始まりと終わり
無事に雛達のお披露目会も終わり、てんやわんやの飲み会も終わって、僕らはいつも通りの日常に戻った。
まあ、今までよりも雛の数が多いから、なかなか目が離せないから、去年の今頃ほどには人間さん達のお手伝いに手が回せないのがちょっと大変だけど。
それでも、ローテーションを組んで上手くやってます。フレーヌとグリシナも、普通に若鳥の狩りチームに仲間入りしたし。
集落の方も、ちょっぴり集落の範囲を広げ、作物を育てたり、森で採取した果物の種を育てられるか試したりという、内向きの事をしてるみたい。勿論、またあの鉱山に踏み入るチーム有り、相変わらずマップの作製もあり、冬の前に薬草採取にも精を出し、忙しいのは変わらないんだけど。
いいねいいね! いい感じに物事が運んでるね!!
実りの秋が過ぎると、いよいよ試練の冬がやってくる。
朝目を覚ます度に、頬を撫でる風が冷たくなってきた。
僕にとっては、これで4回目。雛達にとっては初めての冬。
小さな彼女達が心配だったのか、新しく届いた冬服は、ふかふかで温かそうな品が多かった。
僕も、肩のケープをもふもふ素材のものに、スカートとシャツもちょっと厚手のものにマイナーチェンジ。
元々のデザインが気に入ってたから、見た目の印象あんま変わらないけど。
『ババさまー!』
『おう、おう。今日も甘えん坊さんだねえ、王子は』
『えへー』
朝起きて、ご飯を食べてすぐ、ババ様の巣に向かって撫で撫でして貰った。
なんかね、ここんところ色々あって、癒しが欲しかったの!
いや別に日々の事でささくれ立ってなんていないけどね。
ヒマワリ始め、雛達がパパに可愛がられ甘やかされるのが、ちょっと羨ましかったのかもしれない。
まだまだ僕も雛なんですー。
フレーヌグリシナはすっかり若鳥だけど、成長遅いの。
恥ずかしくないよ! だって、僕は僕だもの、こういうものなんだもーん。
末っ子ポジションでなくなって寂しいとかじゃないんだけどね。だって、元々他のハーピィ達は、僕に対して王子扱いで、雛扱いなんてとっくにしてない。
撫で撫で甘やかしてくれるのは、ババ様だけです。充分です。
『今日は何処へ行くんだい?』
『んーと、センセのトコに行ってー、おはなししてー、今日はエルフさんのトコにも行こっかなー?』
冬服ありがとーって改めて言うのと、昨晩聞いた感じでは色々お話あるみたいだったから、そのへんとー。
最近雛達を構ってて忙しかったから、あんまりゆっくりサフィールさん達とお話してなかったんだよね。
一応、お薬は効果ありって認めてくれて、通行料支払いはもう無罪放免になったよって事は伝えたんだけど。
それから、集落に戻ってコンサートかなー?
そろそろ寒くなってきたから、ちょっと早めの時間にチェンジしようかなー。
『王子は働き者だねえ』
『ふふー! だって、ボクのかたにハーピィたちの未来がかかってるんだもん! ボクは王子だから、いっぱいがんばるよー!』
案内やら狩りやらは皆出来るけど、交渉窓口は僕の役目だもんね!
幸いにも、ティリノ先生もサフィールさんも、向こう側の窓口が僕に優しいからちゃんとやれてます。
と言っても、油断しないように気をつけなきゃだけどね!
大丈夫だとは思ってるけど。万一、ハーピィ達に害になるような出来事が起きたらたーいへん!!
万事うまくいくとは限らないものだから。
不測の事態にも、対応できるようにならなきゃ。
……どうしたら、そうなれるのかちょっと解んないけど。
『だいじょーぶだよ! ハーピィたちみんながいるし、ニンゲンにも、エルフにも助けてくれるヒトがいるよ!』
もう、サフィールさん達もティリノ先生やシオンさん達も、仲間って言って差し支えないと思うんだよね!
集落皆に無類の信頼とは行かないのが現実だけど、あの人達に関しては、信頼していいと思ってる。
……あー、サフィールさん達はまだちょっと向こうからの全幅の信頼を頂いてる訳じゃないかもだけど。
完全に信頼しあうだけが、仲間じゃないよね!!
何事も、健全に。真っ当に。対価が必要な時はきちんと支払いながら。
持ちつ持たれつの関係も、また信頼であり仲間でいいと思うんだ。
『まだちいちゃいのに、立派になったねえ、私達の王子』
優しく優しく、ババ様の翼が僕の頭を撫でる。気持ちいい。
人間さんやエルフさん達との関係は同盟だし仲間だけど、ババ様を始めハーピィ達とは家族だからね、居心地の良さが違う。
特にババ様は、僕にとってお母さんみたいな人だから。
甘えさせてくれて、優しく僕を認めて褒めてくれる。とっても嬉しい。
……いつかは、親離れしなきゃいけないのは解ってるよ?
でももうちょっと甘えたいの。
再三繰り返すけど、まだまだ雛なので!
『それじゃあババ様、行ってきます!』
『ああ。気を付けていっておいで、王子』
たっぷり甘えたところで、僕の一日が始まります。
それでは先ず、ティリノ先生の所へ!
「そーいえば、セーンセ♪ エルフさんたちとのわかい、できたでーす?♪」
「ああ、…いや、俺は聞いていないな。俺の兄が使節団として赴いている筈だが、先ず森に入れて貰える所から難航してるんじゃないか」
「まちのエルフさんたち、もうだいじょぶですー?♪」
「あの馬鹿が失脚して、違う奴が担当者になったからな。次の夏までには、きちんと対策が取られるだろう」
同じことする程、後任さんも馬鹿じゃないよね。反面教師の直後だもの。
聞いたところによると、北の魔族侵攻は大分勢いを弱めて、なんとかなりそうなんだって。良かった良かった。
その情報は、後でサフィールさん達に教えてあげよっと。
戦争が収まりそうなら、ここから運び出された魔石も、生活の質を上げる魔道具にして貰えるのかな。
軍事利用よりも、そちらに使って欲しい気持ちがある。
あーでも、あんまり便利になり過ぎると、人間って堕落するからなー。むつかしい問題だ。
「そうだ、そういえば地図作成班から、鉱脈の存在が期待出来る山が見つかったという報告があった。ハーピィに、新しく案内に割けそうなのは居るか?」
「まあ♪ そうですねー、今はまだまだこそだてがありますかーらー……、一時的にアーラに行ってもらいましょうかねー♪」
「……王子のご命令でしタラ」
あんまりアーラは僕の傍を離れたがらないけど、お仕事だと言われれば仕方ないと譲歩はしてくれる。
以前の鉱山調査チームの行き帰りの案内もアーラだったしね。
というか、たまーにだけど僕も一羽でその辺ふらふらしてる時があるし!
全時間僕にべったりしてる訳ではない。一羽でふらふらしてる時は僕がそうしたいから離れててって言わなきゃならないけど。そういう時のアーラ、凄いショックがった顔するけど。でも僕だってたまには一羽の時間が欲しいのです。
「……、…ああ、宜しく頼む」
先生のお話する為に、僕は先生のお部屋の窓に座ってるんだけど、ティリノ先生はお部屋の中に、アーラは窓の外に居る。
基本アーラはこちらを見てないんだけど、僕に指名されたからこちらを振り向いた。当然、先生とも視線が合う。
一瞬二人の目線がぶつかると、お互いにふいっと逸らし合った。
……先日の飲み会の一件以来、二人の距離感というか、雰囲気がちょっとおかしくなったなあ。
先生がアーラに対しておかしかったのは繁殖期の件からそうだったんだけどね。
アーラの方はしてやったり顔をしてたんだけど、うーん自分からつがい発言したのが、…なんだろうね。怒りなのか照れなのか。表情からはよく解らない。
とりあえず、お互い気まずく思ってるのは間違いない。
これは、あまずっぱいイベントの一種と思っていいんでしょうか。僕、わかんないです。
「では、ボクは今日はおいとましまーす♪ ちょーさの日程ですとか、こまかいこと決まったらお教えくーださーい♪」
一瞬二人を突ついてみようかと思ったけど、なんとなく藪から蛇が出てくる気がしたので、そっとしとく事にした。
君子危うきに近寄らず。男女の色恋沙汰なんて、第三者が首を突っ込むものじゃないです。
ほっといても、まとまるんならまとまるだろうし、元の喧嘩友達に戻るんならそのうち戻るでしょう。
っていうか、ハーピィと人間ってまとまるもんなのかな。魔物と人間のカップリングってありなの? いや、分類上は人間も魔物に含まれるって言ってたっけ。
そういえば、その辺の異種族間で子供出来るのかな、…いや出来るけど。
ハーフエルフ的な意味で混血したりするのかなー? ハーピィの卵からは、どうもハーピィしか産まれないみたいだけどねー。
生命って不思議。
『今日はエルフさんたちのトコにも行くよー』
『はい、王子。お供いたします』
先生のお部屋から飛び立って、アーラも連れて今度はサフィールさん達エルフの湖の方へ。
距離的には相当離れている。人間さん達の集落からじゃ、木のてっぺんに登ったってサフィールさん達の湖は見えない。
まあそもそも湖自体地表にあるんだから、発見は難しいか。
彼らの湖は、森の中でもかなり北より。
徒歩だと、迷わなくっても数日かかるだろうなあ。勿論迷うから、何日かかるの前にたどり着けないと思う。
僕らにしてみれば、お空をひとっ飛びだけどね。
「こーんにーちわー♪」
「やあ、王子様。丁度いい所に」
「ぴ? なんでーす?♪」
「今から、新しい家を造る所なんだ。見たがって居たよね?」
「ぴい! 見たいでーす♪」
わー! そういえば、前の時は材料集めの最中で、その後は急いで熱病対策のお飲み物を作ってもらったしで、見れてなかった!
冬が近いんだし、おうちの作成も急いでるのかもしれない。
木の枝に止まってご挨拶したのだけれど、サフィールさんの言葉に目を輝かせて地面に降り立った。アーラも着いてくる。
エルフさん達が、大きな木の根元に数人集まっている。
その足元には、たくさんの泥の山。たぶん、おうちの材料にするって言う、湖から採取してきた泥なんだろう。
既にその木にも同じものだろう泥がまとわりついてるけど、まだおうちとしては成立していない。これから仕上げなのかな?
各々杖を手に持ち、皆声を揃えて何か言っている。聞き取れない。
人の言葉とも、ハーピィの言葉とも全然違う。たぶん、エルフ語的なものなんだと思う。
これはこれで耳触りがいいな。綺麗な言葉だ、って思った。
恐らく発動語となる部分を揃えて口にし、杖を振るとそれに埋め込まれていた魔石がきらりと光る。
すると、足元に山になっていた泥が、まるで生き物……違うな。水のような流れを描いて動き出し、木に巻き付いていく。
「わー!」
ついつい歓声を上げてしまった。邪魔になってしまったら申し訳ないってすぐに自分の翼で口をふさいだけど。
するするするっと泥は木の幹に這うように階段を作り上げ、その先に床を、壁や屋根を、窓を形作っていく。
出来上がった部屋の重みは上手く頼もしい枝によって支えられる配置で、さりとて伸びた枝葉を覆い尽くしはしない。あれなら、木も今まで通り光合成を行い、生き続ける事が出来る。
それから、エルフさん達は再び魔法を発動させた。
すると、まるで焼かれた陶器のように、泥で出来た壁の質感が変わっていく。もちろん壁だけじゃなく、階段も床も。
「これで、完成だね」
サフィールさんが宣言するのと同時に、魔法を使っていたエルフさん達も杖を引いて、どうですかとばかりに笑った。
そこにあるのは、立派な木に寄りそうように、その枝ぶりを頼りにしつつも邪魔をしない、絶妙な配置で作られた、真っ白なおうち。
「すごーい! まほうも、おうちも、すっごくきれい! とってもステキ!」
「あははは、喜んでもらえて良かった」
「さわってみたいでーす! へーき、ですか?♪」
「平気だよ、どうぞ」
「わーい♪」
湖の底の泥でおうち作るって言うから、どんなんだろうって思ってたけど、こんなにもファンタジーだとは思わなかったー!
サフィールさんの許可も頂いたところで、意気揚々と出来立てのエルフハウスの足元にお邪魔する。
釉薬をかけて焼いた陶器じゃなくて、こう、素焼きの質感?
でも、色は真っ白で綺麗。ぱふんぱふんと翼で触ってみるも、相変わらず触感を感じるにはこの翼は不向きです。
流石に足の爪でひっかくのはダメだと思ったので、ぷにっとほっぺたを当ててみる。
あ、やっぱりつるつるはしないな。ざらっとしてる。
でも、案外固くない。むしろ、ちょっと柔らかめ……?
「すごーく、フシギ♪ 石みたいなのに、やーらかいでーす♪」
「うん、この木は生きているから、当然これからも成長するからね。それに対応出来るように、なんて言えばいいかな……。邪魔にならないように動かせるようになってるんだ」
「ぴ! すごーい、まほうすごーい! エルフさんて、すっごーい♪」
僕は風の魔法しか使えないから、全然理論的なのわかんないけど、凄い!!
なんでも出来るって訳じゃあないんだろうけど、大抵の事は出来そうな感じだよね!
なるほどー、こんなすごい事が出来るエルフさんと同盟をむすべたら、魔道具作成で国を支える事だって出来るんだろうなー。
……なんでそれを冷遇したかなー。カタラクタの大臣さん。
ま、僕は知らないけど。もう失脚したみたいだし。
「中も見てみていいでーす?♪」
「いいけど、流石にまだ何もないよ?」
「いいのー♪」
興味がある物は、落ち着くまでじっくり見たいの!
出来立てのおうちだもの、中に何もないのなんて解ってます。
階段を登る事はせず、ひらりと飛び上がる。さすがに窓ガラスとかないし。ていうか閉める扉もないけど、これから作るのかな?
そして、中を覗き込むとあら吃驚。
こう、がらーんとした何もないお部屋を想像してたんだけど。
何もなくないよ?!
既にテーブルがあるよ?!
なんかしまえそうな収納もあるよ?!
扉的なのと、椅子的なものはないけど、こう最低限の家財道具に変身できそうなものが色々あるよっ?!
あっちの長いのはベッドになりそう!!
「サフィールさーん! 中もう色々ありまーすよー?♪」
「ああ、最低限のものはね…。後でまた位置を移動したり、扉は別につけるんだけど」
「エルフのおうち作りって、こんなになんでも作れちゃうでーす?♪」
「簡単に、ではないけれどね。集めた泥に、たっぷり僕らの魔力を染み込ませて、自由に形を作れるようになるまで、かなり時間がかかるから」
あ、そうか。そうだよね、春にここに来てから、このおうちが作れるようになるまで、何カ月もかかってる。
これまで、おうちを造ろうという形跡は見ていたけれど、こうして完成したおうちはこれが初めてだ。
今まで頑張って材料作りをしていて、なんとか冬までに間に合わせた、って感じになるのか。
「さむーくなるまでに、みんなのおうち、出来そうでーす?♪」
「ギリギリになると思うけれど、なんとか」
「んー、ボクがお薬を作ってもらったからでーすよね♪ あせらせちゃって、ごめーんなさーい♪」
「ああ、いいんだよ。お陰で、外からのしがらみを断ち切れたんだから。魔道具も数が減らなかったから、皆で作業出来ているし」
窓枠に止まる僕に対して、サフィールさんは椅子がないからテーブルに座って、笑ってくれた。
あの発案のおかげで、エルフさん達は無罪放免って事になったけど。
いくら北の国から来たって言っても、冬の寒さは辛いだろうから、きっとおうち作り頑張ってたんだろうな。
こういう作り方をする以上、僕らに手伝えることは無いけど、なんだかちょっと申し訳ない。
……彼に気にしている感じがないから、これ以上は言わないけどね。
「そうだ、サフィールさん♪ シンセのたたかい、ちょっと収まってきたみたい、でーす♪」
「っ、……そうか」
「まだ終わった、ではないようでーすが♪ ……春になったら、帰ります?♪」
「……いいや。また人間の国を横断してしまう事になるし、完全に戦いが終わったのでもないなら、僕らは足手まといになる。…それに、僕らはここで生きていくと決めたから」
「そうですか♪ りょーかいしまーした♪」
「……でも、いつか。故郷の仲間達に、手紙でも出したいんだ。その時は、少し力を借りてもいいかな」
「はい、もちろん♪」
ほんの少しだけ、その表情に迷いと望郷の念が見て取れたけれど、少なくとも彼の意思は変わらないみたいだ。
……まあー、また難癖つけられてもヤだしねえ。
それに、収まってきた、ってだけで終わった訳じゃない。また再加熱する可能性だってある。そういう意味では、教えるのはちょっと早まったかしら。
でも、故郷を守る為に残った仲間達の事は気がかりだろうし。少しでも、安心させてあげたいと思ってしまったの。ごめんね。
ティリノ先生に、シンセの魔族戦についてはちょくちょく聞いておこう。もしもエルフ達が無事に生き残って故郷の森の復興を始めたと言うならば、その時こそ離れた仲間は元気にしている、と伝えて貰おう。
それは、きっと双方の希望になる筈だ。
窓の外を見ると、こことは違う木の根元に、またあのエルフさん特製粘土を積み上げている光景がある。
それ以外にも、きっとこれからこまごました家具を作るのだろう、あの粘土を取り分けている人たちも。
その顔は、絶望に俯いてはいない。
忙しさとかは見えるけど、皆前を向いている。これから頑張ってここで生きるんだという意思を感じる。大人も、子供も。
どんな種族であれ、生きる為に努力する姿は好ましいと思う。
「みんな、いそがしそうですけど、楽しそうでーすね♪」
「そう、だね。ここに来て、やっと希望が持てたのは確かだから」
「うふふ、ちょっと気持ちはわかります♪ ボクらはにたものかしら♪」
「? そうなのかい?」
「ボクらもこの間まで、ちっともヒナが産まれなくって、大変でしたかーら♪」
「……そうだったのか」
100羽を越していた群れが、20羽を切りそうになるくらいには、切羽詰まっていた。
でもやっと、5羽もの雛が産まれた。これからも、それを途切れる事なく続けていける、と思う。
やっと、群れの展望に明るい未来が見えて来たところ。
うん。君らも僕らも、これからだ。お互い頑張ろう。
やっと、これから先に希望が持てるようになってきた所なのは、きっとハーピィ達もエルフ達も、同じなんだと思う。
「!!」
同じ森に住む同士、ちょっとだけ親近感に心が温まった、その時。
耳に飛び込んできた音に、パっと空を見上げる。
サフィールさんはきょとんとしていた。これは、僕らにだけ聞こえる、ハーピィの呼び声。
先生達に渡している笛の音ではなくて。
……本物の、ハーピィが発した、緊急を知らせる鳴き声。
その音が教えてくれる、今まで聞いたこともないような切迫した感情に、僕もアーラもすぐさま翼を広げた。
「ごめんなさいサフィールさん、急ぎのよーじが出来ました♪ またこんど、ゆっくりお話ししましょーね♪」
「……ああ。気を付けて」
僕の顔色が変わったのが分かったんだろう、何も聞かずにサフィールさんは手を振ってくれた。少し、心配そうな表情さえして。
なんだか、エルフさんの湖に来るたびにこれだね!! ほんともう!!
思いながらも、アーラを伴って全力で呼び声の元へと飛ぶ。勿論、飛ぶ力のあまり高くない僕は、風の精霊さんの力を借りながら。
森中のハーピィを呼んだ声は、長老木からだった。
僕とアーラが戻ってくるまでに、もう殆どのハーピィ達は戻ってきたみたいだ。
彼女らは、長老木の最上部にある、ババ様の巣の周囲に集まっている。
『お、王子……! ババ様が、ババ様が…!!』
僕に気付いた、シャンテが涙をぽろぽろと零しながらそんな事を言った。
見れば、巣の周囲の枝に止まっている、殆どのハーピィが大粒の涙を流し、それを自らの翼で拭っている。
もう、それだけで何が起こったのかを察することは出来た。
心臓が五月蠅いくらいに鳴って、そこにあるだろう、とても見たくない現実から逃げたい衝動に駆られた。
……勿論、そんなことは出来ないけれど。
ぱささ、と羽ばたき、ババ様の巣に降り立つ。
いつもの巣の奥、枝と羽根を積み上げ、まるでソファーのように設えたババ様の定位置には、今朝撫でて貰った時と同じように、ババ様が居た。
でも、その瞳は閉じている。翼もだらりと力なく下がり、身体は完全に力が抜けて羽根のソファーに埋もれるようになっている。
その傍で泣いているハーピィの横をすり抜けて、動かないババ様に近寄る。
ぽふぽふ、と翼で頬を撫でても、ぴくりともしない。
膝に頬を摺り寄せてみる。
……、…ああ、冷たい。
ふかふかの羽毛越しでも、いつも感じられた暖かさは、もう無い。
『ババさま……』
呼んでも、もう返事は無い。
ハーピィの死は、いつもこんな感じだ。
野生の動物が自らの不調を隠すのと同じように、彼女達も死の直前まで、仲間達にすらその兆候を見せない。
ましてや、僕らハーピィの群れの最長老。信じられない程長生きしていたというババ様は、本当にいつ亡くなってもおかしくなかった。
冬が近づき、寒さが増して来たこの時期。
老いたハーピィが、最も力尽きやすい季節なのだ。
『みんな、ババさまにお別れのお歌をうたおう』
長く群れを率いていた、敬愛する彼女の死に、皆が涙していた。
ハーピィ達の群れの結束は強い。僕らは野生動物だけれど、仲間の死に悲しむという感情はちゃんとある。
ぐす、と鼻を鳴らし、涙を零しながらも。始めに歌い始めた僕に合わせて、皆も歌い始める。
群れの全てのハーピィが、今まで自分達を支え、守って来てくれた、偉大な彼女へ別れと感謝の歌を捧げる。
……それが終われば、皆で長老木の根元へ、埋める事になる。
空を飛ぶ僕らにとって、地に落ちるのは死の象徴。でも、それは恐ろしい事ばかりではない。
生ある僕らを育て、守ってくれた木への恩返し。死した後は、木を育てる為の糧となる。
それは、古くからのハーピィの習わしなのだそう。
そうして、命は廻る物なのだ。
『だいじょぶ。だって、ボクがいるもの』
基本、長は年長順になる。だから、今までの長が亡くなって、新しい長を選ぶのに混乱などは起こらないんだけど、同じハーピィでも群れの方針が変わる事はあるみたいだ。
ただ、現在もう既に僕が長を引き継いでいる。
まだ雛の身だけど、とっくに僕がこの群れのリーダーだ。それは皆も承知している事。
皆にとって、尊敬する、頼れる、前リーダーのババ様がいなくなり、悲しみに暮れるのは当たり前の事だけれど。
それでも、不安になる事はない、と僕は断言した。
『…はい、王子…!』
『ババ様が落ちられても、私達には、王子が居ります…!』
『我々、皆で貴方を支えます!』
『どうか、私達を導いて下さい、王子…!』
未だ止まらない涙を零しながらも、皆は頷いてくれた。
…大丈夫。皆、僕をリーダーと認め、信じてくれている。
ババ様が居ないのは悲しいけれど。……だからこそ、これからは僕がもっとしっかりしなきゃいけない。
僕の可愛いハーピィ達を守る為にも。
大丈夫。
だって、…ババ様だって立派になったって、言ってくれていたもの。
僕が、ちゃんと皆を守るからね。……だから見ててね、ババ様。
それは、雛にあるまじき。
なまじ自覚のある子供は、逆に心配なもの。
精神が大人びていても、まだまだ彼は子供なのです。




