気遣いとおねだり
ドラゴンさんとの戦い明けて、翌日。
朝にざっと森の中に巨大生物がいないか風の精霊さんに探して貰ってみたけど、特に該当生物なし。
夢の中で神様に『ありがとう』って頭を撫でて貰ったし、危機は去ったと思って良さそう。
はー。今更なんだけど、すごく緊張したよね。負けるわけにはいかないって危機感とか、アーラにひどいことしたって怒りとかで割と平気だったけど、寝て起きたらなぜかどっと精神に疲れが来た気がする。
考えてみたら、真っ当にバトルとか、するのも見るのも初めてだったんだよ、僕。狩りに参加しないから。
前にあったお仕置きは、一方的だったし。
やだねえ、生存をかけた戦いはどうしてもこんな世界じゃあるものだけど、平和に生きたいよ。
わりと、日和った現代っ子なのです、僕は。
「おはよーございまーす♪」
改めまして、人間さん達の村へ。
まだ森の外へ避難している人たちは戻っていない。だから、ここにいるのはマッチョさんを除けば冒険者さんだけ。
用があるのはティリノ先生にだから、別にいいんだけど。
呼びながら二階の窓をぽんぽん叩くと、先生が窓を開けてくれて、僕はその窓枠にぴょんと座る。
「おはよう、シス。昨日はお疲れ様だったな」
「ふふー、こちらこそ、みなさまにおてつだいいただいて、とーってもたすかりまーした♪ あらためて、ありがとうございまーす♪」
皆が協力してくれたからこそ、あんなおっきなドラゴンさんに、犠牲もなく勝利をおさめられたわけで。
ハーピィだけじゃどうしようもなかったと思うし。もちろん、エルフさんもいてくれたからこその作戦でもあった。
使わなかった残り一つの魔道具は僕が受け取って、これから返しに行きます。勝利はすでに伝えてあるよ。
昨日は結局疲れてたから、そのまま皆おうちに帰ったの。
「それでね、セーンセ♪ もういっこ、おねがいがあるの♪」
「ん? なんだ?」
「アーラをね。羽が生えかわるまで、ここにいさせてくれませーんか♪」
本題はこれ。
皆やトリィのおかげで命を拾ったアーラだけど、髪はともかく、まだ羽がぼろぼろで、今彼女は飛ぶことができない。
飛べないということは、万一今いる長老木から足を滑らせてしまったら、地上まで落ちてしまう可能性がある。
高確率でほかの巣に落ちるとは思うんだけど、それだって無傷じゃないかもしれない。
ハーピィは飛べる代わりに歩くことは得意ではないから。とっさに枝に手で捕まることだってできないし。
かと言って、森の中の低木を一時的な住処にするのも、ちょっと心配。
森の頂点とは言っても、傷ついて動くのもままならない状態なら、獰猛な肉食獣が寄ってくる可能性もある。
それに、精神的に今少し不安定なアーラを、療養のために離れた場所に一羽ぼっちというのは、あんまりさせたくないのです。
落ち込んだ時の孤独は、心をむしばむから。
それなら、多少なりとも気心知れた、この村の木に居させて貰ったほうが、きっといい。
「そうか。…そうだな。皆が戻ってきてから一度相談する事になると思うが、おそらく反対者はいないだろう」
僕の懸念を説明すれば、ティリノ先生は頷いてくれた。
先生も、アーラがきっと心配なのだと思う。何せつがい相手ですし。
ともあれ、人間さん達をかばって傷ついた彼女を一時的に受け入れる事を、きっと反対しないだろうと先生も保証してくれた。
「ハーピィの羽根は、どれくらいの期間で生え代わるんだ?」
「んー、わからなーいでーす♪ かんうきとかなくて、ずいじ生えかわりまーすし♪」
「ということは、そこまで長い期間ではなさそうか……。滞在用は、もちろん巣の方がいいんだよな」
「でーすね♪ それはボクらが作ります♪」
「その木に、階段でもつけるか? 飛べない間、巣に閉じこもりきりでは、あんまりだろう」
「あ、そうでーすね♪ そうしてくださると、たすかりまーす♪」
少なくとも、ティリノ先生はアーラの滞在に歓迎な感じすらする。
普通に、というか、普通以上に気遣ってくれてるよね、これ?
いくら低木といっても、翼を使わず木の上を昇り降りはできないし。体は無傷で元気なのだから、散歩くらい出来た方がいい。体が必要以上になまっちゃうし、気分転換にもなるはず。
「アーラはこの件、承知しているのか?」
「はいー……、と、いうか♪」
「というか?」
「いきしょーちんがひどくってー、わるいいみでのおおせのままにー、じょーたいなのでーすー♪」
「ああ……」
アーラが僕の命令に服従状態なのは、まあいつものことなんだけど。今はちょっと、感じが違う。
当然、この一時滞在を事前にアーラにも話して是非を聞いている。絶対に長老木じゃなきゃやだっていうのなら、無理強いする気はない。特別慎重になる必要はあるけれど。
でも話をしたら、それはもう意気消沈、肩を落として俯いて冠羽もへたらせて、『かしこまりました』、これで終了。
怪我の具合はどうかとか、少しすれば羽も生え代わるからねとか、何を言っても『大丈夫です』で終了。
返答はしてくれるけど、そこで終わるし、内容も薄いのしか返ってこない。
どっからどう見ても、ド凹み中。下手すれば鬱状態。
それはまあ、ハーピィ達は王子である僕の、群れの配下ではあるんだろうけど。僕としては、それ以上に家族だと思ってる。
現に僕の指示や意見を基本的にハーピィ達は従うけれど、ハーピィの常識というか知識として、それはしてはいけないとか、注意すべき、って時はちゃんと進言してくれる。なんせ、僕はまだ雛サイズだし。
アーラだって、今まではちゃんと、僕が足りなかった部分……主に緊張感や警戒心の少なめな僕を補ってくれることが何度もあった。
それが、これなんですよ。もう、会話が成り立たない。
「たぶん、ボクに対しておいめとゆーか……、ちゃんとやくめをはなせなかったとゆーか♪ そーゆーのがあるみたいなのでーすけどー……」
「あいつのシス至上主義は、傍目から見てもハーピィで一・二を争いそうだからな……。ドラゴンに襲われた際のトラウマ的なのはないのか?」
「それもちょっと、あるんー…です、かーねー♪ ホントなら、あれだけケガしたら、もう生きてないですかーら♪ ぎゃくに、たすかっちゃってどうしたらー、みたいのもあるかもー、でーす♪」
ぶっちゃけ、僕が真正面からドラゴンブレス食らったりなんかしたら、助かっても当分うなされる自信があるよね。
森の頂点、食物連鎖のてっぺん、そんなプライドとか。僕への忠誠心とか。そのあたりが、みんなまとめてぶち折られて、しかもちゃっかり生き残ったというか、なんかそういう武人じゃないけど、そんな恥さらし的なトコまで行ってそうな気がする。
もちろん、僕は彼女が生きていてくれた以上の幸いなんてないんだけど……
「そうなると、シスが構えば構うほど、萎縮……ではないが、申し訳なさが先に立つかもしれんな」
「そうなのーでーすーよーうーっ♪」
「……そういう時に、環境を変えたり他者と話すのも良いと言うし、シオン辺りはアーラと仲も良い。立ち直れるように、俺たちからも働きかけてみる」
「ありがとーございまーす♪ おれいに、ボクからひとつ♪」
「うん?」
「まえにあった、アウトのかいすう。いっかい、リセットしーましょ♪」
と言っても、ずいぶん前に一回あったきりで、あれから僕らからの制裁はないのだけど……
それでも、0と1とじゃ違うでしょう。主にプレッシャーとかが。
今回は本当に皆さんに頑張ってもらったし、そして更に手を借りるし。これくらいは、してもいいと思うの。
僕の申し出に、ティリノ先生はちょっと驚いたみたいだったけど、少し考えて、頷いて受け入れてくれた。
「今回の件で、晴れて国に『神の住む森』と認定されれば、そうそうバカを働く輩も出ないとは思うが、そういう意味でも一回清算するのはいいかもしれないな」
「そういうの、お国のにんてー、いるのでーす?♪」
「国が主体になって触れを出した方が、国民の認知速度が速いってだけだ」
なるほど、そりゃそうです。
よほどの極悪人でも、神様の領域を荒らそう、なんて人はそうそういないのだそう。それこそ、破壊神をあがめるようなやっばい人でもない限りは。
一般の人でもそういう意識があるからおバカさんを減らせるし、国だっておいそれと手を出したり、ああだこうだ言えなくなる。
うん、少なくとも僕にとってはメリットしかない。
最初から知ってたらと思いかけたけど、そうだったらまず他の国の人がここに入ってくる事もなく、今の同盟も成り立たなかったのだから、このタイミングでよかったってことだ。
何度目かもうわからないくらい、ありがとう神様。信仰と言えるかわからないけども、感謝は常に心に抱こうと思う。
「それじゃあ、あらためてこれからも、よろしくおねがいしまーす♪」
「ああ、こちらこそ」
「さし当たって、アーラのこと、おねがいしまーすね♪」
「……ああ」
さっきはアーラと仲良しなシオンさんにカウンセリングでも頼みそうな感じだったけど、ティリノ先生も絶対気になってるよね、アーラの状態。
最初はあんなにトゲトゲしてたのにねー。人は変わるものです。
逆に、そういう関係の相手ほど、こういう時に支えになってくれるかもしれない。ちょっと少女マンガちっく?
どうも僕が声をかけてもアーラが落ち込むばかりだから。…時々、様子を見に来るくらいで、先生やシオンさん、他のハーピィ達にアーラの事は任せることにしよう。
傍でめっちゃ撫で撫でして慰めたいのが本音なんだけどね!!
……はあ。僕ってたまに無力。いや、割と頻繁に無力。
■
森の村の中には畑があって、その外れの大きな木にアーラの一時滞在用の巣を作らせてもらう事になった。
一羽にしたくないとはいえ、あんまり人がいっぱいいる場所では彼女が休まらないからね。
ハーピィ数羽がかりで作業すれば、巣はすぐにできる。階段も、木をぐるりと回って上るような簡単なものを、マッチョさんが作ってくれた。良かった、村に残ってくれてて。
ティリノ先生に相談した、その夕方には完成して、アーラをそこに連れていく。
夜は僕と雛達を除いたハーピィの誰かが傍にいて、一緒に寝ようかと思ったんだけど……
『その必要はありません。私は服を着ていますし、夜も暖かいです。一羽でも多く、雛達と卵を守って下さい』
……とのことで。要するに、一羽にしてほしい、と。
そりゃあ夏に向かっていく中、夜でも暖かくなってきたけど。だからって、一羽で寝るのは命の危険がなくとも寒い。
というわけで、先生に相談して周辺温暖化の魔道具を貸してもらい、置いておくことにした。あと、借りっぱなしだった毛布も、レンタル延長。
「うー……」
村の皆にアーラをお願いした後、日課のトリィに甘えんぼタイムになっても、僕はうなっている。
落下の安全とかを考慮して村におかせて貰ったけど、それはそれでアーラのしょんぼりに拍車をかけてしまったかしら……
追い出された、みたいに思ってないかな。
僕にも他のハーピィ達にもそんなつもりは全然ない。アーラが傷ついた時、みんなとても心配していた。そもそも、ハーピィはとても仲間意識というか、家族意識が強くて大切にしあう種族なのだし。
アーラだって、他のハーピィが傷ついたら心配するし、命が助かったなら何よりと思うハズなのに。
……と言っても、こういうのは客観的に冷静に考えるからそうわかるのであって、当事者がそれをさくっと受け入れられるかといえば、そんなこともないもの。
お互いに心配して気遣い合う、『だからこそ』すれ違う、っていうのは、あるあるだ。
そして、心配だからこそ傍にいたいと思うし、心配されていると分かるからこそ手をかけさせたくなくて、一人にしてほしいってのも。
構った方がいい時もあれば、構わない方がいい時もある。場合でも相手によっても違う。
「むつかし……」
「アーラの事か?」
「うん」
心の問題って、本当に難しい。正解なんて、ないかもしれない。
悩んでいるせいなのか、歌う気にもなれなくて、片言独り言になったけど、トリィが気にした様子はない。
悩みながらもしっかりトリィのお膝に座って、撫で撫でしてもらっているのだから、ほんと僕は甘えんぼさんだ。直す気はまだない。
「トリィは、どう思いまーす?♪」
「シスも思っているだろうが、難しいな。彼女の心は、彼女にしか分からない。もしかしたら、自分でも分からないものだ」
「ん……」
「……とても割り切れない、複雑な気持ちであろうことは、少し分かる気はするが」
え?
意外にもトリィには共感がある、と言われて顔をあげた。
他人の気持ちは、想像はできても正確に察するなんて無理だと思ってる。特に、同じか似た経験がなければ。
まあ、同じ経験があったって、同じことを思うはずもないけど、少しは理解が近くなるだろう。
見上げたトリィの顔は、瞳を閉じて、その共感を思い出しているみたいだった。
「まず間違いなく、死んだだろうと確信した。悲しさも無念もあったが、受け入れて瞳を閉じた。……なのに、目が覚めた。助かったことを喜ぶべきなのだろうが……」
死んだと思ったのに、助かっていた。
それは、僕からすれば儲けものっていうか……、喜ぶ以外に思い付かないんだけど。
そうできない時もあるのだ、と。
「一度受け入れたものを覆された、戸惑いと言うのか。あるいは、死ぬことに一種の納得があったのに、それを取り消されて、困った……というか。うん、言葉にするのは難しいな」
「それって、ボクがトリィをたすけた時のおはなし、でーすか?♪」
「うん?」
「あの時、なんだかたすかりたくなかった、みたいに言ってたですよー、ね?♪」
「……ああ。聞こえていたのか」
うん、聞こえてたの。
トリィへの心配できゃんきゃんしてたシオンさんの声に隠れて、ぽつっと呟いたトリィの言葉。
『また、助かったんだな』と。助かってしまったと、ほんの少しの……落胆のような?
「あの時はそこまでではなかったよ。まだ頼まれごともあったからな」
「じゃあ、トリィが言ってるのは、ほかのこと?♪」
「……そうだな。昔、シオンに助けられた時のことだ」
たぶんそれが、また助かった、にかかってる一度目なんだろうな。
トリィはあんなに強いのに、その頃はまだ冒険者でもないはずなのに。やっぱり死にかけることもあるんたなあ。
……あっ、でも考えてみれば、軍関係者だったのって、シオンさんちに引き取られる前か。一緒におうちを出て冒険者になったんだもんね?
なら、危険なことだっていっぱいあったろうな。
「私は昔、ある掟を破って元居た場所から追い出されたんだ」
「おきて?」
「そう。それを破ったことを後悔はしていないが、そのせいで処刑染みた方法で追い出されるのは仕方がないと納得していたし、そのまま死ぬことも受け入れていた」
「……でも、シオンさんに、たすけてもらった♪」
「そう。……正直、喜びよりも戸惑ったな。助けられたところで、平然と以前のように生きる気にもなれなかったし、自分に手を尽くしてまて助けて貰える価値があるのかも分からなかった」
勿論、今では価値とかそういう問題で助けてくれたわけではないと理解してるけど、とトリィは苦笑を浮かべた。
……トリィも、色々大変だったんだね。
魔女の村って、そんな厳格な掟があるような場所もあるんだろうか?
僕の中の魔女代表がシオンさんだから、全然想像できないや。
それとも、所属してたどこかの軍のことかな?
どちらにしても、故郷も追われてるよね。じゃなきゃ、別の村であろうシオンさんの所に引き取られる理由がない。
でも、破ってはいけない掟だったのだろうけど、きっとトリィは悪気というか……そういう理由で破ったんじゃないんだと思う。
だって、トリィはとっても真面目で、優しい人だもの。
その掟を破ったのも、もしかしたら、誰かか何かを、助けるためだったんじゃないのかな。
トリィだって、それ自体を後悔はしてないって言ったもの。
「今は、生きてて良かったーって、思えてまーす?♪」
「ああ。折角助かった命だ、とじ込もって腐らせるのはあんまりだろう。少なくとも私は、この命が続く限り、出来ることを成しながら生きていこうと思っているよ」
そっか。
色んな事があって、複雑な気持ちになることもあったけど、『そのまま死んでしまえば良かった』とは思っていないみたいで、ほっとした。
どれくらいの葛藤があったんだろ?
まだまだ数年しか生きてない僕には解らないけど、辛いことがあっても、きちんと前を見て生きてるトリィはかっこいいと思う。
「私と同じ結論を出すかは分からないが、アーラには心配してくれる家族や友人が沢山居る。きっと、じきに立ち上がる力を取り戻すだろう」
「うん。……そーだと、いいです♪」
折角助かったのだもの。
少しの間、葛藤やトラウマと戦っても、またちゃんと笑って一緒に暮らせるようになるよね。
きっとそのために、トリィも助けてくれたんだし、しっかりその間、彼女を支えて……
…………、……あれ。
「ぴ……」
「うん? どうした?」
「……、……あ!! トリィ、トリィたいへん!!」
「なんだ?」
「ボク、トリィにおれい、いってなーい!」
なんてこと! すっかり忘れてた!!
内心ではもう感謝感謝だったんだけど、面と向かってお礼言ってないよ?!
原因は、その前に緊張の糸が切れて、ぴいぴい泣いて泣きつかれて寝たからだけど、これはひどい!
「……そうだったか?」
「そうだったよ! ごめんねごめんね、トリィ、アーラをたすけてくれて、ありがとう、いっぱい、ありがとー!」
慌てちゃってほとんど音程とれてないや。歌になってない。
聞き取りづらいと思うけど、僕のありがとうに、トリィは笑ってまた髪を撫でてくれた。
「どういたしたしまして。アーラにはもしかしたら、余計に悩ませる嵌めにさせてしまったかもしれないが」
「んーん! しんじゃったら、なやむこともできないもーの♪」
「そうか。そうだな……」
生きてれば、生きてさえいれば、立ち直ることだって出来るはずだもの。
生きてるってことは何にも勝る祝福だし、生きてさえいれば勝ちですよ! 何度だってやり直していいと思うし!
「……」
「今度はどうした?」
ちゃんとお礼を言えて、少し落ち着いて。改めてトリィの顔を見ながら考える。
……トリィは、魔法を使えない体質だって言ってた。
でも、あの時のあれは、魔法だった。
魔女は村ごとに独自の魔法を編み出すというから、トリィが居た村ではきっと、歌を魔法にするような技術を編み出したんだろう。
シオンさんの魔法陣があんなに凄いんだもの。神様の癒しの魔法を上回るようなのだって、あってもおかしくないよね。
……なんで、使えないって事にしてたんだろう?
掟を破って追い出された村の技術だから?
縁を切られたから、もうあの場所と関係ないし使ったら迷惑になるー、みたいな感じかな。
たぶんシオンさんはその辺のこと知ってるよね。遮断の魔法陣を使って他人に知らせないくらい、僕に森に……神様に誓わせてまで、他言を封じるくらい、徹底する何かがあるんだろう。
そして、それを破ってまで、トリィはアーラを助けてくれた。
「トリィ」
「うん?」
「あのね。……アーラをたすけたの、トリィはだいじょーぶ?♪」
「大丈夫……?」
「何か、ちかいをやぶったり、してなーい?♪」
もし、そのせいでトリィに不利益が出てるなら、申し訳ないにもほどがある。
一度トリィの命を助けたとはいえ、お返しに何かを失わせるようなのは望んでいない。
心配になって問うと、トリィはきょとんと少しだけ目を丸くして。それから、ふっと表情を和らげた。
「心配いらないよ。使わないと決めては居たが、神に誓ってはいない」
「そうなの?」
「ああ……。本当は誓うくらい必要だったのかもしれないが。誓わなかった……誓えなかった、か。未練なのかな」
「みれん……」
「私の故郷では、歌うことは空気のように当たり前で、命のように大事なことだった。……シス達に似ているかな」
うん、それはきっと僕らも同じだ。
僕らにとって、歌は当たり前にあるもので、同時にとてもとても大切なもの。
もしも故郷と縁を切ったからと、新しい道を歩むから、もう歌わない、と。
決意したとしても、神に誓って封印するのは……、僕がトリィだったとしても、出来ない気がする。
だって、歌うのが好きだもの。好きなものを捨てるのって、もうやらないって言うのって、寂しいし悲しい。
「だから、いつも楽しそうに歌うシスが羨ましかったし。……こんなことを言うのはなんだが、久しぶりに歌えて、少し、嬉しかった」
申し訳なさそうに、そして少し照れ臭そうに。
そういうトリィも、僕と同じように、歌うことがとても好きなのでしょう。
もしかしたら、最初に僕らをどことなく羨ましそうに見ていたのは。
自分がかつて捨てた幸せな時間を、歌う事を自由にしている、僕らに昔を思い出したからだったのかな。
「……ねえねえ♪ トリィのおうたは、うたえばぜーんぶまほうになるでーす?♪」
「いや、そんなことはない。ハーピィと同じで、決まったルールがあるよ」
「じゃあー、ふつーにならうたってもへーき、ですよーねー♪ うたいましょー♪」
歌えばなんでもかんでも魔法になるなら、軽々しく歌うのはちょっと躊躇うけど。
僕らと同じく普通に歌えばただの歌なら、問題ないじゃない。
にこーっと笑う僕に、トリィは案の定困った顔をした。
「いや、それは……」
「そもそもー、うたはだれのものでもないでーす♪ ハーピィだけのものでもなければー、トリィのこきょーだけのものでもありませーん♪」
「それはまあ、そうだが」
「だれだって、うたっていいんです♪ 好きなときに、好きなように♪ どこでだって、何をうたったっていいのです、おうたはじゆうなものです♪」
誰は歌っていい、誰は歌っちゃダメ。そんなのおかしい。
ただの歌を好きに歌う、それを縛られるなんてたまったもんじゃないです!
歌は自由なもの。僕はそう思う。
「流石に、いつでもどこでもとはいかないと思うが……。周囲の人への配慮や、場所をわきまえるという事も必要だろう?」
「トリィ、ここはどこでーすか♪」
「ここは……森の中だな」
「この森は、だれのでーすか♪」
「シス達、ハーピィの森だ」
「ボクらがうたうことを、めーわくとかおもってわきまえろーとか、言うとおもいまーすー?♪」
「……言わないだろうな」
でっしょー?
少なくともこの森の中は、歌うのオールフリーだよ!
っていうか場所をわきまえろなんて言われたら、僕はちゃんと人間語、喋れなくなっちゃう!
「だからトリィもこの森では、好きにうたっていいのでーす♪ ボクがゆるしまーす♪」
「……ありがとう。だが、私は……」
「ねー、いっしょにうたってくださーいー♪ トリィのおうた、またききたいのですー♪」
本音言えば、これに尽きた。
もう一回聞きたい。トリィの歌声。
悲しみに混乱や罪悪感、そんなものでぐちゃぐちゃになった僕も、全てを忘れて浸ってしまった。
綺麗で優しい、トリィの歌。
もう一度聞きたい。もっと聞きたい。一緒に声を重ねて歌いたい。
思い出したら、辛抱たまらなくなってきた!!
「トリィー、ねー、とーりーいー♪」
「いや……せめて、何か特別な理由でもない限りは……」
「ありまーす♪」
「え?」
「ドラゴンさん、げきたいせいこーきねーん♪」
もートリィったら真面目なんだからなー!
でも、僕も屁理屈いっぱいのおねだりでは負けないぞー!
だって、子供だもん!!
実際、ドラゴンさん撃退成功は祝っていいことだと思うのね! 何せ、神様直々にお願いされた一大ミッションだったんだよ?
森の外に避難してる皆が戻ったら、また宴会始まるんじゃない?
こないだ新年お祝いしたばっかりなのにね! めでたいから仕方ないね!
「ねえねえ、トリィー♪ おねがいー♪」
「……、……一度だけだぞ?」
「わあーい! うん、今日はいちどだけね♪」
とうとう根負けしたトリィでした。
そして、回数限定に、さらっと期間を区切る僕。
やれやれ、といった風にため息をはいたけど……、イヤそうではない。
真面目なトリィは、自分で決めた事をそう容易く破れないだけで。
案外、『どうしてもとねだられたから仕方なく』みたいな理由を与えられて、まんざらでもないというか……
やっぱり、歌うことが好きなんだよね。
そうしてトリィが歌ってくれたのは、前に新年会で雛達が歌ったのと同じ、人間さん達の童謡。
なるほど、これなら教えた手前、僕も同じのを覚えてるし。ぶっつけ本番で重ねるのは難しいだろうから、お互い知ってるこれがきっと一番いい。
今日のところはね!
お歌の一番はトリィの声をたっぷり聞かせて貰って、二番から僕もご一緒する。
子供だからなのか、僕の方が声が高い。トリィは女性としては少し低いもんね。
誰かと一緒に歌うのは好き。言葉を沢山重ねるよりも、もっともっとお互い分かり合える気がするの。
だって、一人で好き勝手に歌うのとは、訳が違う。互いの音を殺さないよう、引き立て合う様に。これはとても繊細なコミュニケーション。
トリィはちゃんと、僕の音に合わせてくれてる。高さも、早さも、大きさも。
いたずらにちょっと跳ねさせても、ちゃんと待ってて受け止めてくれるイメージ。
とっても優しくて、なんていうか包容力に満ちている。外側だけじゃなくて、トリィは心からそういう人なのだな、と改めて確信する。
もっと歌いたいなあ、って思って終わるはずの歌をループさせたら、淀みなく着いてきてくれた。
んー、もうっ。楽しい! 嬉しい! 好きー!!
トリィの歌を聞きたいと思ってたけど、やっぱり一緒に歌う方がたーのしーい!!
でも静かに聞いてたいとも思うんだよね。ジレンマ。
っていうか、『一緒に歌いたい』はよくあるけど、『もっと聞いてたい』は初めてだよ! 他のハーピィ達には無かった感覚!
一目惚れならぬ、一聴き惚れかしら?
まさか、村の皆様をメロメロにしちゃう僕を、逆にメロメロにするとは……。トリィ、恐るべしなのです。
……このまま、ずっと森に居てくれないかなあ。




