裁判
ドラゴンさん騒動も越えて、無事に今年の卵も孵り、新たな雛達がぴいぴいと鳴き始めた、そんな頃。
想定内ではあるのだけれど、孵りたての雛達と、去年の雛達との面倒で、物理的に僕らの手が……頭数が足りない。
今年の雛は7羽も居て、去年の5羽でもあわあわしてたのに。更にとなるとホントにてんてこまい。
食べるものには困らないけど、孵りたてなんてつきっきりで誰かが見てないといけないから、本当に純粋に人数がキツい。
ううん、嬉しい悲鳴。
そんな中、僕らは一つの決断をしました。
「今日から、お昼はパパたちに好きに会いに来て良いものとしまーす♪」
「「ぴゃー!」」
託児所の開設です。
1歳以上の雛に限り、昼間はパパに会いに来て遊んで貰う事を許可しました。勿論、パパ達にも他の村の人達にも許可は貰っております。
と言っても無制限ではなく、言った通りに昼間限定。村を歩き回る時はパパのうちの誰かと一緒。雛が村に居る間は大人のハーピィも一羽滞在。今はアーラが村に居るからそれでよし。
村ではなく森で遊びたい時は、必ず2羽以上で。例え知っている相手でも、村の外では人間さんには近寄らない。何かあったらすぐに誰かを呼ぶこと。
という、お約束を王子である僕とさせた後、ちょっと早いけどぴよぴよ1年生達は自由行動を許可することにしました。
と言っても、雛達の動向は常に僕の耳に入っているから、完全に自由ではないけどね。流石に本当に放置は、まだちょっと。
「パパがみーんないそがしい時は、アーラについていくんでーすよ♪ パパのおしごと、おジャマはだーめ♪」
「「はーい!」」
「アーラ、よろしくおねがい、ね♪」
「はい、お任せ下さい王子!」
アーラなのだけれど、最近はかなり元気になったみたい。
まだ羽は生え揃わないから飛べないけれど、肩に大きなケープをかけて翼を隠して、結構村を歩き回って散歩している。
僕の言葉にも、前みたいに笑顔で応えてくれるようになったし。
シオンさんだけでなく、ティリノ先生と結構散歩してるのを見かけるけど、二人どうなったのかなー。進展したのかなー。あれかな、吊り橋効果的な?
長くここに居てお喋りしてるせいか、アーラの人間語の訛りも完全に取れたし。
尚、アーラとハチの間に、意外にも遺恨は生まれなかった。
勿論仲良しではないけれど、……いや、どうかな。
「ハチ、雛が居る間の警戒は特に気を付けなさい。野生の獣をこの周辺に近付けないように、貴方が居るんですからね」
「無論だ。気兼ねなく子と戯れていて欲しい」
当たり前だけど、立場はアーラが上です。というか、ハチが一番下です。
ドラゴンさんが僕の配下に下った事はアーラにとって大変誇らしい事であり、ハチからしても自分に恐れず立ち向かってきた彼女は認めている対象のようで、案外二人の関係は良好。
慣れ合う事はないけど、仲良しって言って良いのかもしれない。
ところで、ハーピィが出入りし、ドラゴンが居座るこの村に、どんな動物ならやってくるんだろうね。
「パパー!」
「パパ、あそぼ」
「あそんで!」
「よしよし、パパが今日から毎日たっぷり遊んでやるぞー!」
そして、出迎えるパパ筆頭は当然のようにマッチョさんである、と。
第一次パパさん達のうち、お一人はもう街へ帰っちゃって、二人は冒険者さん。そしてティリノ先生はお忙しいので、必然なのでしょうけど。
すっかり娘にメロメロのマッチョさんです。貴方のお仕事は……?
いや、ハーピィ親善大使的な存在と思えばそれでもいいのかもしれない。そのまま、託児所常駐してくれると僕らも助かる。
サクラとツバキは特にパパ大好きの様子。アンズとナデシコは二羽で連れ立って森に遊びに行ってしまった。
追いかけっこをしている声が僕の耳には届いているので、大丈夫そう。
「あ! パパ!」
「ああ、ヒマワリ。今日から遊びに来るんだったな」
畑の周りとキャッキャと駆けまわる雛達の所へ、ひょいとティリノ先生が顔を出すと、ヒマワリが駆け寄っていく。
あの二人は、親子関係が確定しているせいか、とても仲良しだよね。ヒマワリがパパと呼ぶのは先生にだけだ。マッチョさんにも懐いてるけど。
「うーん、こうなってくると、ハーピィでも遊べる遊具とか、お昼寝部屋とかが作りたくなってくるが……閉じた部屋はイヤだよなあ?」
「いやー!」
「やねだけでしたら、大丈夫だと思うでーすよ♪ ほら、こー、お外のきゅうけいじょ的な、あずまやー?♪」
「なるほど! 畑の傍に作れば、娘らが居ない時は畑作業の休憩所にも出来るな。ならばこの辺りに、こう……」
可愛い娘になんでもしてあげたい系のパパさんは、僕の言葉を聞いて、サっと懐から巻物のようなものを取り出して、そこにエンピツみたいな何かでサラサラと設計図を描いていく。
うーん、さすが職業大工さん。パパの日曜大工ってレベルじゃない。
屋根の下でお昼寝も出来るし、屋根の上に止まって日向ぼっこも出来るように、とあれこれ考えながら描いていく。
両側からサクラとツバキも覗き込んで、すごーいすごーいと口々に褒めているから、マッチョさん嬉しそう。解ってないと思うんだけどね。
「おい、シス! ちょっと良いか!」
「王子、大変です!」
「ぴ? どーしたの?♪」
職人の顔とパパの顔を行ったり来たりするマッチョさんを微笑ましく観察していたら、別のパパとママからのお呼び出し。
先生はきょとんとした様子のヒマワリを抱っこして、アーラと二人でびっくりした様子。大変とは言ったけど、緊迫感はない。
とててと足音を立てて三人に近寄ると、抱っこされているヒマワリはにぱぁっと笑った。
「なにかあったでーすかー?♪」
「ああ、……ヒマワリ、もう一回いいか?」
「うんっ! ぴーぴぴぴー、ぴゅーるりー♪」
にこにこ楽しそうなヒマワリが歌う。まだちびっこなのだから当たり前だけど呪歌ではなくて、普通のお歌。
なのだけれど。
ひゅる、と不自然な風が生まれて、ぴよぴよ歌うヒマワリの周りを吹き抜けていく。
一度の偶然ではなく、何度も。遊ぶように、踊るように、風が揺れる。
それはなんとも、僕にとっては懐かしい様子だった。
「まあ、まあまあ♪ ヒマワリ、キミには風さんとなかよしのそしつがあるみたいでーすねー♪」
「やっぱりか」
「ぴい?」
「ふふ、センセが風まほーがとくいだからでーすかねー?♪ おっきくなったら、ボクが教えてあげましょーね♪」
「王子以来、初めての魔法の素質があるハーピィになるわ。お前は優秀な子ね、私も嬉しいわ」
「ぴー♪」
今は風の精霊魔法が使えるのは僕だけ。
ババ様が昔は魔法を使えるハーピィはそこそこいたけど、段々使える子が生まれなくなったって言ってた。
その素質の有無は、個体の優秀さなんだろうか?
解らないけど、ここんとこ弱った雛ばかりだった僕らの群れの質は、落ちて来ていたのかもしれないね。
もしもヒマワリに続いて素質持ちが多く生まれるようなら、きっとこの仮説の正しさも解るんだろう。
ここから是非ともV字回復して欲しいところ。
「ふふふ、とってもステキな事ばっかりで、うれしーですねー♪」
ドラゴンさんの脅威の後は、とてもいい事がいっぱい。
雛達は元気に孵ったし。とてもとても頼もしい守り手が得られたし。アーラも元気になって先生と仲良しだし。
忙しさだけは大変増したけど、それは僕らが生き延びる為に、群れを大きくするために必要なこと。
その新たな雛も優秀さが見え隠れして、ハーピィと人間さんと、エルフさんとの関係も、一緒に困難を乗り越えて更に良くなったと思うし。
良いじゃない、とっても良い流れだと思うね!
このまま皆で幸せになれますよーに!
「シスちゃーーーーん!!」
「おにいちゃーーーーん!!」
「ぴゃっ、フレーヌ、グリシナ?」
良い流れを感じてぽわぽわしていた僕に、僕のお姉ちゃんと妹が突進してくる。
慌てて飛びのいたけど、二羽とも僕にそのまま突撃しようとした?
そりゃあ昔はそんな事もしたけど、今は僕より二羽の方がずっと大きいから、ルストさんにするみたいな行動されると、潰れちゃうよ。
「どーしたの、二羽とも?」
見れば、なんとも不機嫌な顔。
最近多いなあ。大人くらいに大きくなったとはいえ、まだまだ若鳥の二羽にはさせられない事が多かったりするから。
そのくせ、小さい僕はあれそれするから、直接の姉妹の二羽には不満がたまっちゃったりするんだろうか。
口をへの字にしていた二羽は、僕に問われて不機嫌涙目のままで、同時に口を開いた。
「フレーヌ」
「グリシナ」
「「この森から出る!!」」
■
直前までの和やかムードはどこへやら。
迷いの森の集落、その中央広場は今、非常に緊張感溢れる空間と化していた。
村の皆が宴会出来る程度に広いその真ん中にルストさんが地べたに正座させられている。
なんせ、フレーヌ達が突拍子もないことを言い出すとすれば、およそその原因はルストさんとこの森では暗黙の了解的なものが生まれており、呼び出しのスムーズだったこと。
パーティメンバーであるセロさんとシオンさんは数歩離れたところに待機。
ルストさんの後方には集落の人間さん達が遠巻きに見守っていて、前方はほぼ全員のハーピィが集結し、ルストさんに圧を放っている。
長老木でまだ飛べない雛達を見ている最低限のハーピィを除いて、全員。
あ、ここにフレーヌとグリシナは含まない。二羽はぷくぷくと不機嫌に頬を膨らませたまま、ルストさんのサイドにべったりはりついてる。
なんというか、裁きを待つお白州もかくや。
「では、先ずは申し開きを聞くわ。私達の群れを分断させようとする、その目的は何?」
「待っ……、ち、ちがくて、誤解ですハイ」
フレーヌ達の爆弾発言の直撃を受け、即座に全員集合をかけたアーラは、先陣を切った。さしずめ、検察官でしょうか。
被告人ルストさんは弁解しようとしていますが、20羽近いハーピィの圧に、割と引いておられます。
まあそりゃ、衆目監視で正座状態からでは、いくら彼でも逃げられないでしょうし、逃げたら逃げたでギルド支部長と迷いの森統括の二人の目の前でそんなの、お尋ね者まっしぐらだし。
「えーと、えー……、セロぉ……」
「すみません、僕のパーティの一員の不祥事と言う事で、リーダーの僕からひとまず説明させて頂いても宜しいでしょうか……」
ここで弁護人の登場。
後方で控えていたセロさんが涙目のルストさんの要請を受けて、おずおずと挙手。
アーラ達も彼らの関係性は承知しているので、促すように頷いた。
「先日のドラゴン……ハチの撃退戦なのですが。それに参加していた僕とルストのランクが上がりまして」
「ええ」
「それに際し、神殿から僕に、守護騎士試験の推薦がありました」
「あら。セロさんのもくひょーでしたっけ、おめでとーございます♪」
「ありがとうございます。……で、ルストとシオンと話し合い、一度この森を離れようか、という旨を……今日、ティリノ君やシス君達に、相談する予定だったんですが……」
「先んじてこのバカがフレーヌちゃんとグリシナちゃんに言ってしまった上に、置いてかれると思った二人を泣かせました。煮るなり焼くなり好きにして、どうぞ」
シオンさんが辛辣だなー?! 弁護人じゃないの?!
さておいて、そっか、ドラゴン撃退なんて偉業だよね。そりゃあ冒険者ランクだって上がるし、神殿の偉い人達から一目置かれても不思議じゃない。
ドラゴンから森を守った、なんて肩書の守護騎士なんてね。かっこいい。
その試験を受ける為にセロさんがこの森を離れる事、セロさん大好きシオンさんがそれに着いていく事、仲間のルストさんも同様というのは何も不思議な事じゃない。
ただでさえ、もう何年もこの森に居てくれてるし。冒険者としても、そろそろ旅立つ時期ではあるよねとは思う。居なくなったら、とてもとても寂しいけど、引き留めていい事じゃない。
それは別に良いんだけど。
なんでそれを、ルストさん大好き二羽に漏らして、しかも言い包めも失敗するかなー?
「……まあ、何年もお前達を拘束してしまったのは申し訳なく思うし、今はハチも村の守りをしてくれている。そろそろシオンの魔法陣の守りからも脱しなくてはと思っていた、それは構わないんだが」
「フレーヌも一緒に行くー!」
「グリシナも! ルー兄と行くー!」
「問題はここに撒かれた種だな……」
「まだ撒いてもいねェのにな……」
「下ネタやめ」
ぼそっと呟くマッチョさんに、誰かが突っ込みいれたけどそれは置いといて。
ハーピィ達の群れの結束は固い。とてもとても互いを大切に想う、家族の絆で結ばれている。
その上、王子である僕を守る、従うという支配も及んでいるにも関わらず。更に言えば、森を出ればハーピィは生きていけないと知っているのに、それでも一緒に行くことを望むほどにその心を奪ったとなれば。
ハーピィにとって、ドラゴン以上の脅威判定を食らうのは、当たり前です。
「どんな技を使って二羽を従えたか知らないけれど、ハーピィに森を捨てる決断をさせるなんて。とても見過ごせることではないわ」
「私達ノ、大切な若鳥を二羽モ連れ去ルなんテ!!」
「王子! イクラ恩アル相手デモ、許セヌ事ガアリマス!!」
ハーピィ達は満場一致の罪ありき。
どんな技っていうか、厨二病が感染したとしか思えないけど、それにしたって森から出る決意するほどというのは、本当にどうなのだろう。
もしも本当にそれほどの思考操作の技術を持った相手なら、生かしてはおけない。完全に僕らの脅威だ。
……とはいえ、ルストさんに限ってそれはなさそうだけどなー。
彼がハーピィの連れ去りや森の支配者の座を狙って支配操作を目論んだとは、とてもじゃないけど……ねえ?
検察官ハーピィ達は口々に僕に裁きを乞う。あれ、ってことは僕が裁判官なのかあ。そうだね、この場での一番の決定権を持ってるの僕だ。
ちょっと現実逃避してしまうのは、やっぱりルストさんに対する信頼があるから。
彼がハーピィに害になるとは思えないし、ドラゴン撃退戦では先陣を切って体を張って戦ってくれた。
しかし、僕の家族を連れ去りそうになっている彼を、無罪放免とはいいがたい。そんなのしたら、絶対に今後のハーピィ達と人間さん達に軋轢が生まれる。
せっかくいい感じに仲良しになりそうだったのに、なんてこと。
困ってしまった僕や、怒るハーピィ達に対して、さっきまでぶすくれていたフレーヌとグリシナは、かくりと左右それぞれに頭を傾げてきょとんとした。
「フレーヌ、森を捨てたりしないよ?」
「グリシナも、森がおうちだよ?」
なんでそんな事言うの? とばかりに二羽は言う。
言葉を失ったのは、ハーピィ達だ。
『森から出る』発言、イコール『この森を捨てる』だと思っていた皆は、彼女達が何を言っているのか、解らないみたい。
という誤解をされた事に、フレーヌ達も今やっと気づいたみたいだね。それまでなんでそんなにダメって言うのとばかりに拗ねていたし。
「あのね、フレーヌは森のお外にぼーけんに行くの!」
「グリシナも、お外の事を見て来て、お兄ちゃんに教えてあげるの!」
「シスちゃんは、王子だから色んなこと知らなきゃってがんばってるけど、森の外には出れないでしょ?」
「代わりに、グリシナとお姉ちゃんが見て来て、教えてあげる!」
きゃっきゃっと笑いながら、二羽は名案でしょと胸を張る。
今度きょとんとするのは、周囲で見守る僕ら皆で、体は大きくなってもなんとも雛感が抜けないというか、無邪気で子供っぽい二羽が二羽なりに色々考えて、僕や仲間達の為になろうと思っていたのだと、初めて知った。
「ハーピィと人間が仲良しになったら、皆うれしいんだよね?」
「仲良しはワカリアウ? って言うので、お互いにちゃんと知る、なんだよね?」
「フレーヌがそのお手伝いするよ!」
「グリシナもするよ!」
「ルー兄とイッショなら、森の外もこわくないよ!」
「ルー兄はさいきょーのソードナイトだもん!」
「これが星の乙女フレーヌと!」
「月の乙女グリシナの!」
「「二羽にたくされた大いなるしれんなのダー!!」」
……最後が無ければ、素直に感心するんだけどなあ。




