宴会
ティリノ先生が帰ってきて、新しい雛達のご挨拶が済んだ後。
長居するのもお邪魔になるかしら、と適当な所で撤収する予定だった。
うん、予定としてはご挨拶だけだった。まだ雛達は人間さんの言葉を殆ど話せないし、万一の事を考えると雛1羽につき大人1羽、ちゃんと見ていないと怖い。
それだけのハーピィを割くとなると、当然狩りもしなきゃいけない僕らは、道案内の為の手の方を減らす選択をせざるを得なくなって、結果人間さん達の地図作りやら何やらも滞ってしまう訳で。
と、思ってたん、だーけーどー……
「シオンさーーーん!! うちの子の判定を! どうか! 一つ!!」
「だからわかんないからそんなの」
「そんな! ティリノ様に解るものが、どうして天才美魔女のシオンさんに解らないんですか、おかしいじゃないですか!!」
「なんかこう、鳥ってひっくりかえせば解るもんなんじゃ?!」
「あたしはひよこの判別師じゃないわよ!! だいたい、魔力の質なんて親子でさえ結構な確率で変わるんだから!! ティリノとヒマワリちゃんは運がいいパターンだし、そもそも赤の他人の、あまつさえあんたらレベルの魔力量で識別できるほど認識できるかーーー!!」
対面時に居なかったシオンさんが、あの後超特急で帰ってきて、さあ雛を愛でようとしたら冒険者さんパパお二人に絡まれ最終的には大爆発。
雛に走り寄るのをブロックされた上に無茶振りされたのが原因だと思う。
とりあえず、シオンさんでも個人の魔力の質の識別は至難だというのが解った。
なんだろうなあ……、家系的に使いやすい魔法系統はあるみたいなんだけど、人によって補助が得意だったり攻撃が得意だったりという差がでる、みたいなものなんだろうと。
ハーピィは風系統一択だし、エルフはきっと水一択だし、色んな神様や精霊の加護を受ける、人間さん特有の現象なんだろうな。
……そういえば、ティリノ先生は風魔法が得意だったし、たぶんヒマワリはそこを遺伝したんだろう。だから先生も識別できたのかな。
てことは、今後も先生の子供は、先生には解るのかなあ…? 関係なくズレたりもするのかな。凄く気になる。検証したい。そこに意味があるか知らないけど。
「それではそろそろー……」
「待ってくれ、鳥王子! いや、シス王子! もうちょっと! もうちょっとだけ……!」
冒険者パパ二人が魔法の修業を心に決め、シオンさんがお手製クッキーで雛達ハーレムを作り上げでろでろになるまで満足したところで、そろそろ撤収しようと。
したところで、待ったをかけたのはマッチョさん。
その待ったが、今まで鳥王子なんて呼んでた僕の、名前を呼んであまつさえ土下座スタイルなんてするもんだから、僕も言葉を止めるってもんです。
「……マッチョさん、そろそろお昼でーすよ♪」
「解っている! 解っちゃいるが、お前さん達はそうそう雛をここに連れて来てくれはしないだろう?!」
「まあ……、でも、マッチョさんがいなーいと、大工さんたちこまるでしょー?♪」
「……今日は休みだお前らァ!!」
マッチョさーん!!
実際、彼らも毎日休みなく働いてはいないだろうし、休日に定める事もあるんだろうけど、突如ここで大工さん達の休日が決まった。
そして働くのが嫌いな訳ではないが、それはそうとお休みが嬉しくない訳もない。
わ、っと沸くお弟子さん達。いや、僕は良いんだけども。
マッチョさんのバツイチ話を聞き、流石に不憫になったのか、雛達独り占めを自重したシオンさんから、そっとサクラがマッチョさんの傍に寄り添わされる。
びっくりおどおどのサクラも少し慣れたのか、ちょんと素直に座って、ぱぱの顔を覗き込む。するとマッチョさん流石に感涙モードを越えたのか、よしよし撫で始める訳で。
「……うん、幼女とゴリマッチョの絵もいい。可愛い子がさらに映える」
あっ、違うなこれ自重してるんじゃなくて、シオンさんは新たな雛の愛で方を模索してるだけだ。
自分でなでなですりすり愛でるだけに飽き足らず、普段は見ない絵を作り上げ、楽しむという方向を見出し始めたらしい。
今日も楽しそうで何よりです。
……そして、結局。
雛達のぴよぴよ社会見学は、夜になるまで続いたのでした。
「ぱぱー、バイバーイ!」
「ああ、またな」
「うおおおお、いつでも会いに来いよー! パパ、待ってるからなーーー!!」
「ぴーーー♪」
夕方、雛達は巣に戻っていく。
暗くなる前に晩御飯を食べさせたいし、日が落ちる頃には彼女達は眠りにつく。
大人ならともかく、雛達にそのタイムスケジュールを乱して欲しくないからね。子供はよく食べて、よく遊び、よく眠るものです。
特に今日は一日慣れない環境に居て、……んーまあ緊張しておどおどしてたのはサクラだけで他の子は好奇心たっぷり、きらきらで集落の中をパパと一緒にお散歩したり遊んでたから、疲れてご飯を食べたらすぐ寝ちゃうだろう。
その体力切れを起こす前に、早めに巣に帰らないとね。
いつの間にか、ヒマワリに『バイバイ』を教えていた先生や、またも男泣きで見送るマッチョさん及びパパ達に見送られ、雛達はシャンテの先導の元、巣へと飛び立った。
「ああ、やっぱ寂しいなあ……」
「うーん、またおつれしまーすよ♪ 今度は、みなさまのホントのお休みのトキに♪」
集落に雛をあまり近づけたくないと思ってたけど、そんなに寂しそうな顔されてしまうと、僕もちょっと考えてしまう。特にマッチョさんにそれが顕著。
娘可愛さに、ストライキでも起こされたら僕もティリノ先生も困っちゃうし。
そもそも、先生がパパの1人だし。
通い妻ならぬ、通い娘だね!
「…そうだな、もう会えない訳じゃねえ。むしろ、元気に育つ娘と会えた、今日はめでたい日だ! よし、今夜は飲むか!!」
どうしてそうなったー。
大工棟梁、マッチョさんがそんな風に空元気を出して言い放つと、休みだと言われた時以上に皆様が沸き立った。
あ、あれ、集落リーダーは先生の筈だけどな?
うーんでもまあ、確かに人生経験的に、棟梁さんという立場的に、リーダーシップを持って居るのはマッチョさんになっちゃうのか。
そこへ、数少ない狩りに出てた冒険者さんも戻ってきて、しかも成果は立派な猪に、大きな鹿。
これはもう、焼き肉、酒盛り、待ったなし。
「シス達はどうする? 帰るか?」
「ぴ? むしろ、さんかしていいでーす?♪」
「良いんじゃないか? なあ、タスカーさん」
「勿論だ! ハーピィ達のおかげで会えた娘たちだからな!!」
あ、タスカーさんっていうのが、マッチョさんの本名です。
そんなわけで、ギルド前の大きな広場、沢山の人達が集まって、焼き肉飲み会が始まる事と相成った。
僕だけ参加ていうのも変というか、アーラ達が許さないので、雛を見ている数羽の大人を残して殆ど再び集落へやってきた。
中央で焚かれている、大きなキャンプファイアーからは、流石に距離を取っているけど。元から僕らは暗がりも見通す目があるから、離れて暗くたって問題ない。
「では、新たなハーピィの誕生と、我らの同盟を祝して!」
かんぱーーーい! と、杯を元気よく振り上げる皆様。流石に音頭を取ったのはティリノ先生だった。
集落に居る皆さんが広場に集まると、ちょっと手狭。
なので、そこから伸びる道の方にまで、テーブルが出されて立食パーティ、……違うな、バーベキュー。バーベキューパーティだ。
「……あら? トリィはどこいくですー?♪」
「ああ、私は見回りがあるからな。一回りしたら、改めて合流するよ」
「そーですか♪ いってらっしゃーい♪」
かんぱーい、には付き合ったけど、トリィが一人で何処か行こうとしていたので、聞いてみたらお仕事の時間らしい。それは仕方ない。
誰も彼もひっくるめて遊ぶわけにいかないもんね。トリィ、まっじめー。
一緒に楽しむ気がない訳ではないみたいで、お仕事終えたらというか、ちょいちょい戻ってきては飲み会の雰囲気だけでも満喫するのでしょう。
そういう意味では、お酒は飲まないんだろうな。ちょっと残念、陽気になって歌いだすトリィとかも見てみたかった。
ま、それはまたいつか。
喧噪から離れていくトリィを見送って振り返ると、メインのお肉、第一陣が解体・調理を済ませてテーブルに並べられ始めていた。
お肉は熟成させた方が美味しいって聞いたことあるけど、まあ野暮なことだよね。
ていうか、僕ら的には、血の滴るレアの方が美味しい訳なので。
「シオンさーん、ボクにもちょーだーい♪」
「もっちろん! はい、あーん♪」
「あー♪」
全く何のためらいもなく、シオンさんにお肉をおねだりしたら、全く何のためらいもなく応じてお肉をあーんしてくれる。
最初からそのつもりだったのか、表面を軽くあぶっただけ、みたいなかなりのレア肉。
うん、香ばしさが加わって、単なる生とは違う味わい。これもまた趣深い。
ちなみに、今日はお祝い? って事なので、ハーピィ達もちょっとだけ、お肉をご相伴に預かっています。
具体的には、鹿さんの後ろ脚分だけ。生です。
パーティだから、少しは一緒に食べないとね!
「それはー? おさけでーす?♪」
「お酒よー。シスちゃんには、まだちょーっと早いかなー」
シオンさんは程よく焼けたお肉をおつまみに、主にお酒を飲んでるみたい。
何のお酒だろ? 外から持ち込んだものかな?
興味を示す僕だけど、これはちっちゃい子が飲むものじゃない、と分けてはもらえない雰囲気を感じた。
そういえば、この世界の成人って、何歳? ていうか、お酒って成人から飲むもの?
多種多様な種族が居るみたいだから、きっちり何歳で成人とかもないのかな。
「センセ、センセもおさけでーす?♪」
「いや、これは殆どただの果汁だ。夏に収穫した果実を、酒に出来ないかと試行錯誤してるらしくてな。そのうち、酒に変わるかもしれんが」
ワインみたいなもの?
夏にってことは、まだ秋なんだから当然発酵もまだまだで、だから殆どただの果汁、ね。
生絞りよりは違う風味なのかもしれないけど、お酒と呼ぶにはまだまだ。
ていうか、お酒なんて作ろうとしてたんだ。
まあー、適度なお酒はストレス解消にいいもんね。深酒はだめぜったい。
「ボクものみたーい♪」
「ああ……、…まあ、この森の果実を絞ってすこし置いただけだし、問題ないとは思うが。一応、毒見してからにするか?」
「当然ヨ」
ただのお肉か、シオンさんのお料理なら最早僕までのノーチェックで来るけれど、それ以外の人間さんの手が加えられたものは、先ずハーピィ達の毒見が入る。
これなんか、普通のジュースに違いないとは思うんだけどな。やっぱだめか。
たぶん大本はどこかの保存庫のタルの中なんだろうけど、今日の飲み会の為にいくらか出されてきたみたい。大きなピッチャーに入っていた飲み物を、ティリノ先生が自分のとは違うカップに改めて注いでくれる。
当然、と返事したアーラはそれを受け取り、いつも通りくんくんと匂いを嗅いで、異臭がしない事を認識するとくっとカップを傾けて口に流し込む。
「!!!」
途端に、ぴんっとアーラの冠羽がお空に向かって跳ね上がった。
あれ、なんだろう。変なリアクション。
美味しい、というのとはなんだか違う。
先生も同じことを思ったようで、僕と一緒にちょっと首を傾げる。
「……おい、どうした?」
尋ねても、返答なし。
もしかして、言葉も出ない程、ハーピィ的には不味い……?
かと思えば、一時停止していたアーラは、カップに注がれていたジュースをくぴくぴと一気飲みの勢いで煽った。
えっ、ぼ、僕の分はっ?
そして、カップをずいと先生に突き出す。
「もう一杯」
「は?」
「早ク、もっと!!」
「あ、ああ?」
強い要請に、言われるがままに先生はアーラのカップにジュースを注ぎ足す。
えー、えー? 僕はー?
毒見、と言う話はどこへやら。それほど大きくないカップにジュースの量は大して入っておらず、一杯飲んではもっと、もう一杯、とアーラは順調に杯を重ねていく。
明らかに様子がおかしい。僕も先生も思ったけれど、アーラの勢いは止まらない。
そして、3杯目くらいを飲み切った頃。
アーラの顔色が明らかに赤くなっていて、目も虚ろになっている事に僕らは気付いた。
「お、おい。…まさかお前、酔って……」
「ナニ? ナニノンデるノ、アーラ?」
「オイシイ?」
「ワタシにも、チョウダイ!」
アーラの様子がおかしい事に、他のハーピィ達も気付いた。
一心不乱にジュースを飲むアーラから、それが美味しいのだと思った彼女達も、私にも私にもと先生にせがみだす。
案外、雛でなくてもハーピィは好奇心が旺盛だ。
しかして、明らかにジュースを飲み始めてから様子がおかしくなった事に、先生は危機感か、危険を感じている様子で、空のカップを持ってきてちょーだい! するハーピィ達に若干引き気味になった。
「よっしゃー! 皆も飲もう! 皆で飲めば怖くない!!」
「あっ!! おいシオン……!!」
そして、どうすべきか悩む先生の手からジュースのピッチャーを奪ったのは、いつの間にやらすっかり出来上がっているシオンさんだった。
はいはいどーぞー、とばかりにハーピィ達に順にジュースを注いでいく。
止めようとしたのか、右手を出してる先生などおかまいなし。
……そして。
「キャハハハハハハハハ!!!」
「なにコレ~、オイヒー、モット~!」
「フキャ~~~~……」
途端に、重度の酔っ払い集団が出現した。
突如大きく笑いだす子、アーラのように強く迫るではないけれど、もっともっととせがむ子、腰砕けになったのかその場に座り込む子。
一方アーラは5杯目を煽っている。
「……。…センセ、それ、何はいってるでーす?♪」
「いや、待て、誓ってただの果汁だ。アルコールは一切入っていない」
「げんりょーは?」
「確か……、これくらいの、皮の厚い、橙色の果実だったと思うんだが」
……オレンジとかグレープフルーツかなんか?
そうか、確かにそういう類の果実は、皮が厚くて渋くて身まで到達するのが大変だから、僕も味見した事が無い。即ち、森にはあるけど、ハーピィ的に食べた事の無い果実。
ナイフを使える人間だから、剥いて身にありつく事が出来たって事ね。
そして、ピンポイントでハーピィにとって、酔っぱらう成分でも入ってたと。
まあ、猫だってキウイで酔うって言うしなあ。
飲んじゃった物は仕方ない。後遺症がないと、願うしかないなあ……
「おっ、アーラなに、いけるクチ? もう一本いっとく?」
「シオンさーん、そのへんにしてくーださーいー♪」
「はっはっは、悪いが聞こえんなあ!! さあぐっと! ぐーっと!!」
「待ってシオン! それはお酒!!」
黙々と飲み続けるアーラに、シオンさんは更に注ぎ足そうとしたんだけど、それはジュースじゃなくてシオンさんが瓶ごと持ってきたお酒。
オレンジジュースで酔っぱらうハーピィが、果たしてアルコールではどうなのか。酔いに酔いは重なるのか。気になるけれど、あまり実験したくはない。お酒の飲みすぎは身体を壊す元ですよ!
止めようとした僕もそっちのけ、さあさあと迫るシオンさんに、流石にセロさんによる待ったが入った。
流石、このパーティの良心!! ちなみにルストさんはあっちで飲んでるよ!! フレーヌとグリシナにお酌して貰って! 二羽には飲ませないでね!!
「あーーーーー……?」
「え……」
「あーたーしーのー酒が、飲めないってぇ言うのかーーーー!!!!」
「っちょ、待ってシオ、がふっ?!!」
パーティの良心ーーーーーー!!!!!
もう、ほんと絡み酒の典型みたいな台詞を言い放ち、手にしていた酒瓶の口を、セロさんのお口に直接突っ込むシオンさん。
それは! 普通に! 危ない!! 良い子も悪い子も真似しないでね!!
瓶から直接口にお酒を流し込まれて、暴れるセロさん。
し、神官さん、お酒飲んじゃいけないんじゃなかったっけ? …あ、いや控えなさいくらいで飲むの自体はいいんだっけか。ルストさん曰く、セロさんは飲まないって言ってたけど。
この間、ティリノ先生はどうしてるかというと、なんだけど。
「オウジサマァ~、ツギノハンショクキー、サンカシテー、クレルノー?」
「ネー、ツギはワタシと、タマゴツクリマショー?」
「ワタシモー、ワタシモー」
「ニワクライなら、ヘイキデショー?」
「待て待て待て待て!! 迫ってくるな、あと二羽同時とか無理だ!!」
複数のハーピィに、絡まれておいでです。
ジュース一杯でべろっべろになってるハーピィ達に迫られるとか、生きた心地しないだろうなあ。
もはや、僕が言っても無駄だろうから、生暖かく見守るしかないんだけど。
絡んでいって、僕まで飲まされたらホント目も当てられないし。
酔っ払いハーレムとなる先生の状態が気になったのかなんなのか。
今までぐいぐいとジュースを飲んでいたアーラがぴたりとその動きを止め、カップをその辺にポイ捨てしてずかずか歩き出した。
あ、カップはね、借り物だからね。僕がキャッチして、テーブルに置いておく。
それはともかく、え、アーラもそれ参加するの?
かと思ったら、途中からスピードに乗った走りになったアーラは、そのまま先生に膝蹴りを入れた。
「んがっ?!」
「なーーーーにデレデレしてるのヨ。調子に乗るのモ、大概にしなサイ」
……まあ、爪がある足で蹴らなかっただけ、良かった。そんなことしたら大惨事だよ。
膝蹴りの衝撃で後方に軽く吹っ飛ばされ、それでも倒れはしなかったティリノ先生の前に、アーラは仁王立ちの姿勢。
他のハーピィ達からは引き剥がされた形になる。
「アンタの事は気に食わないケド、孵った雛は良い子ダシ? 褒めてあげるワ」
「おま、そんな事より今の蹴り……」
「違うわネ、アンタが親でも良い子を産んだ私ヲ! 褒めなサイ! さあ!!」
「……、……ああ、うん、スゴイスゴイ。流石アーラ。スゴイナー」
酔っ払いに何を言っても無駄、と先生は判断したようだった。間違いなく正しい。
物凄く力の無い、抑揚の全く無い、棒読みこの上ない賛辞だったけど、現在重度に酔っぱらってるアーラはそれでいいのよ、みたいに胸を張って得意げにしている。
それから、両翼を先生の頬に当てて、ぐいっと自分の方を向かせた。
「……あ?」
怪訝そうな顔をしたティリノ先生は、次の瞬間には驚愕に目を見開き、硬直する事となった。
何かと言えば、アーラに唇をふさがれたから。
何でって? そんな、言うだけ野暮ってモンですよ?
うちゅーーーーーー、と擬音が出そうなくらい、ながーいそれに、周囲の人達もハーピィ達も、何事かと動きが止まるってもんです。
「人間のつがいっテ、こういう風にするんでショ?」
「なっ、だ、ど、おま、」
「喜びなサイ、良い卵を産める私ガ、アンタをつがいにしておいてあげるカラ! まあ、もっと良い雛が産まれそうなオスが見つかるまでノ間だけれどもネ!!」
そして、彼女は上機嫌に高笑いを上げる。
まるで女王様と言った体のアーラをよそに、ティリノ先生はその場に崩れ落ちた。
……うん。…なんていうかもう、……心中お察し申し上げます。
これで先生も酔ってたら、もーちょっと救いがあるんだけどなあ……
「あーーーーもう!! いい加減にしてシオン!!!」
「きゃう!」
あっ、しまった忘れてた、視界内にイベントが多すぎて困る!!
暴虐の酔っ払いと化したシオンさんに強制的に飲酒させられ、流石のセロさんもとうとう切れたご様子。そりゃそうだと思う。
普段は優しくて穏やかで腰の低いセロさんだけど、キレるとそりゃもう怖いのだそう。
僕がキレさせた事は無いから知らなかったけど、シオンさんを振り切った後、目を据わらせてゆらりと立つ彼は、成程なかなかの威圧感。
……ていうか、若干ふらついてるけど。…あの、彼もやっぱり酔ってるのでは。そりゃそうだよね。瓶から直接らっぱ飲みとか、命の危険があると思うからホントに良い子も悪い子も真似しちゃだめですよ。
「ほんと君って人は、いつもいつもいつも、言いたい放題やりたい放題……!!」
「あ、あの、セロー……?」
「自由なのは君の良い所だけれど!! やっていい事と悪い事の区別もつかないの?!」
「ぴゃーーー! ごめんちゃーーーい!!」
「ごめんで済んだら憲兵は要らないんだよ!! 毎回毎回僕に迷惑かけてないとでも思ってるの?! なんなの、君は僕が嫌いなのかい?!」
あっ、今までのストレスが大爆発してる……
怒りながらぐいぐい迫ってくるセロさんに、先ほどまでの暴走はどこへやら、怯えた子犬のように縮こまって、謝りつつ後退していくシオンさん。
まさか、セロさんに限って女性に暴力振るったりはしないと思うけど、普段飲まない人が深酒した時なんて、ほんと何するか解んないからなあ。
心配になって、広場の隅まで追いやられていくシオンさんと、追いやっていくセロさんを追っていく。なお、二人の酔っ払いの意識内に僕は入っていない模様。
他の人達も、ちょっと心配そうに見ている。心を折られた先生除く。
しまいには、行きついたおうちの壁にシオンさんがくっついてしまい、逃げようとしたところをセロさんが腕をどんっと壁について阻止までした。
壁ドン!! 壁ドンだ!! やってるとこ初めて見た!!
「ちっ、ちがうも、嫌いとかじゃないも……!」
「じゃあなに?! オモチャかなんか?! それとも体の良い尻ぬぐい役?! そうじゃなきゃお母さんかなんかなの?! 甘えんのも大概にしてくれる?!」
「ご、ごめんにゃさーー!! 違うのーー! そんな事思ってなーいーー!!」
ガチギレするセロさんに、追い詰められたシオンさんがとうとうマジ泣きし始めた。
酔っ払いと酔っ払いが絡むと、ほんとロクな事になんないな!!
ていうか、そろそろ本当に止めないと、翌日からの二人の関係に結構重度のヒビが入っちゃうんじゃないか。まさか二人揃って記憶を綺麗に飛ばしてくれるとも思えない。
バーベキューパーティで結構喧噪があるし、二人に聞こえる程度に抑えて眠りの呪歌で強制的に眠らせちゃえば……
「ホントさ!! 好きな子にそんな扱いされる僕の気持ちも、少しは考えてくれる?!」
「はへ」
「あ」
えっ。
呪歌の一音目を出したところで、思わずストップしてしまった。
同様にシオンさんもストップ。
セロさんは未だに怒り状態である。
……ところでセロさん、怒り上戸なの? 普段あんなに優しいのに。だからなの?
「何その顔!! 可愛いなもう!! だいたい、毎度毎度あんな暴走するわ好き勝手するわって相手のフォロー、好きじゃなきゃ何年もやってられる訳ないでしょ?! 僕はそこまで心広くないから!!」
「えっ、えとあの」
キレながらとんでもない事を大声で言うセロさんに、シオンさんの涙も止まるってもんですよね。
ていうか、あの、それ、言っちゃっていいの?
いや僕はお二人が上手く行ったところでなんの不利益も無いし、全然かまわないんだけど、君ら的にこの流れはいいの? おっけーなの??
あとごめんね、この割と近い距離でめっちゃ観客してて。そっと去るべきなのかしら僕。
お酒の影響とは違う理由でカーっと赤くなるシオンさん。
表情からして、まだキレ気味のセロさん。
少しして、意を決した表情のシオンさんは、両手を握りしめて。
「あたしも好き! 結婚しよう!!」
「それ僕の台詞!!」
お、おう。
そこに流れちゃうところがシオンさんらしいし、セロさんはとりあえず酔いが覚めた後が本当に心配。
いや、うんまあ、別に二人が納得してるなら、止める理由もないけどさ?
ほんと、何なのこの空間。
「……。……なんなんだ、この惨状は」
「あ、トリィ……」
どうやら、集落見回りからいったん戻ったらしいトリィがやってきて、唖然とした表情でそんな事を呟いた。
一応弁解しておくと、しっちゃかめっちゃかになってるのは僕の周辺だけで、他の人達は和やかにお肉食べてはお酒を飲んで、楽しんでいらっしゃいます。
こう言うと僕が悪いみたいだけど、別に僕何もしてないけどね?!
してないけど、ハーピィ達は陽気にきゃっきゃと子供返りしてるんだかなんだか、はしゃぎまわってるし。相変わらず先生は心をぶち折られて座り込んでるし。アーラはその隣で先生を肘置きにしながら高笑いかつまだオレンジジュース飲んでるし。
セロさんはシオンさんを壁ドンしてるし。それでいて片や再び上がったテンションで、片やまだ謎のキレ状態で今まで溜まったあれそれの言葉のドッジボールしてるし。
トリィだって戸惑うよねそりゃ。
ってかもう、トリィがお酒飲んでなくて良かった。この上彼女まで暴走し始めたら、収拾がつかないっていうか、僕の許容量を超えてしまって、この場を放置してしまいたくなる。
「無礼講で飲むのも、悪い事ではないとは思うが、まさかハーピィ達まで……」
「ジュースのんだら、よっちゃったでーすー……」
「そうか、それは…予想外だったろう、仕方ないこと、待てシオン、待て!!」
僕の監督不行き届きになるんでしょうかね、これは。
もうどうしたもんだかと困る僕に、予想外だったんだろうから僕のせいじゃないと言いたかたんだろうけども、その前にトリィが慌ててシオンさんを止めに入った。
何かと言えば。…何の話の流れがあったのやら、突然その場でシオンさんが脱ぎだしたからで。
「はーなーせー! このまま既成事実作っらぁー!!!」
「屋外はやめてくれ!! シス、そちらをどうにかして貰えるか?!」
「はぁい!」
完全に目がどっか行っちゃってるシオンさんをトリィが羽交い絞めにし、セロさんの方は僕が零距離で眠りの呪歌をかけて迅速に無力化する。
屋外はダメっていうか、人目があるところではやめとこうね!!
僕らハーピィならともかく、君らには公序良俗ってものがあるでしょう!!
既成事実作る事自体は別に止めないけど、場所は考えてね!!
「ルーニイ! キセージジツッテ、ナニー?」
「あー、あれだほらあれ。子供作るってことなー」
「コドモ! ヒナ?」
「タマゴ! タマゴウムハ、オトナー!」
「オトナ!」
「タマゴツクル!」
「ドーヤッテツクル?」
「あははははそりゃあれだ、男と女が一緒に寝ると、子供が出来るんだよ」
「ワカッタ!」
「ルーニイ、イッショニネヨー!」
「タマゴー!」
……そして、笑顔のフレーヌグリシナに、気持ち良く酔っぱらってたルストさんが攫われていった。
うん、なんかもういいや。どうでも。
翌日。
「別ニ、そんなんじゃないんだからネ!!」
「…………」
アルコールの影響とは違う酔っ払いだったアーラの記憶は一切飛んでおらず、自分からつがい宣言しちゃったアーラはそれはもう取り乱してまた先生に突っかかっていた。
一方、先生はまだ心が修復されていない様子で、反応してくれなかったらしい。
「聞いて聞いてトリィ、なんかすごい良い夢見たの」
「ああ、うん。そうか。…セロは大丈夫か」
「……ごめん、もうちょっと、寝てる」
そして、アルコールの影響で酔っぱらってたお二人だけど、シオンさんは昨晩の一件を夢だと思っている上に、セロさんに一切記憶が残されていなかった。
果たして、良かったのか悪かったのか……。とりあえず、告白はノーカウントになったのは間違いない。
ノーカウントになったけど、たぶん集落中の人に周知されたよねあれ。
「タマゴデキナカッター!」
「ナンデ? ナンデ?」
「シス! なんもしてないから! ホントなんもしてないからな!!」
「でしょーね♪」
でもって、一緒に寝たのになんで卵出来ないのー? と首を傾げるフレーヌ達と、本気で慌てて弁解するルストさんでしたとさ。
どうやら、誰かの別荘で3人そろって寝てたらしい。
別に誤解してないから、慌てなくてもいいのよー。
ていうかもう、見てるだけで僕は疲れちゃったから。皆好きにすればいいと思う。
れっつしっちゃかめっちゃか。
お酒の飲みすぎ、だめぜったい。
ちなみに、トリィは飲んでも暴走しないタイプの酔い方。そもそもあまり好きじゃないので飲まないけれども。




