交流開始
さて、本来ならそろそろ卵が産まれても良い時期。
今年はそれはないから、ちょっとだけ寂しい気もする。あの阿鼻叫喚の惨劇前提と知ってもなお、やっぱり雛が生まれないのは寂しいものです。
あのままきっかけがなく数年生きてたら、ハーピィの価値観にすっかり馴染んでしまっていたかもしれない……
あるいは、卵確保が問題なかったら、目をつぶっちゃったかもしれないね。
危ないところでした。種族の危険が逆に、僕の感性を守ってくれたとは……
そして、僕らよりの立ち位置になってくれて、話の通じるティリノ先生を派遣してくれた、彼の生い立ちと王国の人たち、心からありがとう。
それを伝える日は来ないでしょうけども。
『今日だったね、一番始めの、この森に住む人間がやってくるというのは』
『うん、今日だよ! これから、アーラたちとおむかえにいくの』
ババ様のお膝に上半身のせて、髪を撫でられながら僕は笑顔で答える。
今まで全然考えてなかったけど、ババ様が相当なお年なのだと知ってからは、お膝にお座りするのはやめることにした。
考えてみれば、ババ様が立って歩いてるところすら、見たことがない。
つまりは、この巣からもう出れない体だって事なのだと思う。
でもババ様のふかふかのお膝は好きだから、ちょっともたれかかる程度で。
『大丈夫かねえ、この甘えん坊さんが』
『だいじょうぶだもん! あまえんぼなのは、ババさまにだーけ!』
『仕方ない子だよ。まあ、まだ雛だからねえ。生まれたてみたいなおチビさん』
『むー!』
さすがに生まれたてってほど小さくはない!
……でも、チビとか小さいに対して、不満は表しても否定は出来ない。
その事実を認めざるを得ないくらい、僕はちいちゃいのだ。
フレーヌやグリシナと比べると、明らかに僕の方がひとまわりくらい小さい。
ハーピィはオスの方が小さい種族なのかなと思ったけど、僕の中でその件は、ちょっとした仮説が出来ている。
前にババ様やアーラから聞いたように、魔力を多く持つ生物は、単なる野生の本能で生きる動物と異なり、多かれ少なかれ知恵を持ち、言語を話す。
そして、シオンさんや先生から聞く限り、魔力の高い生き物は寿命が長い。エルフはとても長生きみたいだし、人間と同じ身体的特徴でありながら魔力が高い魔女は、人間の倍は生きるそう。
ということはつまり、普通のハーピィよりも魔力が多いらしい僕は、それに比例して知能が高く、寿命も長いのかもしれない。
……頭に関しては、前世の意識が残ってるせいがあると思うけど、成長が遅いのはその辺りのせいなのかなーと、なんとなく思っている。
だから、焦らなくてもいいのです。ほかの子よりゆっくりなだけで、ちゃんと成長して、いつかはおっきくてかっこいい、ハーピィになるのですから!!
……かっこよくじゃなくて、女性的な意味で美人になる可能性が割とそこそこ結構それなりにある気がするけど、まあその時はその時です。
大丈夫、どっちに転んでもまんざらでもない。
『センセもいるし、シオンさんもいるよ。みかたはちゃーんといるから、だいじょうぶ! 来年は、かわいいヒナがいっぱいだよ』
『そうだといいねえ。楽しみにしているよ、王子』
『うふふ、まかせといてー!』
撫で撫でされるの、気持ちいい。
もう僕はリーダーだし、あんまり子供子供してるとこを、ハーピィ達はともかく人間さんたちに見られるのは体裁があるから、やらないようにするつもりだけど。
でもここに人間はこないし。ババ様は僕の前の長で、引退はしたけど皆は今でも尊敬してるし、僕は王子だけど甘えたっていいよね。
ババ様だって、ダメとは言わないし!
『それじゃ、いってきます! ババさま!』
『ああ、いっておいで。よおく気をつけるんだよ』
『はーい!』
よし、あまえんぼタイム終了!
充分英気を養ったところで、王子としてのお仕事しようじゃないかっ。
肌触りの良い黒のローブを纏ったババ様にほっぺちゅーを貰って、僕はにこにこで翼を広げて巣から飛び立つ。
長老木の中腹あたりで、待っていたアーラ達に声をかける。
『いくよー! だれがついてくるか、決まった?』
『はい! このアーラ、いかなる時も王子のお供を致します!』
『アーラったら、本気で譲ろうともしないんですもの、皆諦めました。アーラの他は私とクラベル、オリヴィエ、プリムラがお供させて頂きますわ』
『おっけー』
アーラの勢いは相変わらずすごいなあ。
まあそれはそれとして、僕を除けば最も人間語を話せるので、シャンテ達も強く言えないのもあるんだろうね。それもまた、執念だなあ。
…アーラの全力人間語習得が、僕のお供をするためなのか、それとも先生との口喧嘩に勝つためなのか、どちらの比重が多いのかはちょっと気になるけど。
『それじゃあ、いくよー。ほかのみんなはかりと、よてい地のけいかい、よろしくおねがいねー』
『『『はい、王子!!』』』
僕の言葉に、お供をしてくれるハーピィも、他のハーピィ達も、声をそろえて笑顔でお返事してくれる。
なんという統率力なの、僕。
僕自身のカリスマっていうか、ハーピィの本能なんだろうなあ。
深く考えないでおこっと。
■
長老木から飛び立って、しばらく飛ぶと森の終わりが見えてくる。
僕らが空を飛ぶスピードは、驚くほど速い。人間が全力疾走するよりも、もっとずっと早く。たぶん、馬で駆けるよりもずっとずっと早く。
僕は小さいから大人のハーピィよりは飛ぶのが遅いんだけど、そこはちょっと風の魔法でブーストしてスピードを速めてます。
ハーピィの危険度が森で高いというのは、森の中では存在の感知がもともと難しいのと、それ以上に半端ないスピードで森の木々を縫って飛べるから。
もしも敵対したら、とべない種族は森の中、足元も視界も悪い状況で逃げるなんて不可能に近い。そういう事みたい。
上手く隠れても、数羽で誘いの呪歌をかけられたら、出てきちゃうしね。
ハーピィって怖いね!! 他人事のように思う。
おっと、考えてる間に村が見えてきた。
『おりるよー』
『はい、王子!』
村の中に降りるわけではない、それはちょっといろいろ問題。
森と、村の間くらいにある、ちょっとした丘になっている場所に降りる。
そこには、もう僕らのの森に入る予定の人たちと、それにあたって今後補給拠点だったり宿場として使われることになるであろう、一番近くの村の人達が居て、天幕を張っている。
森の中で最終会議をするのも居心地が悪いだろうし、さりとて僕らも村に入って行って、扉のしまった室内とか入るのはごめんなのです。
というわけで、四隅に棒を立て、日差しを遮る天幕を張るという風通しの良い状況での顔合わせとなったのです。
もちろん、先生やシオンさん、セロさん達の顔もある。ほっとするよね、知っている顔を見ると。
「こーんにーちわー♪ ごめんくーださーいーな♪」
森の方から飛んでくる僕らを、もちろん彼らも確認していただろう。
地面に降り立った僕らの方へ、先生を先頭にして数人の人たちがやってくる。
やっぱり、ほとんどが男性だ。シオンさんを含めて、女性は5・6人ってところかな?
運搬役ってことはないだろうし、炊事担当とか、あーでも武装してる人ばかりだから、ほとんど冒険者さんなのかもしれない。
「ようこそ。わざわざご足労感謝する、ハーピィの王子殿」
「こちらこそ、おやくそくどーりに来て下さいまーしたね♪ 人間の王子サマ♪」
にこにこ、僕らは笑顔でご挨拶する。
これだけ仲良くなってるのですよ、僕らは。
僕がハーピィの長である事と、この移住? の責任者というか一番の重要な存在は先生なのですよ、と場の皆様にしっかり察して戴かねば。
「ティ、ティリノ様? そちらが……その、ハーピィの王子殿なのですか?」
「ああ。今回、我が国達との交渉に応じ、我々の森への受け入れを認めてくださった方だ」
「そうですか……初めまして、冒険者ギルドの迷いの森支部統括として派遣されました。ラティオと申します、以後お見知りおきを」
「ラティオさん♪ はじめまーして、シスともうします♪ これから、よろしくおねがーいしまーす♪」
なるほど、この人がギルド支部の一番偉い人になるわけね。
思ったよりは、若いと思う。40は行ってないんじゃないかな? 黒い髪に紫の瞳、ちょっと色黒で丁寧な物腰だけどガタイは結構良い。
もしかしたら、昔は冒険者やってたのかな? って感じ。
「しかしその、失礼を承知でお尋ねしたいのですが……、種族の長としては、少々お若くていらっしゃるのですね」
「っつーか、どう見てもメスじゃね? しかも明らかにガキじゃねェか、ホントにコイツが王子なのかよ」
ひょい、と途中で違う人が入ってきた。
ラティオさんよりもさらにガタイがいい、っていうか最早ゴリマッチョ。
見せる筋肉ではなく、使いこまれた筋肉感がある。でも、武装はしてない辺り、この人は鉱夫さんか、あるいは運搬担当さんかしら?
「貴様、王子を愚弄するカ! 王子は私達の唯一にして絶対の存在! 幼いからと無礼な口を利くなラ、容赦しないカラ!!」
おっと、いけない。
まだちょっと語尾が訛るけど、アーラは完全に人間語を理解しているし、口調や表情からそこに含まれるニュアンスもかなり読み取る。
中でも僕に対する侮辱ととれるものには本当に敏感だから、困る。
あからさまに怒りの表情を浮かべ、牙すら見せるアーラにゴリマッチョさんは一瞬怯み、後方の冒険者さん達の数名がわずかに身構える。
「アーラ、いけませーんよ♪ おこっちゃめっ、でーす♪」
「う、…し、失礼致しましタ、王子」
「オジサン、びっくりさせて、ごめーんなさーい♪ メスのハーピィたちは、ちょっとボクにかほごなーのです♪ でもみーんなボクの言うコトをちゃーんと聞く、いい子たちですのーで♪ ゆるしてあげてくーださーい♪」
「あ、ああ……。いや、こっちこそ、悪かったな、うん」
まあでも、丁度よかった。
あからさまな怒りを見せたハーピィを、僕が簡単に止め、アーラもそれを受け入れ謝罪した。
彼女たちは僕に従うのだと、小さいながらもハーピィ達の頂点なのだと、解りやすく示せたわけだから。
警戒の色を見せた冒険者さん達も、ほっとしたように緊張を解いた。完全に油断している感じではないけど、それは仕方ない。
普通、6羽ものハーピィと至近距離で話し合う事なんて、ないだろうし。
「では、改めて、お互いの同盟と取り決め、罰則について確認しよう」
「はいはーい♪」
天幕の下に入り、たぶんこれは村から貸してもらったのでしょう大きなテーブルにつくと、ティリノ先生が大きな紙……じゃないな、布を広げた。
紙は高いのかな? こないだの地図も布だったし。
さておいて、ティリノ先生のお国、カタラクタとの同盟と交流については、この間お話したのとあんまり変わらない。
変わったことと言えば、シオンさんに事前に聞かされたように、ギルド関係の施設を作る為に、その分の増員があったこと。これはもう許可を出してるので問題はない。
あとは、ハーピィの方が人間達に非がないにも関わらず、何か害になる行動を行った際の罰則。
「……まあ、正直無いと思うがな」
「ボクもそう思いまーすが♪ それであなたがたがなっとくするなら、かまいませーんよー♪」
ハーピィ達は、基本僕に絶対服従レベルの思考でいる。フレーヌとグリシナは除くけども。あの二羽だけは、僕の姉妹だけあって、忠誠とは違う感情でいる。
ただそれでも、あの二羽が人間の案内や交渉にかかわるのはまだまだ先だろうし、その時がきても僕の言葉に逆らうようなことはないと思う。
罰則としては、その時の資材持ち出し量を若干上乗せすること。目に余るような事であれば、該当ハーピィの旦那探しの参加禁止。
人間がやらかした際の罰に比べればあまりにも軽いけど、元々こっちには受けても受けなくても良い関係(という建前)だからね。強くは出れないんだろう。
地味に後者はハーピィ的にはイヤだろうし。
「それで、俺達の集落を作る場所は選定して貰えたのか?」
「はーい♪ なるべく地形がなだらかで♪ ちかくに小川がながれていて♪ しゅういにキケンな生き物のすがなーい♪ みっつほどさがしてみーましーた♪」
さて、これから彼らが森の中に住むことになるけど、僕らと違って木の上に住む訳にはいかない、森を切り開いておうちを作らないといけない。
その場所を1から探すのでは時間がかかるし、何より迷う。
というわけで、場所の選定だけは僕らが事前にすることになった。
「ひとつめは、森に入って1日分あるいたところにありまーす♪ すでにちょっとした広場になってて、かりきょてんもせっちしやすいかーと♪」
「ふむ。二つ目は?」
「ひとつめのひろばから、さらに半日あるいたところでーすー♪ 地形はなだらかなんですがー♪ すっかりもりの中なので、かいはつちょっとたいへんかーも♪」
「なるほど。三つ目は」
「他のふたつとはぎゃくほうこう♪ 歩いて2日のきょりですが、みちのりもなだらかでいどうはラクかーも♪ ただしちょっと青いのがあると思うお山がとおいのでーす♪」
青いの、とはアーラが見つけてくれた、瑠璃。それを拾った川が流れてくる山とは逆方向なのです。
そっちにも何かあるかもしれないけど、僕は特に何も見つけてない。
1から開発でいいなら、それはそっちのが楽かもねー。
「……作ることを許可して貰える拠点は、一つだけだな?」
「そうですよー♪ ああ、でも、ヒトがすめてー、ものを加工できるきょてんはひとつでーすが、ひとばんあかしたりするくらいのなら、いくつか作ってもいーいでーすよー♪」
「中間地点は良い、と」
「そうなりますと、二つ目の場所が宜しいかと思われますが。1日の場所では少々近すぎますし、3つ目に中間拠点を作るにしても、先ずは既存の鉱脈を調査する方が良いのでは?」
「……そうだな、わずかでも目に見える成果が出るのは早い方が、クs……いや、国王達も喜ぶだろう」
先生、今クソ親父って言おうとしなかった?
ともあれ、この事業の初期費用の大部分を出してるのは、国なんだろうなあ。これからなんていうか、スポンサーというか、関わる商人も増えてきて、お金の循環がしだすんだろうけど、先の事になるだろう。
速攻で利益の出る商売なんて無いものだけどね。目に見えた成果が上がってきた方が、気持ちよく金を出せるってものなのでしょう。
その最初に見えた成果以上の旨味が出るとは言っていない。
「では、ふたつめでいいでーすか?♪」
「ああ。そのあとの中間拠点については、追々相談させてくれ」
「はいはーい♪ では、ごよういできましたら、お声かけくーださい♪ と、その前に、きょかしょーはどうなりまーした?♪」
「ああ、用意出来ている」
いけないいけない、これを忘れたら場合によっては大惨事。
ティリノ先生が、セロさんから木箱を受け取り、開くとそこには小さな白い笛がいくつも入っていた。
前の世界でいう丸っこいホイッスルのような形で、背中側に小さな白い翼の模様が彫り込まれている。綺麗だねー、気に入った。
「これで問題ないか?」
「ええ、キレイでかわいくって、気にいりまーした♪ それじゃあまほーをふよしますので、ちょっとハコから出してくださーい♪」
見た目大事。
多分先生は精霊魔法の付与に対する都合を聞いたんだろうけど、僕が乗り気になれるのが一番大事な事なんですよー。
複雑そうな顔で苦笑する先生から、シオンさんが今度は箱を受け取って、笛を簡単にテーブルに並べてくれる。
なんせ、僕のメインの魔法のお師匠様ですからね! 何か不備があったら、フォローしてくれるでしょう。
まあ、もうすでにテストをして問題ないことを確認してあるんだけどね。
翼を胸の前で軽く合わせ、精神を集中してすうっと息を吸う。
『風さん風さん、この子たちにやどって下さいな。音をボクと、ボクの大事なハーピィたちの耳まで、森中ひびかせとどけて下さいな』
精霊魔法の使い方は、支配ではなくてお願い。
彼らは誰を気に入るかとても気まぐれに決めるようだけど、一度気に入った相手のお願いは快く引き受けてくれる。
人間の言葉でも大丈夫だけど、僕自身がハーピィ語の方がやっぱり発音しやすいので、精霊魔法を使うときはほぼハーピィ語を使うことにした。
風さんへのお願いを口にして、ふうっと軽く笛に息を吹きかける。
すると笛の周囲に軽やかな風が吹き、一度だけ渦を巻くと、たくさんの笛の一つ一つに吸い込まれていった。
シオンさんは満足そうに大きくうなずき、遠巻きに見ていた冒険者さん達のうち魔法使いっぽい人たちが、おおって感じで小さくどよめいた。
精霊魔法使いは人間よりも、エルフや魔物といった種族に多いから、あんまり見る機会もないんだろうな。ふふふ、僕すごいでしょう。
まあ、使えないはずのそれを教えてくれたシオンさんも凄いけどね!
「おやくそくどーり、これをくびからかけてるヒトは、ボクらはおてつだいしまーすよ♪ こまったときはふいてくだされば、おむかえしましょう♪」
「ああ、承知した」
「ただし、ぜったいではありませんよー♪ もっていても、ハーピィにこうげきしたり、もりをむやみにあらせば、ボクらはすぐに見すてます♪ ほうこくを受けた時には、ボクはふよをとりけしますかーらーね♪」
「皆によく言い聞かせておきます」
ぜひそうして欲しい。
お互いに、約束を違えなければ、平和に交流できますよ。くれぐれも、欲をかきすぎないようご注意くださいな。
にこっと笑いかけると、先生は解っていると言いたげに頷き、ラティオさんも承知したと頭を軽く下げた。
厳しい制限かけてるとは思うけど、僕らとしても森が荒らされるのは、命に係わる問題だからねー。
徐々にお互い信頼関係を築いて、よいお隣さんになれればいいと思うよ。
よし、ナメられないように、かつ親しまれるように頑張ろう。難しそう。
手探り異文化交流。
沢山新キャラ出しても、(私が)認識できなくなるだけですので、基本的には大半がモブでございます。
できる限り小さくまとめたい。
認識をっしやすくっっ。




