育児
「ぴー……、ぴ、ぴゅるりー」
おっきな木に点在している、おっきな鳥の巣の中で、僕はぴいぴい鳴いている。
現在、この世界にコンニチワして5日目だ。
前は多分、…きっと多分人間だった僕は、ハーピィとして生を受けたわけなんだけど。
とりあえず、一緒に生まれた雛は、僕の先に一匹、後に一匹。
あの時卵は残り二つあったんだけど、最後の一つは孵らなかった。
気になってぺったり張り付いてみたんだけど、ひんやりとしていて、何の生命力も感じられなかった。たぶん、途中で死んでしまったのだろう。
大人たちもそれを悟り、悲しげに卵を持って行ってしまった。
どうしたんだろう。埋めたのかな? 暮らしが動物的ではあるんだけど、言葉を話すくらいの知性があるんだ。その辺に棄ててたりはしないよね。
一緒に生まれた二羽は、そちらは普通のメスハーピィ。
僕の常識にも違わない赤ちゃんって感じ。
ぴぃぴぃ鳴いて、ご飯をねだってはすやすや眠る。
大人達は、それを群れの皆で交代しながら面倒を見ている訳で。
雛たちは、群れ全体の大事な子供なんだろうな。私がお母さん! という感じのハーピィは一匹もいない。おかげで、僕は誰が生みの親なのか解らない。
……まあ、そういう習性なんだろうし、郷に入っては郷に従えだね。
それを寂しいとは思わないわけだし。
「まあ王子、歌の練習ですか?」
「ぴ!」
メスしかいない筈のハーピィの中、嘘か真かオスと判別され、なんでか王子と呼ばれる僕も、他の二羽と一緒に育てられている。
なんとなーく皆の態度は恭しいけど、それ以外は特に変わらない。
姉妹達のように、本能のままに餌をねだり鳴く雛達とは、ちょっと違う事は理解されてるんだけど。
なんせ、こうして思考は出来ていて、言葉を理解していても、僕自身が喋る事は出来ない。口から出るのは、ぴぃぴぃという鳴き声だけだ。
身体は相応に雛だという事なんだろう。早く喋って、更に言えば飛びたいんだけどなあ。
視線を上げると、大木の枝葉の隙間を縫うように、華麗に飛ぶ大人達の姿。
結構、自由自在に飛べるみたいだ。僕もああなれるだろうか?
元人間としては、自分の身一つで空を飛ぶなんて、誰もが憧れる夢物語。
それが、近い将来叶うのだから、うんそれだけでもハーピィに生まれて良かったかもしれない。
「……ぴ」
「ぴぴ、ぴぃ! ぴぃ!!」
「あら、あら。お腹が空いたのね」
傍ですよすよ寝ていた姉と妹が、目を覚まして切なげに鳴き出した。
僕が生まれた時にも傍に居た金髪のハーピィ……ちなみに名前はシャンテさんと言うのだけど、彼女がよしよしと雛達を羽で撫ぜる。
「もう少し待っててね、すぐにアーラが狩りから戻るから」
アーラというのは、あの赤い髪のハーピィだ。
……それはさておき、うん、そっか、もうご飯の時間か……
僕だって、お腹は空いている。ごはんの時間は待ち遠しい気はある。
ただ、その、なんだ。
「お待たせ、雛達」
「ぴー!」
「ぴぃ!」
「ああ、そんなに鳴かない。今あげるからね」
ばさ、と羽音を立てて、アーラさんがやってきた。
その手……じゃない、足にあるのは、血も滴る新鮮な生肉。
……そう、ハーピィは、肉食だったのです。なんとなく解ってた。
「はい、どうぞ」
肉食という事は、牙も鋭いんですよ。
アーラさんが運んできて、そこにどさりと置いた生肉を、シャンテさんが噛みちぎり、口の中で柔らかくして雛に与える。
……うん、鳥だもん。例え上半身が人の形でも、鳥なんだもん。
確かに女性の姿はしてるけど、おむねは普通にふっくら膨らんでるけど……見るからに、お乳をあげるための機能がない。という表現で、察して頂きたい。
つまりおっぱいはあるけど、つるんとしている。
雛達は、シャンテさんとアーラさんからお肉を貰って、嬉しそうに食べている。
そして。
「さ、王子もお腹が空いたでしょう。お食べ下さいね」
当然、僕にもそれは行われる。
あああああ、鳥として当たり前の、一種心温まる給餌シーンなのだけど、その、口の端から流れる血が、鮮やかなピンク色の肉片が、激しく猟奇的ーー!!!
っていうか、それは一体何の肉なんだろう!! ふ、普通の動物? 豚とか牛とか、僕が知ってる食べられる系のお肉??
ま、まさかその、人間とかじゃ……ないよね?
「ぴぃ……」
ハーピィ生活も5日目だというのに、どうしてもこの瞬間は後ずさってしまう。
でも、食べない訳にはいかない。
これ以外の食事を彼女達は知らないし、本気で拒否した一日目は、群れの全てのハーピィに心配され、これなら食べるか、これならどうかと、様々なお肉を周囲に積み上げられる羽目になった。あれは完全にスプラッタ映像だった。
あれを繰り返されるのは御免だし、繰り返させるのも悪いし、周辺の動物たちにも申し訳ない。
自然界は弱肉強食なのだ……そして僕はもう、ハーピィなのである。
毎回食事の度にその決意を固め、恐る恐るシャンテさんからお肉を貰う。
「ああ良かった、やっぱりシルトの肉がお好きのようね!」
食べてしまえば、美味しい。
身体はハーピィなのだから、これも当たり前なんだろうけど。ううっ、口移しで生肉食べる生活……
ところで、シルトって結局なんなんだろう……
「少しずつ、他の肉も食べられるようになれば良いわね。同じものばかりだと、身体に良くないかもしれない」
「ええ、そうね。少しずつ試してみましょう……後はそうだわ、秋になったら木の実もあげてみない?」
「ぴ?!」
ちょ、食べ物の範囲に、木の実や果物もあるの?! だったらそっちを!!
「でも、あれは雛が食べるにはあまり……」
「ああ、そうだったわね……喜んで食べるからと、そればかりあげていたら、死んでしまった雛がいたのよね…」
あう。
そ、そーですね、美味しい物、イコール身体に良いもの、ではないよね…
食べていけないものではないと思うから、その場合は肉を食べなくなったのが原因なのかな。確か前の世界のフクロウだったかも、血抜きしてない生肉じゃないと弱ってしまう、みたいの聞いた事ある気がする…
うう、生肉から逃げられない。
というか、いずれは自分で狩りして、獲物から直で行くんだろうか。
……つらい。
「お腹いっぱいになったかしら?」
「ぴぃ♪」
「ぴぴっ♪」
アーラさんが持ってきた生肉の塊が無くなる頃には、姉妹達はお腹ぽんぽんでご機嫌になっていた。
…置いてあった場所に、血の跡があるのが何とも言えないけど。だいたい、これは後で誰かが綺麗に掃除…というか、草や枝を敷き直している。
巣の中は、割といつもきれいです。
満腹でご機嫌な姉妹達は、ころんころんとお互いにちょっかいを出し合い、遊び始める。
お座りをするくらいは出来るけど、まだ立って歩く事は出来ない。
僕もそのころころに混じって遊ぶ、これは好き。
王子、とか呼ぶ割には、別にこういう事を止めたりはしない。気を遣われている感はあるんだけど、それは僕が食事の度に後ずさったり、お昼寝の時間にぼーっと空を眺めたりしているからじゃないだろうか。
一度、最初にババ様……どうやらこの群れの最年長のハーピィらしい、の所に行った時を除けば、ずっとこの巣の中にいる。
ここから見える景色は、木々の隙間から見える空と、この木ではない森。
どうやらここはかなり広い森だ。見える限りでは、ハーピィが巣を作っているこの木が一番、飛びぬけて大きい。
視界が限られているから、他にどんな動物が居るのか、どこかに人間が住んでそうな建造物がないのか。そういう事はまだ解らない。
その辺は、飛べるようになったら見物にいけると思う。
それで、まあ今更ではあるんだけど、ここは僕が前に生きてた世界ではない。
ハーピィになってる時点で悟ってはいたけどね。
夜になると、赤い大きな月と、緑色の小さな月が昇ってくる。太陽は一個。
木々の隙間から見える限りだから、星座が僕の知っているものがあるかは解らないけど、たぶんないだろうな。
完全に、異世界ってやつです。本当にありがとうございました。
困るかと言えば、別に困らない。っていうか、ハーピィになってるのに元の世界に居るんだとしたら、そっちの方が困ります!
前の自分を覚えてないから、望郷の念があるかと言えば、そうでもないしね。
というかいっそのこと、早いとこ人間だった時の感覚が抜けてほしい。
種族を変える事なんて出来ないんだから、自主的な生肉生活を送れるように、頭の中身もハーピィになって欲しいよ……!!
いつになったら忘れるの、生まれる前の記憶!!
孵化して一か月も経つと、まばらだった両腕の羽が生えそろってきた気がする。
ぱたぱた、試しに動かしてみる。
……まだかな、と何故か思った。これが本能かしら。
でも、姉妹達も同じように、ぱたぱた翼を動かしてみている。
巣立ち準備かな?
「うふふ、何度見ても良いわね、育っていく雛を見守るのって」
「ほんと。今年は三羽も無事に孵って、ここまで育ってくれて」
嬉しそうに僕らを見つめるシャンテさんとアーラさん。
あれ、ということは一年に三羽も雛が孵って無事に育つのって、珍しいのかな。通常は一羽か二羽くらい?
結構、大人のハーピィ達は居る気がするんだけど。んー、見てる限りでは20羽は居る…?
何年で大人に育つのか解らないけど、これだけ居れば卵を産むメスは結構居るのでは……いや、僕以外皆メスなんだけどさ。
なのに、三羽しか……孵らなかった一つを入れて、四つしか卵が産まれないのって、なんでなんだろ? 変なの。
「シャンテ、アーラ!」
ばささ、と青い髪のハーピィが巣の端っこに降り立った。
二羽はそちらを向くけど、なになに? と好奇心旺盛な雛達はてくてくそちらへ歩いて行く。
歩くことは、大分できるようになった。おかげで巣から落っこちないように、24時間体制で誰かがここに居る事になってる。
「ババ様が、雛を連れてくるようにってさ。そろそろ名付けの時期みたい」
「あら、そうね、もう一月経つもの」
む? そういえば、シャンテさん達には名前があるのに、僕らには名前がつけられていなかった。
うーん、ここまで無事に育って良かった、みたく言ってたし、小さいうちは死んじゃう雛も多いんだろうな。今名前がつけられるのは、やっと安定して生きて居られる時期になったってことだろうか。
赤ちゃんって、結構理由なく突然死んじゃう事もあるらしいし。医療が進んだ前の世界ですらそうなのだから、こんな自然界じゃ益々ね……
という訳で、三羽の雛は三羽のハーピィにわしづかみされて、空中遊泳をする事になったのだった。
二度目になると、流石に心に余裕がある。
少しだけ木から離れた瞬間に視線を巡らすと、あら吃驚。見渡す限りの広い森。
上空からだというのに、地平線まで殆ど森だ。どんだけ広いの、ここ。
あ、でもあっち……傾いているお日様と逆の方向に、ちょこっとだけ平地が見えて、山もある。前の世界と同じなら、あっちは東になるのかしら。
「ババ様、連れてきました」
頂上近くのババ様の巣には、他のハーピィが三羽居て、僕ら雛達を受け取ってくれた。良かった、いつも着地どうするんだろうとどきどきする。
今は歩けるんだから、自分で着地してもいいのか。
「おう、おう。今年の雛は皆元気だねえ」
最初は、僕より先に生まれた姉の雛。水色の髪に、おでこに青い飾り羽、…冠羽かな、がある。
ちなみに妹は藍色の髪で薄水色の冠羽。僕は……自分じゃよく見えないけど、銀? うっすら水色? …蒼銀ていうの? そんな感じの綺麗な色。冠羽の色は、僕からは解らない。
さて、どうやらハーピィの名前は群れのリーダー、ババ様がつけるようだ。
お膝に乗せられ、きゃっきゃとご機嫌な姉の顔を覗き込む。
「そうだね……お前の名前は、フレーヌだ」
「ぴ?」
「フレーヌ、だよ。ようこそ、今日から正式に、お前はこの群れのハーピィだ」
一人前、ではないけど。群れの一員として認められたという事みたい。
まだ解ってはいないのだろう、きょとんとしているフレーヌがシャンテさんに抱っこされて、次は妹のハーピィ。
…あれ、二番目僕じゃないの??
「お前は、…うん、グリシナだ。良いかい?」
「ぴー♪」
良いお返事をしたけども、解ってはいないと思う。
ババ様のお膝は、居心地が良いから。ふかふかもふもふで、それが気持ち良いんだと思う。ちょっと跳ねてるし。
グリシナが青い髪のハーピィに抱っこされてどかされて、やっと僕の番。
やっぱりババ様のお膝は気持ちいい。もふもふ。
さておいて、僕にはどんなお名前つけて貰えるんだろう?
男の子なんだし、かっこいい名前くれる? あ、でも可愛くてもいいのかもしれない。鏡がないから、僕がどんな顔をしているのか解らないけど、たぶんハーピィなんだから、僕も可愛いよね? たぶん。
これで意外といかつくなるとかなら、ちょっと泣いちゃうけど。
「王子、は……どうしようねえ」
「ぴい?」
何故か、ババ様はためらいを見せた。
あれ、やっぱりオスの名前って、思いつかない? 口伝でも伝わっていたくらいだから、オスが生まれた事はあるんだろうけど。最年長のババ様でも、初めてだったんだもんね?
「どうなされました、ババ様?」
「いや、ねえ。…ハーピィの王子は、いずれ私らメスを束ねる王になる子だ。もしかすれば、この森を統べる者になるだろう。そんな方に、一介のメスが名を与えるのは、おこがましかもしれないねえ……」
?!
ちょっと待って、それはどういう理論なの?!
ていうか、僕はそんな期待をされてるの?!
そりゃオスハーピィは珍しいんだろうけど、そんな未来のコトまで考えて、相手が王様だからおこがましいとか、おかしくない?! おかしいよ?!
だいたい、誰がお母さんかは解らないけど、この群れのハーピィの誰かの卵から生まれてるんだから、別に王子様とか突然特権階級とか変じゃない?!
「ぴぃ! ぴぃ!!」
全力抗議。
大事にして貰えるのは嬉しい、期待されるのはちょっと重いけど、切望されていたのなら、役目をまっとうするのはイヤじゃない。
でも、だからって名無しはやだ! 僕も! 僕にも! 名前ちょうだい!!
もう、ぴぃぴぃ鳴いてても意見は通らない、不満は伝わらない。
ああまだるっこしい!!
「やだ!! ぼくも、おなまえ! ほしい!!」
「?!」
僕だけオスだからで、名前がないのはやだ!!
どんなのでもいいから、ちょうだい!!
全力で、主張を鳴き声に乗せる。ぴぃぴぃぴゃーぴゃーとしか、聞こえないんだろうけどさ……
「お、王子?」
「ぴ?」
「今……、喋ったのかい?! もう?!」
え?
驚き顔のババ様がドアップしてきたので、未成年の主張を止めて首を傾げた。
あれ、喋った、かな??
全力で不満を主張して鳴いてたつもりなんだけど…
「ぴー……、ぴゃ? あ? …しゃべれて、る?」
あ、喋れてるや。
まだたどたどしい、幼児の声だけど。口から、ちゃんと言葉が出た。
あれ、赤ちゃんって、1か月で喋れるようになるもの?
いや、人間の赤ちゃんと比べちゃいけないだろうけど。少なくとも、生まれてすぐに首が据わってて、一か月で羽が生え……じゃないや、歩けるようにはならないと思うし。
「…最初から、言葉を理解はしていた様子だったけど。まさかここまでとはね…」
気が付けば、シャンテさん達もざわついてる。
そ、そんなに動揺する事だった? …そうだよね、フレーヌやグリシナは、まだ喋るどころか、言葉を理解している様子もないもんね。
「伝承は、本当なんだねえ…。ハーピィのオスは賢く聡く、メス達を従え繁栄に導く、というのは」
えっ、なにそれ。
僕が言葉を理解してたのは、前に生きてた頃の記憶が僅かにあるからで……
オスだからとか、そういう事じゃないと思うんだけど。
「やっぱり、お前は王子だ。私らが待ち望んでいた、大事な王子だよ」
「ぴ、ぴ……?」
「ああ、楽しみだねえ! 出来れば私が生きているうちに、この群れを大きく豊かにしておくれ!」
むぎゅ。
嬉しそうなババ様に、ぎゅーっとハグされた。
それはいいんだけど、名前! 結局、僕の名前はっ?!
……その後、お祭り騒ぎのハーピィ達に、完全に僕の名づけの件は忘れられた。
変に賢いというか、特別印象がついてしまったせいで、ババ様の謎理論は完全に固定してしまったらしい。後日つけて貰える事も無く。
ぶすくれる僕の周囲に、メス達がご機嫌取りのお花や果物、生肉を積み始めた辺りで、僕は諦める事にした。
うう、自分で自分につけるのもむなしいし。
誰か、僕にお名前を下さい……
オスハピ子、とお呼び下さい←
というわけで、さっそくの流血表現(?)でした。
残念ながら、ハーピィは肉食なのだよ……
それ以外の物も食べられるでしょうが、血の滴る生肉を食べないと、体が弱ってしまいます。
元人間とは言え、オスハピ子も例外ではありません。
大丈夫。そのうち慣れる☆