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おすはぴ!  作者: 美琴
32/64

ウソツキ

☆諸事情により、2話連続更新です。




「久しぶりの外だー! いやずっと外だったけどな!」

「森もいいけど、やっぱ視界が開けてるのはいいなあ!」


 一人、二人。森を抜けて、心地よい風の吹き抜ける草原へと足を踏み入れる。


「交代のヤツらは、村に居るんだっけ?」

「だな。明日の朝には来るはずだから、宜しく頼むなシスちゃん」

「はあい♪」


 三人、四人。ハーピィの存在を毎日感じる生活も、慣れてきていたんだろうけど、やっぱり開放感があるのでしょう。

 ぐーっと伸びをして、晴れ晴れしたような顔で僕にも笑いかける。

 五人、六人、七人と。

 次々森から出ていくのを、僕も森から一歩出たところで、にこにこ笑いながら見守った。

 ―――そして。


「出ましたね♪」

「は?」

『くるりとながい、風のヘビ。見えないけれど、たしかにそこに。アナタのまわりにトグロをまいて、アナタはそこから動けない』


 毛髪の薄いおじさんが、森から完全に出たところで。僕は変わらず微笑みながら、手早く魔法を組み上げる。

 空気で出来た、不可視の蛇。

 風は掴めないものだけれど、それが自由に動き続けるから。

 けれど、指向性を持って渦を巻かせ、蛇のような形に整え、人に巻き付かせれば。充分、相手をからめとる事が出来る。


「な、なんだ?! いきなり何のつもりだ?!」

「あら♪ りゆうはアナタが、いちばんごぞんじかと♪」


 突如動きを封じられたことに、動揺と怒りを表すおじさん。

 元々ちょっといかついから、気弱な人だったら恫喝一つで怯えさせられそうだけれど、あいにく僕はそうでもない。

 まあ今森から出てるけど、少なくとも彼は僕にとって、脅威ではない。冒険者じゃなくて、鉱夫さんだしね。


「お兄さん、もうひとしごと、おねがいでーす♪」

「え、あ、ええ?」

「あのおじさんの、おなかのあたり♪ しらべてください、さあさあさあ♪」


 もう、この時点で嫌な予感がしていたのだろう。

 まさか、と言いたげな表情で、先ほども身体検査をしたお兄さんは、空気の蛇に巻かれたおじさんに近寄る。

 途端に、やめろ、何もない、なんて大慌てで怒鳴り散らすものだから、それってもう自白してるようなものだと思うのね。

 同じ感想を抱くようで、お兄さんも躊躇はしなかった。

 厚手の上着、それから綿の肌着。その下に、金髪さんと同じさらしが巻かれていた。

 それをほどくと、中からぽろりと……いや、どさりと音をたてて、魔法の袋が転がり出た。


「ありまーしたねー♪」

「待て、別に怪しいモンは入ってねえから!」

「……じゃあ、何が入ってるんだよ。なんで、こんな隠すような真似してるんだ」

「そ、それはその、ちょっと、個人的に、見せたくないモンが……」

「お兄さん♪ はい、フクロをあけて、ひっくりかえして、ふーりふり♪」

「やめっ……!」


 悲鳴のような制止の声を、お兄さんは聞き届けなかった。

 僕が促した通り、袋の口を開けて、ひっくり返して軽く振る。

 すると、どざーーーっと大量の鉱石が中から出てくる出てくる。

 ……まあ、袋の膨らみ具合からの想定の、二倍くらい?

 音から察するに大して重量軽減もかかってないみたいだし、よくもまあこれだけ仕込んで、平然と歩いていたねえこの人は。

 鉱夫さんも、体力勝負だもんね。


「……おい。どういう事だ、これは…」

「ま、待ってくれ。これはだな……」

「あ、言いわけはいりませーんよ♪ だいじなのは、『アナタがナイショで、かってに、きめられた以上の石をもち出した』。コレだけですから♪」

「ゆ、許してくれ、これには事情が……!」

「こくはくし、思いとどまるきかいは、3度はあたえました♪ アナタはそのどれも、ムシしました♪ アナタは、ボクらとのやくそくをやぶりました♪ それがすべて♪」


 1度目は、国と森で交わした取り決め。勿論それは知らされている。

 2度目は、集落から出る前に。決められた量であるかしっかり確認した。

 3度目は、先ほど。森から出る、最後の機会。

 その全てを無視して、彼は僕らへの誠実さより、自身の金儲けを取った。


「なさけは、じゅうぶんにかけました♪ けれど、アナタはウソをつき、かくして森を出ました♪ アナタはボクらとのやくそくを、やぶりました♪」

「……う…」


 先ほど、金髪さんが自ら告白した事で、他の皆さんは危ないところだった、裏切りは未然に防がれたと安堵した。

 そのどさくさに紛れ、自分も彼に『気を付けろよ』なんて声をかけて、巻き込まれる被害者を装い、疑いの目を逸らそうとして。

 彼らの会話には出てこなかったし、金髪さんもそのつもりはなかっただろうけど、もしかすれば最初から、彼はおじさんへの疑いの目を逸らす役だったのかもしれない。

 『誰かが犯人だったから』、『他の人に犯人は居ない』なんていう、心理トリックみたいなもの。

 金髪さんは意識的にやってるわけじゃなく、たぶん悪い事をそそのかされたにもかかわらず『他人に迷惑はかけたくない』、なんて気持ちがあったのだろう。

 ……君が勇気を出して共犯者を告発していれば、命を失くすような展開には、ならなかったのにね?

 その場合、街に帰ってからの彼の安否がちと心配だから、ある意味これでいいのかもしれないけど。だからその辺、言わないけど。そんな罪悪感、持たなくてもよろしいです。


「キミらがやくそくをやぶっても♪ ボクらはやくそくを守ります♪ さあ、おじさん、えらんで下さい♪ ……森にのまれるか♪ ボクらにくわれるか♪」


 僕は笑って問いかける。

 3羽の大人のハーピィ達も、僕の後ろで笑みを浮かべる。

 ……そこにたっぷり、約束を破られた怒りと、獲物を見つめる肉食獣の気配を絡めながら。

 身体検査をしたお兄さんも、他の冒険者さん達も、おじさんを庇おうと前に出る人は誰も居なかった。

 そりゃそうだ。彼は約束を破ったのが明白、しかもその量を見れば、金髪さんとは違い明らかに金儲けでウッハウハしようとしたのが見て取れる。

 そもそも、僕らとの約束を破るという事は、積み重なれば仲間や同僚、森に入る全ての人を危険に晒すという事。

 謂わば彼らも『迷惑をかけられた』側。

 しかもここで彼を擁護すれば、その人すらも関係者とみなされ、巻き込まれる危険性すらあるのだから。

 よほどの善人でも、欲に駆られた泥棒さん、現行犯を助ける事なんて、しない。したならそれは善人ではなく、単に助けることが好きで他の事はどうでもいい、頭がおかしいだけの人。

 顔色を真っ青にしたおじさんは、僕に問われて、先ほどの金髪さんのように体を強張らせ震えながら。


「っふ、ふざけんじゃねえ!! だいだい、そもそも森は誰のモンでもねェだろうが!! 俺が自分の足で歩いて、辿り着いて、鉱脈を見つけ出してこの手で掘り出したモンだぞ、好きに持ってって何が悪ィんだよ!!」


 最終的に、逆切れした。

 うん、まあねー。この土地が誰のものかと言われれば、究極言っちゃえば明確に僕らの所有物ではないよね。

 貴方がその足で辿り着き、その手で掘ったのも事実だよねー。


「うふふ、それがアナタ一人で行ったのなら、みとめてもかまいませんが♪ キミらはここをボクらのなわばり、ボクらのしょゆうちとみとめて、ボクらのきょかを得てあんないされたでしょう♪ キミらはみとめたのです、この森はボクらのものであると♪」


 森のルールに則って、勝手に入って勝手に採取し、勝手に出ていくのであれば、別に僕らとしてはどうでもいい。その行為が、森を破壊するほどの過ぎたものではないのならば、だけど。

 でも、今回カタラクタの人たちは、この森が僕らの支配域である、僕らと手を組み守られれば安全である、と考え同盟を結ぶ事で、森に入ってきた。

 つまり、言ってみればこの森が僕らの国である、と認めたようなもの。

 他人の国に入るから、そこには許可が必要になる。許可を得て決めたルールの元で行動する分には、僕らは入ってきたヒトを護る。

 そんなもの、自然界のルールにはない。この決まりは、実に人間的なルール。

 であるならば、今更『森は誰のものでもない』なんて、言ったところで説得力はありはしない。


「そのきょかの元、ボクらにまもられる事をのぞんだ以上、この森はボクらの森です、ボクらの国です♪ であれば、アナタは他者の国からしげんをかってにもち出したどろぼうさん♪ ちがいまーすか?♪」

「ぐ……」


 森に人間のルールを持ち込んだのは、貴方達。

 そのルールに則って、決めた事柄を破って、それで今更自由を訴え批難なんて、勝手以外のなんだっていうの?

 決めたことは守りなさい。ルールというのは、きちんと守れば、守られる。

 人間が作り上げた秩序と規則は、本来そういうものなのだから。


「さあ、そろそろお決めくださいな♪ あんまりボクをまたせると、アナタがえらぶより前に、ばんごはんに決まってしまいます♪」


 ゴネて僕を煩わせるなとばかりに、アーラ達が小さく唸っている。

 それは鳥獣の威嚇の声のようで、実際そうなのでしょう。

 僕らとカタラクタのお国で決めた約束通りなら、もう彼に助かる道はありませんので。別に彼女らが先走っても構わないけど、一応選べと言ったからには、選ばせる必要があるからね。


「っふ、ふざけんじゃねェよ!! 鳥の餌になんて、されてたまるか!!」

「そうですか♪ りょーかいしました、でしたらそのとおりに♪」


 ま、実際すすんで食べたい訳ではないので、正直言ってそう言っていただけると助かります。

 青筋立てて怒鳴るおじさんの意見を汲んで、彼の処遇は決まった。


「お兄さん、その石ひろってもういちど、フクロにおさめて下さいますか♪」

「あ、ああ……」

「それを、おじさんに返してあげてくーださーいな♪」


 足元に散らばっていた鉱石を、お兄さんと……ちょっと量が多いので、仲間の二人も手を貸してくれて、元の通りに袋に収める。

 きゅっと丁寧に口を縛り、訝し気にしながらも、僕の言う通りに再びおじさんの手へ戻してくれた。


「それはアナタにさしあげましょう♪ アナタがイノチのききを知りながら、それでももとめたたからもの♪ お好きにどうぞ、アナタのものです♪」

「え、あ、…おう?」


 命諸共奪われると思っていた、必死に集めたお宝が、自らの手に戻ってきた事に、彼は怒りや恐怖も一時忘れて困惑しているようだった。

 まるで、先ほど自ら告白した金髪さんが、僕から貰った果実のように。

 自分のものだと言われる展開に、他の皆様も首を傾げる人が居た。


『風さん風さん、ボクのおねがい聞いて下さいな。少しのあいだ、かれにだけ、ボクはおうたをうたいます。ないしょないしょのおうたです、かれ一人だけにとどけて下さいな』


 先ほどは丁寧とは言えない魔法だったので、今度はきちんと風の精霊さん達にお願いをする。

 まああの一回でヘソを曲げたりする訳じゃないけど、気分でね。

 それから、僕はすうっと息を吸う。


『だれかがアナタをねらっています♪ こわいこわーい、まもの、かいぶつ、あるいはおばけ♪ アナタのイノチを、アナタのにくを、アナタの大切なたからもの、ねらってほらほら、うしろに、よこに、すぐそこに♪』


 これは、恐怖を煽る歌。

 アーラがかつて襲い掛かってきた人間相手に使った、恐慌の呪歌。

 メロディだけで効果があるものだけれど、そこにハーピィ語で歌詞を上乗せ、よりハッキリとしたイメージを作り上げる。

 漠然とした恐怖に混乱するのではなく、明らかに自分を狙い追ってくる、想像でき得る一番恐ろしい姿の、怪物の群れ。


「あ、ひ、ヒィ……?!」

「ど、どうした?!」


 呪歌の問題点は、聞く者全てに効果を発揮する事。

 ハーピィ達には効かないけれど、この場の他の人間さん達には効いてしまう。

 だから、風の魔法でおじさん以外に、僕の歌は届かなくてし貰っている。当然の配慮です。

 僕の強化呪歌にかかり、突然僕らハーピィではなく、周囲……遠巻きに見ている人たちや、横にいる冒険者のお兄さん、あるいは何も誰も居ない場所。

 そんな何処かを見て、先ほどよりもずっと怯えた様子を見せるおじさんに、お兄さんはついつい心配の声を上げた。いいひとねー。


『さあ、にげてにげて♪ すがたが見えたら、見つかるよ♪ にげてにげて、いちもくさんに、どこまでも♪ だれにも見えない、やみの中へ♪』

「ぎゃああああああ!!! 来るなっ、来るな!! 化け物!!!」


 絶叫に近い悲鳴を上げて暴れだしたところで、僕はおじさんにかけていた魔法、そのすべてを解除する。

 音の制限、風の蛇、そして首から下げた笛の加護も。

 自由になった彼は、傍にいたお兄さんが思わず心配して手を伸ばすよりもずっと早く、悲鳴を上げながら再び森の中へと駆け込んでいった。

 かなり強めにかけたから、丸一日は光を恐れ、居るはずのない怪物から逃げ隠れを繰り返すだろう。


「これで、いちどめ♪」


 自ら案内人のいない、迷いの森へと単身突入していったおじさんの姿に、唖然としていた皆が、僕の言葉にハっとしたようにこちらを見る。

 先ほどまでの、どこか和気藹々とした、単なる可愛い子供に対する親し気な視線ではなく、戸惑いと、僅かな恐怖か何かを交えた瞳で。


「きいたと思いますが、4回めまでは、このとおりにやくそくをやぶったヒト♪ 5回めからは、そのばにいたヒト♪ ……今で言うなら、キミらすべて♪」

「………」

「ボクらはルールをまもります♪ どうか、キミらもルールはおまもり下さいな♪ 次来るヒトにも、しっかりお伝えくださーいね♪」

「……ああ」


 緊張した面持ちで、お手伝いをお願いしたお兄さんは頷いた。

 約束を破れば、命の危険がある。

 勿論知った上で彼らはここを訪れた。けれど、この半年と少しで僕が友好的だったり、ハーピィ達はきちんと案内してくれたり、良い調子でいろんなことが進んだりで、ちょっと気が緩んでいたでしょう?

 なんだ、大したことないな、なーんて。

 けれど、これでしっかりご理解いただけたでしょう。

 僕らは約束を守るのです。……交わした物は、全て、間違いなく。


「それでは、また明日♪ まちにかえるヒトも、次のいらいにいくヒトも、どうちゅうお気をつけくーださーい♪」


 残った皆さんの笛の加護をいったん解除した後、にこっ、と笑って僕は羽ばたき、空に舞い上がる。

 アーラ達もそれに続いた。

 まったくもー、いつかはあると思ってたけど、こんなに早いんだもんねー。恐慌の歌詞上乗せ、早めに用意しといて良かった。


『王子、あの人間が無事に森から出た場合は、どうなさいますか?』

『あー、無いと思うけど、そのばあいは森がゆるしたんでしょう。それ以上は何も言わなくていいよー、もちろん二度ときょかしないけど』


 森の浅い部分をさまよう事になるから、もしかしたら出られるかもしれないね。

 その時は、自力で出れたんだし、仕方ないから不問としよう。

 それで一縷の望みでやらかす人が増えるのもイヤだけど、増えた分だけ他の人の安全が遠のくから、許す人も少ないだろうしね。

 9回で終わる、一世一代の金もうけとか、効率悪すぎるでしょ。

 ……ていうか、一番イヤなのは、来たる繁殖期の旦那さん候補が、怖がられて減りそうだなってことだよね。

 ほんとに、まったくもー。批難される謂れはないけど、困っちゃうよ。







 尚、無事に出られる可能性は皆無な模様。


 ルールは基本、守らなきゃいけません。

 なんでかって、そのルールのおかげで、貴方が守られるからです。

 縛られすぎもいけませんが、何のためにそれがあるのか、それを破ったら自分や周囲がどうなるのか。

 きちんと考えてから、行動しましょうネ?




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