繁殖期
空が飛べる、という事は大きな利点だと思う。
けれど、その為に腕が翼であり、人間のように細かい作業が行えない、というのは結構な欠点だとも思う。
要するに、この広大な縄張りの内容を、頭で覚えていなければならない。
何故なら、地図という物を作成する為の、紙もペンもないし、あった所で使えないから。
「ぴぃー…」
僕らの爪は堅くて鋭い。
柔らかめの石なら削れるんじゃないかなーと思ってかりかりしてみたのだけど、大人ならともかく、まだまだ雛の僕には歯が、いや爪が立たない。
折角縄張り調査しても、ヌケ・モレがあるんじゃあ決定力に欠ける。
いや、まあー、まだ交渉する予定どころか、相手の候補すらもいませんが!
とりあえず、この世界にハーピィ以外にも知性がある存在、魔物や人間、エルフといった種族が居る事は解ったけど。
ただ、深くて迷うこの森に、入って来てくれるんだろうか?
豊かな森だと、思うんだけど。木はまっすぐ、太くてしっかりしたものが多い。食べられる木の実もいっぱい。ハーピィが日常狩りをしていても、獲物の動物たちが減る気もしない。冬でさえ、ごはんには困らなかった。
僕ら的には、繁殖問題と、あと冬越しの問題さえ解決してくれるなら、ちょっとくらい森の恵みを分け与えるのは、やぶさかじゃないのに。
……いや、これ僕の考えだけどね。
「いちど、そーだんはしたほうがいいよね」
次期リーダーは僕だと言ってくれたけど、今のリーダーはババ様だ。
群れの在り方と行く末を考えるのは、リーダーより上の枝で日向ぼっこする、なんて話とは比べ物にならないくらい、重大な事。
群れの繁栄を期待されてはいるけど、僕はまだまだ、ただの雛。
いや、うーん、相談したところで、何の確証も候補も無い話を、試してみようと言って貰える自信は無いなー……
かりかりしていた、長老木の根元の石から離れ、ぱたぱたといつもの巣に戻る事にする。
「おにぃちゃん、おかえり!」
「なにしてたの? あそんでたの?」
子供専用の巣に戻ると、そこに居たのはフレーヌとグリシナだけだった。
あれ、いつもなら大人が誰かしら居るのにな?
「なにもしてないー。それより、シャンテもアーラもいないの?」
「いなーい。だれもいなーい」
「みんな、なんかこわーい。やーん」
二羽とも、口々に文句をぷうぷう言い出す。
怖い?
見上げると、本当に誰もいない訳じゃない。木の周囲を旋回するように飛んでいるハーピィがいるし、上や下の巣にもちゃんと誰かいる。
ただ、確かに様子は変。
遠くから、ぴぃー、きぃー、と断続的に誰かの声が聞こえる。それに応えて、巣に居るハーピィ達も大きな声を上げる。
狩りをしてるんだろうか? でも、それにしては妙に殺気立ってるというか…
何か、敵が襲ってきてるんだろうか。
だとしたら、大変だ。そりゃあ森は僕らの縄張りだけど、それでも僕らには敵わない強い魔物とか、居るんだろう。
何が居るかは解らないけど、ほら。ドラゴンとか、居そうじゃない?
きっと、おっきくて強くて、空も飛べる。ハーピィに勝てるとは思えない。
「ババさまにきいてくる!」
「いってらっしゃーい」
なんだか不安になって、ババ様に聞きに行く事にした。
姉妹二羽は、怯えているのかもしれない。着いてこようとはしなかった。そもそも、あんまりババ様に失礼がないように、と教育されてるのもある。
僕は例外だけどね。
ぱたぱた翼を動かして上昇。
もしかしてババ様も留守にしてるのかな、と思ったけど。さすがにリーダーはどっしり構えてるものだよね、ちゃんといつもの場所に居てくれた。
「ババさま、ババさま! みんながなんだかへんだよ、どうしたの?」
「ああ、すまないね、怖がらせたかい? 心配いらないよ、繁殖期になったから、皆で狩りをしているだけさ」
繁殖期!
そうか、そういえば冬の終わりに繁殖期だって言ってたっけ。
え、いやそれはそれとして、狩り? 繁殖期で、狩りって言った??
「かるの? おにく?」
「いやいや、食事の狩りじゃないよ。私らハーピィは、王子を除いてメスしかいない。卵を産む為には、他のオスを使わないといけなくてね」
ああなるほど、旦那さん狩りね……それでも狩りって?! しかも、使うって言ったよ! ごく普通に!!
「と言っても、この森に入ってくる、ハーピィ以外の魔族も人間も、殆どいない。その上、ハーピィの繁殖期は更に警戒されるからねえ…。この期間に、オスを狩るのもかなり難しいんだよ」
警戒! されますか!
んん? あの、確かにハーピィがメスしかいない、繁殖のためにはオスが必要、ってとこまでは聞く前からなんとなく理解してたけど。
その為の誘惑を始めとした呪歌であって、用が済んだらオスは解放されるのかなーって、それは勝手に思ってたんだけど!
警戒をされるって言うのは? それはつまり、繁殖期のハーピィは、危険という事にならないかな?
そりゃ、こんだけ大きな肉食の鳥類なんて、危険以外のなんでも……、はっ、肉食の鳥類…!!
ちょ、まさか。まさか。
「おや。今年は捕まえられたかね」
「ぴぃ?!」
ババ様が向こうを見やる。つられて振り返ると、ハーピィが一羽、何か大きなものをぶら下げて、こちらに戻ってきているのが見えた。
暴れる事も無く、だらりとしたそれは、明らかに人型をしている。
それが地面に降下していくのを見て、僕もババ様の巣から飛び立って、急降下していく。
…今はもう、滅多に枝にぶつからないよ! 滅多にね!!
「うわぁ~……ゴブリンかあ」
「贅沢言えないわ。他に何も見つからなかったじゃない」
地表には降り立たず、少し上の枝に隠れて見てみる事にした。
地面には、既に10羽ほどのハーピィが居る。
その中心に、意識を失っているらしい人型の……、ご、ゴブリン??
人間の子供くらいの大きさの、深緑色の肌をした、小鬼のような姿の魔物が倒れていた。
「他には居なかったの?」
「一匹だけだったわよ、ハグレじゃないかしら。…そもそも、数匹居た所で、一度に浚うのは一匹って、決まってるじゃない」
「そうだよね…」
不満たらたら、ハーピィ達はため息を吐く。
えーと、あのゴブリンがどっから浚われて来たかは解らないけど、とりあえずハグレってことは本来群れをなすタイプなんだろうな。
あんまり知能が高そうな顔してない、…失礼。
とりあえず確定的なのは、繁殖用に連れてこられたオス、ってこと。
「……ぐ、……ギギッ?!」
あ、目が覚めたみたいだ。
気絶させられていたのか、呪歌で眠らされていたのか。意識を取り戻したゴブリンは、言語ではなく耳触りの悪い鳴き声を上げた。
話す事は出来ないのか、それとも僕らと言葉が違うだけかな。
ゴブリンは、周囲を取り囲むハーピィ達を見て、がたがたと全身を震わせて心底怯えている様子だった。
「起きたわね。じゃあ、私からでいいわよね?」
「ええ、一番は捕まえてきた子からね。次は私よ」
「何言ってるのよ、私は捕まえるのに協力したわ!」
「私だってそうよ!」
「私が足跡を見つけたのよ!」
きぃきぃ、きゃあきゃあと口論し出すハーピィ達。
基本、ハーピィ達にはリーダー以外には序列がない。それが、こんな所で変な障害になっている様子。
「いいわ、じゃあいつも通り早い者勝ちね!」
「ええ、そうしましょう!」
「恨みっこなしだわ!」
ここだけ切り取れば、単なる女性同士の可愛い競争なのだが、その対象を考えると、笑うに笑えない。
今言う順番とは、要するに卵を産む為に、あのゴブリンと番う順番。
狩りを成功させたという、緑の髪のハーピィが一番である事には、誰も異論はないらしい。そこはまあ、邪魔されないのでしょう。
ただ、その後が。
『早い者勝ち』とは。
嫌な予感しかしない。
そこに居たハーピィ達が、声を合わせて歌い始める。
それは呪歌で、たぶん誘惑かなにかだと思う。僕は同じハーピィだからなのか、まだオスであっても雛だからなのか、特になんにも感じないけど……
10羽分の誘惑を注がれて、あのゴブリン大丈夫なんだろうか…
―――結論から言うと、まったくさっぱり、ちっともカケラも、大丈夫じゃなかった。
一羽目については割愛する。
問題は、二羽目以降。
最初のハーピィのコトが済んですぐ、本当に早い者勝ちとばかりに周囲のハーピィ全てがゴブリンに群がった。
なんていうか、卵作りというか、子作りにつきものの、うっふんであっはんな雰囲気など欠片もありません。
途切れない重ねがけされる誘惑の歌と、恐らくゴブリンの物であろう、悲鳴と血が周囲に散らばる。
……あっ、今飛んだの、右腕かな?
確かに、早い者勝ちの奪い合いとなれば、使われるのはハーピィのその鋭利な爪ってことになる。こっちによこせと力尽くで引っ張れば、某お奉行様の御裁き、子供の奪い合いなんて可愛い物で、簡単に肉くらい引きちぎれる。
繁殖風景というか、結構深刻な惨劇の光景に、思わず乗ってた枝からぽてりと落ちた。
「まあ、王子! どうしましたの、ご興味がおありでした?」
一番最初、かつ唯一無事にコトを終えた、緑髪のハーピィが誘惑の歌を中断し、転落した僕を抱っこして助け起こしてくれた。
興味って、いや、変な興味ではなく、危機感的な意味の興味はあったけど。
落下と、上から見た惨劇風景に頭がくらくらしてるうちに、ゴブリンの悲鳴がぷっつり途切れた。
同時に歌も止まって、群がっていたハーピィ達が退くと。
……うん。もう原型もないや。ただの肉片です。
「やっぱりゴブリンはダメね。生命力はあるけど、脆すぎだわ」
「ほんと。去年は良かったわよね、オーガは頑丈だから」
?! つまり、僕のお父さんはオーガなの?!
僕のイメージ通りなら、結構大きな鬼っぽい魔物だよね。うわあー、ハーピィ達ってそんなの狩れるんだー。…そして、今のノリで群がったんですねー…
というか、どうしてそんな、我先になったの…。順番にすればよかっただけじゃないの…
「これじゃ、あんまり卵は望めそうにないわね…」
「はあ…。それでも、まだあきらめちゃだめよ」
「あ、王子。お食べになります?」
「ぴ? ……ぴゃっ?!」
元ゴブリン食べてたーーー!!!!!
いや、まあその状態にして、ぽいって捨てた方が気の毒というか、アレだけど!
なんかこう、大自然の掟的に、狩ったなら食べるべきだろうけど!!
どうしよう、もう、…ほんとどうしよう!!!
……ちなみに、なんか筋張ってて、あんまり美味しくなかった。
一月ほど後、卵は2つ生まれた。
オーガで4つ、ゴブリンで2つ……。オーガの頑丈さが解るね……
そして、どうして雛が少ないのかも、だいたい解ったね……
一回の繁殖期に、一匹のオスしか使えなくて、しかもあんな群がって殺しちゃうなら、そりゃあ生まれるものも生まれない!!
ていうかアレ、将来的には僕がああなるの! スプラッタ案件ですか?!
……や、たぶん僕にあれが行われる事は、ないと思う。思いたい。むしろ、僕をずたずたにしない為にも、今後もオス狩りは行われそう……
いけない。これは。
本格的に、なんとかしないとだめだ。
「ババさま!」
「なんだい、王子」
暫く、ショッキング映像のおかげでぐったりしてしまったけど、やっと気力とやる気を取り戻したところで、再びババ様の所を訪れた。
「どーして、オスをいっぴきしかさらってこないの? いっぱいいれば、みんなたまごうめるし、オスもしななくていいのに!」
僕らの雛の為に協力して貰うんだから、殺しちゃうのはあんまりだ!
ごはんとして狩ってきたのでないのなら、死なせちゃう必要は無い筈。
僕が疑問を投げかけると、ババ様は困ったように笑って、おいでと手招き、…翼招き? して、僕を膝に乗せた。
「まだ、私が雛だった頃だけどね。この森に来る前、そんな頃もあったさ。卵を産みたいハーピィの数だけ、オスを浚ってきてね。時には、良い雛が望めそうなオスを飼ってみた事もある」
「ぴ?」
「でもね。私らがそうであるように、他の種族も仲間を連れ去られると、とても怒るんだよ。前に住んでいた森は、それでとうとう焼き払われてしまった」
森を焼く程?!
木が無ければ、僕らは生きていけない。アーラが言った言葉が本当なら、それは僕らにとって死刑宣告に等しい。
「森にいるならば最も強いと、驕ってしまったんだねえ…。私らハーピィは、木の上でなければ卵も産めなければ、落ち着いて眠る事も出来ない。前の住処からこの森に辿りつくまでに、あんなに沢山居た群れは、50まで減ってしまったよ」
…てことは、元々は100羽くらい居たの…?
そのうちの半分が卵を産める適齢期として、一度の繁殖期で同じ数のオスを浚ってきたら……、…ああ、うん、大問題だね。
しかもそれを返さずに繁殖用に飼ったりしたら、討伐されても仕方ない。
「だから、この森に来た時に、決めたのさ。繁殖期に浚うのは、森に迷い込んだ一匹だけ。それならば、ハーピィに狩られたのか、森に飲まれたのか分かりづらい。また住処を追い立てられる危険も少ないだろう、ってね」
「ぴぃ……」
なるほど、お互いを護る為の譲歩として、そうなっちゃったんだ。
でも、本能的に適齢期のハーピィ達は、繁殖時期には卵を産みたくて仕方ない。
結果、順番云々にすることが出来ず、一気に群がり殺してしまう事になった。
「これは、私の前の世代が決めた事だ。おかげで、この森に来てからは脅かされる事もなく、平和に暮らしてこれた。……ただねえ、それが正しい事だったのか、今になって私は疑問なんだよ」
「ぴ? …ぼくらのかずが、へってきてるから?」
「そうさ、王子は賢い子だね」
昔は、自分達の数を増やし、森の覇者として君臨した。けれど、結果として安寧の住処を奪われた。
そしてその教訓を生かし、今度は他への迷惑を最小限に抑える事で平穏を得た。その結果、僕らの数はゆるやかに減ってきた。
解るのは、どちらも最終的に待つのは、全滅だ。そのスピードが、速いか遅いかの違いはあるけれど。
「どうあるべきか、悩んで来たさ。けれど、答えは未だに出ない。ここらへんが、メスの私らの限界なんだろうねえ」
たぶん、動物的な本能というか、そういうのが強いのかもしれない。
言葉を操る知性はあっても、自分達の置かれている状況や、利用できそうな相手や物の、的確な判別が出来ない、というか…
ハーピィにとって、オスは浚ってきて繁殖用に使うもの、という固定された思考から抜け出せないんだ。まあ、僕は別として。
生まれ持った習性を変えるのは、難しいこと。
大量に浚えば、その被害者の家族や仲間は当然怒り出すし。ちょっぴりにしたら、僕らの絶対数が減って困ってしまう。
その中間、適度な数、というものはあるのだろうか? 彼女達には解らない。
……とりあえず、今まで考えた事と、今回見た事、今聞いた事を合わせて、僕は思うに、こうだ。
そもそも、『オスを浚ってきて使う』こと自体、色々ダメです。
「ぼくがなんとかするよ!」
「…うん?」
「いまじゃないけど、いつかぼくがなんとかするよ! むれのみんなも、だれもこまらずみんなでうたえるもりにするよ!」
ここで言う皆、はハーピィだけじゃない。
あんな惨殺風景がこれ以上起こらないようにしなければ。
今まではまあ上手く行ってたかもしれないが、もしも捕まえた誰かが、その仲間にとって替えの利かない、例えばこの群れで言う僕のような存在だったら?
報復が無いとは限らない。警戒されているんだから、この森にハーピィが住んでいる事は知られている筈。
万一、僕らではなく森自体に飲まれたとしても、冤罪を被せられることだって充分にありうる。
そんなリスクは犯すべきじゃない。
このハーピィの習性が僕ら自身の危機を呼ぶならば、完全な改善は不可能でも、どこか無理のない落としどころを見つけなきゃ。
「こんなに小さいのに、頼もしい事を言う子だねえ」
「だって、ぼくはおーじだもん!」
「ああ、そうだね。…どうか、私らを救っておくれ、可愛い王子」
ふわふわの翼に抱きしめられ、すりっと頬を寄せられる。
リーダーとして、ババ様もずっと群れの行く末に心を痛めているのだろう。
よし、頑張らなきゃ。なんとかしなきゃ。割とノープランだけど!!
全くのノープラン、でもないから、頑張れると思う…、…た、たぶん。
……出来る事なら、僕らと言葉の通じる、利害が一致する迷子さんが、繁殖期以外に来てくれるとすっごく助かるんだけどなー。
それがだめなら、もう少し大きくなったら遠征だ。遠征!!
とんだスプラッタ映像である。
これが……大自然……!!
一瞬、頭にグロ展開注意と書こうかと思いましたが、ここまでで散々生肉生肉言うてますし、R-15もついてるし、いいかなと思いました!!!
なお、グロ展開は今回がマックスですので、どうぞご安心下さいませ。