送別会
さて、可愛い僕の姉妹のおでかけ兼嫁入りの為に、色々やらなきゃいけない。
セロさんはパーティリーダーとして、メンバーの一人がハーピィ二羽と心を通わせたので王都に連れて行く為の許可の申請を書いてくれて。
シオンさんとトリィは魔物の同行の為の魔道具、誓約の輪を作る為の手順書を取り寄せてくれて。
結局、フレーヌとグリシナの分の輪は、以前ルストさんがプレゼントしたアンクレットを改造する事になった。元々森の魔石から作られてはいても、魔道具加工はされていない普通のアクセサリーだったので、丁度良い。
という訳で、新しく用意するのは、ルストさんの分。
王都に送る為の原石をチョロまかすのは問題があるので、フレーヌグリシナの案内の元、ルストさんが自分で川に赴いて良さげな石を探してくることに。二羽のアンクレットもそうして材料探ししたんだって。
で、見つかったのはとても美しい、漆黒の原石。
実の所、まだ僕らが鉱脈を見つけていないタイプの石で、先生達がちょっとそこでひと悶着。主に今後の探索計画的な意味で。
そして、その石をルストさんがフレーヌ達のものとお揃いの意匠で腕輪を作り、更にそれをシオンさんが誓約の輪としての加工をして。
僕を通して、森の神様が誓いを受け取り、証として力を付与して……
「……ねえセンセ、これってまどーぐ的には、どれくらいのランクになるんです?♪」
「……原石はSランクだが装身具としての加工は素人仕事、しかし魔道具構成は一流の魔女の手であり、神への誓いが直々に込められている……」
「かみさまがかかわってる時点で、しんぐ? 的なことになるでーす?♪」
「いやー……稀有な事ではあるが、これが神殿に祀られるようなアイテムかと聞かれるとな……」
色んなものが組み合わさり、なんとも立ち位置の不思議なアイテムが完成しました。
素材と魔道具としての加工は一流、Sランクで、そこに込められた力の質はランク外の神クラスなのに、器は普通の造り……
素人仕事って言っても、とても綺麗なんだけど。でもやっぱり、上手だなーという評価だよね、見た目は。
どうやら神の手の入ったアイテムは神殿に祀られる大切なもののようだけど、これは個人的な誓いを刻んであるだけで、何か奇跡が起こせるようなスゴいパワーがあるわけでもなく……
そもそも、うちの神様の神殿ってどこ? この森は聖域なんだよね?
「まあ、深く考えないでおこう。あくまでも、これはルスト達用にカスタマイズされた誓約の輪というだけだ」
「そーですね♪ ボクのおねーちゃんといもーとを、末永くよろしくおねがいしーまーす♪」
「また何の誓いか混乱する事を言うな、シス……」
「いや、でも良いんじゃない? ほぼほぼ結婚でしょコレ」
「まさか、ルストが身を固める日が来るなんて、幼馴染としてなんだか、感慨深いなあ」
「あれえ?! いつの間にか妻帯者にされたなぁ?!」
魔道具完成から誓約付与、装着まで終わったところで、皆あつまりワイワイと結婚式二次会のようなノリです。
ルストさんは叫んでるけど、これから傍で助け合って生きるなら、それもう結婚じゃないかな。実家を出るんだから嫁入りじゃないかな。
「儀式をする前にリングの装着しちゃったけどねえ」
「そーいえば、人間さんのケッコン? ツガイてきな? のって、なんかお作法とかあるでーす?♪」
「ああ、基本的には主に信仰している神の神殿に赴いて誓いの儀式と、証のリングの交換だな」
「ゆびわ?」
「指輪だったり腕輪だったり、それこそああいうアンクレットやネックレスの場合もある。身に着けられるサイズの閉じた輪ならなんでもいい筈だ」
「へー♪ かみさまにちかいまでしちゃうなんて、ケッコンって重ーいのですねー♪」
「そうだな。そう簡単には離婚出来ないと思っていいぞ」
……でも、貞淑の誓いとかそういうのをうまくごまかせば、愛人を持てちゃったりするんだろうな。なんとなく察したぞ、何故ならそうでなければティリノ先生が産まれていないから。
というか、先生って第7王子ってことは、最低でも上に6人は居るし、それは姫であるお姉さんは含まれないだろうし弟妹とかも言ってたから、どんなに少なく見積もってもたっぷり10人はご兄弟がいる筈だけど……
まさか全員一人の奥さんから生まれてる訳ないし、何人奥さんお持ちなんだろう。そしてその上でつまみ食いもするとか、今更だけどカタラクタの王様ってどんだけ。
「シスちゃん!」
「はい♪」
「今更だけど、ハーピィと結婚って、シスちゃん的にOKなのか?」
「すいしょーはしませんね♪ それこそ、ルストさん達くらいベッタぼれで、他のダンナさんなんていーらない♪ って言っちゃえるレベルならかんがえまーすが♪」
例の、第一回から旦那さんをしてくれてる冒険者さんが挙手して質問してきたので、笑顔で返答。
そんなフレーヌ達みたいなノリでぽこじゃか連れ出されては困ります。僕らだって数が少ないのに……とは公表してないから、言わないけど。
あと、それでも譲れないって程相思相愛になってしまったら、僕も鬼ではないし、むしろうちの子達の幸せの為なら認めないでもないけれども。
「あ♪ ダンナさんの方がもう森から出ていきません♪ ここでつがいとして一生すごします♪ というのでしたら、かんげーします♪」
「つまり森に婿入りか」
「くっ……、しかし……もう少し冒険者として……だが……」
「つーか、あんたらここ2年くらい森から出てなくない?」
そういえばそうだね。森の中の人員交替も何度もしているっていうか、冒険者さんは出入り出来る筈なのに、あの人達あのまんまだ。
もだえ苦しむ黒髪さんと赤髪さん。
……今度、名前聞いとこうかな……。永住の素質があるし……
「冒険者を引退した後で、終の棲家にするのは……?!」
「ボクらのじゅみょーは、人間さんよりみじかいでーすよ?♪」
「あああああああ……」
冒険者の引退年齢がどんなもんか知らないけど、下手すると満足するまで冒険して年老いた後には、お望みのハーピィがもう落ちてるのでは?
あと、そんな衰えた後で来て頂いてもちょっと困るんですけれど。欲しいのは若くて健康的な男性です。
長く旦那さんをしてくれた後にそのまま余生を過ごしたいって言ってくれるならば、それは恩があるから受け入れてもいいんだけど。
「俺は……俺はどうすれば……!! ダリアちゃん……!!」
ダリアでしたか、お相手。
地面にくずおれて苦悩しておられるけれど、恋の病は彼のもの。生暖かく見守ろうと思います。
というか、僕が口出ししちゃうと、もしかしたらダリアの方が気を利かせて動いちゃって、心が通ってないのに黒髪さんとつがいになるとか言う、なんとも気の毒な事になりかねないので。
ハーピィ的には都合がいいけど、ちょっと可哀想だよね。僕のモラルも、まだ生きていたようで良かった。
「それはそれとしてー♪ せっかくのボクのしまいのかどでですので♪ パーティとかしたいですー♪」
「ああ、いいんじゃないか? セロ達の送別会にもなる。随分長い間、助けて貰ったからな。それくらい労うのはいいだろう」
そして、ルストさんとフレーヌグリシナの披露宴と、セロさんの送迎会としてパーティが催される事になったのです。
いつものバーベキュースタイルの立食パーティなんだけどね。ハーピィ参加だと、室内が使えないから仕方ないよね。
というかそもそも、小さな集落だけど、この全員が入れるような大きな建物もないしね!
「他の二人はともかく、シオンが居なくなるのは寂しいわね」
「本当ネ。ねえ、たまにハ、森に遊びに来てくれナイかしラ」
「流石にこれっきりじゃないわよ! 気が向いたら遊びに来るわ、ハーピィちゃんのヒナももっともっと愛でたいし!!」
アーラとシャンテ、他のハーピィ達もシオンさんが大好きで、セロさんやルストさんより彼女が居なくなると言うのは、とても寂しそうで別れを惜しんでいる。
仕方ないよね、シオンさんが居ないと、あのパイが食べられなくなるから……
不思議なもので、シオンさんが書いてくれたレシピを他の人がその通りに作っても、なんかちょっと違うものになるのだそう。それはそれで美味しいけど。
何かな、秘密のスパイスでも入ってるのかな。もしくは愛情。
「ごはんは、イスにすわって食べまーす!」
「はーい! 食べる前に、いただきまーすします!」
「はーい! 食べ終わったら、ごちそーさまー!」
「ルー兄、食べさせてー!」
「食べさせてー!」
「はっはっは、まあそうなるな! いっぱい食えよー!」
「「ぴー!」」
あちら、人間の街でのマナーお勉強中のフレーヌとグリシナ。
その辺でものを食べてはダメ、と教わり椅子とテーブルでの食事を覚えたものの、当たり前だけどハーピィは手が無いのでナイフやフォークは使えない。
いわゆる犬食いも観ている人が不快になりそうなので、ああして旦那様からの給餌になるのは必然。
……あれはあれで、一定数の人が見ていて嫉妬と言う名の不快感を抱きそうだけど、それはマナーの問題ではないので良しとします。
外で野宿とかなら、いつものハーピィ的なお食事でいいだろうし、本鳥達も楽しそうなので良いのです。
「おべんきょはじゅんちょーそうですけーど♪ セロさん、あの二羽はだいじょぶそーですー?♪」
「はい、想像していた以上に頑張って人間のルールを覚えようとしてくれています。よほどルストと一緒に居たいのでしょうね」
「そーみたいでーすねー♪ ゴハンを人間さんからあんなにうれしそーに食べさせてもらうハーピィなんて、ボク以外ではあの子たちくらいかとー♪」
「……それ、やはりイヤなものか?」
「まあ、めーかくなヒナあつかいでーすしー♪ わるーいものを食べさせられたらコワーイですし♪ オトナになればなるほど、やーだと思いまーすよ♪」
雛の頃こそ甲斐甲斐しく食べさせてもらうハーピィだけど、大人になったらそんな事して貰えない。僕だってして貰わない。
ハーピィ同士のように口移しじゃないけど、手から食べさせて貰う、のはあり得ないと思う。野性の獣が、得体のしれない人の手からなんて食べないように。
相手への絶大な信頼がないとね。
僕はまだお子ちゃま意識があったり、人間だった頃のの感覚があったり、あと僕まで来る人間さんの食べ物は大抵毒見済(シオンさんのお菓子除く)だったりするので、割と食べさせて貰っちゃうけど。
あの二羽はなんていうか、幼い頃からの刷り込みというか、慣れというか、信頼みたいなのがルストさんとの間にあるからああなだけで、他のハーピィは無理じゃないかな。
と、話題に入って来たティリノ先生にお応えしたら、なにやら思案顔。
考え込んだかと思えば、じっと自分の手を見つめ、不意に視線をお空に上げたかと思えば戻して、ちらっとシオンとの別れを惜しんでいるハーピィ達を見た。
……いや、察しちゃったけど! というか、ぶっちゃけ二人のイチャイチャ? を風の精霊さん越しに聞いてたから知ってるんだけど!! だってアーラが心配だったんだもん!!
んんんーーーーツッコミたい、突っつきたい、あーソワソワする!
でも盗み聞きしてたって知れたら、二人の羞恥心を変に刺激して混線させちゃうかもしれないから、僕は良い子で我慢の子です。
「それで、セロさんのしけんはだいじょぶそーですー?♪」
「座学は問題ないと思うのですが、実技と……面接がかなり厳しいと聞くので、頑張ってきます」
「へー……、でもセロさんならきっとがんばれまーす♪ がーんばれ♪ がーんばーれー♪」
「あはは、ありがとうございます」
「ちょーーーいセロぉ、森の王子様直々の応援歌よ? しかもセロだけの為のー。頑張らない訳に行かないじゃないの、うらやましーなぁコンチクショー」
「っとわ!」
セロさんにも、森の為に随分力を貸して貰ったので、せめてものお礼に頑張れソングをお贈りしたら、笑顔で聞いてくれた。
いつも、なんか遠巻きかつ遠い目で聞いてたけど、嫌いな訳じゃないみたい。
っていうか、いつもかぶりつきでシオンさんが対アイドルオタ芸みたいなことしてるからか。知ってた。
そして、僕からの応援歌を羨んだシオンさんが突撃してきた。背後から腰にしがみついてぶーたれてる。
そんな事するものだから、セロさんはビックリしつつも真っ赤になってるんだけど、そのアングルだとたぶんシオンさんからは見えてないんだろうなあ。
この二人の関係も、なんというか既に集落中の周知の事実なので、皆優しく生暖かく見守っているのです。
「……いっぱいがんばってくーださーい、ねっ♪」
「そ、そのつもりです……」
「任せてシスちゃん、あたしが死んでもセロが合格する呪いかけておくからね!」
「殺さないであーげて♪」
思えば、守護騎士認定試験に合格したら、シオンさんに告白するとも言っていたそうだし。
きっとセロさんにとって、今後の人生を左右する大きなイベントである事でしょう。
そんな時にフレーヌ達がお邪魔しちゃって、本当に邪魔にならなきゃいいんだけども。神殿の頭が固いとか言ってた人達、だいじょーぶかなぁー。
あーでも、森を守った経緯で推薦が来たなら、森代表として恩人応援とかは割といい方向になるのかなあ。
「いつの間にか、随分大騒ぎだな。どうした?」
「あ、トーリィー♪ セロさんたちのそーべつかいでーす♪」
皆できゃっきゃと騒ぐと時間もすぐすぎて、お昼を回るとトリィも起きて来てくれた。
今日はこのまんま、一日中お祭り騒ぎかなー。ワイワイ騒ぐの好きなので、僕はたのしーです。
てってってーとトリィに駆け寄って、抱っこして貰おうかと思ったけど、流石に皆の前なのでやめといた。
お開きになった後でトリィのお仕事の前にして貰おうっと。
「ああ、そうだった、もう数日後には森を離れるのか。……少し寂しくなるな」
そう言って、トリィもちょっと寂しそうに笑う。
トリィだってお姉ちゃんであるシオンさんと離れるのは寂しいよね。血は繋がってなくても、家族なのだもの。
……あれ、でもここに来る以前は年一くらいでしか会ってなかったのか。
ていうか、お母さんに年一くらいで顔を出しなさい、即ち里帰りしなさいみたく言われてたんだっけ?
あれ?
そういえば特に聞いてなかったけど、もしかしてトリィも、シオンさん達と一緒に、街に帰っちゃう……?
「トリィ、トリィ」
「ん、どうしたシス」
「こっち、きて」
宴会している人達に聞こえないように、歌にもせずに小さな声で呼んで、トリィの手を僕の翼でぽんぽん叩く。
すると、僕よりずっと身長の高いトリィはちゃんと声を聞き届けてくれて、こっちと誘う僕にも着いてきてくれる。
ほんのちょっとだけ、人の輪から離れて足を止めると、小さな僕と目線を合わせるように、トリィは片膝を地面につけてくれた。
「ね、トリィ。トリィも、森、出ちゃう?」
人間さん達はともかく、ハーピィ達は僕と同じでとても耳がいい。
大騒ぎしていても、普通音量なら聞き分けるだろう。特に、王子の僕の声ともあれば。
風魔法で遮断してしまえばいいかもだけど、この距離だと明らかに風が動いてしまうし、魔力が働けば魔法使いの人なら気付いてしまうと思う。
だから、常のように歌にはせずに、小さな小さな声で囁くように問いかける。
やっぱり歌にしないと、人間さんの言葉は発音しづらい。前よりは喋れるようになったと思うけど、フレーヌ達やアーラのように、すらすらとはいかない。
いつも以上に子供みたいな、舌ったらずな喋り方になってしまった僕を見つめて、トリィは一度きょとんとした感じの顔になった。
ぱち、ぱちとそのまま何度か瞬きをして。
それから、ふんわりと柔らかくて、とても優しい微笑みを浮かべた。
「いいや。私はシオン達とは行かないよ」
「ほん、と?」
「ああ。元々、彼女達のパーティの仲間という訳ではないし、まだ君に命を救われただけの恩を返せたとも思っていない」
……そうかな。
シオンさんとは姉妹だけど、シオンさんの……セロさんのパーティのメンバーではない。それは確かにそうなんだけど、僕がトリィの命を助けた恩は、トリィが僕の心を助けてくれた恩で返して貰っていると思う。
ババ様の死を上手に飲み込めなかった僕は、あのまま放っておかれたらどうなってただろう。想像したくもないけれど、今みたいな感じでは無かったんじゃないかなって思うんだ。
トリィは冒険者だ。あのダリア推しの冒険者さんが恋をしていてももっと冒険者として活動したいと悩むくらい、きっとやりがいがあったり、大変でも楽しい事もあったり、素敵な職業なんだと思う。
だから、本当は森から出たいのかもしれない。けど、トリィはまだ子供の僕が甘える人が居なくなる、とここに留まる選択をしてくれた。
なんだか申し訳ないと思う気持ちが半分。
……ううん、本当は半分も申し訳ないなんて思ってない。もっと小さな罪悪感。
だって、その答えを聞いた僕の顔は、とってもとっても嬉しそうに笑っているから。
「えへへ……良かった」
「心配しなくていい。君が大人になるまで、きっと見守っているさ」
「ふふ、いいの? ボク、とっても長生き、だよ?」
「なんの、私の種族を忘れていないか? 人間の倍は生きるさ」
「そうだった、……ふふ、うふふ」
なんだかんだとハーピィの四倍ほど生きるらしい僕。元々ハーピィは人間の半分くらいだから、人間の倍は生きる魔女のトリィと同じくらいってことだ。
まあそれでも、トリィの方がずっと年上なんだからぴったり一緒じゃないけど、あんまり気にしなくってもいいのかもしれない。
まだまだ一緒に居られるんだなって、くふくふ笑ってしまう僕の髪を、トリィがよしよしと優しく撫でてくれる。
ふふふ。……うれしー、なあ。




