縄張り
初めての冬を迎えるにあたって、少し心配していた事がある。
ハーピィである僕らは腕と下半身はもふもふの羽毛に覆われているんだけど、腰から上は素肌である。
てことは、寒さに対する抵抗力が低いのでは……?
そして、案の定だった。
服を着るという文化の無い僕らは、寒さにだいぶ弱い。
それでも、この森は暖かい地方にあるのか、雪は殆ど降らないみたい。たまーにちらちらと降ってはいるけど、積もる事は無い。
例え降っても、僕らのねぐらの木の枝が屋根になってくれて、雪も雨も巣に居れば問題ない。
日中は、日向ぼっこしていれば、大丈夫。ぽかぽか気持ちいい。
問題は夜だ。
大人のハーピィも寒さには弱いようだが、僕ら小さな雛はそれに輪をかけて身体が冷えやすい。
聞くと、最初の冬を越えられない雛も、決して少なくは無いとか。
うう、流石は大自然。時に優しく、時に厳しい。
というわけで、夜眠る時は、フレーヌやグリシナとぴったり身を寄せ合う。
その周囲を、更にアーラ達がその翼で護るように集まる。さしずめ、ハーピィ団子状態。
…ああ、昔飼ってた十姉妹が、こんな感じに家族で固まって寝てたなあ……
中心の僕らはちょっと息苦しいのがアレだけど、凍死するよりずっといい。
「っぷち」
朝が来て、今日も無事に皆元気。
丸めてくっついてた翼と足を延ばして深呼吸したら、まだ朝の空気は冷たくて、小さなくしゃみが出た。
ああ、早く春にならないかなあ。冬ってどれくらい続くんだろう、まだ寒くなるのかな? それとも、もう峠は越した?
この世界一年生の僕には、解らない事だらけ。
「王子、大丈夫ですか? まさか、お風邪を…」
「ううん、へーき!」
吸い込んだ空気が冷たくて、鼻がびっくりしただけ。
昇ってきたお日様を、翼を広げていっぱい浴びると、ぽかぽか気持ちいい。
…ただ、雨風を防いでくれるだけあって、巣に居るとあんまりお日様当たらないんだよね…
もっと全身浴びたいなあ。そしたら、日中遊び回る元気が出そう。
「シャンテ! ここのてっぺんで、ひなたぼっこしていい?」
考えてみれば、単に木の葉の上に行けばいいだけだ。
飛行訓練初日に、無駄に上空に行くというおばかをやらかして以来、暫くは上昇するのが怖かったんだけど、流石に最近はそんな事も無い。
ちゃんと飛べるよ。…たまに枝に引っかかるけど。
勝手にどこかに行くと、大人達が困ってしまうのを知っているので、僕はちゃんと行き先を言って、許可を取る。
フレーヌやグリシナは、興味にかられてふらふら飛んでっちゃったりするんだけどね。だもんで、あの二匹には常に誰か大人がついてる。まあ僕にもついてますけども。
「長老木の頂上、ですか…」
あ、長老木、っていうの、ここ。確かに、何処を見てもここより大きな木はどこにもない。森の長老、言い得て妙。
で、日向ぼっこ大好きな僕が尋ねたら、シャンテは何故か難しい顔をした。
あれ? 頂上って、危険??
「だめ?」
「…私達ハーピィは皆家族ですが、一つ例外がありまして。長よりも高い場所に、あまり長居してはいけない、という決まりがあるんです」
高い所に居るのが一番偉い、って言う感じか。
そういえば、ババ様の巣はてっぺん近く、木のかなり上にある。僕ら雛が居る巣は、木の中腹よりもちょっと上あたり。
他のハーピィ達に序列はないみたいだけど、リーダーは別格だね。
「じゃ、ババさまにきいてからなら、いい?」
「そうですね…。王子になら、お許し下さるかもしれません」
わあい、僕王子様でよかったー!
喜び勇んで、両手の翼をぱたぱた動かし巣から飛び立つ。もう怖くない。
自分の意志で飛べるようになってから、割と僕もハーピィらしくなってきた気がするんだ。本能が過去の記憶に勝って来たかな?
あ、でも将来ハーピィ達の現状改善するなら、その記憶も役に立つのかもしれない。覚えてられるだけ、覚えていたいな。
うーん、折り合いが難しい。
「ババさまー!」
「おう、おう。どうしたね、王子」
ぴょん、とババ様の巣の端っこに着地した後、ぱたぱたーっと奥に座ってるババ様に飛びつく。
僕の実のお母さんは、相変わらず解らないけど、なんとなくババ様はそんな感じ。年齢的には、おばあちゃんかもしれないけけどね。
「ババさま、ちょーろーぼくのてっぺんで、ひなたぼっこしていい?」
「勿論さ。なにも断る必要なんかないだろうに」
「シャンテがね、リーダーよりもうえにいちゃダメって!」
「ああ…。良いさ、確かに今の群れのリーダーは私だがね。私の次は、王子がこの群れのリーダーだ」
「ぼく、ババさまのつぎのババさま?」
「ははは、王子は王子だよ。さ、日向ぼっこするんだろう。行っといで」
「ぴぃ!」
まあ、そりゃあ男の子だから、ババ様、ではないよね! おじいさま?
ともあれ、許可も頂いたってことで、遠慮なくババ様の巣よりも更に上、ハーピィの巣も何も無い、木のてっぺんに降り立つ。
うん、この辺葉っぱがいっぱいあって、座っていられそう。
てっぺんの枝にちょんっと座る。まだ僕は小さくて軽いから、折れる心配はしなくて大丈夫みたい。
遮蔽物がなんにもなくて、冬の柔らかい日差しを全身で浴びれて、気持ちいい。
「ぴー…♪ ~♪」
気分が良くって、歌っちゃう。
自由気ままに、何も考えず好きなように歌うのって、とっても楽しい。
どんな音が綺麗なのか、毎日大人達の歌を聞いて、練習してる。一年近く続ければ、種族の本能もあってか自然と歌えるようになった。
人間だった頃は、そんなに頻繁に歌う、なんてしてなかったと思うけど。
勿体ないなー。こんなに気持ちいいのに。
……あ、そういえばこの世界にも、人間って居るのかな?
人間でなくてもいいんだけど、なんでもいいから、服を着る文化を持った種族がいないかなー。
ハーピィ用の、ポンチョとかでいいからさ。作って貰えたら、冬越しが楽になる気がするの。
なんせ、僕らは両腕が翼なので、細かい作業の物作りというのは向かない。せいぜい、居心地の良い巣をつくるくらい。
うーん、作って貰うにしても、交換できる何かを出せなきゃだめか。
世の中は、等価交換なのです。
お金なんかある訳ないし、必然的に物々交換になるんだろうけど。僕らハーピィに、他の種族が欲しがる何かを出せるんだろうか。
…ハーピィの羽とか、実は高価だったりしないかなー。
いや、いっそナントカの恩返しみたいに、羽を使って反物を作れないかな!
……作れないか。そもそも、どうやって鳥の羽で機織りするのか、前の世界ですら僕には謎だった。羽毛布団ならともかくさ。
「ぴ! わからないなら、ちょーさ!」
歌をやめて、すくっとその場に立ち上がる。
先ずは、この木からどのあたりまで、僕らの縄張りになるのか。この森、ここから見ても、本当に見渡す限り木ばっかりだし。
いったいどこまで僕らの活動範囲なのか、しっかり知らなきゃ。森に棲んでるのは、僕らだけじゃないだろう。およその種族の縄張りを荒らしたら、戦争になっても文句は言えない。
たっぷり日向ぼっこもしたし…誰に聞こうかな?
そろそろアーラが朝ごはんを狩って帰ってくるはずだから、聞いてみようかな。森で狩りをしてるなら、詳しいんだと思うし。
「アーラ! アーラ、かえってきた?」
「ごはん! ごはん!」
「おなかすいたー!」
「そろそろだと思いますよ。…あ、ほら」
シャンテが居る巣に戻ってきたら、ごはん時という事でフレーヌ達も戻って来ていて、ちょっと遅れてアーラも来た。
どさり、と重い音を立てて置かれるそれは、今日は肉片ではなかった。
「お前たち、今日はごはんの前に授業よ」
「ごはーん!」
「ごはーん!!」
「いつまでも、私達にごはんを持ってきて貰ってるようじゃ、立派なハーピィになれないからね。今日は、獲物をどうやって食べられるようにするか、しっかり覚えなさい」
……笑顔で、アーラは既に事切れているまるごと一匹の猪に爪をかける。
あああああ!! やっと肉片に慣れてきた所だったのに!! 突然のハードル急上昇ーーー!!
ところでその猪、僕が知っているものよりもだいぶ大きくて、だいぶ牙がでかいんですけど、これがこの世界での普通なの…?
鋭い爪で皮を裂き、結構綺麗に剥いでしまう。そしてお腹を裂いて、内臓を……うわあああん!! スプラッタ! スプラッタ映像待ったなし!!!
「ここは、好きなヤツは好きなんだけどね。食べてみる?」
「ごはん!」
「ごはん!」
差し出されて、喜んでかぶりつく姉妹達。
あ、あああああ、見た目が本当に愛らしい幼女なだけに、猪の腸を咥えるその姿、最早その手のホラー映画でしかない…
「王子は食べますか?」
「いらない…」
そりゃあ、内臓には栄養があるでしょうけど!!
肉食動物は、先ず草食動物の内臓から食べる、なんて聞いた事あるけど!!
僕にはちょっと、ハードルどころか絶壁の難易度だよ…!!
「ぴぃ…おいしくない…」
「もにもに、おいしい! グリシナ、これ、すき!」
どうやらフレーヌはあんまり内臓は好きじゃないみたいだ。が、グリシナの方は目を輝かせて、がつがつ食べている。
……映像が辛い。
可愛い妹が、ゲテモノ好き……。いや、生肉食べるハーピィ的には、単なる好き嫌いというか、趣味嗜好によるものなだけなんだろうけど!
結局、解体した後ならば、普通に美味しく頂けました。
血の滴る生肉に噛り付くくらいなら、もう抵抗はない。ちょっと解体作業は、辛い物があったけど…
自ら解体は、ちょっと遠慮したい…。それとも、生肉に抵抗がなくなってきたように、その辺もそのうち大丈夫になるのかしら。
人間だって、誰かが豚さんを解体して、お肉にしてくれてた筈だしねえ…
「アーラ、それ、どうするの?」
三羽では、一匹丸々の猪は多い。かなり余ったお肉は他の大人達が持って行ったんだけど、残った骨や毛皮はどうするのかなと、アーラに尋ねる。
「これですか? 食べれませんから、捨てますよ」
「ぴっ?」
いやそりゃ、そこは食べれないだろうけど、勿体なくない?!
あ、でもちゃんと毛皮として使えるようにするには、色々処理しなきゃいけないか…。そして、それをハーピィが出来るとは思えない。
「ふかふかしてて、きもちいいよ?」
「そうですが、少しするとぼろぼろになったり、汚くなって腐るんです。残念ですが、捨てます」
「ぴぃ……」
ですよね。肉とか脂とか、残ってるんだもんね。単に、乾燥させればいいってもんじゃないよね…きっと…
あーあ、この猪の毛皮、暖かそうなのに、勿体ない。
…これも、加工技術を持ってる人間がいるなら、売れるんじゃないかな。
未来の資金源になるかもしれない。とりあえず、覚えておこうっと。
気を取り直して、冬の間に縄張りを調査する。
…と、言い出したなら。
「流石は王子! まだ雛の内から、群れの縄張りを見回るとは、私達メスには思いもよらない事です!」
「ぴ……」
ああ、うん、まあ縄張り巡回はオスがやるようなコトかあ…
やたらきらきらした瞳でアーラに褒めちぎられ、この日から一緒に縄張りの確認というか、案内をして貰う事になった。
僕も飛べるようになったけど、まだまだ長距離は飛べない。長く飛ぶ時は、アーラの背中に乗せて貰う。
「ねえ、アーラ。ぼくらのなわばり、どこらへんまで?」
「この森ですよ?」
……うん、…うん??
背中に乗せてもらっている時に尋ねたら、さらっとした返答が返って来て、一瞬理解に苦しんだ。
「…このもり?」
「ええ、…ああごめんなさい、森の範囲が分かりませんね。少し、高くまで行きますよ」
言って、アーラはぐんと高度を上げる。
腕で捕まる事は出来ないけど、アーラの髪をしっかりくわえて振り落とされないように注意している。顎の力は結構あります。
ぐんぐん上昇して、やっと止まった。
「見えますか? あちらの山のふもとの緑から、向こうの平原の手前まで。濃い緑色のところが森で、それが私達の縄張りです」
「ぴ…、……ぴぃ?!」
遥か足元に、僕らのねぐらの長老木があって、ほぼそこを中心に三方が大きな山の足元まで森になっている。
一方だけが、平地。そちらは長老木から山までよりは少しは近い。
だいたい、十三夜の月の形? 勿論形は歪だけど、イメージはそれくらい。
それはそうと、めっちゃくちゃ広くない?! 歩いて抜けるとしたら、何日かかるか僕にはさっぱり見当もつかないレベルだけど?!
たかが20羽の群れが縄張りとするには、いくらなんでも大きすぎる!!
「ぼくらいがいのなわばりは、ないの?」
「ここで自由に暮せるのは、私達ハーピィだけなんですよ。勿論他の動物も住んでいますが、ある程度以上の知能を持つ魔物や人間は、この森では全て道に迷ってしまい、満足に暮す事は出来ないでしょう」
えっそうなの? つまりここ、ファンタジィな物語で言う、迷いの森!
そっか、空を飛べる僕らにとっては、多少迷ったって問題ないんだ。木の上に出てしまえば、巣である長老木は一目瞭然だし。
あ、ところで人間ちゃんといるんだね。
魔物っていう不穏な単語も出て来たけど、分類上僕らも魔物なんだろう。
「森に多く住むという、エルフでさえこの森では道を見失います。ですから、この森はハーピィが頂点に立つ森なのですよ」
えっへん! とばかりに自慢げなアーラ。
ふむ、凶悪な肉食獣でも、道に迷ってしまえば混乱する。そこへ何処からともなく現れ襲ってくるハーピィとなれば、勝ち目は薄い。
この森においては、ハーピィが支配者であり、食物連鎖の頂点なんだね。
……まあ、天敵はいなくても、雛の生まれる数が少なすぎて、先細りしてるみたいなんだけど…
「ねえアーラ。きのしたをとんでも、まよわないの?」
「長く居れば、少し迷う事はあるかもしれません。ですが、その時は少し木の上に出れば、方向感覚が戻りますよ」
ふーむ、そもそも森に方向感覚を狂わせる魔法かなにかが掛かってるんだ。
ハーピィにも効果はあるようだけど、この森に長く住んでるせいかある程度は抵抗力を持ってる。でも長時間だと狂ってくるけど、空に出ればリセット可能。
いいな。もしこの森に鉱石や木材、その他素材という旨味があるなら、それを求める人達への案内役は需要があるかもしれない。
今のハーピィ達は、単に狩りをして生活している、野生動物も同然。言葉を話し、思考する能力があるのに……
文明ってものがないからかな。生きて、子を残す事が最大の目的。ある意味、正しい生命としての在り方ではある。
それで恙なく回っているのなら僕がどうにかなんてしなくていいけど、現実として僕らの未来は決して明るくない。ハーピィの寿命がどれほどかは解らないけど、いつかこの森の支配者は居なくなるだろう。
……僕の感覚から言えば、今のハーピィの生活は、ほんと色々勿体ない。
他の種族と連携を取って、互いの目的を達成しあう為の素質が間違いなくある。単なるこの森の食物連鎖の頂点、で終わらず、真の意味での森の王者になれる。
…まあ、この森を外の人達がどう見てるか、にもよるんだけどね。
「ねえ、アーラ! もりのそとは、いっちゃだめ?」
「いけません! 私達ハーピィは、木が無いと生きられないのです。もしも森の外に出たとしても、すぐに戻らなくてはだめです、絶対ですよ!!」
「ぴ、…はあい」
木が無いと生きられないとは…??
よく解らないけど、これだけ強く言うのだから、本当に危険があるのだろう。
ちょっと、こっそり森の近くに村でもないかなあーって見に行きたかったんだけどな。行くとしても、一人じゃ無理だし、一日で戻るくらいが良さそう。
「じゃあね、もりのなかに、かわとか、いけとか、みずうみ、ある?」
「ええ、ありますよ! では、一番大きな水場に行きましょうか」
ありきたりだが、山から流れ込む水がある場所なら、ある程度採れる鉱石のアタリがつくかもしれない。
砂金とかあれば、食いつく人間はいくらでもいそうだ。
…採りつくされても困っちゃうけどね。森でしか生きられないなら、森の保護だって僕らの大事な役目だ。
森の自然と資源を護りつつ、それらを活用してハーピィに益があるように、他の種族との交流を作る。
……難しそうだなあ。
とりあえず、今の所は取らぬ狸の皮算用だし。機会を逃さない様、その時が訪れた時に交渉材料として提示できるよう、縄張りの調査と管理はしとかなきゃ。
しっかりものの0歳児。
尚、ハーピィが成体になるのはおよそ10年かかります。オスハピ子は、少し特殊なのでもっとかかりますが。
寿命はだいたい40~50年。これは何事もなく無事に生きた場合で、病気や怪我でもっと早く亡くなるケースの方が殆どです。
ちなみにババ様は60歳ほど。ハーピィとしては信じられないほどご長寿。
だからこそ、ババ様。




