葉の通じない相手に言うとしたら……、お礼とかかな? だったら嬉しいな。
枝の半分のサクランボを食べてしまうと、もう半分はうらっかわ。足でひっくり返そうとしたら、少年が手でくるんと反転させてくれた。
わあ、やっぱり手って便利だー! 羨ましい!
試しに、さっき少年が言った言葉を、真似て返してみる。
「―――」
「!」
彼はちょっと吃驚したあと、照れくさそうに笑った。
うん、どうやらこれが『ありがとう』か、それに類する言葉でいいみたいだ。
早いうち、アーラから人間の言葉を教わろうっと。片言でもいい、彼女越しの交渉ではテンポが悪くなってしまう。
あ、ババ様も分かるかな、分かりそうな気がする、物知りだもんね!
覚える事も、調査も、いっぱいだあ。そういえば、風の魔法もそろそろ教わりたいものです。
アーラがさっき言ってた草を持ってきて、僕が渡すと少年は本当に驚いた顔をして、深々と僕らに頭を下げた。
こういう仕草は、世界が変わっても同じなんだね。解りやすくて助かる。
それから、森の外にあるという村の方角へと、歩いて送る。
アーラの背中に乗せてあげたら早いかと思ったんだけど、『私の背中は王子専用です』とのコトで、拒否された。もう飛べるよ、僕は。
なので、てくてく歩いて、たまにアーラに空に上がって方向を確認して貰いながら、ゆっくり送る事にした。ハーピィの足で掴まれるのは、小さな子供にはちょっとショッキングすぎるかなと思って。
「ここからなら、迷わず帰れるでしょう」
「ほんとだ。むこうになにかあるね」
夕方、森の終わりも近づいてきた辺りで、木々の隙間から向こうを見たら、ずーっと遠くに四角い何かが点々と見えた。
あれが村かあ。道もあるみたいだし、もう迷わないで帰れるよね。
まだちょっと距離がありそうではあるけど。
「それじゃあ、気を付けてね」
「―――、―――!」
「なんて?」
「感謝と、人間がよく使う、別れの挨拶ですね」
「そっか」
前半はわかった、さっきと同じ。後ろの方は、ばいばいとでも言ってくれたんだろう。
後半だけ真似て返して、右の翼をぱたぱたと振る。
彼も右手を大きく振ってくれて、笑顔で森から去って行った。
良かった良かった。これにて、一件落着。
「しかし、王子。何の見返りもないのに、あそこまでしてやらずとも…」
「いいの。おれいはね、いつかしてもらうよ」
「はい?」
「うふふ。ぼくだって、ただかわいそう、でたすけたわけじゃ、ないんだよ」
これは、僕の計画の為の第一歩なのです。
あれだけしてあげれば、村の大人もあの子がハーピィに助けられ、薬草まで貰った話は広まるだろう。
となれば、僕らを案内人としてアテにして、森に挑む人間も多少出てくる。
そうすれば、彼らと交渉するタイミングも生まれるだろう。
…まあ繁殖期は割と本当に危険なので、そこは今のところは避けて頂きたいですが。麓に村があるんだから、そこは注意喚起してくれると期待する。
「王子には深いお考えがある、という事ですか」
「そうだよー。こんごもなるべく、まよいこんだにんげんをたすけてあげてね」
「解りました、お任せ下さい!」
「もちろん、ぼくらやもりにひどいコトしようとするヒトは、ころさなくてもいいけど、たすけなくてもいいよ」
「ええ、解っています」
個体差が激しいのは重々承知だ。馬鹿も入ってくるだろう。
そういうのは、断固シャットアウトです。お帰り下さい……というか、帰れない可能性が高いかな。
積極的に襲う気はない。そういうのは、森が排除してくれる。
さて、上手く行くといいな。とりあえず、ポジティブキャンペーンだね。
コワクナイヨー(ただし繁殖期を除く)
元人間の自覚はあれど、現在ハーピィであるという認識が強くなってきてるので、結構シビアな所も隠し持っています。
何よりも、群れの仲間が大事。
その幸せな暮らしの為に、利用できそうなものを探し、選びます。
勿論、情もありますが。