代替わり
うふふ。うふふふふふ。
堪えようとしても、笑みがこぼれてしまう。
いやー、まさかあんなに僕の望み通り、っていうかいっそ希望以上のスペックの人間さんが来てくれてたとは!
それなりの身分と思ったけど、まさかの王子様。
しかも、最初から僕らと交渉するつもりで。
あまつさえ、どうやら家族仲が悪い……というか、王子ではあっても何かの事情で尊ばれてはおらず、彼自身は祖国にそこまで忠誠心は無い。
その冷遇っぷりに、いっそ何かの仕返しがしたいくらい。
それが演技ではないかという心配は少しあるけど、アーラがあの人を捕まえて来たのは偶然だし。
僕に他のハーピィ達を抑えて自分を助けられる可能性があるなんて、あの時は思いもしなかっただろうから、あの怒り溢れる絶叫は本心だろう。
であれば、後は簡単な話。
彼が嫌いな祖国の手のひらクルーをスパァン! っと払いのけられるくらい、彼の望みに沿う提案で、こっちの味方にしてしまえばいい。
あの調子なら、突如すり寄って来ても今更なんだてめえ、くらいに言ってむしろ火に油になってくれそうです。素晴らしいね!
というわけで、先ずは命を助けて恩を売ります。
そもそも、捕まえたの僕らだけどね。
でも、ティリノ先生の口から、僕らへの恨み言は一言も出なかった。…アーラ曰く、大分怒っていたそうだけど。
彼の主な怒りは、自分を冷遇し、危険な場所へ蹴り出した国の人達へだ。
そんな扱いした人達が、貴重な資材の供給口として自分に手もみでごますりをしなければならない……、しかもその裁量は自分の思いのまま。
下手に復讐するより、ずぅっと平和的で胸がスっとするだろうね!!
あの人なら、国の人間達の欲のままに開発なんて、させない可能性が高いでしょう。うん、本当に最高。僕って、幸運の女神様に愛されてるのかしら?
「ばーばーさーま!」
ま、そんな明るい展望も、先ずは僕が頑張って皆を説得しなきゃ、なんだけど。
ぽん、っと軽くババ様の巣の端っこに着地する。
そこにはババ様の他に、アーラを始めとしたハーピィ達が居た。
どうやら、人間囲い買い作戦の説得は、まだ続いてたみたい。昨日からずーっとです。おかげで、大人では数少ない人間語が喋れるアーラが殆ど下にいなくて、僕は先生とゆっくりお話しできましたよ。
「あ、王子……」
「おや、どうしたね。ご機嫌そうじゃないか」
「うん! ババさま、みんなにもね。とってもだいじ、だいじなおはなしするよ」
てってって、と歩いていくと、6羽ほど集まっていたハーピィ達が左右に分かれて、ババ様への道を開けてくれる。
うむ、苦しゅうないのです。
そのままババ様のお膝にぽんと座る。これが許されているのは僕だけ。
勿論誰も何も言わない。ババ様ご本人も。
「それで、王子。大事な話ってのは、なんのことだい?」
「うふふ、いま下にいる、ニンゲンさんのことー」
「王子、やはり王子もあの人間を解放しろと言うのですか。ですが、これを逃せばいつまた……」
「お黙り、アーラ! …先ずは、王子の話を聞こうじゃないか」
アーラの気持ちも、勿論解るよ。ババ様だってそうだろう。
でも、ババ様はかつて、繁殖用のオスを飼おうとして、群れごと森を追われた事がある。その危険性を、充分承知している。
だからこそ、決してその許可は出さない。
そして、それを知っていても、アーラを始めとしたハーピィ達の危機感は止められない。
去年もダメだった。聞くところによると、僕の前の年も、その前の年も、新たなハーピィは生まれていない。
僕ら三羽が生まれたのは、彼女らにとっては奇跡に近い。
それを止めるまいと必死になるのも、当然のことなのでしょう。
「とってもだいじだからね、みぃんなよんでほしいな、ババさま」
「皆、かい?」
「むれのみんな。ぜーんぶ」
「アーラ、居るかい?」
「ええ、今は誰も狩りに出ていない筈です。ただ、下で見張りをするハーピィは」
「いらないよ。だいじょうぶ、センセはおとなしくしてくれる」
ここで、見張りが居ないからと脱出を試みるほど、愚かじゃないだろう。
そもそも、一人で逃げたって、森に飲まれるだけ。
どうやら魔法の扱いを心得ているティリノ先生だから、たぶん逃げるだけなら出来るのだろう。
なのにしないのは、逃げ切れる算段が無いから。
自分の出来る事と、周囲の状況をよく観察している。まあ、若干諦めてるというか、ヤケになってもいるみたいだけど……
にっこり笑って僕が言うと、渋々と言った様子でアーラが一度巣から飛び立ち、群れの皆を呼ぶ鳴き声を上げる。
じきに、シャンテやフレーヌ達も、全てのハーピィがババ様の巣、ないしその近くの木の枝に集合してくれた。
「いまから、このむれの、とってもだいじなおはなしするよ。よくきいてね」
僕の体はまだ小さいけれど、鳥だからなのか声は結構大きく出る。
集まってくれた皆の顔を見て、きちんと声は届いている事を確認。
いったんババ様の顔を見上げると、好きに話しなと言うように、こくりと頷いてくれた。
群れのリーダーに発言許可を頂いた所で、僕は笑ってアーラを見る。
「まず、アーラ」
「は、はいっ」
「ティリノせんせをつかまえてきてくれて、ありがとー。すっごく、おてがら」
「! …あ、有難うございます、王子…!!」
「では、王子もあの人間を飼う事に、賛成なのでしょうか?」
「ううん、それはちがうんだよ、シャンテ」
人間を助けてほしいと言われていた手前、捕獲したことを叱られると思っていたのかもしれない。とてもホッとした顔で、アーラは頭を下げた。
けれど、続けて問うたシャンテには、ふるふると僕は頭を振る。
「そもそも、ニンゲンさんなら、卵もいいのがうまれるかも。でも、ゴブリンとかわらないよね、体のもろさ。なら、うまれて1こ、よくて2こ。だよね?」
「おそらくは、そうなるだろうね」
「ですが、ゴブリンよりは雛が生まれる可能性は高いと思います」
「あのね、アーラ。ティリノセンセは、ニンゲンさんのおうじさま、だって」
「……え?」
「ニンゲンさんたちにとっての、ぼくってこと。…ねえ、もしもぼくがゆうかいされて、ぐちゃぐちゃにされてころされたら、アーラたち、どうする?」
「復讐します! 何があろうとも!」
「許せるはずもありません!」
「私の命に代えようと、思い知らせてやります!」
「……。ね? そうでしょ?」
「あ……」
僕の危機と聞いただけで、怒り出すハーピィ達。
その怒りは、同じ立場だという彼の周囲にも適用されるのだと、解ってくれたみたいだ。
……ま、実際にはそういう事態になりそうにないけど、そこは黙っておく。
「そんなキケンがあるのに、あのヒトをつかうのは……ちょっと、わりにあわないと思わない?」
「そう……ですね」
「ババ様の話のように、また森を焼かれる危険があるほどの、人間ですか…」
「では、あのオスを解放し、別の者を探す事に?」
「それも、ちがうよー。……そもそもね? いちどにいっぴきなんて、少なすぎるよ。ぜんぜんたりない。これじゃ、ぼくらのかずはへるばかり」
にこにこ笑って言うと、ハーピィ達はざわめきだした。
…まあ、フレーヌ達は既に飽きてしまったのか、退屈そうにあくびをしているけれど、とりあえずいいや。
「何か、もっとオスを浚うのに有効な手段があるという事ですか…?」
「ちがーうー。はじめっから、『さらう』のがダメなの。しかもさいごにころしちゃうんじゃ、けいかいされて卵がうめなくなるだけだよ。もっと、じゅーなんにかんがえなきゃ」
「柔軟、…と言いますと」
「むりやりじゃだめ。よろこんでてつだわせるの。もちろん、ぼくらもオスをころしちゃだめ。やさしくあつかって、きちんとかえすの」
「よ、喜んで、ですか…?!」
「そんな事、どうすれば……」
「もちろん、おれいをあげるの。…ねえアーラ。ティリノセンセ、ぼくらとおはなししにきた、って言ってなかった?」
「……、…言って、いました」
「でしょ? ニンゲンさんたちはね、ぼくらのもりのなかに入りたいんだよ」
僕らが思っている以上に、この森は大変豊かだ。
希少な鉱石(多分)の鉱脈もそこかしこにある。美味しい獣もいっぱいいる。有用な薬草もある。子供が単身、乗り込む事を決意するくらいに。
ただし、入っても目的の物を見つけられるかどうか以前に、生きて帰れる保証もない。迷うと言う意味で。
そこに水先案内人が居るのなら、こんなにありがたい事は無い。
「ぼくらにとってイミないものでも、かれらにはイミがあるみたい。だから、ちょっとだけそれを分けてあげるの。かわりに、はんしょくきにはオスをよういしてもらう。もちろん、ケガもさせずにかえしてあげる。これだけだよ」
「お言葉ですが、人間の欲とは、王子の想像以上に大きなものです。好き勝手にさせて、森を枯らされては元も子もありません」
「もちろん、すきかってになんて、させないよー。いちねんに、ほっていい石のかず。きっていい木のかず。はいっていいニンゲンのかず。ぜーんぶきめるよ」
誰でも入ってどうぞ、案内します、なんて言う気はない。
ハーピィの案内が受けられるのは、僕らが認めた人間だけ。
そもそも、僕らも20羽そこそこしかいないのだ。大挙して押し寄せられたって手が……羽が回らない。
「かってに入ってきたニンゲンは、ぼくらはしらない。いままでどおり、もりにのまれるか、ぼくらにたいかをはらってたすけてもらうか」
「もしも、決まりを越える欲張りな者が居たら?」
「ころさないけど、ほうちしようか。よくばりさんは、りょうてにおなかをふくらませられないおたからをかかえて、もりをさまよえばいいと思う」
欲張りの末路なんて、そんなもん。いっそその場で楽になれないだけ、長く後悔して野垂れ死にする事になるだろう。
もしも無事に外に出れても、僕らは二度とその相手を案内しない。
ちょっと、一攫千金のギャンブルにしても、リスクが高すぎるんじゃないかな?
「あの…繁殖期に、こぞって森から出て行って、過ぎたら戻ってくる、なんていうズルをしないとも限りません」
「その時は、つぎの年のとっていいかずを、がっつりへらそっか。あるいは、しばらくあんないをやめてもいいよ。おんには、おんでかえしてもらわなきゃ」
たった一年で全てを取りつくし、あとは用済みなんて無理だ。
例え、森を好き勝手にさせたとしても、絶対に無理。それくらい、この森は広大なのだ。
一年好き勝手して約束を破り、あとは知ってしまった豊かな森を前に、指を咥えて見てるだけしか出来ない…なんて。
そんな事、納得するはずがない。
「アーラ、そうだよ。ニンゲンさんて、とてもよくばりさん。だからこそ、りえきがあるなら、けっこうヤクソクまもるものだよ」
それでも、勿論馬鹿はいるだろう。でも、すぐに淘汰される。
物理的にいなくなるだろうからね。それは自己責任だ。僕らの知ったことじゃないのです。
見返りがあるなら、どんなものだって活用していく。それが人間の業。
益と便利の為に、多少の害は目を瞑ってしまう。
たぶん、この世界の人間も、そんなもんです。
「……細かい数や、許可をする人間をどうするかは、決めてるのかい?」
「まーだ! でも、ティリノセンセはおーじさま。ぼくらとおはなしするために来たから、おそとのくにともおはなし、してくれるって」
「信用は出来そうなんだろうね」
「うん! ぼく、ティリノセンセ、だーいすき! おなまえくれたんだよ!」
そうですよ、これが僕にとっての一大ビッグイベント。
なんと、生まれてこの方、2年間。『王子』と呼ばれるばかりでその実態は名無しだった僕に、やっとこお名前がついたんですよ!
『シス』だって。可愛い名前! お花の名前だそうだけど、北の方に咲くっていうから、きっと僕の知らない花なんだろうな。
オスらしい格好いい名前じゃなかったけど、あの時先生は僕がオスだなんて知らなかったし、僕可愛いから可愛い名前でも大丈夫、平気!
「王子に、名前を…?!」
「なんて不遜な…」
「王子、まさかあの人間に、忠誠を捧げるおつもりでは?!」
「ぴ? なんのこと?」
突然何がどーしてそうなった。
ざわつくハーピィ達と、食いついてくるアーラに、首を傾げた。
「…王子。私らハーピィにとって、リーダーが名づけをするってのはね。私についてきなさい、っていう支配の意味もあるんだ」
「ぴ?!」
「だから、私が王子に名前を付ける事をしなかったんだよ。いずれ、王子はハーピィ達の頂点に立つのだからね」
あ、そーゆーコトだったの、あの支配階級発言は。
じゃあ、僕がリーダーになったら、僕が雛のお名前をつけるんだね。あら大変、ネーミングセンスを磨かなければ。
「んー、でもぼく、センセはセンセだよ。ともだち!」
「……まあ、王子は規格外だからねえ…。教えなかった私らも悪いんだ」
「人間に従属する訳では、ありませんよね?!」
「ありませーん。でも、ぼくにおなまえをくれたダイジなひとだから、たいせつにしてほしいなー?」
「くっ……。…解りました」
意図せず、ティリノ先生の安全確保というか、ハーピィ達の信頼確保が出来たってことで、気にしないでおこう。
「ですが、もしも交渉役のあの者が裏切った場合は、許すコトはありませんよ!」
「うん。それはしかたないよね。わるいことには、ばつをね」
そこを譲るつもりもない。なあなあの関係になっては、困る。
ちょっと油断すると、これくらい許されるよね? で何するか解んないのが、これも人間ってやつなのです。
そのへんは、僕らも魔物ですぞなめんなよ? ってことで、締めさせて頂くことにしよう。
元人間とはいえ、情けを出すつもりはありません。ハーピィのが大事。
「それで、どーぉ? きょうりょく、してくれる?」
僕の提案を、支持してくれますか?
人間達と手を組んで、森の恵みを分け与える代わりに、繁殖期用のオスを都合して貰う。まさにWinWinじゃないですか。
贅沢言うなら、ハーピィの皆に服が欲しいけどなー。簡単なポンチョくらいでもいいんだけどなー。あったら冬越し楽になりそう。
ただ、勿論これは群れの皆が了承し、僕に従ってくれないと実現しない。
群れの皆は、顔を見合わせる。
でも、特に反対意見はないようだ。たぶん、今まで通りが良い! とは思ってないから言えないし、さりとて他の意見も無いって事のようで。
単に、やった事のない事だから、上手く行くか解らず不安ってだけ。
「本当、王子には驚かされるよ」
「むきゅ」
答えを待ってたら、後ろから翼でむぎゅっとされた。
そして、後頭部をすりすりされる。ババ様にほおずりされてるみたい。
「オスを確保するのに、『浚う』か『飼う』という選択肢しか出せなかった、私らとは違うんだね。『協力』なんて、考えた事もなかった」
「できない、じゃないよね?」
「そうだね、出来ない事じゃない。しようとしてこなかっただけだ。……ああ、あの森にいた頃に、王子が生まれていたら、追われる事も無かったろうに」
そ、そうかな。その森がどんなだったかによるんだけど。
でも100羽の群れを養えてたんなら、その森も相当豊かだったんだろうね。
それをして、燃やし尽くす決断をさせるほどの被害か…。昔のハーピィ、やんちゃだなあ。
「いいかい、お前たち。よく聞きな……今から、この群れの長は王子だ。長の決定には、従うんだよ!」
「ぴ?!」
「「「はいっ、ババ様!!」」」
「ぴぃ?!」
即決即了承?!
全く淀みない展開に、思わず戸惑いの声が出た。
「ババさま、ぼくまだちっちゃいよ?」
「だが、人間の王子が来て、交渉するんだろう? なら、こっちもちゃんと群れを率いる者が話をしなきゃね」
「ぴぃ……」
「私には、王子の考えの代弁は出来そうにないし……。交渉の為に、会いに行く事も出来ないんだ」
え?
かくんと首を傾げると、ババ様は苦笑して、翼で頭を撫でた。
「もうね、飛べないんだよ。私は」
「ぴ?! そーだったの?!」
「ああ、王子が生まれる前からね。群れの長が顔も見せずに、互いの将来に係わる交渉をするのは、おかしいだろう? 特に人間は、そういう体裁を気にする」
「うん……」
「老い先短い私よりも、王子に群れを託したい。…受けてくれるかい?」
「……うん、がんばる! まかせて、ババさま!!」
「ああ、がんばっておくれ。…お前たちも、王子に頼り切るんじゃないよ! 王子はまだ雛なんだ、ちゃんと支えてやって、群れで力を合わせるように!」
ババ様の言葉に、群れ中のハーピィがぴぃー、きぃーと声を上げた。
いつの間にか居眠りしていたフレーヌとグリシナが、吃驚して起きてきょろきょろとしている。可愛い。
さて、流れで2歳にして群れのリーダーになっちゃったよ……!!
でも、僕が言い出して、僕が変えようとしてることだ。
皆と協力して、頑張って行かねば!!
……主に、うっかり人間に有利過ぎる条件で、手を結ばないように。手とか、無いけども。
たぶん、これが一番早いと思います(団体リーダーの年齢という意味で)。
そして名前がついても、ハーピィ達には呼ばれないのでした…
ハーピィ語と人間語で、名前の音は同じなの??
……という疑問は、気付かないふりしてください。めんどくさいから。
最近のファンタジーなお話は考え過ぎなんですよ!
皆、もっと軽率にファンタジーしようぜ!!!!!(やめ
当お話はかなり軽率なファンタジーです。深く考えたら負け、をモットーにこれからも参ります。




