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おすはぴ!  作者: 美琴
47/64

月夜の森




 秋は終わり、あっという間に冷たい冬の空気に変わっていく。

 朝早いと、吐く息も白くなってきた。日中はまだそんなでもないけど。

 先生達が来る前に比べたら、だいぶ楽だよね。なんたって服を着てるから。

 空を飛ぶと全身動かしてるようなもので温かくなるんだけど、それでもやっぱり本当に寒い時は寒いからねー。

 いやはや、有難い。同盟結んでくれて、ありがとう人間さん達!

 ……と、面と向かってなかなか言う訳にいかないのが残念。


「ぷわー……」


 さて、本日の僕は、集落の中央、ギルドのお屋根のてっぺんで日向ぼっこ中。

 アーラは、例の新しい鉱山予定のお山と、そこへ至る為の安全な道の下見に行った。出発は数日後ってとこかな。

 地図作成の人達と、いつもの鉱山に行ってる人達以外は日帰りで狩りしてるのかと思ったら、イチかバチかで遠くのお山に調査に行ったりもしてるのねー。

 帰り道に心配がないから、そんなバクチも打てるのだろう。

 無事に実を結ぶといいけど。

 で、フレーヌやグリシナは狩りをしてるし。

 大人達は通常業務に子守に忙しいし。

 そんなわけで、例によって僕は好き勝手しているのでした。ここに居るのは、なんとなく。

 長老木に居る事もあるし、サフィールさんに会いに行く事もあるし、適当だ。

 一羽で遠出はしないけどねー。皆が心配するから。


「おーい、シースちゃーーーん!!」

「はーぁいーーー?」


 あったかお日様を浴びながらぽやぽやしていたら、下から僕を呼ぶ声がした。

 シスちゃんと呼ばれるとシオンさんな気がするけど、今のは男の人の声だから、たぶん冒険者さんか、大工さんか、まあ誰かだろう。

 お返事をして、ぽんぽんっとてっぺんから1階の屋根まで降りる。

 すると、やっぱりそこに居たのは大工さんの1人だった。


「おー呼びーですー♪?」

「なあ、今日もコンサートは無しなのか?」


 パサっと右の翼を上げてご挨拶すると、大工さんも同じように右手を上げて返してくれる。

 そして問われた事に、僕はうーんっと考え込んだ。


「んー、ごめんなさーいね♪ 気分じゃないのでーす♪」

「そっかー……」


 ここ数日、僕ののんびりお歌コンサートは開催していない。

 ほぼ毎日の頻度でやってた事だったけど、別に必ずやると決めてる事でもない。

 というか、最初っから気がむいたら歌うって約束だし。

 気がむかないから、やらないだけです。


「あんまりねだるのも良く無いと思うけどさ。俺だけじゃなくて、シスちゃんの歌を楽しみと励みにしてる奴、結構いるから。また近いうちに歌ってくれな!」

「はーい♪」


 そう言って貰えるのは嬉しい。

 個人的には、見た目とかを褒めて貰えるより、お歌を褒めて貰う方が嬉しいのです。ハーピィだからかな?

 含みもなく、楽しみにしてるなんて言われて、僕はにっこり笑顔を返して頷いた。

 単に最近気分がのらないだけで、もうコンサートしないつもりはないからね。

 地上に立っている大工のお兄さんと、ぱたぱた翼と手を振り合ってから、僕はまた元の日向ぼっこ場所に戻ろうと振り返る。

 1階の屋根に居るという事は、2階のティリノ先生のお部屋のすぐ傍で。

 いつの間にか、先生が開けた窓から、僕を見ていた。


「あら、セーンセ♪ おまど開けてて、さむくないでーす♪?」

「いや。……それより、その、なんだ。まだ、ダメそうか?」


 ちょっぴり、躊躇いがちに。そして、気遣わし気な表情で、先生は僕を見ていた。

 たぶん、聞いている内容としては、さっきの大工のお兄さんと同じ。

 今日もコンサートなしなのか、というか。

 ……まだ、歌う気分になれないのか、ってこと。


「んー、んー、……ごめーんなさい、まだ、お聞かせできないでーすー♪」


 他の人には『単に気分がのらない』と言ってるけど、ティリノ先生や、シオンさん達はその理由を知っている。

 僕のお歌は、ただの歌でも微弱な呪歌になってしまう。

 僕がルンルン気分で楽しく歌えば、聞いている人々も楽しくなるし、疲れだって和らいでしまう。

 でも、今の僕が歌ってしまったら。

 ……多分、あまりよくない効果が、皆にかかってしまうと思うのです。

 ババ様を、僕のお母さんを、亡くしてしまって。表に出さないようにはしてるんだけど、まだ心の中で悲しみに暮れてるような状況では。楽しくお歌なんて、歌えない。


「謝る事じゃ無いんだけどな。……多少、気持ちは解らんでもない」


 窓まで近づいてきた僕の頭を、先生はぽんぽん優しく撫でてくれる。

 聞けば、先生も幼いころにお母さんを亡くしている。だからか、ババ様が亡くなった事を話した時から、とても気遣ってくれていた。

 先生の場合、実のお母さんに親類縁者は居らず。暫くは、彼女が所属していた楽団に厄介になってたそうなんだけど、紆余曲折あって、王家に引き取られたみたい。

 それからの苦労をおもえば、僕は恵まれてる方だなって思う。

 優しい家族がいっぱい居て、気遣ってくれる先生や、シオンさん達のように、友達だっていっぱいいるのだから。

 あんまり長々と引きずってちゃ、彼らに申し訳ない。

 しっかりしなきゃいけないのだ。だって僕は、ハーピィ一族の長なんだから。


「村の奴らはああ言ってるが、焦るなよ。そういうのは、ゆっくり、時間をかけて解決していくものだから」

「……うん」


 誰かを恨むような物でもないのです。だって、ババ様はとっても長生きした。寿命だった。天寿を全うしたのだから。

 最期の表情から察するに、苦しんだ様子さえ無かった。

 大往生ってやつです。

 待ち望んだハーピィの王子である僕も生まれて、いっぱい雛も孵るようになって、群れの希望を感じながらの最期は、きっと穏やかなものだったでしょう。

 それを僕があげられたというのなら、僕は誇りに思うべきだ。

 あんまりうじうじしてたら、ババ様に笑われちゃう。いつまでたっても甘えん坊さんだね、って。


「もちょっとしたら元気になると、思うでーす♪ もすこし、ゆっくりさせてくーださい♪」

「ああ。それがいいと俺も思う」


 幸いなことに、今のところは急を要する案件もない。

 僕がぼんやりのんびりしてても、誰も怒ることは無い。元々、僕はとりまとめ役であって、狩りとか案内とかに参加してないし。

 どっしり構えて指示するのが、僕のお仕事なので。

 撫でてくれてたティリノ先生から離れて、またねーっと再び翼を振って、ギルドのてっぺんに戻る。

 先生が優しくしてくれるのはとても嬉しいんだけどね。

 あんまり優しくされると、甘えん坊の僕は先生に必要以上に懐いて、甘えて、べたべたと依存してしまいそうな気がするのです。

 それはまずい。先生の事は信用してるけど、カタラクタのお国の代表、ハーピィ達との交渉役。そんな人にハーピィの長である僕はベタベタに懐いてるなんて、他の人に知られたら、何かよからぬ事を考える人が出てくるかも。

 今のところ、僕の甘えたい欲求はシオンさんの過剰べたべた甘やかしを隠れ蓑にして多少発散させて貰ってるけど、彼女にだって依存するのはまずい。

 何がまずいって、セロさんの誤解を招くという意味で。

 万一、セロさんが僕とシオンさんがラブラブなんて勘違いをし、身を引く事になってしまったら、将来的にシオンさんだって悲しんでしまう。それはいけない。

 同じ意味で、セロさんに懐くのもなし。

 ……ルストさんには、既に懐いてるのが二羽もいるし、というかそもそも僕が彼に懐くのは、なんか違う気がする……

 あと可能性としてはトリィくらい?

 彼女は優しい人で、たぶん言ったら甘えさせてくれそうなんだけど。いつ居なくなるか分かんないし。まあそれを言ったら、シオンさん達はいつまでここに居てくれるんだろう。

 というわけで、信頼している人間さん達にはべたべた懐けないし、懐きまくって依存してしまった末が大問題だし、ハーピィ達は僕が支えなきゃいけない側なので。

 結果、甘えたい欲求が発散出来ないのです。

 いや、まあ、いつまでも甘えたいなんて思ってちゃいけないんだけどね!!

 ああもうね、僕はいったいいつになったら雛を脱するのかな!! もういっその事、なんかのきっかけでバーーーっとキングに進化しないかなあ?!

 進化条件は何?! 時間?! 場所?! なんかの道具とか必要なのーー?!

 今度、サフィールさんに聞いてみよう。







 一日の終わりは、いつも通りに一羽で長老木のてっぺん。

 人間さん達の許可証ごしのお話をしばらく聞いている。

 ここのところ、特に気になる話題をしている人はいない。先生の方も、すぐに僕と話し合いたいような案件もないみたい。

 強いて言うなら、マッチョさんを始めとしたパパ達が、娘会いたいをちょいちょい口にするくらい。それに影響されたのか、次の繁殖期は参加してみようかなって話している人がいくらか。良きかな。

 冬越しの支度も充分で、きっと無事に迷いの森集落2周年を迎えられるだろう。

 ……案外あっという間だね。

 もうすぐ、僕も5歳? ハーピィ的には、もう充分若鳥の歳なんだけどなあ。

 本来は10歳くらいで成鳥だそうだけど、実際僕はいつまで雛なのか……

 いやっ、でも飛ぶって意味では大人達と変わらないし、やろうと思えば狩りくらい出来ると思うんだよね?

 これは、立派な大人と言っても良いのでは!!

 ……まあ飛ぶのは風魔法ブーストによるものだし、狩りもたぶん魔法使ってになるし、そもそも卵が産めな……元々産めない! …作れないから、大人じゃあないか。


『はーやく、オトナになりたいなー…』


 子供の自分が、たまにイヤになる。

 まあ子供なんて大抵そんなもの、と僕の中に残る前の僕の記憶が言うけれど。

 5歳なんて、人間基準で言えば子供どころか幼児で、それから比べれば僕はかなり凄いと思うけど。

 早く、正真正銘の大人になりたい。

 立派な、一人前の大人になって。

 ババ様がもうなんの心配もいらないって笑ってくれるような、リーダーになりたいのです。


『…………』


 つい、うっかり。

 ババ様が笑顔で、立派になったって撫でてくれる、僕の中の一番最後のババ様とのやりとりを、思い出してしまった。

 夜ってダメだね。感傷的になってしまう。

 ババ様との思い出は主に明るい間ばっかりで、夕方から夜の想い出はお別れの日になる。

 だからかもしれない。

 ……ちょっとくらい、泣いてもいいかな。いいよね? だって僕はまだ子供なんだから。

 でも、ここでぴいぴい泣き出したら、下に居るハーピィ達に聞こえてしまう。皆を心配させてしまうのは、本意ではない。そもそも、皆だって悲しいに違いないのだから。

 ばさ、っと翼を広げる。いつもとは違って、飛び立つ音は立てないように、静かに夜の空に舞い上がる。

 僕らは夜でも視界は鮮明だし、今日は二つのお月様が綺麗にまんまるで、明るい夜だ。

 充分長老木から離れた辺りで降下し、適当な木の枝に降りて、ぽんと座る。

 そういえば、こうやって本当に一羽になるのって、珍しい。

 だいたい、アーラがおつきとして一緒だし。そりゃあ一羽で行動する時もあるけれど、行先には誰かが待っていて、あんまり一人ぼっち……、一羽ぼっちにならないのだ。

 何より僕が甘えん坊だから、完全に一羽きりになるのは、好ましくないのかも。

 ただ今この時に限っては、群れの皆には心配かけたくないし。人間さん達にあまり甘えたになる訳にいかないし。エルフさん達は、ご自身が今もまだ大変な時だし。

 今は一羽で、発散するしかないのです。


『ううう、ババさまぁ……』


 我慢するのをやめると、すぐにぽろぽろ涙が零れてしまう。

 あんまり、我慢して溜め込むのは良くない。これも、前の僕の知識と記憶が言うこと。

 だから、泣くのも悪い事じゃないんです。

 大丈夫、長老木からも、森の集落からもエルフさんの湖からも、充分離れている。嗚咽を漏らしたって、なんならぎゃんぎゃん泣いたって、誰にも聞こえない。

 森に潜む動物は、わざわざ最強の捕食者であるハーピィに近づいて来たりしない。

 だから遠慮なく、僕は一羽でべそべそ泣き続ける。

 それだけでは足りない気持ちになって、時折しゃくりあげるのも構わずに歌い始めた。

 大好きな人が死んでしまって、とっても悲しいの、寂しいの。

 たっぷりとそんな感情を籠めて、吐き出すように歌う。

 歌詞になんてなっていない。殆ど、ただ感情を乗せただけの鳴き声だ。

 それでも、溜め込んだ分を全て出してしまえたら、スッキリするというか。ちゃんと乗り越えられるようになるんじゃないかと思って。

 歌い続けていた僕は。近づいてくる足音にも気配にも、気付かなかった。


「……シス?」

「!!」


 不意に下から声をかけられて、ビクっと驚きに体を震わせ歌うのを止める。

 パっと視線を下に落としたら、暗い森の中。木の葉の隙間から落ちる光でうっすら照らされた、白い人がそこに居た。


「とりぃ……?」


 元々歌わずにしゃべろうとすると上手く行かない上に、べそべそに泣いていた影響もあって、とんでもなく舌ったらずな音になってしまった。

 木の上の、枝に座っている僕を見上げていたトリィは、そこに居るのが僕で、自分に気付いた事を認めると、少しだけ助走をつけ、木の幹をそのまま駆け上がるように登った。

 そして一番下の枝に手をかけると、くるんと逆上がりするようにその枝に上がり、そこから危なげもなく軽い身のこなしで、僕の座っている枝までやってくる。

 成程、緑の月の神様の加護を持ったトリィは、夜の方が都合が良いって言ってた。一人でゴブリンキングと渡り合えるような人なら、これくらいは朝飯前って事なのかなあ。


「なんで、ここ、いる、です……?」

「途中まで、私を呼んだお方が居て、……その後は、君の歌を頼りに」


 ? 誰だろう。

 この森で道案内が出来るのは、ハーピィだけだ。でも、『お方』なんて言うくらいだから、きっとハーピィの誰かが心配して、彼女をここまで呼んできた訳ではない気がした。

 そも、ハーピィ達なら自分で近付いてくるだろう。トリィを呼ぶ、その理由が分からない。

 そして、トリィがその誘いに応じ、そして僕の歌にもなってない歌を頼りに森を突っ切ってきたことも、意味が解らない。


「……君は、悲しみに暮れた時、そんな風に歌うんだな」

「あう、……ごめ、なさ、…とりぃ、うつっちゃ、」


 僕の歌は、ただの歌でも、歌えば呪歌になってしまう。

 しかも、あんなに全力で感情を乗せていたら。少なからず、聞いた相手の感情を鬱屈とさせてしまうだろう。

 迷惑かけないようにと思ってたんだけど、と謝ったら。トリィは僕の隣に座って、優しく髪を撫でてくれた。


「大丈夫、私に対する心配は不要だ。……私こそ、邪魔をしてすまない」

「ん、ん」

「沢山、我慢をしていたんだな。だが、一人では上手く吐き出せない事もあるだろう」


 どんな感情も、受け取り手がいないものは、空しいものだ、と。

 髪を撫でてくれるトリィはそう僕に諭して、まるで続きを促しているようだった。

 感情が伝染する僕の歌は、普段のものとは違って、聞いていて心地の良いものではない筈なのに。

 まるで、僕がまだババ様の死を乗り越えられないのを知って、わざわざ慰めに来てくれたみたいに、……というか、多分本当にそうなんだろう。

 そんなトリィに、僕はふるふるっと頭を振る。


「だめ、です」

「……私では、聞き役としては不足か?」

「んん、う。…ボク、ハーピィの、おーじ、…りーだー、おさ。ボク、が、みんな、まもる。ささえ、る。……あまえる、だ、め」

「…………」

「にんげ、さん、…よわい、とこ、みせる、…だめ。……あぶない、かも」


 トリィを信用していない訳じゃ無い。彼女は、とても優しい人だ。

 でも、やっぱり人間に弱い所を見せるのは怖い。何か、そこを利用されるかもしれない。トリィにその気がなくても、彼女を通じて何かさせようとする人がいないとも限らない。

 まあトリィは人間じゃなくて魔女だけど、あんまり違いは無いように思う。

 彼女だって、カタラクタ側の人だ。先生に雇われている。今後、雇い主が変わる事だってある。

 雇われの身として、冒険者として、依頼主の命令を断れずに何かをさせられる事だって、無いとは言えない。

 彼らは、金の為に同じ冒険者に手をかける事だってある。そう知っている。

 歌うのはやめたけど、一度出始めてしまった涙は、なかなかすぐには止まらない。おかげで、上手く話せないのがちょっと恥ずかしい。

 貴方には甘えられない、と言う僕に、トリィは髪を撫でていた手を頬に当てて、自分の方をちゃんと向かせた。

 綺麗な青い瞳は真っ直ぐで、何の企みも、下心も、感じない。


「シス。…君は、本当に群れの仲間達を想い、一生懸命自分が長であろうと、仲間達と森を守ろうとしている、頑張り屋で、立派な子だ」

「ぴい……」

「だが、君はまだ子供なんだ。甘えたい時には、甘えていい。悲しい時には、泣いていい。そんな我慢は、しなくていい。しては、ならないと私は思う」

「……で、も」

「ハーピィ達には、心配をかけたくないから甘えられない。ティリノ王子やシオンには、立場や関係性を重視する以上、あまり甘える訳にはいかない。…と、思っているのだろう?」

「うん……」

「だったら猶更、私に甘えて欲しい。私は君の群れの一員ではなく、君に支えられる必要もない。そして、一応王子に雇われてはいるが、決して彼の国の住人でもなく、何の権限もなく、君を利用しようなどという気持ちも一切ない」

「…………」

「ただ。君のように優しい子供が、一人ぼっちで泣くような事を、見過ごしたくはない」


 何の利害や損得もなく、単純に、泣いている子供を放っておけない、と。

 優しく囁くトリィに、心が揺れてしまう。

 甘えちゃって、いいんだろうか?

 飛びついて、抱きしめて貰って。撫で撫でして貰って、その胸で泣きじゃくっても、許されるだろうか。

 ハーピィの長として、という理性と。甘えてしまいたい欲求で、ぐらぐら揺れる。

 迷う僕の頬から手を離して。トリィは一度、右手を自らの胸元に当てた。


「他種族の私を、信頼出来ないのならば、誓いを。―――私が信じ仰ぐ唯一の神に誓って、君を害するような事は決してしない。私の命を救ってくれた君の心を救う、助けとなろう」


 トリィの言葉が終わると同時に、彼女の周囲で何か、魔力が動いた。

 それは単なる言葉ではなく。実際に、トリィの神様へとそうあると誓った、約束の言葉。

 この世界には神様が実在して、その力を借りる神官さん達や、加護を得ている人にとっては神への誓いとは魔法や契約にほど近い。

 セロさんが誓いを立てて作成した文書が、お国の大事な会議の資料として認められるように。正式に立てられた神への誓いには、確かな力がある。

 それを不正に反故にすれば、神罰が落ちるか、加護を永遠に失うか。

 そんなリスクを負ってでも。トリィは、僕の助けとなる事を望んでくれた。

 甘える相手を失った子供の僕に、何の心配もなく甘えていいよ、と。


「……ぴいいぃぃぃぃ……」


 こういう時、無意識の声はどうしても鳥っぽい。まあ、僕ら鳥だしね。

 それでもちょっとだけ治まっていた涙が、またぼろぼろ出て来てしまう。

 おいで、とばかりに両腕を広げてくれたトリィの胸に、遠慮なく飛び込む事にした。

 抱きしめてくれる感覚は、当たり前ながらババ様とは全然違うけど。

 べそべそまた泣き出した僕をあやすように、優しくぽんぽんと背中を叩いてくれる手が、暖かくて気持ちいい。

 何の気兼ねもなく、安心して甘えられる、泣いても構わない、そんな相手が存在するという事が何より嬉しい。

 やっぱり、僕はどうしようもなく、甘えん坊だ。

 恥ずかしい気はするけど、仕方ないよね。だって、まだ雛なんだもん。

 ……もうちょっと、時々は甘えっ子になる、子供の時間もあったって、いいよね……?

 その分、頑張る時は頑張るから。




 結局、泣き疲れてそのまま眠ってしまった僕に、トリィは一晩中ついていてくれた。

 ハーピィ達には朝になって僕が居ないって、めっちゃくちゃ心配させちゃったけどね。

 でも、おかげさまでスッキリした。

 …まだ多分、ふっとババ様を思い出しては泣きたくなる、そんな時もあるかもしれないけど、もう大丈夫だと思う。

 だって、そんな時は抱きしめてくれる、優しいトリィが居るもんね!







 まだまだ、子供ですから……



 余談ですが、トリィを呼んだ何者かと、トリィが誓いを立てた神様と、トリィに加護を与えている神様は、全てそれぞれ別の存在です。




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