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おすはぴ!  作者: 美琴
43/64

報告会議

☆今回はティリノ視点です





「いやはや、素晴らしい! 初めに熱病の予防薬と聞いた時は耳を疑ったものですが、ここまで効果のある品だったとは!」


 夏も終わりに差し掛かって来た頃、カタラクタ城内、円卓の間では多くの重要人物が集められ、会議が行われていた。

 これは年に4度、季節が移り替わるたびに行われるもので、それぞれの抱える案件の現状や結果の報告、王への陳情、その他諸々。国の運営に関わる、とても重要な会議である。

 今までも参加した事があるが、俺の立場では発言は許されなかった。

 そもそも、城の中のやっかいもの、腫物扱いだったからな……。それでも出席せざるを得なかった理由は、一応王の血を引いているから、その事実一点のみ。

 過去にこの場で発言したのは、ハーピィ達への使者として、大臣……たった今、上機嫌な声色で話しているあのバカが俺を指名した際の返答だけだ。


「今年、王都に残ってくれたエルフ達に、熱病患者は出ていません。人間や獣人に僅かに発症者は居たようですが、あの予防薬をもっと広く周知し活用出来れば、いずれは熱病自体を駆逐出来るかもしれません」


 続けて報告したのは、俺の兄……と言ってもたっぷり6人居るのだが、上から三番目の兄。

 第一王位継承者であり、表情も性格も厳格な長兄、そしてその双子の弟であり、第二王位継承者でやや荒っぽい性格の次兄とは異なり、多少穏やかで話の通じる人間。

 彼は内政方向の才能を買われ、現在既に王都内の民の陳情対応などに当たっている。

 今回、迷いの森のエルフ達から送られた通行料替わりの熱病の予防薬。それの安全を確かめ実際に使う為の音頭を取ってくれたのは、彼だ。

 勿論、使い方や注意点、そのほかの熱病を予防する為の知恵を伝えて、実践して貰うように頼んだのは俺なんだけども。

 本当、唯一俺でも話を聞いてくれる兄弟が彼で、助かった。

 あの大臣にそのまま渡すという選択肢は、俺の中では無しだったからな。俺の言う事を素直に聞くとは思えないし、そもそもあいつは迷いの森のエルフを技術者として抱え込みたがっている。

 ただ、その本心があって尚、あの薬の効果には上機嫌にならざるを得なかったようだ。


「このような知恵持つ者達が来てくれたとは、なんという僥倖でありましょう! これならば森に帰ったエルフ達も、王都は安全と解り帰ってきてくれましょうぞ!」


 お前バッカじゃね。

 王や王子、大臣達と列挙する中でそんな発言する訳に行かないので、喉元でグっと抑える。

 彼らは、『王都が危ない』と森に帰ったのではない。

 いや、ある意味ではそうなのだろうが、その『危ない』とは『街の環境が自分達に合わない』のではなく、『街の人間達は協力するに値しない』という意味だろう。

 そりゃまあ、同盟を結び互いの益を約束して技術者を貸していたのに、それを無理をさせて倒れさせ、寝たきりになる者さえ居たのだから、怒って当たり前である。

 これで、安全確保しました! また来て下さい! とか言って、誰が行くんだよ。

 エルフ達は、人間達よりも現実的だ。同じ人間の為、とか言う同情というか仲間意識も無いのだから。

 はあ……、と、明らかな溜息を零した。これは、抑え損ねたのではなくわざと。

 にこにこ顔だった大臣は、自分の発言に対してさも呆れたような音を漏らした俺に、目を向けた。


「どう致しました、ティリノ王子。これは貴方が齎してくれた恩恵でもありましょう」

「いえいえ。魔導具作成監督という大役を任されましたビサオン殿におかれましては、相変わらず軽快な未来図を描いていらっしゃるようで」


 出来るだけさわやかに見えるような造り笑いを浮かべ、俺はバカ大臣に返答する。

 当たり前だがご機嫌伺いなどしていない。むしろ、かなり直球でお前の頭は軽々しいな、とジャブ代わりに入れたようなものだ。

 そんなものはバカだって解っている、むしろコイツの得意技だ。

 口元を引きつらせるバカが反論する前に、俺は王へと視線を向ける。


「この件につきましては、いくつかご報告したい事がございます。発言しても宜しいでしょうか?」


 血の繋がった親子とは言え、俺は王に無許可で話しかける立場にない。そもそもにおいて、会議中だしな。

 俺が問うと、王は重々しくうなずく。

 王が許可したとなれば、大臣は口を紡ぐしかない。不満げなバカを横目に、俺は一旦席から立ち上がった。


「先ず、熱病の予防薬についてですが、この度効果は実証されました。ビサオン殿やイデアル王子が申されます通り、今後も活用する事が出来ればこの国にとって素晴らしい国益となるでしょう。……活用する事が出来れば、ですが」

「どういう事ですかな」

「おや、ビサオン殿はご理解しておられるでしょう? あの予防薬は、『シンセ国から我が国を無断で通過したエルフ達からの、通行料代わり』なのですよ?」


 再びぽっちゃりと丸く肥えたバカに視線を流す。

 俺の言葉を、反芻するように彼は考え込み……それから、ハっとしたように目を開いた。

 おい、マジか。マジの反応なのか、それは。


「お分かりですね? そう、あれは『通行料』なのですよ。彼らと交渉し、貿易をして手に入れた訳ではない。一度我が国を通った事への対価。…そして、それはもう終わりました」


 そう、あれは通行料だ。しかも、こちらから殆ど難癖に近い形でもぎ取ったもの。

 俺達が直接交渉したわけでもない。ハーピィ越しに渡された対価。

 即ち、一度きりの品である。

 製法を教えられた訳でもなければ、今後も取引を行うという約束も無い。

 当然ながら、来年の夏もあの効果が認められた予防薬を手に入れられる確約は無く、当然今も同盟凍結状態のエルフの森への安全保障にもならない。


「ハーピィ達とは、彼らは交流をしているのだろう? 彼女達を通じて、再び手に入れる交渉をすれば良いではありませんか」

「そのハーピィ達から伝え聞きましたが、元々彼らは人間達との関係に辟易し、故郷を泣く泣く離れて新天地へやってきたのだそうですよ。…そんな彼らが、今回の我々の要求に対し、どのように感じたか、想像に易いかと思いますが?」

「た、建前などいくらでも用意できましょう!」

「ではお教え願えますか? 人間に失望し、今回更に血も涙もない要求をされた彼らの心を解きほぐす術がおありで? もしくは、我が国に住まない、交流も商売も接点も最早無い、森の民に税を課す妙案でも?」


 森は俺達の領域ではない。

 人間が勝手に引いた国の枠、その中にある森にもエルフや獣人、山にはドワーフ達が住むけども、彼らは国に税など収めない。

 国は税を集め、その見返りに国を正しく運営し、民を守る。これが大前提であり、我々に守られるつもりなど毛頭ない彼らに税など要求できるはずがない。

 したら大戦争間違いなしであり、国内に火種を抱えるということ。

 だから、カタラクタのみならず、大抵何処の国も国内の他種族の領域には不可侵、最善は同盟を結び協力関係を築く事だが、それも必ずなせることではない。

 長年の信頼と実績を積み重ね、やっと正常な同盟は成立するものだ。

 ハーピィ達とはお互いの利害の一致、その緊急性もあって一気に同盟関係まで行ったが、エルフとはその長年の積み重ねでやっとこの国を強くする産業、魔導具生産という強みを生み出せた、というのにだ。

 コイツはそれをぶっ壊したのである。

 速攻首を切られてないのが不思議だ。たぶん、本人が必死こいて挽回すると王に泣きついたのだろうけども。


「本当に、マズイ事をしてくれました。もしも、あの時エルフ達に温情を出し、恩を売って縁を繋いでいれば、彼らの持つ貴重な知恵も分けてくれたかもしれないのに」


 一時の欲に、失敗の挽回に躍起にならなければ、それこそ彼らが言う熱病の駆逐も出来たかもしれないのに……

 ……というのは、まあ実際にはあの知恵を授けてくれたのはエルフ達ではなく、シスであるのだが。まあ、別にそんな事わざわざ馬鹿正直に言う必要もない。

 俺の目的は、この馬鹿に仕返しをすること。

 と言うと流石に自己満足が過ぎるが、国内の病巣は早めに切り取った方が皆の為だ。

 さあ、どうする?

 エルフの森との再同盟の材料も、お前の選択ミスで無いも同然。

 このままでは、この国の大事な産業は瞬く間に衰退する。そこまでエルフに頼り切っていた事実が情けなくもあるが……

 任されていた事業を混乱させ、国の一大事に仕立てた責任、どうするおつもりで?

 俺の、そして王を始めとした皆の視線を一身に浴び、大臣の顔色は先ほどまでのうきうきが嘘のように青ざめる。

 元々、がけっぷちにいるのは自覚しているだろう。

 挽回のチャンスをつかんだと思ったように、残念だったな。


「では……税を課せるようにすれば良いのです! あの森を、我らの支配地に! ハーピィ達を我々に従属させれば良いでしょう!」


 うっわ。

 下の下策を言い出して、流石に内心ドン引きした。

 それが出来たら、最初っからそうしてるだろ。


「クルーレ王子! 貴方の率いる王国軍であれば! 如何に森のハーピィ達が脅威であろうとも、下すことはそう難しく無い筈です!」

「……まあ、認めよう」

「我が国の魔導具であれば、従属の首輪を作り出し、ハーピィ達を下僕とすることも可能であるでしょう! そうすれば、あの森は我らのもの! 森に住むエルフ達の知恵も、森の木々も鉱石も全て、あんな意地の悪い制限に悩むことも無いのです!」


 本気で言っているのだろうか。

 まあ、理論上は可能なんだろう。

 従属の首輪も、存在はする。

 それを活用した、魔物使いなる職業も存在している。

 ハーピィは魔物なのだから、それを使って従属させるのも、まあアリかもしれない。

 が。


「大臣。お前は戦いというものを知らんようだな」

「な、なんでしょう?」

「相手と戦い、殺す事よりも、手傷程度で済ませ捕獲する方が遥かに困難だ。ましてや、森の中でハーピィを相手取り、殺さず生け捕りなどと無茶を言う。ヤツらは羽を傷つけたとしても尚、その爪で襲い掛かり、牙で喉笛を噛み千切りに来るだろう」


 野心家で荒事好きの第二王子クルーレだが、野心家であるからこそ頭は回る。

 森でハーピィを相手取るのがどれだけ危険か。最終的に、駆逐する事は可能でも、捕獲し従属させる事は困難である事も、軍にどれだけの被害が出るか、それに見合う成果が出るか。冷静に考えられる。

 無論、ハーピィを駆逐してしまえば、本末転倒だ。森は人を拒む迷いの森となる。


「ああ、それに関しても、一つご報告があります」

「ま、まだ何か?!」

「冒険者の1人、魔女に調査を依頼していたのですが。あの森の異常な方向感覚の喪失、方向確認の魔導具の効果不良、その他の原因。どうも、森のどこかから発生しているのではなく、森そのものにそのような効果がある、という所のようです」


 あの森は異常だ。

 方向感覚を狂わせる、おかしな森というのはあるにはあるが、エルフや獣人すら迷うというのは常識を逸している。ましてや、魔導具の効果を打ち消すなどと。

 『相手を迷わせる』という確固たる意志を感じるし、であればその原因となる魔法の源泉が何処かにあるのでは、とシオンにひっそり調査を依頼していた。

 結果、どうもその迷いの魔法の効果に、ムラがない。

 森の中心部などから発せられているのだとしたら、ある程度そこに近づけば強まり、遠ざかれば弱まるという現象が発生する。どんな魔法にも、効果範囲というものがあり、それを広げれば濃度に差が出る。

 だが、あの森にはそれがない。

 表層でも深層……本当の深層には恐らく足を踏み入れていないが……、森全体、くまなく効果が一定に現れている。

 そんな事は、やはりあり得ない。異常だ。


「どこかに迷いの魔法の発生地点がないのだとすれば。……仮説ではありますが、あの森自体が何らかの神の神殿、……いえ、聖域であるのではないか、とのことです」


 この世界には、神が数多存在する。

 元から神として生まれる存在もいれば、元は人間、エルフ、魔物、果ては木や石が神の座に昇るという事もあるそうだ。

 神を神たらしめるものは、3つある。

 一つ、自らの聖域。謂わば、人で言う自宅である。

 二つ、自らの神殿。その神の権能を示す、解りやすい旗印。

 三つ、自らの信者。その信仰心を以て、神は神の存在と力を確立する。

 長く信仰されてきた古い神であれば、勝手に信者が信者を増やしていくようなもので、神自身が何かすることは滅多に無いが、新しく未熟な神であれば、自らの信者に手厚く加護を与え、時には姿も現すと言う。


「神の聖域、か……。ティリノ、誰かその存在を感じた神官は居たのか?」

「いえ。ですが、迷いの森の規模と、効果の漫勉無さを考えれば、恐らくは」

「そうだな……。あながち、見当違いとも思えん」


 第一王子、長兄のリュゼも眉間の皺を益々深くして、俺に賛同してくれた。

 今までの森の調査結果は、彼も見ているのだろう。

 そして、おかしいと思っていた。人為的に作り出したものだとすれば、いくらなんでもあの森は異常すぎると。

 人が為したのでなければ、神の所業である。…そう考えることは、ごく自然だ。


「そもそも、迷うという点を除いて尚、あの森は異常です。エルフや獣人達の住む森であれば彼らが森を正常に保つ努力をします。……が、ハーピィ達にそういった知識があるようには見えませんでした。なのにあの森は、奇妙なまでに正常な姿をしています」


 森というものは、放置していると荒れてくるのだ。

 故に、住みやすく、かつ正常で健康な森となるように、エルフ達であれば不要な枝葉を刈り取り、時には木の苗を植える。

 しかし、あの森にはハーピィ以外に、最近住み着いた俺達とエルフしかそのような行為を行いそうな知性体は居ない筈。

 そして、ハーピィ達に間伐や植樹の知識や習慣は無い。せいぜい、巣を作る為に枝葉を利用する、木の実を食べる、その程度しか樹木を利用していない。

 であるのに、あの森はとても美しい。

 普通に考えて、それはやはり異常なのだ。

 あの森を、正常な森に、かつ迷いの森にしている、何者かが居るとしか。


「諸々の異常性を加味し、かつハーピィのみがあの森で方向感覚をほぼ失わない、という事であれば。あの森に居るのは、ハーピィの守護神……と言っても差し支えないでしょう」


 元々そうだったのか、それとも森に住みついた時に気に入ったのか。

 ……可能性の話だが、かつてあの森に王国を築いたという、かつてのハーピィの王。それが神の座に昇ったという説も大いにあり得る。

 アーラや他のハーピィの言動から察するに、彼女達の王への信頼と信仰は篤い。それはもはや、人間が神々を信仰するのと同じ域だ。

 ましてや、後継者たる王子、シスが産まれたとなれば。それはもう、神の子が降臨したようなもの。信者たちの喜び、信仰心もうなぎのぼり。

 恐らく、世界各地に散るハーピィ達も、王への信仰、憧憬、そんなものは持っている。

 冷静に考えれば、世界各地に信者を、それが住む森を神殿として持つ、かなり強大な神という事になるわけだ。

 シスやアーラからそんな事を聞かない辺り、あいつらにもお告げ的なものをしている訳ではないようで、存在の確証は持てないのが難点だが、そう仮定すれば諸々の異常に説明がつく。


「ハーピィの神の聖域か。……そこへの侵攻は、あまりにも無謀が過ぎるな」


 クルーレは、それでも戦うとなった時の事を考えていたようだが、双子の兄であるリュゼとそっくりな様子で眉間に皺を寄せる。

 それも当然。

 神は、敵対する神か、あるいは神々が認めた邪神相手でないかぎり、その聖域への侵攻を良しとはしない。

 神にも神同士の決まりというか、不文律のようなものがある。基本的に、互いにいがみ合ったりしないよう、それこそ神々の戦争が起こらないように、手出しはおろか口出しもしない。

 勿論、中には人を殺す事、破壊や略奪を良しとするようなとんでもない神も居て、そういうものと対立する神も居る。100年に一度あるかないかだが、そういった邪神を討伐せんと神に天命を受けた勇者、と名乗る者が現れたりもする。

 そうでなければ、神が神を侵攻することは無い。

 まして、今回のハーピィの守護神は、ハッキリと人に害を成していない。それどころか、聖域に立ち入り恵みを持ち出す事を許す、相当に寛容で寛大な神と言ってもいい。

 そこへ侵攻などすれば、だ。

 神は、対立していない神への侵攻を良しとしない。

 即ち……神から魔法を授かっている、神官たちはその間、魔法を失う。そして、神の加護を受けている者達は、一時的にその加護が無効化する。

 そうなれば、軍としての戦力は2・3割ほど減……構成にもよるだろうが、場合によっては4割は減ると思っていいだろう。それくらい、軍関係者には加護持ちが多い。

 そして軍の4割の戦力が減るとなれば、深刻な事態である。普通それだけの戦力が失われれば、戦線崩壊と言ってもいい。戦う以前の問題だ。


「ハーピィ達との関係は、一度監督不行き届きによる制裁はありましたが、今の所はおおむね良好です。彼女らと良い関係を築いている限り、森の神が牙を剥くことは無いでしょう」


 今後も、森に立ち入り貴重な資材を集められる。有難い事だ。

 ひっくり返すと、全て寄こせなどと言って攻め入れば、ハーピィ達は、森の神は、途端に俺達に牙を剥く。

 森は人間を拒絶し、比喩ではなく入ったら出てこれなくなるだろう。

 むろん、エルフ達との交渉など、それ以前の問題だ。

 即ち、現状維持こそが最善策。

 そして当然だが、あのバカが壊してくれたエルフとの関係修繕の材料を手に入れることは、不可能に等しい。

 その路は、お前が自分で閉ざした。…表面的にはな。


「私が愚考しますに、貴方がすべきは速やかなエルフの森への謝罪と慰謝料の支払い。現在残ってくれているエルフ達の労働環境の改善と、今後繰り返さない為の傾向と対策の立案。だったと存じますが。……自らの保身の為に、躍起になってその場限りの補充を脅しで以て行うではなく」

「え、偉そうに私に意見をするな! 私はこの国をもっと潤そうと、この国の為を思ってやったのだ! そもそも、エルフどもがあんな貧弱な身体をしているから……」

「目先の利益しか考えず!! 貴重な技術者をあたら失い!! この国始まって以来の危機となっても不思議ではない状況を作り出した、貴方の無能さにそろそろ気付かれては?!」


 エルフども、とか言ってる時点でホントにアウトだお前。

 誰の技術で、この国が持ってると思ってるんだ。食料生産も半端、軍事力も並、国土もお世辞にも大きいとは言えない、魔法大国であるからこそ他の国と対等にやっている。

 その一角を、壊したと言ってもいい。今の所他国には隠しているが、それも時間の問題だろう。そろそろ、アバリシア辺りは勘づいて、ちょっかい出してくるかもしれない。

 今の所、ハーピィの森に取り入るだか関係を悪くするだかの工作の方に意識がむいてるかもしれないが。…国の意識ってのは、一つじゃないからな。


「ティリノ。報告が済んだのなら、着席しなさい」

「……はい」


 はっきりきっぱり、無能と言われた大臣は顔を真っ赤にして口を開閉していたが、その辺りで静かに王が俺に着席を促した。

 無論、それに逆らう事は出来ないし、そのつもりもない。

 それが王からの擁護であると感じたのか、バカ大臣はふふんと俺を鼻で笑う。お前なんもしてないだろうが。


「ビサオン。…この度の大役、ご苦労であった」

「は、へ、陛下」

「重い役目に疲れたのだろう。暫し、休むと良い」


 それは、つまりは解任の命である。

 これ以上お前は関わらなくていい。そう言われたのと同義だ。

 即ち、これ以上この件で挽回の努力をすることも不可能。他者にそれは引き継がれ、残るのは大やらかしをしたという事実と、穴埋めも出来なかったという無能さの露見。

 この後も会議は続き、エルフ達への謝罪と再同盟締結という新たな任は第三王子、イデアルを代表に使節団が組まれるようだ。

 それぞれの仕事への再振り分けも行われる訳だが、その中にあのバカ大臣の名前は上がらなかった。事実上の失脚と言っても過言ではない。

 彼の周囲の大臣の中には、ひそかに笑みを零す者もいる。

 なんでか知らんがあのバカ、結構上のポストに居たからな。そこが空く訳だから、狙う奴が居て当然。

 その辺りは俺にはとりあえずどうでもいい。

 何はともあれ、面と向かって溜め込んだ分を言ってやって、ついでに失脚させてやれたからそれなりに満足した。

 あとは、第三王子がアホやらかして、トドメ刺さない事を祈るばかりだ。

 ……ま、あの人なら平気か。要領いいから。







 予防薬の件も終わり、会議も終わった。

 もう、王都に用はない。

 というわけで、少ない荷物をさっさと纏め、森へ帰る準備をする。と言っても、あらかじめ殆どやってあったので、最後の確認くらいだが。

 昼過ぎには出れるだろう。出立としては遅いが、この城に長居なんぞしたくない。

 セロやルストも、会議が終わったらすぐ出ると言ってあるので、問題なく出れるだろう。

 全く、森で過ごして初めて気づいたが、王都の夏は暑いな。バカみたいだ。

 城の中こそ涼しいが、一歩外に出ると熱いし蒸すし眩しいし。

 石造りの家しかないとか、馬鹿馬鹿しくなってくる。無論、冬ともなれば、木の家よりも暖かいのだが。凍死するよりはマシなのか?

 秋口とは言え、今日もやたら暑い。さっさと森に帰るに限るな。

 ……というか、森に『帰る』なんだな。

 自分の思考に一瞬不思議な気分になったが、まあ実際この胸糞悪い実家より、あっちの方が居心地が良いし過ごしやすい。

 もう、あっちが俺の家だ。迷うまい。


「ティリノ、少しいいかい?」


 こんこん、と扉を叩く音がして、知った声が俺を呼んだ。

 兄だ。3番目の。即ち、イデアル王子。

 はい、とすぐに返事をして、そっと扉を開く。

 予想に違わず、俺と同じ黒の髪、俺とは違う空色の瞳の、優し気な印象の男性。王子、という呼称から想像する印象としては、兄弟たちの中で彼が一番それらしいと思う。


「何か御用ですか、兄上」

「久しぶりに君が帰ってきたのに、ゆっくり話も出来なかったからね……。…もう、出立するのかい?」

「ええ、森の集落の責任者は私ですから。早く戻らねばなりません」


 自分から進んで、俺と話そうと思うのは。…というか、俺を兄弟扱いしてくれるのは、この人だけだ。

 双子でありながら王位継承権を争い、大変仲の悪い第一、第二王子の事を憂い、下の弟妹達にも優しく接してくれる。たぶん、兄弟皆、イデアルの事は好きだと思う。

 すぐにハーピィの住む迷いの森に帰る、という俺に。彼は、少し表情を曇らせる。


「……森での生活は、苦労も多いだろう。大丈夫かい? 体調を崩してはいないかい?」

「ご心配なく、もう慣れましたから」


 むしろ、心的負担を考えればあっちの方がすこぶる快適だ。

 心配そうな兄に、俺はにこりと笑顔を返した。

 本当に、この人は相変わらずだな。

 こういう人だから、俺もこの人の事は嫌いではなかった。

 あの双子王子は俺の事を嫌っているから近づきたくはないが、この人なら。将来内政官辺りに収まるであろう人の、秘書くらいに落ち着けるかな、と俺も積極的に仲良くしていた。


「君だって、この国の王子……私の大切な弟なのに、責任の重い役目を背負わされて、辛い思いはしていないかい?」


 この人の心配顔は、いつも完璧だ。

 以前ならば、その心配を本物だと受け入れただろう。俺をこちらに呼び戻し、自分の息のかかった者を据えて……という悪だくみをしているようには見えない。

 ただ、見えないだけだ。


「兄上、彼女達は私が代表なら、と交渉を受けて下さったのです。どんなに重い役目でも、他に代わりはいません」

「……そう、だけれど」

「それに、兄上だって私なら出来ると信じて、反対なさらず見送って下さったのでしょう?」


 相変わらず、俺は笑顔を兄に向ける。

 そう。あの時、あのバカ大臣が俺を危険な森に蹴りだそうとした時。

 双子の兄はそれはいいと賛同した。弟妹達もいいんじゃない、と軽く言った。父はそれを聞き、良しとした。

 そして、彼は、何も言わなかった。

 何か言いたげにはしていた。とても辛そうに見えた。

 けれど、彼は何も言わなかったのだ。

 俺が、恐らくハーピィに捕まり、喰われてしまうだろう事を理解しながらも。

 彼は、俺を守ろうとする事もなく、流れに従ったのだ。

 それが王族としての立場を守ろうとするものなのか、所詮は彼も大局には逆らえない人だったのか。あるいは、その姿すらも俺を信用させる演技だったのか。

 まあ、どれでもいい。

 どれにしたって、もう貴方の事を、俺は家族とは思えない。

 少なくとも、俺が思う家族は、ここには居ない。


「それでは、兄上こそ体調などお気を付けください」

「あ、ああ……」


 俺の嫌味は、しっかりと嫌味として受け取ってくれたようだ。

 戸惑ったような表情と、少し跳ねた返答を尻目に、まとめた荷物を抱えて部屋を出る。一応は施錠もする、意味ないだろうし、見られて困る物も残していないが。

 城を出たところで、セロ達が馬車と一緒に待ってくれているのが窓から見えた。急いだほうが良さそうだ。

 もう秋になってしまったが、ハーピィの雛の訪問は終わってないだろうな?

 シスの事だから、気を利かせて待ってくれているとは思うが。

 ……うん。さっさと森に帰ろう。







 第三王子は本当に良い人です。(だが保身に負けた)


 というわけで、頭悪い人が頭良さそうなお話を書こうとするとこうなる、という良くも悪い例がこちらとなります(どーん!)

 例によって、深く考えず、薄目でぼんやりとお楽しみください。いや楽しいのかこれ。


 それにしても、暑いですなあ……(PC前が熱すぎてなかなか筆が進まない現象)



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