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おすはぴ!  作者: 美琴
60/64

配下




 ピィ、ピィ、という鳥の鳴き声に似た音を、まどろみの中で聞いた。

 それに反応して、ぱちっと目を開く。

 夜明けというには少し遅いけど、充分に早朝。それは人の感覚であって、ハーピィとしてはちょこっとお寝坊さんなくらい。もう、狩りに出ている子達はとっくに居ない。

 いつも夜更かしの僕は、いつももうちょっと寝てるけどね。

 さておいて、今この耳に届いたのは、僕らが仲間を呼ぶ声に似た、けれど違う……つまりは人間さん達に渡している笛の音だった。

 しかも、それが二回。という事は、ハーピィ達によるお迎えではなく、長である僕を呼びだしたってこと。


『王子、お目覚めになられましたか』

『んー。だれか、呼んでるね?』


 起き上がり伸びをする僕の所へ、シャンテが飛んでくる。その足に、一羽の兎を掴んで。

 まだもがいてたけど、巣に着地してグっと掴んでいない方の足で喉を抑え、それから爪で掻き切ると、びくんと震えてじきに動かなくなった。

 ……そんな、シメる時間を惜しむほど急いで来てくれなくても良かったんだけどなっ!

 いや、別にいいけど。僕もハーピィです。普段食べてるお肉が生きてた動物だったなんて、重々承知ですから。


『風さん風さん、ボクのおねがい聞いて下さいな。今ならされたあなたがやどるフエのもちぬし、その声を聞かせて下さいな』


 視界の隅で兎を器用に皮を剥いでいく、即ち僕の朝ご飯の準備をしてくれているシャンテを見ながら、僕は風の精霊さんにお願いしてたった今僕を呼んだのが誰なのかを探る。

 いくら二回吹いたら僕が行くよって言ってあっても、即座には行きませんよ。危ないもん。

 信用のおける人が大部分だろうけど。中には、良からぬことを考える人がいる可能性だってちゃんと考えてる。

 その時は、呼ばれたから行きはするけど、充分に警戒するし、おつきのハーピィも多めに連れてくよ。


《……これでじきに来てくれるだろう。少し待っていてくれ》

《応。手間をかけてすまぬ》

「ぴっ?」


 聞こえて来たのは、トリィの声だった。

 そっか、まだ早朝だから見回り時間が終わってなくて、トリィが起きてるんだ。

 それはいいんだけど、もう一つ聞こえた声は誰?

 男の人だった。それは間違いない。

 けど、こんな口調の人って居たっけ? いや、全員を完全に覚えてるとはいいがたいけど。冒険者さんも鉱夫さんも、半年くらいで結構入れ替わるから……

 シャンテが差し出したお肉をもぐもぐしながら考えるも、よく解らない。

 ……けどまあ、トリィがその人と話して、僕と会わせてもいいって思ったのだったら、いいかと思えた。

 だって、トリィが僕に害のある事は絶対にしないもの。そう神様に誓ってくれたし、トリィ自身がとっても優しくて、でも優しいだけじゃない事も知っている。


『王子、お供致しますか?』

『ううん、ボク一羽でだいじょぶそう。何かあったら呼ぶから、みんなにいつもの通りにおしごとよろしくねって伝えて』

『かしこまりました』


 って言っても、皆より起きるの遅い僕だから、言われなくたって皆ちゃんといつも通りにしてくれてるんだけどね!

 連絡事項があったら、昨日のうちにしてるし。

 というわけで、お供は付けずに朝ご飯を食べてから、ばさっと翼を広げて長老木から飛び立つ。

 風の精霊さんに、今度は飛ぶスピードのブーストをお願いして、朝ご飯を食べてた時間分を取り戻すように加速し、トリィの笛の位置を辿って飛んでいく。

 集落の村からはちょっと離れてるなあ。

 またエルフさんみたいに迷子というか、森に移住したい人とかに会ったのかな?

 そういえば、この世界って獣人とか居るんだよね。あとドラグーンっていう竜人とか。

 そろそろそういうファンタジィって感じの新しい人と会ってみたいなー! いやエルフさんも充分ファンタジィだし、そもそもハーピィ自体がファンタジィなんだけどね!

 あとつい先日、ファンタジィの一番の有名どころにも会ったけどね。もちょっと、友好的な辺りで。


「とーりぃ、お呼びでーすかー?♪」

「シス」


 僕が降下しやすいようにって思ったのか、ちょっとだけ木々が切れたあたりで待ってくれてた。姿を目でも確認して、僕はとんっと地上に降りる。

 昨日ぶりに会ったトリィは、特に変わったところはない。変な緊張はしていないし、いつものトリィ。


「朝から呼び立ててすまない。……この男が、どうしても君に目通り願いたいと言って聞かなくてな」

「ぴー?」


 この男、と目線で示した方を見ると、確かにそこには男の人が居た。

 たぶんさっきの声の人。

 燃えるような赤い髪。普通の人より少し色の黒い肌。がっしりと引き締まった体格。

 長い髪を無造作に後ろで束ねたその人は、マッチョさんのようなマッチョとは違う。何て言うんだろ、働く筋肉じゃないし、魅せる筋肉でもない。

 一切の無駄を廃した、格闘家を思わせる。

 服装も今まで僕が見てきた人達の……なんとなく洋風を感じさせるものじゃなくて、僕の感覚で表現するなら中華風?

 髪と同じ赤い服。前と後ろは長くて両サイドに深くスリットが入ってて、ゆったりめのズボンを穿いてて。

 中国拳法でも使いそうな、20代半ばほどのお兄さんが、僕とトリィに正対するように座っていた。

 全く体幹が揺るがない正座。正座って言っても、昔の武士がするみたいな、いざとなれば即座に動けそうな、かかとは上げて膝は付けているやつ。


「この姿ではお初にお目にかかる。ハーピィの王の卵よ」


 猛々しい色合いとは裏腹に、纏う雰囲気や声色は、とても落ち着いたものだった。

 瞼を下ろして僕が自分に意識を向けるのを待っていたお兄さんは、すっと瞳を開いてこちらを見る。

 その金の色の瞳、全体的な雰囲気と口振りに、割りと最近の記憶にある相手だと気付いて、きっと僕の眉はつり上がった。


「……先日の、ドラゴンさんでーすか?♪」

「いかにも」


 やっぱり。

 そうか、ドラゴンさんって、人型に変身とか出来るんだ……。なんて羨ましい。

 僕らもそれができたら、お料理とかお裁縫とか、やりたい細かい作業が沢山あるのに。

 いや、それはそれとして。


「どうしてこちらに?♪ ……次にすがたを見せたなら、ころしますよとお伝えしたかと思うのですが♪」


 こちらが見せた歩み寄りを、跳ね退けたのは貴方でしょう。

 敵対し、仲間を害された怒りは当然ある。

 僕がそう言ったとき、彼は反応しなかったけど。意識はあったと思う。

 すっと目を細める僕に、ドラゴンさんは顔色を変えず、しかし聞き流した感じや次に油断なく戦えばこちらが勝つと言った嘲りも見えない。


「儂に対する怒りは尤もだ。しかし、儂には既にこの森を去る資格はなく、こうする他にない」

「と、申しますと♪」

「知っての通り、我らドラゴンは強さを至上とする生き物。相対した強者と戦い、自らを高めることを望む。同族であろうと、島の外で出会ったなら殺し合う事もある」


 あ、住みかだって言う島ではドンパチしない決まりなのね。

 逆に言えば、島の外でなら世界最強であるお互いとやりあえる。……この人たちならそれも良しとなりそうだね。そうなった時の周辺の被害が甚大そうだけど。ほんと迷惑。


「そうして向かい合ったなら、確実に屠るが掟。無論、こちらが敗北したなら、その血肉や鱗で以て更なる強者の力となるが定め」

「はい♪」

「そして、敗北した上で万一命を拾ったのであれば。自らに無い力を学ぶ為に、その者の命が尽きるまで仕えるのが、ドラゴンの掟である」

「……ぴ?」


 ドラゴンさんの口上に、思わずぱちぱちと瞬きを繰り返した。

 うん、なんとなく言いたいことは解るよ。

 敵対してやりあったら、とことんまで。そんなことはこないだも言ってた。

 それで自分が負けても恨みっこなし。ドラゴンの血も肉もとんでもなく栄養がありそうだし、キバも鱗も加工すれば凄い武器防具になりそう。

 そうして自分を下した強いものを更に強くする、それもまたよし、って人たちみたいだ。

 それはいいんだけど、んん?


「トリィ……」

「いや、すまない。私も、まさかドラゴンにそんな習性があるとは知らなかった。ドラゴンと戦った上で殺さずに済ませる、というのもそう無い事なんだ」


 ……それもそーだね。

 死力を尽くしてやりあったら、どちらかが死ぬまでになるのは必然。そもそもドラゴンさん相手に手加減なんて出来るはずもない。

 でもって、むかーしむかしのドラゴンキングが、世界征服を企んだ魔王の部下になったのも、なんか理由が解ったぞ?

 当時からその決まりがあったんだね? 王ですらそれに従う、絶対の掟が。

 成る程、目の前の彼が僕にもう来るなと言われた程度で、反故にするような物ではなさそうだ。


「おはなしはわかりまーしたが♪ それで、なんでボクです?♪ ボクらは、人間さんもふくめていーっぱいでたたかったでしょー♪」

「うむ。しかし、儂の目には汝こそが群れを率いる主と見えた。多くのものを指揮し、儂を欺き精霊の掌握をさえ凌駕した」

「んー……」

「策を巡らす知略も、魔法を操る才もまた力。故に儂は、儂を越える強者たる汝の配下となることを願う」


 静かに、ドラゴンさんは両手を地面につき、頭を下げる。即ち土下座。

 ううん……

 確かに、友好的になってくれてたら、頼もしい味方になったのに、とは思ったけども!

 アーラに酷いことしたのもまだ怒ってる、というか謝られた訳でもないし。たぶんそれは、ハーピィ達も同じだし。

 まあ、あの子達は僕が決めれば従うだろうけど、それだと軋轢がすごそうだ。

 僕が死ぬまで配下になるってなったら、それこそ数百年単位だし。ドラゴンさん的にはそれより更に桁違いに生きる筈だからそこはいいとして。


「許さぬと言うのであれば、この場で素っ首叩き切って頂きたい。その娘の剣であれば、容易かろう」


 ドラゴンさんには、デッド・オア・アライブしか選択肢ないの?

 ほんと、なんというか、ある意味死ぬほど誠実な人達なんだな……。やりたい放題に見えて、下敷きに絶対の掟がある。

 一瞬、ドラゴン姿に戻ってもらってからにしてもらえば、骨も鱗も使い道凄そうと思ったけども、それはハーピィよりも人間さん向けだ。

 僕らの取り分になりそうな血や肉も、美味しさノットイコール魔力量の法則を考えれば、あの量を食べるのは……きつそう……

 とか思う時点で、僕も大概だよね。


「どちらもおことわり……は、受け入れられないのでしょーね♪」

「無論。敗北し更に尻尾を巻いたとあれば、ドラゴンの面汚し、末代までの恥よ。二度と島にも帰還できぬ」


 ううん……

 ほんと、困った種族だなあ。

 ただ、個人的に嫌いじゃない。それに、森を守る手が増えるのはとても魅力的。その力が、二度と僕らに降りかからないのなら。


「ボクが居なくなったあと、またハーピィたちにおそいかかったりしませんか♪」

「世話になった主の血族には、敬意を払う。従属を継続はせぬが、害も成さぬ」


 確かに、天使族にドラゴンキングが敗北したあとは、協力はやめたけど一緒に魔族を討伐したとは聞いてないな……

 それはちょっと事情が違うけど、武人然とした印象通りにある意味とても誠実で、義理堅いのかもしれない。


「こまったいちぞくですけれど、それこそがドラゴンさんのあり方なのだとしたら、ボクは異をとなえません♪ ……ですが、ボクのあいするハーピィをやいたあなたを、そうですかとちょくせつの部下にするのは、みんなゆるさないでしょう♪」

「ハーピィは群れの結束をこそ尊ぶ種だったか。であれば、怒りは当然だな」

「はい。ですので、先ずはこの森での、一番したっぱからはじめてください♪」


 この森の頂点はもちろん僕ら。あるいは、その守り神の神様。

 次いで、僕らと協力関係であり、僕らの庇護する森の民であるエルフさん。そして、僕らと同盟を結び、森に滞在する人間さんたち。

 ドラゴンさんの立ち位置は、更にその下になるよ、と告げても、彼の顔色は変わらなかった。


「先ずはこの森の民のみなさまのしんらいをえて♪ 次にハーピィたちのゆるしをえて♪ それが出来たなら、あなたをボクの部下とみとめましょう♪」

「相分かった。機会を与えられたこと、心より感謝する。儂か汝の命尽きるまで、変わらぬ忠誠を捧げよう」


 未だ彼は立つことはなく、右手を握り左手の平につける形で頭を下げて礼とした。

 所作が逐一かっこいいなー。そういう仕草、とても様になってるけど、ドラゴンさんて結構人型で行動したりするのかな?


「それでは、あなたのはいちですけどー。んー。ちょっと人間さんたちとそーだんしたいので、着いてきてもらえまーすか♪」

「承知した」

「トリィもおねがいできまーす?♪」

「ああ」


 この至近距離にいて対して警戒してない辺り、ドラゴンさんはやっぱり誠実で、そうと言葉にしたのなら裏切らないと確信してるんだろうね。

 こうして、迷いの森の人間さんの集落に、トリィと僕の付き添いで、ドラゴンさんをお連れするのでした。




 ■




「───というわけで♪ こちらのドラゴンさんを、ここに置いてほしーのです♪」


 集落にて、先生とラティオさん、集落に来ていたシャンテ、僕とトリィの立ち会いのもと、だいたいの事情を説明してお願いしてみた。

 当たり前なんだけど、この赤い髪のお兄さんが先日のドラゴンさんとは最初は誰もわからなかったし、話が進むにつれ先生の眉は跳ね上がり、ラティオさんの目つきは厳しくなり、シャンテからは殺気すら感じる。

 そんな視線を向けられながらも、ドラゴンさんは姿勢を崩さず揺らがぬ体勢で進められて着席した席に座っている。

 それは他者の目などどうでもよいと受け流しているのではなく。自分の行動の末の感情を、きちんと受け止めるという態度に見える。事実そうでしょう。


「……ドラゴンが、人の姿を取るという事から、先ず信じられないが。その姿は、なんのつもりなんだ?」

「儂らは敗北を喫し、勝者の軍門に下る際はその間、誇りある鱗の姿を封じる。その為の転身の術であり、本来は主に似せた姿になるものなのだが、メスしか居らぬハーピィの姿を模すのは無礼と判断した」

「ああ……オスのハーピィと言えば、それこそハーピィ達の唯一無二だからな」


 確かに、それをやられたら別の意味でますますハーピィ達が怒りそう。

 当たり前だ、と言いたげにシャンテも頷いてるし。

 その辺の空気を読んで、ドラゴンさんもハーピィではなく、同時にそこにいた人間さんの姿を模したわけだね。


「それで、何故彼の滞在先をここに?」

「ボクらの長老木と、エルフさんのみずうみは、かきげんきん、です♪」

「コノ者をワレラの住みかに招クナンテ、王子のご意志デモ従いカネマす」

「……まあ、そうだろうが」


 僕ら森の民は、基本的に火が嫌いなのです。

 炎の力を持ったドラゴンさんを招き入れるのは、ちょっとためらう。シャンテはそれ以外の理由でも嫌がっているようだけど。

 たぶん、炎のドラゴンさんじゃなくてもお断りだろうね。


「でも、その辺にほっぽっとくのも、ドラゴンさんのじじょーにわるいのです♪」

「ああ、住むことに問題はなくても、シスの出した条件的に、俺達やエルフ達、ハーピィ達に認められる事は難しくなるな」


 性格とかその辺は、僕はドラゴンさんのこと、嫌いじゃない。忠実な部下になってくれるなら、とってもとってもありがたい。

 でも、じゃあそうしましょ、とは言いづらい。何せ、一度は森をそっくり寄越せと言い放った相手。それが、僕らを自分に挑ませる為の挑発だったとしても。

 なら、彼には森の頂点である僕の部下と認められるように、地道に下積みしてもらうしかなく、それに適した場所はここしかない。


「先ずは、こちらのひとたちが、ドラゴンさんは森できちんと生きられる仲間だと、みとめられるか見たいのでーす♪ 受け入れ、おねがいできませーんかー?♪」

「……まあ、ここはあくまでお前達の森の中だ。この集落は人間の領域だが、守護や運営、娯楽にハーピィの力を借りている以上、断固拒否は出来んが」

「ですが、無条件というのは受け入れかねますね」

「だな」


 それもそうだよね。

 ドラゴンさんの強さと怖さは、骨身に染みてるはず。

 いくら僕に忠誠を誓うと、彼は誠実にそれを覆さないと発言しても、敵だったものを懐に入れるのは恐ろしい。


「でしたらー……」

「主よ、それ以上は不要だ」

「ぴ?」

「儂を森に受け入れる意思を見せ、自らの配下に認める道筋を示して頂けただけで充分である。ここの者達が儂を受け入れられるかは、儂が自身で成すべき事であろう」


 あら。

 アポイントを取ってくれただけで充分、とドラゴンさんはティリノ先生達に受け入れの対価を僕が示す事を辞退した。

 まあ、確かにまだ配下とは認めてないし。

 森の一番下から始めて、と言ったなら、一番上の僕があまり便宜を図るのも変か。

 そうですか、とこれ以上口を出すのをやめることにした。勿論結果は見届けるけど。

 強さばかりじゃなく、こういう交渉的なことも積極的にやろうとするのね。ちょっと意外。


「……さて。儂をここに置くに当たっての問題点は、汝らの身の安全。儂が牙を剥かないという確信、で良いだろうか」

「そうだな、そんなところだ」

「人は、そのような時はどのような手段を取る?」

「己の信じる神へ誓約を立てるか、あるいは魔法のかかった誓約書をしたためるかだな。どちらも破ればペナルティが科される、前者の方が強力だ」

「ふむ。……儂は神を信じてはおらぬ故、後者になるか。しかし、文字は読めぬし書けぬ」


 あ、そうなんだ。

 そういえばあの時は、念話で頭の中に言葉が直接聞こえてきてたけど。今は、ちゃんと人の言葉で喋ってる。

 とはいえ、喋れることと文字が読める事は別だね。僕も読めないし。


「であれば、ひとつドラゴン式の誓約ではどうだろうか」

「ドラゴン式の誓約?」

「魔法というよりは、呪いの一種だ。相手に誓いを立てさせ、違えた時にその命を握りつぶす。本来はドラゴンから他者へ行うものだが、自分で自分にかける事も可能である」


 ドラゴンさんは、呪いも操るのかあ……

 神への誓いはたぶん、破っても命までは取られないと、思う。けれどこれは、誠実で真っ直ぐなドラゴンさんらしい、一度の過ちも許さないとても厳しいものだ。

 そんなものを自分で自分にかけても良い、と言い切るほど、その掟に従い更に強くなることを望んでいるんだね。

 ほんと、凄い人たちだなあ。

 それが仲間として、僕の配下として森の守護者の一人になってくれるなら、こんなに頼もしい事はないのだけれど。経緯が経緯だからなあ……


「……解った。それは、俺達が見届けさせて貰っても?」

「構わぬ。むしろ、見届け人が居てくれた方が助かる」


 たぶん、その呪いが真実の物か、魔法使いが見れば真偽も解るんだろうな。

 というか、そもそも彼が復讐の為とか何か悪い目的の為にここに居ようとしているなら、とっくに神様からの警告が来てる気がするんだよねー。

 神様が何も言わないってことは、ドラゴンさんの行動を受け入れてるって事よね。


「後は、この集落では、誰もが何かの役目、仕事を持ってここに居る。そして貴方もここに居る事を望むなら、何かをして貰う事になるが」

「人の群れの在り方も、ある程度は認識しておるつもりだ。儂が汝らに提示できるとすれば、この力が主たる物となるが、如何か」

「そうなるだろうな。正直、申し分はない」


 ですよねー。

 確か、この辺でドラゴンがやってきたって記録はほとんどないって言ってた。それでも、その脅威については恐ろしい物だと、きっと世界中の誰もが知っている。

 それがこの集落の守護を担うと言ってるわけだ。これ以上の頼もしい人材なんて居ない。

 ほんっと、味方になってくれれば、心強いにも程があるよ。そこに信頼がつくのは、まだ先だろうけどね。


「では、その誓約の後に細かい事を決め、貴方の……、……いや待て、すまない。名前は聞いても良いものだったか?」


 あっ、そういえばドラゴンさんってばっかりで、名前知らなかった。

 特に名乗らなかったしなあ、向こうも。

 ティリノ先生がそのことに気付いてドラゴンさんに尋ねたけれど、彼はふるりと頭を振った。


「我らに個体名は無い。王とて、自らの配下達に名付けの支配は与えぬ」

「え、じゃあどうやって呼び合ってるでーす?♪」

「鱗や角、息の特徴などで呼び合うが……、それは、人の習慣に馴染まぬだろう」


 へえー。なんかこう、炎のとか、氷のとか、そういう風に呼び合ってるのかな。

 というか、リーダーの名付けの支配って、ハーピィだけじゃないんだ。ドラゴンさんにもそういう認識があるってことは、魔物内では割とあることなのかな。

 と、そこで椅子に座り先生達と対していたドラゴンさんは、一度席を立ち、僕に正対して床に片膝を着く。


「名が必要と言うのなら。可能であれば、我が主より賜りたく思う」

「ぴ? ……あった方が、わかりやすいでーすよねー?♪」

「そうだな、彼以外にドラゴンは増えないとは思うが」


 増えたらびっくりです。

 それはそうと、名無しのままっていうのはなあ。

 ドラゴンさん的にそれが普通だから気にならないんだろうけど、長く名無しとしていた僕としては、ちょっと好ましくないのです。

 んー、と翼を口元に当てて、考え込む。

 数秒考えてから、僕はにこっと微笑んだ。


「では、『ハチ』と♪ ボクのしってるむかしばなしの、とてもけんしんてきな、ちゅうぎの者の名です♪」

「有難く拝領致す」


 ドラゴンさん……ハチは、窓枠に座る僕に深く頭を下げた。

 その昔ばなしは、この世界にはないもの、というかぶっちゃけ犬の名前なんだけど。

 凄い話なのは確かだし。悪意はない。

 ほんのちょっとだけ、『忠竜ハチ公』という字面がちょっと面白いな、なんて思ってしまったのは事実だけどね。

 うん、僕やっぱりちょっぴり、アーラを焼かれたことをまだ怒ってるようです。




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