私達の王子様
☆今回はオスハピ子視点ではありません。
ハーピィという種族には、メスの個体しかいない。
きっと、他の種族にはそう思われているだろう。
しかし、私達には古くから伝わる、こんな話がある。
メスしかいない我らにも、かつては一羽のオスがいた。
彼は誰よりも賢く聡く、世界中のハーピィを、森を統べる王であった。
いつか彼が帰還する時。再び、我らは繁栄の時を迎えるだろう。
ハーピィであれば、誰でも知っている。
信じているか、いないかは別として……
私は、信じているというよりは、一縷の希望として信じて居たいと願っていた。
メスしか存在せず、繁殖するには他の種族のオスを必要とする。他の種族には決してないその特性が、私達を追い詰めている。
一年のうちに、生まれる雛は1羽か2羽か。それでもかなり良い方で、卵が孵らない、孵ってもすぐに死んでしまう、そもそも卵が産まれない……そんな事は、決して珍しくは無い。
そもそも、群れの決まりで浚うオスが一匹というのが、無理がある。
けれど、若いハーピィがどんなに進言しても、群れの長であるババ様はその方針を覆そうとはしなかった。
我々が仲間を害されれば怒るように、他の種族も仲間を奪われれば怒り狂い、時には我らの住処である森を焼く暴挙に出るのだと。
森が無くなれば、生きる事すらままならない私達には、こうしてひっそりと在る他に、道は無いのだと……
誰もが危機感を持っているだろう。
ハーピィの雛は数を減らし、もう卵を産めないハーピィも寿命で落ちていく。
私が生まれた時からも、目に見えて群れの数は減った。
かつて、森の覇者として君臨した、我らが王。
本当に居るならば、今こそ私達を救って欲しい。
―――そんな時に生まれた雛は、とても風変りな子だった。
「ぴぃ!!! ……、…ぴ?」
その年は、珍しく4つも卵が産まれた。
順調に1つ孵り、2つ孵り。
1羽目の雛は元気な産声を上げ、お腹が空いたと全力で訴えた。
久方ぶりの、生命力にあふれる雛。昨年は肉を拒絶し、一昨年は食べ物を飲み込む力もなく、早々に力尽きてしまった。
続けて孵った、2羽目の雛。この子も初めは大きく鳴いたが……
「…? ぴぃ…??」
続けて空腹を訴えるでもなく。まるで周囲を確認するように、きょろきょろと視線を動かした。
まるで、自分が何故ここに居るのか、理解出来ないと言うように。
こんな挙動をする雛は、初めて見る。
生まれたての雛は、本能のままに食べる事と眠る事しか出来ない。それは、大抵どんな種族でもそうなのだと、ババ様に聞いた事がある。
自我が芽生え、言葉を話し、空を飛べるようになるのは、何か月も先の事。
「なんだか、様子がおかしいわね」
「ちょっと、ババ様に見て貰いに行きましょうか」
隣に居た、私と同じ年に生まれたシャンテも、異常を感じ取っていた。
1羽目にとりあえずの心配はなさそうだけど、この子はどこか普通ではない。
また、食事も出来ず徐々に弱って行く姿を見る事になるのだろうか。あれは、本当に辛い。
まずは、村の長であるババ様に見て貰おう。彼女はハーピィの中でもぬきんでて長く生きた、物知りなハーピィ。風の魔法や、人間の言葉さえ操る。
……人間の言葉は、私もちょっとだけ、話せるけどね。たまに迷い込んでくる、彼らの言葉を少しだけ覚えた。
ババ様の所に連れて行くと、その雛が変わっていた理由が解った。
その子は、オスだったのだ。
長く生きるババ様でさえ、初めて見るオスのハーピィ。
この先に不安ばかりを抱いていた、私達に齎された、信じられない奇跡。
私達を従え、導き、森を統べる王になる、と伝えられる子。
不思議な事に、その伝承に疑心を抱いていたハーピィさえ、その子を一目見た瞬間に心を変えた。誰もがその子を、私達の王、いずれそうなる王子。そう信じて疑う者は誰もいない。
ハーピィの本能に刷り込まれたものなのだろうか?
「王子、ご機嫌いかがですか?」
「ぴー♪」
彼が特別なのは、オスであるという単純な事実以外でも疑いようが無かった。
共に生まれた二羽のハーピィは、極普通の雛だ。しいて言うならば、近年稀にみる、とても元気な雛ではあるが。
毎日おなかが減ったと鳴き、沢山食べて、たっぷり眠る。健康的な雛。
けれど、王子はそんな本能のままに生きる雛とは、全く違う。
じっと巣から見える葉を眺め、空を眺め、飛び交うハーピィ達を見つめている。
話しかければ、返事のように鳴き声を返し、笑顔さえ向けた。
明らかに私達の言葉を理解しているし、なんらかの思考を行っている。
食事に対して積極的でない事だけは、少し心配したけれど、最終的にはきちんと食べるようになって、胸を撫で下ろした。
時が経つ程、王子の非凡さは抜きんでる。
たった一月で言葉を話し、半年を過ぎる事には仲間に対する思いやりを見せ、一年後には縄張りを意識し始めた。
ハーピィの1歳は、まだまだ遊び盛りの雛だというのに。
あまつさえ、最近では……
「ぴぃぃ、ぴゅるりー♪」
私達が住む長老木の頂きで、歌を歌うのがお気に入りらしい。
小さな雛は、まだ体内の魔力を上手く巡らせられない。3歳にもなれば、徐々に歌に力を乗せる事が出来るようになる。
王子はまだ1歳。その訓練さえもしていないのに。
「はぁぁ……本当、綺麗なお声……」
隣で、シャンテが腰砕けになっている。
私も人の事は言えないけど。
発情している訳ではない。なんと言えば良いだろう、頭上から降り注ぐ王子の歌を聞いていると、全身の力が抜ける。
不快ではなく、それどころかとてつもなく心地良い。春の木漏れ日の中、さわやかな風に吹かれてのお昼寝。雛だった頃に好きだった、あの感覚。
群れ中のハーピィが、この時だけは全てがだらけきっている。
歌と共に生きる私達には解る。これはただの歌じゃない、間違いなく何らかの呪歌として成立している。
でも、こんなにも心地よく、安心感を与えるという呪歌を、私達は知らない。
オスである、王子特有のものなのだろうか? ババ様でさえ、解らないと言っていた。
教えられもせず、同族にさえここまで効果のある呪歌を操るなんて。
本能に刻まれたものとは別に、ハーピィ達に王子への従属感を刷り込んでいくには、充分なものであると思う。
ご機嫌な様子で頂上から降りてきて、首を傾げて笑う王子自身に、その自覚もつもりも全く無いようだけれども。
……今年の卵は、結局ひとつしか孵らず。その雛も、数日のうちに目を開かなくなってしまった。
使ったオスが悪かったのだと思う。私達はある程度の知性を持つ二足歩行の生物を繁殖期に使うが、より知性や体力といった部分が高い種ほど、良い雛が生まれる傾向にある。
ゴブリンは生きる事には意地汚いが、頭も悪いし力も弱い。
だからこそ、森に迷い込み捕獲される事も多いのだけど、それを利用して無事に育った雛なんて、数えるほど。
去年が、幸運だったのだ。丈夫さで言うなら私の知る限り上位を誇る、オーガが迷い込むなんて、私が生まれてからあれが初めてだった。
尤も、オーガは丈夫で力が強いけど、頭はゴブリンに毛が生えた程度。
その卵から王子が生まれるのだから、身体はともかく頭の作りは、利用したオスに関係ないのだろうな。
春が終わりを告げる頃、去年の雛達はかなり飛ぶ力がついてきた。
冬の間から、王子は私の背に乗り縄張りを徐々に見回っていたのだけれど、最近は自分の翼で飛べる範囲を一緒に回るようになった。
それを、二羽の姉妹達は楽しい事をしていると思ったらしい。
王子の翼で行ける範囲の巡回に、二羽もついてくるようになった。
私一人で三羽の面倒は見きれない。だから、シャンテも一緒。
「おみず! おみず!」
「はいる! あそぶ!」
「少しだけですよ。沢山濡れると、飛べなくなってしまうからね」
「「はあい!」」
フレーヌとグリシナは、無事に冬を越え、益々元気にはしゃぎまわる。
森の中を流れる川辺に降り立つと、さっそく水に興味を示し、ばしゃばしゃと水浴びを始めた。
だいぶ喋れるようになってきたが、まだまだ幼い雛だ。自分の名前と、相手の認識。物や感情を、端的に表すような喋り方。
発達具合は、順調そのもの。元気な二羽は、これも私たちの希望の光。
「ぴー……」
そして、もう一つの大きな光。私達の、大切な王子は。
二羽と同じく、水に入ってはいる。ただ、水浴びをしているのではなく、足を水につけて、水面をじっと見つめていた。
ぱしゃぱしゃ、音を立てて場所を移動し、そこを見つめる。暫くしたら、また移動する。その繰り返し。
魚を狙っているのだろうか?
無邪気な二羽が、深い所へ行かないようシャンテに注意されているのを聞きながら、私は王子の様子を観察する。
どんなに聡明であっても、彼はまだ雛なのだ。急に何かに興味を駆られ、川の深い所へ走り出してしまうかもしれない。
「! あった!」
突然声を上げたから、一瞬身構えてしまった。
嬉しそうに声をあげたけれど、特に走り出す事はなかった。水を……水底を足でかき回し、翼をさし入れ、困ったように首を傾げる。
それから、一歩後ずさると、ざばっと頭を水中に沈めた。
「お、王子?!」
私達は水浴びを好む。
ただ、王子のような雛が、いきなり水に顔をつけるとは思わなかった。フレーヌ達も、少し顔をつけて怖いと思ったのか、すぐにやめた。
息が出来なくなるし、視界もさえぎられる。私達でさえ、長時間はやらない。
それが、顔をつけるどころか頭ごと突っ込むとは。しかも、そのまましばらく止まっている。
大慌てで走り寄ろうとしたところ、ざぱっと水しぶきを上げて頭を水から出してくれた。
「王子、大丈夫ですか?!」
「ぷ?」
どうしたの? とばかりに、蒼銀の髪からぽたぽた雫を落としつつ、くぐもった鳴き声をあげて首を傾げる。
その口には、何かが咥えられていた。
「それは…?」
「ぷぃ、……ぴ♪ ふふふ、たからものだよー」
てくてく歩いて川から出て、大きな岩にそれを落とすと、王子は満足そうに笑ってそう教えてくれた。
王子が川から持ってきたのは、美しい金の色をした小さな石だった。
確かにきらきらと綺麗だけれど、それが宝物とは、何のことだろう?
「こんなにおおきいのがあるとは、おもわなかった。うれしー」
「嬉しい事、なのですか?」
「うん。ねえアーラ、ぼくらのなわばりは、このもりだよね。もりのなかにあるやまも、ぼくらのもの?」
「ええ、そうですね。洞窟がある山もありますが、せいぜい熊くらいしか住んでいないと思いますよ」
「うふふ。そっかー、おいしいねー」
私達の縄張りは、森を囲むとても高い山の麓の森まで。
その山には、また別の何かが住んでいるだろう。確か、去年のオーガはそちらから降りて来たから、あいつらは険しい岩山に住んでいるのかもしれない。
ただ、この森も平地ばかりではない。木が生い茂る、森の範囲内にある山であれば、私達の縄張りだ。
地を歩く生き物には辛い起伏かもしれないが、私達にとってしてみれば、はばたきの数回で越えられるもの。障害にもならない。
「あしたは、このかわがながれてくる、やまにいきたいな」
「ええ、そうしましょう。…それにしても王子、それが宝物とは…?」
「まだ、まだ、ナイショ。アーラ、もしほかのしゅぞくのだれかにきかれても、まだナイショにしててね」
「はあ……」
私達、ハーピィだけの秘密にしておいてくれという。
それが、そんなにも王子にとって大事な宝物なのだろうか?
……そういえば、鳥の中にはきらきらと光を返す品を好む性質を持つ種がいる。
ハーピィにそのような習性があるとは聞いた事がないけれど、オスである王子にはそれがある、という事だろうか?
「ほかにもキレイなの、ないかなー」
楽しそうに、王子はまた川の中へ入って行く。
これが、彼なりの遊び、という事か。
通常のハーピィでは考えられない事だけど、彼はもしかすれば世界で唯一のオスのハーピィ。私達とは、違う事があるのだと思う。
そもそも、誰も教えていない筈なのに、王子は最初から色んな事を知っている。
まだ、生まれて1年と少しの雛である筈なのに。共に生まれた姉妹達と同じ幼い声で、大人と殆ど変わらないほどきちんと喋る。
様々な事に興味を示し、知らない事には理解をしようと思考する。
かと思えば、川が何処から流れてくるか、なんて事を当たり前に知っている。
それは、そう、まるで。
……かつて遠い昔に栄華を誇ったという、王であった頃の記憶が残っていて。こうして再び生まれた今との誤差を、徐々に埋めているような……
「!! …そう、そういう事だったんですね」
「ぴぃ?」
ふと過ぎった考えが、全ての答えであるようにすとんと納得出来た。
それならば、説明できる。生まれた瞬間から、話せずとも言葉を理解していた事も。知る筈のない知識を、当然のように知っている事も。
ところどころ知らない事もあるのは、王子の中のかつての記憶が完全ではないからなのだろう。きちんと、雛らしいところだってあるのだから。
しかしであれば、そうしている私にとっては不可解な行動も、これから先を見据えた、大事な何かであるのかもしれない。
「王子、私にもお手伝いをさせて下さい!」
「ぴゃ? ……じゃあね、キレイないしをさがして? なにいろでもいいよ、きれいなのがまざってるだけでもいいよ」
「解りました!!」
王子の言う通りに、川底に沈む石を見定めはじめる。
それが何の意味を持つか、私のようなメスのハーピィには解らないけれど。
それを必要と彼が言うのならば、きっと私達の未来を拓くのに大事な事なのだろう。
じきに、普通の石とは違う、大きな青色の石を見つける。
先ほどの金色の小石は小さすぎて、それで足で掴めず王子は口を使ったようなのだが、これであれば私の足でも掴み持ち上げられる。
「王子! これなどはいかがですか!」
「ぴい! あおいろ、きんいろ、まざってきれい! それはすごいたからもの! アーラ、すごい! えらい!」
「ありがとうございます…!」
どうやら、王子のお気に召したようだ。
愛らしい笑顔でお褒めの言葉をかけて貰うと、じんわりと……いや、とても胸が熱くなってくる。
役に立てる、彼に褒められる。これが、こんなにも喜びを伴うとは。
やはりまぎれもなく、王子こそが私達ハーピィを従え導く者。唯一無二の、未来の私達の王。
その確信を持った私は、これからも王子の役に立つべく、決意を固めたのであった。
誤解。(だが見当違いではない)
というわけで、めすはぴその1、アーラさん視点でした。
いい感じに誤解し調教され従順になっています。
オスハピ子的には無自覚ですが、そもそもメス達は基本、オスに服従する本能が刷り込まれているので、変な事でもありません。
他のメス達も、割と似たような状況。
対メスハーピィへの魅了が常に漏れてる感じだと。
あるいは、それが王のカリスマ。