奇跡の歌
呼び笛で必死に助けを求めていたのは、二つ目の鉱山の調査に赴いていた調査隊の皆さんだった。
その事に気付いて、長老木まで戻ってすぐに出来る限りのハーピィを全て連れ、全速力でかけつける。
幸か不幸か、調査団メンバーに怪我人は一人もいなかった。
怪我をしていたのは、ただ一人、……というか、一羽。
彼らを道案内していた、アーラだけだった。
「ほら集まってこない! 道空けて!! ベッド空いてたわよね!?」
「大丈夫です!」
「セロさん、残ってる服一回脱がせた方が?!」
「ダメです! 下の皮膚が一緒に剥がれるかもしれませんから! 先ずはその上から冷やしておいて下さい!!」
調査団メンバー全員と、アーラをなるべく動かさないように布でくるんでハーピィ達で運び、村の集落まで連れ戻った。
おおよその事情は、トリィに頼んでシオンさん達に伝えて貰ったから、到着次第すぐに治療用の小屋に運び込まれる。
シオンさんや、セロさんを筆頭とした治癒魔法を使える神官さん達が駆けつけてくれて。トリィや他の女性の人が何人か、火傷を冷やすように氷水に浸した布を何度も当てては代えてを繰り返す。
ハーピィ達は心配そうだったが、怪我の治癒や治療で彼女達に出来る事は無い。
そんな皆さんの邪魔をしないよう遠巻きに、屋根の上などに止まって、窓から中の様子を伺っていた。
僕はと言えば、なるべく邪魔にならないようにはしつつも、室内に運び込まれていったアーラについていき、そのベッド脇にぺたりと張り付いた。
『アーラ、アーラだいじょうぶ?! アーラ!』
僕の声を聞いて、薄く開いていたアーラの瞼がもう少し持ち上がり、その瞳は僕を見る。
声に反応する程度には、意識はまだある。
彼女の容態は、簡単に言うなら全身火傷だった。
身体の前面が焼けただれ、綺麗だった肌は見る影もない。顔は翼で守ったのだろうか、少しマシだったけど、おかげで両腕の翼も黒焦げ、羽はぼろぼろ。
つまりは真正面から高温で焼かれたという事なのだろうけれど、どうしてそうなったのかが全く分からない。
この森に、火山なんてな、…いとは言い切れないけど、もし噴火でもしてたら森中揺るがす音や地響きがあっただろう。
あるとすれば、炎の魔法を扱う何者かに襲われた、という事だろうか。
「正義と公正の神エーレよ! 傷ついた身を癒す光を、命を救う力を与えたまえ! ヒール!」
セロさんが両手を祈るように組み、癒しの魔法を神に願う。
他にも、3人も神官さんがやってきてくれて、重ねて治癒魔法をかけてくれた。
傷をいやす優しい光は、4人分も降り注ぎ眩しいくらい。
見ているうちに、顔についていた軽めの火傷は癒えていく。
……けれど、見るからに重度の火傷である身体のものは、あまり変化したように見えなかった。
「し、おん、さん、…なお、ら、ない、よ?」
「確かに変ね、ただの火傷の筈なのに、…いや、そんなの突然なるのが普通じゃないわよね。…調査隊の人、居る? いったい、何に襲われたの?」
「リーダーはティリノ様に報告に行ったから、俺で良ければ。…その、今でも信じられねえけど、森にドラゴンが居たんだよ!」
ドラゴン。
それは、この世界で最も強いと言われる生物。
強靭で巨大な体躯の魔物。皮膚は剣を弾き、爪は鉄を割き、個体によって異なるらしいけど、強い威力のブレスを用いる。
知能は非常に高く、魔法も操る。
かつての魔王との戦争の際、その戦火が容赦なく広がり、人間を始めとした連合軍が劣勢を強いられたのも、ドラゴン達が魔族側だったから。
……勿論、この森にそんなものがいるなんて、聞いたことが無い。
この森は、ハーピィの迷いの森。竜なんてのがいたら、彼女達だって警戒して日々を生きていただろう。
思いもよらない存在の出現に、場に居た誰もが息を飲んだ。
「この森に、ドラゴンの巣なんてあったの?!」
「し、らない、…きいた、こと、ない」
「シャンテさん達、聞いたことあるか?!」
「ナイわ! ソレハ、隅々まデ、知ッテル訳デハナイけれド、ソンナモノガ居たら匂イデワカルし、ババ様達ダッテ、住ミツコウトしなカッタ!」
僕だけじゃなく、シャンテ達、大人のハーピィ達も知らないという。
という事は、ごく最近、急に森に入って来たって事だ。
場の空気が、明らかにざわめき、どよめく。
ハーピィも森ジャンルではかなり強い方、危険な魔物に分類されるけど、ドラゴンはそんなのメじゃないくらい強い魔物。
少なくとも、1対1で勝てるような相手じゃない。
……現に、アーラはこうして、たぶんドラゴンのブレスでだろうか。大火傷を負ってしまっている。
「たぶん、本当に、今までは居なかったんだと思う。バッタリ出くわして、…いや向こうが探してたのかな。日が落ちてきて、明るいうちにって野営準備をしていたら、森の向こうからでかい竜が近づいてきて」
彼が言うにはこうだ。
いつもの通りに、暗くなる前にと野営の準備。そして、案内役をしていたアーラが場を離れるその直前。
ずん、ずん、と重い足音が響いてきて、警戒態勢。
そして、邪魔な木をなぎ倒すように、大きな竜が姿を現したと。
「アーラさんとドラゴンが何を話してたのかは、解らないんだ。アーラさんはハーピィ語だったし、ドラゴンは唸ってたようにしか聞こえなかったし」
「ドラゴンは念話出来る個体が居る筈だから、それででしょうね」
「ただ、良い話ではなかったんだと思う。アーラさん、すっげぇ険しい顔になって俺達は逃げろって言って、そのままドラゴンに襲い掛かったんだ」
調査団の人達が傍に居たせいだろうか。アーラは、呪歌を使わなかった。
呪歌なしでも、ハーピィだって決して弱くない。身体の大きさの差を利用し、すばしこく飛び回り、ドラゴンの爪を掻い潜る。
でも、流石にハーピィの爪では、竜の鱗は傷つけられない。
果たしてまだるっこしいと思ったのか。それともうざったかったのか。
ドラゴンは、炎のブレスをアーラに吹きかけた。
それでも、もしかしたら避けられたのかもしれない。
……たまたま、その背後に、調査団の皆さんがいる、という位置取りでなければだけれど。
「アーラさんが俺達をかばってブレスで落とされて、なんとか彼女を助けて撤退しようと思ったんだけど」
「……けど?」
「それで、ドラゴンの方が引いたんだ。その時に、こう言った。『お前達の主に伝えろ。この森は、これより儂の縄張りとする。従属は要らぬ。10日のうちに、全て森を出ていけ』って」
言葉の中には無いけれど、提示した日数のうちに森から出て行かなければ。ドラゴンの縄張りを侵す者として、容赦なく狩られるだろう。
命が惜しければ従え、というのでもない。下僕は要らないと言う。
退去の猶予を与えてくれるだけ、邪魔者は全て殺すじゃない分、まあ少しは温厚な性格なのかもしれないけれど、素直にカチンと来た。
この森の豊かさと居心地の良さに目を付け、縄張りにと望む気持ちは解るし、大人しく森の奥に住むくらいなら別にいいんだけど……
人の住処に土足で踏み入り、俺が住むから出ていけ、とは。
随分と傲慢な領域侵犯じゃないか!! 野生動物らしいな!!
たぶん、これをアーラも言われて、黙って居られず襲い掛かったのだろう。
「アーラ!!」
焦りを含んだ声がして、そちらを見ると息を切らせたティリノ先生が居た。
あまり広くない治療小屋には神官さんたちやシオンさんたち、事情を話してくれた調査隊の人たち、その他心配して集まってきた村の人々でいっぱいだったんだけど、駆け寄ろうとする先生にみんな道を開けてくれた。
ベッドに寝かされてるアーラはすぐ傍に来て、もう一度名前を呼んだティリノ先生に反応したのか、視線を動かした。
でも、ほんの僅かに口を開閉するばかりで、声らしいものは出てこなかった。
もしかして、炎の熱で喉も痛めてしまったんだろうか。
傷そのものもさることながら、空を飛ぶ翼、歌を紡ぐ喉、そのどちらも奪われたというのは、僕らにとって殺されるよりも屈辱的で、耐え難い。
「セロ……、いやシオン、大丈夫なのか?! 治せるんだよな?!」
事の報告は調査隊のリーダーさんが伝えにいったと言ってたけど、きっと想像よりも彼女の怪我が酷いんだろう。
冷静さを欠いた、焦燥すら感じる表情でシオンさんに問う。セロさんは、目を閉じ必死に神様に癒しを願っている。邪魔は出来ない。
シオンさんが治癒に加わらないのは、やっぱり回復魔法は神官さんにしか使えなくて、そればかりは魔女でも同じなんだろう。
「正直、ちょっと芳しくない……」
「っ、何か薬とかはないのか?!」
「薬よりも魔法の方が効果が高いし……。見たところ、カースがかかってる感じでもないし、怪我自体は単純な火傷……なんだけど……」
「なら、どうして治癒が終わらないんだ!」
何か、ドラゴンの呪い的なもので、治癒が阻害されているわけではない。
なのに、何故か回復魔法の効きが悪い。
それがどういう事なのか解らなくて、声を荒げる先生に、僕もますます動悸が激しくなる。
治らないの? 治せないの? なんで?
火傷は恐ろしい外傷だ。確か、皮膚の何割かを火傷することは、致命傷だと聞いたことがある。
アーラのこれは、間違いなくその領域。
このまま放っておいたら、きっと、近いうちに死んでしまう。ぞくっと、背筋に寒気が走った。
そんなとき、治癒魔法をかけてくれていた神官さんの一人が、祈りを捧げるのをやめて、手を下ろしてしまった。
「どうした?! なんで……」
「ティリノ様、治癒の魔法というのは、万能の奇跡ではありません。本来、怪我人の生命力を高め、傷の回復を早めるもので、……もう治る見込みのない人には、効かないのです」
ふる、と神官のお姉さんは、悔しそうに首を横に振った。
彼女の話した理屈はわかる。
命の宿らなかった卵が孵らないように、中身のない種が芽吹かないように。
生命のない、あるいは著しく少ない、それを活性化しようとしても、生きるための力そのものが足りなすぎて、意味をなさない。
つまり、アーラの怪我に治癒魔法が効果を示さないのは。
もう、彼女自身にそれを治すほどの力が、残っていないということ。
……既に手遅れ、ということ。
『アーラ、アーラ、やだ、死んじゃやだよ、ねえ、がんばって!』
神官さんの言葉に絶句するティリノ先生と、僕は必死でまだ目を開けているアーラに声をかける。
だって、まだ意識がある。まだ、生きてる。
こんな酷い状態で、どれだけ痛くて苦しいのか、それとももう何も感じていないのか。それも、わからないけど。
僕の声に反応して、視線だけは向けてくれた。
今の話は、アーラにも聞こえただろうか?
もう、自分が手遅れなんだ、なんて。
この状態の人の気力の喪失は、それこそ死に直結する。
だから、僕は懸命にアーラを励ました。
死なないで、僕の大事な家族。大好きなお姉ちゃん。
でも、もう手のど施しようがないと悟ったのか、神官さんたちは次々に治癒の魔法をやめてしまう。
セロさんだけは、絶え間なく祈り続けてくれたけれど。
「……」
『アーラ?!』
薄く開いていたアーラの目に映る僕は、今にも泣きそうな顔をしていた。
そんな僕に、アーラはまた微かに口を動かすけれど。ひゅ、と微かな呼吸の音しか鳴らなかった。
……そしてそのまま。彼女は、ゆっくりと瞼を閉じてしまった。
『!! アーラ、アーラ、ねちゃだめ!』
「おい! ……嘘だろ、目を閉じるな!!」
僕とティリノ先生の声に、もう反応を返さない。
そのことに、とうとう僕の目から涙がぼろぼろと出てきてしまう。
確かに、死は誰にでもいずれ訪れるものだ。寿命の他にも、病気や怪我、僕らは魔物なのだから、縄張り争い。そんな原因だってあり得る。
それは形はどうあれ、不可避のことで。彼女が特別な訳ではない。
ハーピィとして、野性動物として備わった本能的な感覚は、これも抗えない命の流れと言うけれど。
未だに残る人間としての感覚が、こんなの理不尽だと叫んだ。
なんで? 僕らは、平和に生きたいだけなのに。
なんで突然、生きるための糧として狩られた訳でもなく、ただ殺されなきゃいけないの?
もしかして、僕がさっき、アーラに頑張ってとか、頼りにしてる、なんて言ったから?
だから、どう足掻いても勝てないような相手に、逃げずに挑みかかって行ってしまった? 僕の期待に応えようとして、無理をさせた?
『ぴいいいいぃ、あーらぁ、ごめんなさあああい』
僕が未熟な子供だから、きちんと仲間を、家族を守れない。
群れを守るのは、王子の僕の役目なのに。
僕が子供なばっかりに。
謝ったって、今となっては無意味だけれど。ぴいぴいと泣く僕には、それしか言うこともできなかった。
「っ……、……シオン!」
部屋中の誰もが、もう諦めた顔で。泣き出した僕に気遣わし気な視線を向ける人や、恩人を助けられない悔しさに歯を噛む人、痛々しく視線を伏せ俯く人。そんな人々の重苦しい空気で満たされる中。
ずっと火傷の痛みを少しでも和らげようと、爛れた肌を冷やし続けてくれていたトリィが、声を上げた。
呼ばれたシオンさんは、顔を上げて、トリィと視線を合わせる。
「トリィ、……いいの?」
「構わん、他に手が無い」
二人がどんな表情で、言葉少なに何を通じ合ったのか、泣きじゃくっている僕には涙で見えなかったし、見えたとしても僕には分からなかったと思う。
シオンさんはトリィに何かを確認し、トリィはそれに対して頷いた。
「この場の全員! あたしとトリィ以外、今すぐここから出て!!」
「な、なんだ?」
「絶対とは言えないけど、助けられる方法があるかもしれない! ただ、門外不出の魔女の秘術だから、こればっかりは易々とお見せ出来ないの、ご理解ご了承の程をどうぞよろしく!」
シオンさんの言葉に、皆は顔を見合わせ首を傾げながらも、指示に従い治療小屋から出ていく。
最後まで諦めずに治癒魔法を続けてくれていたセロさんも、心配そうな顔をしながら、同じくショックを隠せない表情をしているティリノ先生に付き添っていく。
残ったのはトリィとシオンさん、…それと、アーラの傍から動こうとしない僕だけだった。
「シスちゃん、心配なのはわかるけど、ごめんね。急がないと本当に手遅れになるかもしれないから」
「んー、んー!」
ふるふる、と僕は頭を振る。
だって、絶対に助けられるとは言わなかった。
最後の手段なのかもしれないけど、それでもダメなのかもしれない。
だとしたら、本当の最期の時を看取れないのは、やっぱりイヤだ。
ババ様の時みたいに、気付いたらもう……なんて。あんなのは、いやだ。悲しすぎる。
それは、とても我儘で、シオンさんやトリィの心遣いを、邪魔しているのだろうけれど。どうしても、感情がアーラの傍を離れる事を許さなかった。
本当に、子供でごめんなさい。そう思うのだけれど、制御できない。
「……シス」
「ぴい……」
「今から見るもの、聞くこと。決して、私達以外に他言しないと誓えるか?」
「トリィ?!」
僕の横に来て、視線を合わせるように膝をつくトリィ。
驚いたようなシオンさんの声がしたけれど、彼女は反応を返さない。
僕を見つめるトリィの顔は、今は涙ぼろぼろのせいでよく見えないけれど。きっと、いつも通りの真っ直ぐな、青い瞳が向けられているのだと思う。
「ん、…いわ、ない」
「この森に誓って?」
「うん」
確認を取るように誓う事を促され、僕は頷く。
一時の感情だけではなく、本当に、何を見ても他の誰にも話しません、と覚悟を込めて。
トリィが、神様に誓ってでも、僕の味方をすると言ってくれたように。
トリィが他人に知られたくなくて、内緒にしたいというのなら。僕だって、大切な物に誓って、それを約束する。
途端に、僕の中で、何かの魔力が動いたのが分かった。
ほんの微かな変化だったけれど、確かに存在している。それは、鎖のようなものに感じた。
千切ろうと思えば不可能ではない。…けれど、代わりに何か、大切な物が失われる。そんな感覚を何故か悟った。
これが、この世界においての、『誓う』ということ。
「シオン、頼む」
「……まあ、トリィが良いなら、いいけど。―――ここに築くは不落の城壁。外からの一切を拒み、内からの一切を封じる。何人もこの境界を越える事、能わず。即ち、拒絶の陣!」
シオンさんが杖を振りかざし、先端をカンっと音を立て床に立てると、そこからぶわっと光る魔法陣が広がった。
白い光で構成されたそれは、丁度小屋の内部全体を覆う程度で止まり、そこで変化は訪れる。
魔法陣で区切られた、その先は真っ白になって見えなくなった。
小屋の外には出たものの、心配そうに覗き込んでいた人々の姿も、何も見えなくなる。音も通らなくなったのだろう、微かに聞こえていた人の声やハーピィ達の声に、風の音も虫の音も、全てが無くなった。
聞こえるのは、中に残った僕ら4人の呼吸音や心音。一番大きいのは、未だに涙が止まらない僕の嗚咽。
シオンさんが解除しない限り、外からも中からも入れないし、出られない。音も何も通さない、完全に内外を遮断する結界。
こんな事が出来るんだ……と、ぼんやり思った。
「トリィ、手早く宜しく!」
「善処する」
シオンさんは、この結界を維持するので手一杯。
という事は、先ほど言っていた魔女の秘術とやらを、行使するのはトリィの方な訳で。
……でも、トリィは魔法は使えないんじゃ?
それとも、魔女の秘術って言うのは、魔法ではないんだろうか? 何か、技術とか魔道具関連なのかな?
何をするのか全く分からなくて、ただこれ以上彼女達の邪魔はすまいと、ぐすぐすと鼻を鳴らしながらも、出来るかぎり静かにしていようと努める。
潤む視界でトリィを見上げると。細かな表情は判別できなかったけど、すうっと大きく息を吸った事だけは解った。
「―――……」
それから、トリィは歌いだした。
思わぬ行動に、僕はきょとんと目を瞬かせる。そのせいで、またぽろぽろと涙が頬を伝った。
……以前、僕の歌声に見合う程の歌を奏でられるとは思えない、なんて言ってたけど。とんでもない、と思った。
女性としては少し低めのトリィの歌声は、綺麗でよく通る真っ直ぐな印象で。何よりも、とても、美しい。
彼女の歌は、僕の知らない言葉だった。人の言葉ではないし、たぶんだけどエルフの言葉でもない。
見上げる僕の視界の先で、更なる変化が訪れる。
トリィの歌に合わせるように、きらきらと光が舞った。
先ほど、セロさん達がかけていた治癒魔法の光によく似ていて、あれよりも更に多く美しく。
ほんのりと青みがかった光はまるで意志を持って居るように、跳ねて踊る様に、ベッドに寝かされたアーラの周囲に満ちていく。
……これは。
僕らハーピィの使う、呪歌とは全然違う。僕らの呪歌は、聞いた物の心や精神をある程度掌握するものだけど。それは魔法とは違う。
魔力を用いてはいるけれど、元々歌とは人の心を動かすもの。それをさらに強力に増幅したのが、呪歌だ。
でも、これは違う。
これは、間違いなく。魔力を元に、本来ならあり得ない現象を起こす不思議。れっきとした、魔法だった。
「…………」
目の前で起こる、奇跡のような光景は勿論なんだけど。
絶え間なく続く、トリィの歌声がとても心地よくて、僕は無意識に目を閉じる。
……ああ、こんな時だけど。
この歌声と、一緒に歌う事が出来たら。彼女の声に、僕の声を重ねられたら。どんなに楽しいだろう、幸せだろう。
先ほどまで、あれだけ悲しいとか辛いとか思っていたことも忘れて、そんな衝動に駆られる。
もうあとほんの少しこの歌が続いていたら、僕も歌いだしていたかもしれない。
幸か不幸か、その前に。歌は止み、僕はハっと目を開く。
「トリィ! ……アーラ!」
一瞬呆けていたけれど、決してほわほわしてていい状況じゃない。
現状を思い出し、僕はトリィを見て、それから改めてアーラを見る。
そこには。
本来あるべき、つやつやすべすべとした肌を取り戻し。瞳を閉じて寝息を立てている、アーラの姿があった。
「いきて、る? だい、じょぶ?」
「ああ、大丈夫。もう心配ない。流石に、髪や羽までは、元に戻せないが……」
確かに、焼け切れた髪や、焦げてしまった羽までは元に戻っておらず、本来のアーラの姿を思うとまだ痛々しい姿だったけれど、髪は伸びるし、羽は生え代わる。
あの焼け爛れた身体は、傷一つなく綺麗になっているのだから。いずれ意識を取り戻すだろうし、もう死の危険はない。
あんなひどい状態から、助かったという驚き、信じられないという感情や、何よりも安堵。
それらが一気に沸き上がってきて。
「……ぴいいいいぃぃぃぃぃ!!」
結局、また泣いてしまった。
むしろ先ほどまでよりも激しく泣きじゃくる僕を、誰かが抱っこしてくれた。トリィかなと思ったけど、たぶん感触から言ってシオンさん……
結界を解除したのか、外に出ていた人たちの驚きの声やらなんやら色々してた気がするけど、全く分からない。
暫くして、またも泣き疲れて眠った僕と、傷の癒えたアーラを、他のハーピィ達が長老木に連れて戻ってくれたらしい。
ほっと一安心、だけど。
……次は、そもそもこうなった元凶を。なんとか、しなければ。
危機一髪、ひとまず回避。
しかして、騒動はまだ解決していないのだ……




