縮める距離
エルフさん達作の熱中症予防薬……つまりはいわゆるスポーツドリンク、手軽に水分と塩分そしてミネラルを補給できるお飲み物。エルフさん達のお口に合うように調整が済んだそれを量産して貰い、随時集落で作ってもらった樽に詰めていく。
容量増大、品質保全に重さ軽減の魔石がくっついているから、大量でも大丈夫。
樽の運搬は、僕らハーピィが行う。本来荷運びは僕らの管轄外だけど、今回ばっかりは仕方ない。量が多いし大きいしやっぱり重いし、エルフさん達の湖に人間さんを近づける訳には、まだいかない。
サフィールさん達が作ってくれた、丈夫な蔓で出来たネットで樽をくるみ、樽1個につきハーピィ3羽で森の外へ。
何度も往復、合計は10樽。中身はその3倍は入ってるんじゃないかな?
王都にどれくらいの人が住んでるか知らないけど、主に飲むのはエルフさんだろうし、そのエルフさんはほぼ実家に帰っちゃったようだし、ひと夏分は充分あるでしょ。
勿論人間さんが飲んでもいいのよ。
「はい、これでぜーんぶです♪ ここから先のうんぱんは、お任せしまーす♪」
「ああ、了解した」
僕らは森から遠くは出られない。いや、別に出たら即弱ったりする訳じゃないんだから、出られない事はないけど、出ない方がいい。
ハーピィ的に落ち着かないし、人間的にも驚くだろうから。
森の傍に止められていた、荷馬車にゆっくりと樽を下ろして、ここから先の運搬は人間さん達にお任せ。
大臣さんの息のかかった人が、わざと通行料となるこれを壊したり闇に葬ったりしないように、運搬と護衛役は先生が雇ってくれた冒険者さんだし、そもそもティリノ先生達が同行する。
だから、きちんと王都まで届くし、ちゃんと使って貰えるだろう。
「センセは、しばらく王とにごたいざいでーすよねー?♪」
「そうなるな、この夏中は向こうに居る。シスから教えて貰った、これの飲み方も監督しないといけないだろうし、何より」
「なによりー?」
「やはりトドメはこの手で刺さないとな」
「わー♪」
せんせー、安定の悪い笑顔ー!
終わらせる気だ! この人、絶対その大臣さんを終わらせる気だよ!!
まあ、いくらなんでも『トドメ刺す』は比喩でしょうけども。じゃなきゃ、セロさんが苦笑しながらも黙って聞いてる事はないだろうから…
あっ、勿論護衛役であるセロさんとルストさんは先生と一緒に行くそう。
「俺が居ない間、責任者はラティオ殿になる。何かあったら、声をかけてくれ」
「はーい♪」
「他は、シオンとトリィは森に残るから……」
「いえす! ハーピィの雛ちゃん達はあたしがすっかりばっちりねっとり愛でておくから、心配しないで行っといでパパ☆」
「きちんと不届き者を見落とさないように気を付ける、心配しないでくれ」
ものごっつい良い笑顔でサムズアップする、見送りに来たシオンさんです。
そして、それに対する突っ込みなのかそれとも素で言ってるだけなのか、全く顔色を変えないトリィ。
見送られる男性三人も、微妙な顔になるってものです。
「そういえば聞いてませんでしたけど、ハーピィの雛って孵っているんですか?」
「あ、かえってまーすよー♪ 5コ全て、どれも元気なヒナでーす♪」
そういえば、言ってなかったっけ?
ここのとこ、エルフさんのお薬作りで考えたり飛び回ってたりしてたからなあ。
そろそろ名づけの時期だから、個人的には考えてたんだけど。たっぷりと。
「やっぱり、どれがティリノの娘さんかわかんないー?」
「でーすねー♪ そもそも、ハーピィ自体まったく気にしてませーんしー♪」
「それに関しては、どうも炎の如く情熱的な緋色を持った娘が居ると伝え聞く。可能性があるとすれば、産み落とした母の色を受け継ぐその子こそが」
「待ってルスト。なんであんたがハーピィちゃんの情報持ってんの。あたしでさえ教えて貰ってないのに。そこ詳しく」
「知れた事を……。我が弟子にして最愛の同志たる、藍と空の戦士より伝えられた話だ」
「おのれ、どうしてフレーヌちゃん達はこの病気に感染したのか……!!」
あ、ルストさんはフレーヌグリシナから、そんな情報を……
……雛の見た目情報くらいはいいけど、あんまり変な話を漏らさないで欲しいんだけどな。まあ、ルストさんだからいっか。
彼の言葉は解りづらいし、こんなんだけど本人なんだかんだで良心的で気遣いの出来る人だから、やたらめったら他人に吹聴したりはしないだろう。たぶん。
悔し涙を流すシオンさんは気にしないでおく。
「……シス」
「はーあいー?♪ なーに、せーんせ♪」
「以前、生まれた雛達を集落に見せにくるような話をしていた気がするんだが、やるのか?」
「あー、そーですねー♪ 人間さんのそんざいになれてほしーですし、そのうちおいやでなければやるつもーりでーす♪」
「おイヤじゃないです! 見たいですロリぷにハーピィ!! 反対派が居たとしたら、あたしとトリィでボコメキョにします!!」
「シオン一人で充分じゃないか?」
行動自体は止めないの?
なんというかもう、義理とは言え姉妹だけあって、シオンさんのトンデモ発言に真っ当な突っ込みをするわけではないトリィが凄い。何年姉妹やってるんだろう?
セロさんもいずれこうなるんでしょうか。
出来れば常識は捨てないで欲しいところ。
「どれくらいになりそうなんだ、それは」
「んー……、ボク、というよりフレーヌたちの時を思うと、4カ月でおしゃべりしはじめて、半年でとべるよーになるくらいでーすからー…♪ 一羽でしゅーらくまでとべるようになるくらい、早くても秋の中ごろくらいになるかと♪」
「意外と遠いっ! やだー! 雛見たーい! みーせ―てー!!」
「子供じゃないんですから、全力駄々捏ねるのやめて、シオン」
「さすがに、シオンさんでも巣の中には入れられなーいでーす♪ もちょっとガマンしーてくーださい♪」
「ちくしょうっ!!」
……まあ、飛べるようになったら、雛が飛べる範囲内の近場まで連れて来て見せるくらい、シオンさんならいいけどね。
というかそれくらいしとかないと、実際集落に連れて来た時に感極まって突進してきかねないね?
雛達を吃驚させない為にも、というか吃驚した雛達が暴れたり逃げたりしない為にも、シオンさんには事前に引き合わせた方がいいのかもしれない。
シオンさんに慣れていれば、だいたいの人間には慣れられると思うの。
「……そうか。分かった」
そして、一連の質問をしていたティリノ先生は、僕の答えを聞いてなんとなく、ちょっとだけホっとしたような表情で息を吐いた。
起こるであろう行事の確認をした、というよりは。
なんとなく、それに彼が森に帰ってくるのが間に合う事に安心した、ような。
「……センセ、意外とヒナに会うの、楽しみにしてまーす?♪」
「ああ……、…いや、…まあ、……うん」
聞いてみたら、微妙にハッキリとは言わなかったけれど、最終的には小さな声で肯定した。
単なる興味って感じではないし、これはもしや、なんだかんだと『自分の子供である』という意識が芽生えていらっしゃる?
ハーピィにその意識はあんまり無い。雛は群れの皆の子供だからなんだけど、まあ人間とは家族のカタチが違うもんね。
っていうか、先生には普通にご家族いらっしゃる、……ああいや、居るには居るけど血が繋がってるのが半分というか、彼にとっては恨む対象か。
そういう意味では、もしやティリノ先生にとって、初めての恨まないで接する事が出来る、血のつながった相手になるの…かしら?
「そーよねー、気になるわよねー。なんだかんだ、自分の娘なんだもんねー!」
「ハッキリとどの子がティリノ君の子供なのか、解らないのが残念だけどね」
「んー、お好きなコをムスメだと思って良いのでーはー?♪ ボクら、そーゆーの気にしませんのーでー♪」
どの子も可愛いから、まんざらでもないんじゃない?
確かに、アーラと同じ赤い髪の雛は、一羽しかいないけど。
でも、旦那さんになってくれた冒険者さんのうち、かたっぽが赤髪だったから、ハッキリとそうとは、とても言えないなー。
あ、ちなみに5羽の雛ですが、最初に生まれたのが赤い髪と桃色の髪、その後は紫、黄色、橙色といった感じでした。
冒険者さんの1人とティリノ先生、マッチョさんは黒髪で、もう一人の冒険者さんは赤髪、残る大工さんはくすんだ金髪だから、ホント全く分からない。
……まあ強いて言うなら、大工のお兄さんはシャンテの旦那さんのはずで、そうなると黄色の子が二人の雛である可能性が高いかなって、思うくらいで……。とは言うものの、色の傾向が近いだけで、色味は全く違うし。
法則性なんて、あってないようなもんだと思う。もういっそランダムなのでは。
「ところで、素朴な疑問なのだが…」
「ぴ? なんでーす、トリィ?♪」
「男親が解らないとなると、そのうち子と親が番う可能性が出てこないか?」
…………おおう。
かくん、と首を傾げるトリィの言葉に、一瞬場の空気が凍り付いた。
そういえばそうだね。ハーピィが卵を産める成鳥になるまで、だいたい10年。
例えば先生で言えばまだ20にもなっていないのだから、10年後は30才前。充分、まだまだ現役でいらっしゃるわけで……
「……まあ、その時は、その時で♪」
「流していいのか?! そこは気にすべき所じゃないのか?!」
「もしかしたら、生物のほんのーで、おとーさんをよけるかもしれませんし♪ 気になるのでしたら、ムスメ感のあるハーピィを、さけていただければ♪」
「こっちに丸投げなのか?!」
「そういう趣味の輩が出てきそうだから、気付かなかったことにしない?」
別に、それでも選びたくなるほど優秀な男性だったなら、仕方ないかなーって思う部分があるあたり、もう僕のモラルはダメかもしれない。
なので、その辺りの良識は人間さん達に任そうと思う次第。
昔なんかで聞いたことあるけど、人間でも娘さんがお父さんをある時期から苦手だったりイヤだって思うのって、親子でそんな関係にならないようにするための本能って聞いたことあるから、それがあるかもしれないしー。
というか、そもそも10年も森の集落に、定住するのってどうなのかなって思うから、その可能性があるのはたぶんずっといることになるティリノ先生くらいかなって思うんだよね!
いや、定住してくれた方が、僕ら的にはいいんだけど。
■
先生達が森から出発してから、夏が終わるまで森の僕らは待機になる。
待機というか、まあいつも通りの日常になるだけですね。
村の纏め役はラティオさんが代役をしてるみたいで、何かあったら相談しろって言われてるけど、特に何もないから気にしないでおく。
なんでって?
これでラティオさんに僕が懐いたみたいに思われたら、先生の立場が弱くなるかもしれないからだよっ。
あくまで、先生には人間さん達からも、なくてはならない人にポジションしておいて貰わないとね。
気楽に気軽にお話して交渉する窓口は、ティリノ先生だけだよ。
いやまあ、シオンさんやルストさん、セロさんも含まれるけど、彼らは人間のお国側の交渉窓口としては不適当だからね。
「はい、今日のお歌はおっしまーい♪ ごごのおしごとの時間でーすよー♪」
「ええー! シスちゃん、アンコール! アンコール!!」
「もう一曲! もう一曲だけ!」
「だーめー♪ ほーら、マッチョさんが向こうでにらんでまーすよー♪」
「うっ……」
毎日恒例、お昼過ぎの僕のゆるゆるお歌のコンサートの区切りを告げると、聞きに来てくれていた皆がちょっと唇を尖らせる。
ただし、彼らの背後で両手を組み仁王立ちしているマッチョさんが居る事に気が付くと、大工の皆さんは少し怯えたような顔をして、すごすごと肩を落としてお仕事へと戻っていく。
でも、なんだかんだマッチョさんもきゃっきゃしてる皆様に混ざってないけど、毎日ああして聞きに来てくれてるんだよね。
棟梁さん、纏め役さんも大変だなー。
「それではみなさん、まーたあーしたー♪ あ、そろそろ暑くなってきたから、もしかしたら夕方コンサートになるかもーです♪」
「おっけー! ちゃんと伝えておくからね!」
答えるシオンさんはここに常駐だけど、他の冒険者さん達の方は、まあ午後から依頼を受けて出る事はあまりないのかな。
普通は早くに出てくよね。夜の獲物なんかを狙うなら別だけど。
行くとしても、周囲の見回りか、山菜探しか、そんなとこ?
最近は畑作り用の開墾作業の手伝いなんかも、してる人がいるみたい。やっぱり畑も造るんだねー。
止まり木からぱたたと飛び立って、ギルドの一番上の屋根に止まる。
ここが一番集落で高いところ。周囲の木よりも、ちょっと高い。
きょろきょろっとここから集落を見渡してみるけれど、探している人はいない。
誰の事って、トリィを探しているのです。
春にここに来て、夏が近づいてきた昨今。未だに、トリィが僕のコンサートに来てくれた事が無い。
夜に主に見回りをしているから、朝が遅いのは解ってるんだけど、お昼まで寝てるって事はあまりない。
というか、コンサート中に通りがかって、少しの間足を止めるくらいはあるんだけど、そのままどっかに行ってしまう。
シオンさんなんて、毎回かぶりつきで聞きに来てくれるのにね!
そんなにお好みじゃないのかしら。もしかして、あんまりハーピィ好きじゃないのかな?
確かに、内心がどうであったとしても、それを表に出さずにあたり障りなく接するくらいは出来そうな人だけどもー。
『……風さん風さん、ボクのおねがい聞いて下さいな。トリィがつけた風のふえ、近くの音をボクまでとどけて。ばしょを教えて下さいな』
視界の中には見当たらないので、さっさとズルする事にした。
それでも音が通らないとしたら、トリィは室内にいるって事だ。その時はまあ、探すのも大変だし、遅めのお昼ご飯食べてるかもだから、諦めよう。
風の精霊魔法は屋外仕様に特化してるのが、長所でもあり短所だね。
《―――♪》
「あら?」
果たして、精霊さんは僕の耳まで音を届けてくれた。
トリィがつけてる笛の周辺の音。波のような音……、…じゃ、ないな。これはたぶん、草が風で揺れる音。
それに混ざって、トリィの鼻歌が聞こえた。
鼻歌を歌うくらいだから、ご機嫌なのかな?
……あれ、この歌、聞き覚えがある。
聞き覚えって言うか、身に覚えだ。…僕がいつもコンサートで一番最初に歌う、頑張れ頑張れソングでは。
なんだ、鼻歌で歌えるくらい、よく聞いてるし耳に残ってるし、気に入っているんじゃないですかー!
屋根から飛び立ち、精霊さんの道案内を頼りにトリィの居る場所まで飛ぶ。
どうやら、集落の裏手辺りをさくさく歩いているみたい。
「とーりい!!」
「!!」
ばさばさがさがさ、羽音と枝葉を突っ切った盛大な音を立てて、トリィの前にこんにちわする。
驚いたのか、一瞬右手を剣の柄にかけそうになっていた。
そんな気がしたし、変な不意打ちをしたら本当に切られそうなので、あえて気配を一切潜めず、大きな音を立てて登場したんだけどね!
「うふふ、おどろきまーした?♪」
「ああ、驚いた…。…そんな場所を突っ切るものじゃないぞ? ほら、髪に葉っぱが絡まっている」
「んー」
僕の長いくるくる髪に絡まった小さな枝や葉っぱを、トリィが丁寧に取り除いてくれた。
引っ張らないように慎重に、かつ、手際よく。
ついでに崩れていたのか、リボンまで一度ほどいて、綺麗に結び直してくれた。
もう、優しいんだから!
「よし、綺麗になった」
「わーい、ありがとうござーいまーす♪」
「それで、今日はどうしたんだ? また外の話を聞きに来たのか?」
背の高いトリィは、背の低い僕を優しい瞳で見下ろす。
撫で撫でしてくれる手つきは優しいし、うーん、嫌われてるって感じはしないんだけどなー。
シオンさんの義理の妹、魂のイケメンEX、そんなトリィが魔物だからって理由で僕のコンサートに全く顔出さない程嫌がるのは思えないんだけど。
というかそもそも、そうだったら自分からここに残って恩返しするー、とか言い出さないよね。
「トリィ、今ボクのお歌、歌ってましたよねー?♪」
「え? ……あ、ああ。あれか……流石に耳が良いんだな」
大した音量でもない鼻歌を僕が聞いていたと言う事に、トリィはちょっと驚いた顔をした。
首から下げてるそれが盗聴器もどきになってる事は言っていない。
あんまりむやみやたらに聞いてる訳じゃないんだけどね。特にトリィは要注意人物ではないと思ってるし。
なんせ女性ですから。いつでも盗み聞き出来るなんて知られたら、怒ってしまうかもしれないので、まだナイショ。いや別に男性だって怒るだろうけど。
「気に入っていただけてまーす?♪」
「そうだな…。数度たまたま耳にしただけだが、つい覚えてしまって」
「ボクのお歌、好きでーすか?♪」
「ああ。声も美しいが、やはり選ぶ音が可愛らしく耳触りが良い。流石、歌と共に生きるハーピィの王子だな」
「じゃ、なーんでコンサート、聞きに来て下さらないでーすー?♪」
誉め言葉を照れたり躊躇わない人だ。
その事は僕はとても嬉しいんだけど、気に入ってるって言うならなんで聞きに来てくれないんだろう。
ご機嫌な鼻歌として採用するくらい、好きな感じの歌みたいなのに。
ぷー、とほっぺたを膨らませたら、トリィはきょとんっと目を丸くした。
そりゃあまあ、毎日は聞きに来てくれない人だっているよ? お仕事の兼ね合いなのか、僕らに対する警戒なのか、ほんとたまーにしか姿を見せない人もいる。
でも、一度も聞きに来てくれない人はいないと思うの。
僕はお歌が好きだし、それを気に入ってくれる人が居るのは、とても嬉しい。
だから毎日歌を歌いに来てるのに、トリィは一度も足を止めて聞いてくれたことが無い。時間が無い訳じゃない筈なのに。
「それは……、…気を害して居たのなら、すまなかった」
「おこっては無いですけーど♪ もしかして、ボクのことは、おきらいでーす?♪」
「まさか! 君はとても優しい、家族を愛し、他者を気遣える子だ。好意的に思いこそすれ、嫌う理由は何もない。まして命の恩人を嫌うなどと」
魔物である、というのはトリィにとって嫌悪の対象ではない、と弁解された。
少し慌てて、申し訳なさそうに言うその表情に、裏があるような感じはない。ただの直観だけど、本心から嫌っている訳ではない、とは感じる。
この間、お外での冒険譚を聞かせて貰ってる時も、なんだかんだトリィも楽しそうに話してくれたし。
嫌われてるんじゃないなら、何かしら。…遠慮的な何か?
「その、なんと言えば良いか…。君の事が嫌いな訳でもなければ、歌を聞きに行くことが嫌いな訳でもない。本心で言えば、もっとゆっくり聞きたいとも思う」
「じゃー、なんでいらっしゃらないでーす?♪」
別に、遠慮なんてしなくていいのに。っていうか、そうする理由はなあに?
トリィが周囲に迷惑がかかるような暴走をするとは思えないし。
…そもそも、どんな歌を歌っても黄色い声を上げ、はしゃぎまくるシオンさんがそこでOKになっているのだし、それ以上が起こるとは思えない。
止まり木の上で歌っているから、いわゆる舞台上に上がらないで下さい的な心配もないのだし。
かくん、と首を傾げて見上げる僕に、トリィは気まずそう、……違うな、なんだか恥ずかしそうというか、照れ臭そうにほんのり頬を赤らめ、視線を反らす。
「……君は、とても楽しそうに、嬉しそうに、歌うから」
「ぴ?」
「その……、ついうっかり、つられてしまいそうで」
ぽそりと言った言葉に、逆側に首を傾げる僕。
つられてしまいそう、とは。
歌に、だよね。
……足を止めて、集中してゆっくり聞いていたら。つられて、一緒に歌ってしまいそうになる、ってこと?
「いっしょに歌ってくださっても、良いのでーすよ?♪」
「いやいや。せっかく君の歌を聞きに来ている皆に迷惑になるからな」
誰かと一緒に歌うのは嫌いじゃない。むしろ好き。
集落で歌う時は一羽だけれど、長老木に居る時は、ハーピィ達と歌う事だってある。呪歌ではなく、普通にコミュニケーションとして。
今は生まれたての雛が居るから、子守歌としてもよく歌う。
歌は僕らにとって、生活の一部。
それに親しんでくれる事は、僕にとって嬉しい事なのだけれど……。
うーん、確かに僕の歌を聞きに来ている、という人にとっては、他の人が歌ったらノイズに聞こえてしまうんだろうか。
そもそも、僕自体が決まった歌をなぞって歌っている訳ではなく、気分と即興で適当に歌っているから、歌に慣れていない人間が揃えようとすると難しいかな?
ハーピィ同士だと、ノリと雰囲気で合わせられちゃうんだけどね。
「そーゆーコトでしたら、今日はトリィのために、いっぱい歌ってあげます♪」
「……え?」
「ボクのお歌が好きなのに、みなさんのためにガマンしてる、いいコなトリィにごほーびなのでーす♪」
何はともあれ、トリィも僕のお歌のファンである事は解った。
好かれているのは嬉しい。好意には報いたくなるのが人情というもの。人間じゃないけど、そこは突っ込まないでね。
でも、好きだから、と自分の都合だけを押し通す人は好ましくない。
そんな中、好ましくはあるけれども、他人の迷惑になるかもと、通りすがりに少し聞くだけで遠慮をしていたトリィは、とっても謙虚でいいひと。
嫌われてない事にホっとしたのと、つい一緒に歌いたくなっちゃうなんて可愛い一面がある事も知れて、得した気分の僕は今、とっても機嫌がいいのです。
であれば、特別にトリィの為に歌ってあげることも、悪くない。
「ごつごう、わるいでーすか?♪」
「そんなことは無いが」
「…それとも、ハーピィと二人きりでお歌を聞かされるなんて、おそろしいことはおことわり、です?♪」
一般的に、ハーピィの歌、イコール強力な効果を持つ呪歌、であるみたい。
実際にはそんなことは無いし、普通に歌えば普通のお歌に過ぎない。……いや、僕の場合はちょっとだけ、微弱な呪歌になってるようだけども。
二人きりで、何の対策も無く、ハーピィの歌を堪能するなんて。そりゃまあ、一種の自殺行為みたいなものかもしれない。一時とはいえ、精神を掌握されるのは、とても恐ろしく感じても仕方ない。
勿論、今この時にトリィにそんなの聞かすつもりはないけれどね。
ちょっとだけ意地悪に、そんな事を聞いたら、またトリィはきょとんとして。
それから、ははは、と声を上げて笑った。
「そんな事を思ったことは無いよ。君達は、…少なくとも君は、無差別に人を襲ったり、呪歌で操ったりするような子だと思っていない」
「ホントですー?♪」
「ああ。シスはとても聡明で思慮深い子だ。まだ短い付き合いだが、それくらいは解っているつもりだよ」
よしよし、なんてまた髪を撫でてくれた。
そこに嫌悪や恐怖みたいなものは感じない。
そもそもそれを感じているとしたら、肉食獣であるハーピィを撫でられるほどの至近距離に居る事、それ自体が恐ろしい事だろう。
表情にも立ち振る舞いにも、人より良い僕の耳に入ってくる呼吸音や心音、全てにおいておかしなところは見られない。
つまり、トリィは僕に対して、そういった物を何も抱いていないって事だ。
サフィールさんのように、保護される為、良くされるが為に親切に、優しく接しようとしているのとは、また違う。
打算ではなく、単純に僕に対して好意的に思ってくれてるってこと。
「それでは、ご厚意に甘えてもいいのかな?」
「はい♪ うふふ、トリィだけにトクベツ、でーすよ♪ シオンさんには、ナイショにしてくーださーいねー♪」
「そうしよう。王子様の美声を独り占めできるとは、光栄だ」
「いっしょに歌ってくれても、いいのでーすよー♪」
「…いや、それは、我慢する。…お恥ずかしながら、君の歌声に見合える程の歌を奏でられるとは思えないからな」
「あら、ざーんねん♪」
今は他に人もいないんだから、好きに歌ってくれて構わないのに。
まいいや、歌う事は強制する事じゃない。強制された時点で、気分よく歌えるものではなくなってしまうから、そこはトリィの意思を尊重しなきゃ。
そのうち、一緒に歌ってくれないかなー?
鼻歌をちょっと聞いただけだけども、結構お上手だったように思うし。
トリィも、女性にしてはちょっと低めだけど、とっても綺麗な声をしてるもん。
何度もこうして傍で歌ってあげたら、そのうちうっかりつられてくれたりするかしら?
……ふふ、ちょっと楽しみかも。
トリィもお歌は上手いです。
あ、お察しの方が殆どかと思いますが、当物語はおねショタです……
と見せかけて、普通に年下攻めなので、おねショタとは言い難いです。
押せ押せですから。押せ押せです。
男女問わず、うちはハーピィ総攻めです!!(どーーーん)
(頭の)悪い大臣さんはカウントダウン入ってます。




