夏の森
春が過ぎ、夏の真っただ中になる頃、なんとなーくただの木造のおうちが何軒か広場に建っているだけ、から途上ながらも集落っぽい様子に見えてきた。
まあ見えてきただけだけどね。
でも、中央のギルドと、纏めて寝泊り用のおうちの他に、周辺を柵と堀で囲って安全を確保したり、川から砂利を集めてきて道として敷いたり、冒険者の皆さんが採集したり狩りをして集めた食料や資材を保存する納屋が出来たり、ああーなんていうか、ここに文明があるなーって感じ。
ハーピィの感性としては決して落ち着く場所じゃないんだけど、こういうのを見るとホっとしちゃうのは元人間のサガ。
おうちに入りたいとは、あまり思わないけどね。
「いやー、いいよなあ。森の中は涼しくて!」
「去年は警備の仕事だったけか。あれはキツかったなぁー」
クラベルの案内で集落に戻ってきた冒険者さんチームが、ほくほく顔でそんな事を言っている。
大きな鹿を、二人がかりで担いでる。まあ、美味しそう。
それにしても、二人で担げるんだねえそのサイズ。前足と後ろ足をそれぞれ縛って、そこに棒を通しておみこしみたいに担いでる。そんなもの?
まあ、アーラとかもそれくらい、一羽でつかんで飛んじゃうけどね。ちなみにつかむ場所は首あたり。
「おかえりなーさい♪」
「おう、シスちゃんただいまー!」
おうちの屋根の上からその姿をみつけて、飛んで近寄って挨拶する僕に、冒険者のお兄さんも気さくに右手を上げて応えてくれた。
この人達は、僕のコンサートにも出来る限り来てくれて、セロさん達を除けば一番に僕と進んで会話してくれるようになった冒険者さん。
まだまだ距離がある人もいるけれど、挨拶くらいならみんなしてくれます。
「森でのかりも、なれまーしたかー♪」
「だいぶな! 流石にお互いの声が通る距離に居れば、はぐれる事もないし」
「帰りは他の動物や魔物の襲撃を心配しなくていいし!」
「獲物も選べるくらいいるし、狩りとしてはぬるいレベルだよな」
まあ、それでもきちんと隠れたり罠を張ったりしなきゃ捕まるものも捕まらないのだから、それを踏まえた上でのヌルゲーみたい。
最初にここに派遣されている彼らは、僕らとの信頼関係を壊さないよう、ギルドからの信頼の厚い人たちが採用されてるって聞いたし。
きちんとこんな森の中でも役目を果たせる、腕利きの冒険者さんなのだろう。
「山菜もキノコも薬草も、沢山採れるしなあ」
「なあ。クリムベリーが鈴なり地帯を見つけた時は、流石に目まいがしたぜ」
「ぴ? どーれ?」
「ほら、真っ赤で二つつながって生る木の実」
「……。…ああ、あれ! おいしいでーすよね♪」
「あ、それはハーピィとしても美味しいんだな」
「美味しい上に、栄養もたっぷりで、そのくせ育てるのが大変でさ。街じゃあ結構高級品なんだぜ?」
「へー♪」
たぶん、前にプーロ君と一緒に食べたやつだよね。あれ、高いんだ。
夏の美味しいおやつ、くらいの感覚しかなかったけど。
「あれ……収穫して干したら、冬場のいい保存食になるよなあ」
「したらいいんじゃないでーす?♪」
「え、いいのか!?」
「根こそぎはだーめでーすよ♪ とりや、リスや、ボクの分はのこしてくーださーいね♪」
「おうさ! よし、じゃあ明日はベリー狩りだー!」
「おーーー!!」
僕の許可を貰って沸き立つお兄さんたちだけど、なんでダメだと思ってたんだろうね?
ぜーんぶ自分たちのもの! ってしたら怒るけど、冬の備えを今から始める事を怒ったりしませんよ。
極論、ここに種を持ってきて育て始めたって、僕は止めません。
育つか知らないけど。
「そういえば、森のそとはそんなにあっついでーすか?♪」
それはそうと、今夜の主菜になるのでしょう、狩ってきた鹿さんを料理担当のおじさんに預けたお兄さんたちに、ぱたたと飛んで着いていく。
最初にそんな事を言ってたのが、ちょっとだけ気になった。
「ああ、暑い暑い、ここと比べたら地獄ってくらい暑い」
「……ってのは言い過ぎだけど、去年は荒野を旅する商人の護衛をしてたからさ。もう本当、死ぬんじゃないかってくらいキツかったんだよ」
なるほど。
真夏に炎天下、遮蔽物のない荒野を歩くのは、本当に死が見える。
対して、森の中はとても涼しい。
まあ森にも熱帯雨林なんていう、それはそれで地獄な暑さと湿気を持ったジャンルもあるけど、うちの森はそうじゃない。
暑い日差しは木の葉で遮られて、その下はとても心地いい。
……まあ、無防備で森林浴をしてたら、ちょっと危ないかもしれないけど。猪も居れば、熊も狼も、ワニもいますので。
あと道を踏み外して、谷に鉄木茨や毒草が群生してるなんていう、天然もののトラップも存在します。僕らには関係なくても、人間さんには超危険。
「実際、カタラクタ王都でも、夏に死ぬ人ってそれなりに居るんだよな」
「ふうーん?♪」
「毎年、それなりに流行るんだよ。熱病って言われてるんだけど」
「これだけ涼しけりゃ、この集落では起こらないかもなー」
「やっぱ暑すぎてなるのかな、あれ?」
「だろ? だって秋や冬になるやついないし」
……熱病?
あの、それは、熱射病や日射病、ではなく?
と一瞬考えたけど、もしかしてそういうものだっていう、認識がない……
あれー、僕の他にも居るんだよね、転生者って?
そんなの、他のむつかしー病気よりも、さっさと解決されそうなものだけど。
ギルドに報告の為に入っていくお兄さんたちを見送って、僕はぱたたと更にその上の階へと飛んで上がる。
あ、ちなみにアーラは今日は例の瑠璃が見つかったお山へ、案内役をしているからここには居ない。
そろそろちょっとね。周辺調査とかが、活発化してね、人手……ハーピィ手が足りないものだから。
そして僕は緊急時しか呼ばれてもいきませーん。
「せーんせ、せーんーせー♪」
先生のお部屋の窓のすぐそばの屋根に降りて、呼びながらぽんぽんと壁を叩く。
夏で窓も開いてるから、居ればすぐに気づいてくれるはず。
「どうした、シス?」
居た。
窓からひょいと顔を出すティリノ先生に、僕はご挨拶として右翼を上げる。
「ちょっとしつもんでーす♪ ねえセンセ、カタラクタのまちって、おうちは何でできてるでーす?♪」
「うん? …そうだな、王都はだいたい石造りだな。そこから離れていくにしたがって、木でできた家の方が多くなっていくと思うが」
「おうち、いっぱいあるですー?♪」
「まあ、他の国より小さいとは言え、王が住む国の中心だからな」
「みちも石でーすか?♪」
「ああ」
たくさん石造りの家、石で舗装された道。
……そりゃあ、なんていうか、さぞかし……熱いだろうなあ!
まあ石にもよるんだろうけど、僕のイメージだと、昼間に溜め込んだ熱を石が溜め込んで、夜中に放出して熱帯夜……ううん寝苦しい。
黒い石なら熱を溜め込み、白い石なら反射光で歩くだけでまぶしい……
冬は木造よりもあったかいんだろうけどね。一長一短だなあ。
「急にどうした、そんな事聞いて」
「ぼうけんしゃさんに、夏にはねつびょーがはやるって聞いたでーす♪」
「ああ、そうだな。暑さに強いドワーフとは無縁だって言うが、逆に暑さに弱いエルフには死の病とさえ言われてる」
ドワーフは初めて聞いた気がする。やっぱり鍛冶屋さんとかが多いのかな。僕のイメージする、なんか火山とかに住んでそうな、ずんぐりしたドワーフさんで良さそうかな?
そしてエルフは暑さに弱いんだ。森に本来住むって言うしねえ。
「人間やシャット達にもかかる者は居るが、特にエルフは重症化しやすいな」
「あれ?♪ まちって、エルフさんもいっぱいいるでーすか?♪」
「ああ、うちの国は魔道具が特産だと言っただろう? エルフは魔石に術式を刻み込むのがとても上手いからな、他の国に比べたら多く雇っている」
「なーるほど♪」
「基本的に森に住む種族だが、若いエルフには外に憧れて出てくる者もそこそこ居るからな。…まあ、夏の暑さによる体調不良が、本当に悩みのタネだが」
ふーん。
本来森の民なら、外の暑さには適応しきれないかもねえ。
しかも、確か森の、特に水辺にすむって聞いた気がするし。そんな環境で生まれ育った細い子達(想像)が、石造りの都会か……
危ないよ。対策したげて。
「あの、あったかくなるまどーぐの、ぎゃくみたいなのはないのでーすか?♪」
「あるぞ。ただ、魔石の等級でだいぶ効果範囲が変わるからな。職人達が作業をする部屋一帯を冷やすとなると、結構な値段だ」
「ちなみに、ボクらのはどれくらーい?」
「あれはAランクはあったと思うぞ」
おお。
あの温かくなる魔道具で数人固まって会議中、温かくいられるくらいだから、お部屋全体をとなると、それこそSランク魔道具がいるんだ……
会議室、なんて広い部屋だったら、複数いるよね。予算がいくらあっても足りないよねそれ。
なるほど、まあ、一般流通はしないだろうね。
でも、大事な術師さんの待遇は、考慮した方がいいと思うな……
「ここのませきで、かいてきになれるエルフさんがふえるといいでーすねー♪」
「……そうだなあ」
「? どうしまーした?」
「いや。まだ本格的に採掘が始まるのは先だろうし、何より……」
「ぴ?」
何か、先生が言いよどむ。
僕に言って良い内容なのか、と考えている様子。
……別に、そこまで不利益になるような事を、何かしたりしないよ?
そういう調整は、先生と相談してしますから。締めすぎて手を引かれてしまっては困る。現在ここまで集落出来てて、あっさり放棄はしないだろうけど。
「まあ、ここには、こないか……」
「ぴー?」
「今、北の方でな。戦争……とまではいかんか。小競り合いが起こっている」
「ぴ?!」
とんでもないこと起こってた。
北ってことは、森を区切る山の向こう。シンセって大きな大きな国があるはず。
カタラクタ自身がそれにかかわってる訳じゃなさそうだけど、つまりそっちの国は何かしてるってことだよね。
「ニンゲンさんどーし?♪」
「いや、シンセの北……かなり北に、魔物の国、…いや国というカタチではないと思うが、質の悪い魔物が多く住む領域があるんだ。その一部が南下してるらしい」
「ぴー……」
「ああいや、お前らを悪と言ってる訳じゃない。人間にも善悪あるように、魔物にもある。というか、俺達がひとくくりに魔物と呼んでいるだけで、あっちのやつらとハーピィ達は、実際には何のつながりもない別種族なんだしな」
確かに、知りもしません。特に僕は雛ですし。
ハーピィとゴブリンが親戚とか言われても、信じられませんよ。人間とエルフが別なのと、同じだよね。
全員が先生のような理解をしてるとは思えないけど、そういう考えの人がここでリーダーしてくれてるって言うのは、とてもありがたい。
「昔から、シンセがそういう状況での防波堤になってくれている部分がある。あの国が巨大なのは、北からの脅威があり、かつてあった国々がそれに対するためにまとまったからだ」
「ふーん……」
「そういう訳で、こちら側としても支援という形で魔道具を優先的に発注生産して輸出している」
「あ、あげてる訳じゃなーいんでーすね♪」
「普段よりもだいぶ格安にはなっているが、こっちも生活があるからな」
ですよねー。
この感じだと、アバリシアからも食料支援があるのかな。
それにしても、質の悪い魔物って、何がいるんだろうなあ。
ドラゴンとかっ。ヴァンパイアとかっ。
……あんまり想像つかないなあ。どっちも関わり合いにはなりたくないけど。
「お陰で、そういう生活を快適にする系の魔道具の生産が後回しになっているのが現状だな」
「くせんしてる、って事でーすか♪」
「どうだろうな、詳しい戦況は知らない。兄に聞けばわかるかもしれないが」
「せっぱつまっては、いーませーんか?♪」
「切羽詰まっていたら、もっと魔石採掘の催促が飛んでくるだろうな」
「じゃ、そこまでではないってことでー♪」
今後がちょっと心配だけどね。
ただ、魔物の群れが襲ってきても、サーチアンドデストロイされない限りは、迷い殺せそうな気はする我が家。
流石に焦土にさせる勢いだと困るから、そういう場合の対策は考えた方がいいかしら。
僕らの呪歌って、どんな相手にも効くのかしら?
精神に作用するものだから、極論ゴーレム的なものがいたら、それが物凄い天敵な気がする!
「……個人的には、勿論脅威に対する行動も大事だが、足元を固めなければ自分が転ぶだけだと思うんだがな……」
「……もしかしてー、あつさたいさく、ゆっるゆるでーす?♪」
「ただでさえ、原因不明の病で、大事な術師達が倒れやすいというのに、やれ緊急事態だから不休で働けとかやらかしてるバカが居そうでなあ……」
何そのブラック企業。
根性で仕事は早くならないんだよ? 適度に休み、快適な労働環境、適度なストレス解消。これがなきゃ。
っていうか、あの、熱中症は原因不明の病なの。それがまず問いたいよ。
「エルフの術師は本当に貴重な国の財産だというのに……」
「なかなか、ほじゅうも出来なさそうでーすしね♪」
「それだ。まったく、2歳のハーピィの雛が解っているようなことを、解ってないバカが時々居るから困る」
「……お心あたりがおありでーすか♪」
「シンセからの要請に、緊急として魔道具生産管理にバカ大臣が据えられたらしいと聞いて、俺は昨日から頭が痛い」
……え、それ先生をここに蹴りだした大臣さん??
大臣といっても、各部署に色々沢山居るんだろうから、そうとは限らないけど。
「あの国、もうダメなんじゃないだろうか」
「せ、センセ! センセ! ほろびたら、ボクこまるー!♪」
「いやまあ、実際魔物たちはシンセが撃退してくれるだろう。ここの運営が本格的に始まれば、魔石や資材、肉類や毛皮や薬草類といった供給も始まり、国は潤い始めるだろう。……だが人材はどうかな」
特殊な技能を持った人材とか、即座の補給が出来ない一番のジャンルじゃないですか、やだー。
というか、あの、ほんとにカタラクタ大丈夫なの? ねえ、離れた場所で色々考えてる、先生が一番マトモなんて言わないよね??
権力とかお金的にダメな人が一部居るだけで、別に全員がダメな訳じゃないよね? 国的にはマトモなんだよね??
ちょっと心配になってきたんですが。
「……来年が楽しみだな」
「センセ、目がとおーいよ♪」
半笑いが怖いよ。
この集落的には上手くいってるけど、本国が心配、いや心配っていうか、その余波で先生に変な要求がぶっ飛んでこなきゃいいんだけど。
さしあたって、カタラクタ本国のエルフの術師さん達が過剰労働や熱中症で再起不能にならない事を、謹んでお祈り申し上げます。
……ついでに言うと、それが『原因不明の病』という認識なら。
ものすごく美味しいエサを用意出来そうなので、あえて対策を口に出さないでおこうと思います。何が起こるか分からないし、武器はとっておかなきゃ。
見知らぬ熱中症患者より、自分たちの安全が大事だよ。僕は。
だってハーピィですもの。
異世界からの転生者=現代知識を持った人々、とは限りません。
というか、そういう知識も結構虫食い状態だったり、この世界とはいろんな常識が違うだけでやっぱりファンタジー世界だったり、様々です。
シスのように、自分のパーソナルは全く覚えていないのに、知識や常識はあるという状態は、かなり珍しいものだったりします。
(すごくどうでもいい事ですが、この世界は羊さん世界とは全く異なる世界でありますが、『死後や転生に関する事』に限っては同一設定です)




