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おすはぴ!  作者: 美琴
11/64

名前




☆今回もオスハピ子視点ではありません。







 最悪の日の翌日は、これもまた最悪な目覚めだった。


「……ぶえっくし!!」


 自分自身のくしゃみで目が覚めた。

 下が硬いから相変わらず身体が痛いし、何よりも寒い。

 仕方なくマントにくるまって眠ったのだが、当たり前だが無理がある。

 四方囲われていると言っても、隙間だらけで風が入り放題だしな。もう少し北の地方だったなら、もう目覚めなかったかもしれない。

 とりあえず、木の檻に引火しない程度に小さく、宙に炎の球を生み出す。


「はあ……ホント、なんでこんな目に」


 眠っている間は魔法制御が出来ないから、暖を取る事も出来なかった。

 一応、マントについたブローチにある程度の温度調節機能はついているんだが、真冬に野宿する為の防寒としては考えられていない。

 ……2か月持たないだろ、これ。


「オマエ! ナニシテル!!」


 炎で暖を取りつつ、固まった身体をほぐそうと伸ばしていたら、あの赤髪ハーピィが血相を変えて上から降りてきた。

 そういえば、お前らは寒くないのか。全裸で。


「うるさいな…。寒いから、暖を取ってるんだよ」

「ホノオ、ダメ! モリ、モエル!!」


 森にすむ野生生物らしく、炎は大敵のようだ。

 てことは、このままぶつけてやれば、それはそれは胸がすく反応を得られるんだろうが……丸焼きも茨まみれもイヤなので、やめておく。


「今がいつだと思ってるんだ、真冬だぞ。暖くらい取らないと、繁殖期前に俺が死んでも知らないからな」

「ウゥ……」


 というか、キープするなら閉じ込めるだけじゃなく、その辺も考えろよ。

 所詮は野生の獣同然なのだから、無理もないけども。

 ……これで繁殖期前に俺が凍え死ねば次回以降のキープ犠牲者も居なくなるかもしれないが、その礎にはなりたくないものだ。


「センセ! センセ、アサ!」


 唸りながら睨む赤髪を放置して炎で温まっていたら、パササと軽い羽音と共に、子供の声が舞い降りる。

 そっちに視線をやると、無邪気な笑顔のチビハーピィが居た。


「おう、おはよう」

「ぴ?」

「人間風の、朝の挨拶だよ。おはよう」

「! オハヨ! センセ、オハヨ!!」


 ああ、コイツは素直で可愛いもんだ。

 見た目も相当なものだが、何より笑顔で懐いている様子なのがいい。覚えもすこぶる良いし。

 とりあえず、赤いのから元々は教わっていたのだろう。どっかエラそうな口調が微妙だったので、随時可愛げを感じられるように教育してみている。

 赤いのも、少しはチビを見習って土下座からの謝罪、そしてオス役を平伏して頼むくらいすれば、考えてやってもいいものを。考えるだけだが。


「センセ、ソレ、ナニ?」


 檻のすぐそばまで近寄って、不思議そうに首を傾げる。

 と、赤いのが慌てた様子でチビの髪を咥え、引きずり戻そうとしたが、チビが痛そうな鳴き声をあげるとすぐに離した。ついでに、ぴぃぴぃと抗議されている。

 ざまみろ。


「これって、炎か?」

「ホノオ! ナンデ、アルノ?」

「魔法で作ったんだよ、ほら」


 暖を取る用のとは別に、もう一つ小さな炎の球を作り出す。

 すると、チビは目を輝かせ、赤いのはぴゃあと悲鳴を上げた。ざまみろ。

 どうやら、チビの方は火を知らないようだ。その怖さも。でなければ、野生生物がそんなに無警戒に興味を示す筈が無い。


「ホノオ! マホウ! センセ、スゴイ!」

「ははは。そうだろ、可愛い奴め」


 手放しの賞賛は、心地よいものだ。

 我ながら単純だとは思うんだが、褒められたり尊敬された事なんて、ホントなかったからなあ……

 友人である三人は、俺よりもよほど人徳者であり、俺を蔑む事はなかったが、特に持ち上げる事も無いからな。そこがいいんだけど。

 …あいつら、無事に帰れたかな。もしも俺に何かがあったら、お前らだけでも戻れとは言ってあるが、さて……


「センセ、ナンデ、ホノオ?」

「うん? ……ああ、寒いんだよ。冬だからな」

「センセ、サムイ? ボクラ、ヨリ?」

「…いや、お前らは服着てないから、お前らよりはいいだろうけど、でも寒いものは寒いよ」


 尚、一人称を僕にしてやったのは、当人のチョイスであり、別に俺が僕っ娘好きという訳ではないので、誤解の無いように。

 いくつか自分を現す言葉を並べたら、それが言いやすかったらしいので。


「お前らは、夜どうやって寝てるんだ?」

「ウエ、ス、ミンナイッショ、ギュー」

「……さしずめハーピィ団子か」


 羽毛も相まって、暖かかろうな。

 いっそそこに……、…いや、参加したくない。いくらふかふかで暖かろうが、獅子の群れの中に入って寝ようなどと思えるかって話だ。


「センセ、ヒトリ。サムイ」

「ああ、そうだよ。だからこうして暖まってるんだ」


 ただ、ずっとこうやってるのも無駄に魔力を使うんだよな。

 朝晩だけに限定して、夜ちゃんと眠れれば問題無いだろうが…

 本当に、2か月持つのか俺は? …いや、持ったところで集団暴行が待っているんだが、それが嫌だからと死を選ぶのも腹立つし……

 2つにしていた炎を1つに戻し、早く日が昇らないかとしみじみ願う。

 昇ったところで、かなりの時間日陰なんだけどな。木の枝の下だから。ああ、だから余計に寒いのか……


「ぴ、ぴぃ!」

「ぴいぃ……」


 ん?

 思考を外してる間に、チビと赤毛は何やら話し込んでいる。

 チビが懸命に何かを語りかけ、赤いのはそれに難色を示している様子だが……

 少しして、二匹は連れだって木の上へと飛んで行った。

 ……かと思えば、すぐに両方とも戻ってくる。


「センセ! コレ、シッテル?」

「うん……?」


 右足で掴んでいた何かを一端地面に置き、両方の翼で支えて差し出した。物を持つくらいは出来るんだな。

 茨が突き刺さらないように注意して右手を檻の外へ出すと、ぽんと渡される。

 ……あ、考えてみればこの方法なら、檻の外にフレイム飛ばせるな。いつか奇襲してやろうか。その後怒ったハーピィに檻を崩されるかもしれんが。

 さておいて、手に乗せられた何かを引き戻して見てみると。


「なんだこれ。魔道具?」


 金の枠に、大きな赤い宝石が嵌ったブローチだった。

 ただ、枠に小さく刻まれた文字と、宝石の中にうっすらと浮かぶ刻印から察するに、なんらかの魔道具であるようだ。

 基本、金属や鉱石に加工を施し、様々な効果を発揮させるのが魔道具だ。

 ただし永久に使える訳ではない。定期的に、魔力を補充しなければならない。これは、すっからかんの状態みたいだ。

 ハーピィは、森で迷った人間を見つけた際、繁殖期以外なら対価を渡せば道案内をしてくれるという。

 そうやって、過去に手に入れた何かなのだろう。

 魔道具作成は、少しかじった事がある程度だ。見た所、危険な文字は書かれていない。試しに、魔力を込めて起動してみる。


「……お、おお」


 途端に、ふわっと周囲が春のように暖かくなった。

 なるほど、これは周辺を温める為の魔道具か。冬の寒い地方では、必須のアイテムだろうな。

 そして、寒さに決して強くないであろうハーピィにとっては、この上ない対価となっただろう。傷も無いあたりから、大事に使ってたらしいことがうかがえる。

 魔力の補充の仕方が解らず、使えなくなっていたようだが……


「アッタカイ! センセ、スゴイ!」


 チビの辺りまで、暖かさは広がったようだ。

 両腕の翼をばさりと広げ、万歳するように喜ぶ。うん、可愛い。


「センセ、サムイ、ダイジョブ?」

「ああ。借りていいのか?」

「ウン!」


 にこにこ笑顔でうなずいたが、後ろで赤いのはぶすくれてるぞ。

 それでも、抗議や注意をしないあたり、ハーピィ達は雛には甘いのだろうか。甘いんだろうな。

 昨日の夕方、このチビ以外の雛が二匹俺を見に来たのだが、完全に餌を見る目だった。食べていいの? とばかりに食欲全開で見てやがった。

 笑いながら金髪のハーピィに止められ、唇をとがらせて去って行った。

 あいつらも、金髪のも、本当に見た目は可愛かったり美人だったりなんだが、つくずく肉食獣なのだと痛感する。誰だ、ハーピィと交渉しようなんていった奴。

 現在までで、話が通じるやつが、このチビしか居ないぞ。

 ……いや、ちょっと待て。冷静に考えて、それはそれでおかしくないか?


「なあ、チビ」

「ぴぃ?」

「お前は、生まれてどれくらいなんだ?」

「……、…イマ、ニカイメ、フユ!」


 ?! つまりこいつ、次の春でようやく2歳か!

 いくらハーピィが成長が早くても、まだ普通に雛じゃないのか?


「もう二匹、小さいのが居ただろ。あいつらは?」

「オナジ!」


 ……確定した、コイツは異常だ。

 あの二匹は、普通のハーピィの雛だ。頭の中は、食べる事と遊ぶ事でいっぱい、言ってしまえばごく健全な幼児。

 恐らく、あれが通常のハーピィの2歳。

 それに比べて、こいつの精神の成長速度は全く揃っていない。

 既に、大人のハーピィと遜色ない程度の思考を行っている。下手をすれば、相手と会話し交渉やお願い、気遣いを見せる辺り、大人よりも上等な思考の持ち主だ。

 現に赤いヤツは冬で俺が寒さに堪えていると認識しても、その対策に何かをしようとはしなかった。

 ところが、このチビは俺が魔法を使える事を知り、即座に温暖効果のある魔道具を持ちだしてきた。赤いのと話していたという事は、たぶんこれはあいつの持ち物であったのだろう。

 同等の判断材料がありながら、機転の利かせ方が段違いだ。

 下手をすれば、だめな人間よりもよほど高等かもしれない。

 そもそも、昨日一日話をしていただけで、俺の言葉の大半は理解し、的確な返事の言葉を選び出している。まだ知らない単語が多いようだが。

 学習能力、思考能力、応用力。どれも、ハーピィとしては優秀すぎないか?

 ぶすくれていた赤髪ハーピィが、何かチビにぴぃぴぃと告げる。やがて飛び立って行くのを見送ってから、また俺の方を見る黒い瞳に、思わず悪寒が走った。


「センセ! センセ!」

「…ん、なんだ」

「ナンデ、ボク、チビ? チビハ、ナニ?」

「ああ。チビってのは、小さいやつって意味だよ」

「!! チガウ! ボク、チビ、チガウ! チイサイ、チガウ! ぴゃう、ぴいぴぃ、ぴゃるるるっ!!」


 今まで、解らず呼ばれて返事をしていたらしい。

 自分が小さいと呼ばれていたのに気付いた途端、顔を真っ赤にして怒り出した。途中で人間語にする事すら忘れて鳥の声で抗議している。

 気にしてたのか……。そりゃ、悪い事をした。

 と同時に、先ほど感じた悪寒はどこかへ行ってしまった。

 こいつの頭の出来がどうであろうが、無邪気な子供である事に変わりは無い。こいつ自身は、俺への気遣いが出来、相手を素直に褒める、可愛いヤツだ。


「だって、お前の名前知らないからな?」

「ぴっ?」

「名前、なんて言うんだ? ハーピィって確か、個体名があるだろ」


 この群れにはいないようだが、中には流暢な人間語を話すハーピィも居るらしいし、きちんと名乗りを上げる者も居るそうだ。

 誰がどうつけているのかは解らないが、これだけ大きく育っていれば、そろそろ名付けもされているだろう。

 それを人間語に変換できるかは解らんが。


「……ぴい」

「なんだ?」

「…ボク、ナマエ、ナイ」

「え?」


 チビがイヤなら名前を教えろと言った俺に対し、やたらとしょんぼりした様子でそんな事を呟いた。

 心なしか、額の冠羽までへたっている。


「あれ、ハーピィって名前つけない種族だったか?」

「チガウ。ミンナ、ナマエ、アル。…ボク、ナイ」


 しょんぼりと肩を落とすチビに、一瞬言葉を失った。

 他のハーピィ達には、名前がついている。たぶん、同じころに生まれたという、あの二匹の雛にも。

 こいつだけ、名前が付けられていない。

 なんでだ? 赤いのや金髪のが一緒に居るところを見たが、特に疎まれているようには見えなかったが。

 ……いや、よく思い出してみれば、少し違うか。

 あの雛達に対する大人のハーピィ達は、皆笑顔だった。やんちゃな子供を見守る風景。あの二匹は、間違いなく愛されている。人の子供と比べても遜色無く。

 が、こいつに対してはなんとなく態度が違った。

 どこか一歩引いているような、何かを言いたげにしてはいるが、最終的には遠巻きにしているというか……

 それが、他種族である俺と楽しげに接している事への忌避なのか。

 そもそも、なんでこいつは人間と接触し、言葉を覚えようとしているのか?

 もしかして、こいつは他のハーピィと上手く関係が築けていないのだろうか。俺が感じるこいつの頭の成長スピードの早さを、一緒に暮らすハーピィ達が気付いていないとは思えない。


「……もしかして、お前も同じなのか?」

「ぴ?」


 ある集団の中に、一人だけ紛れ込んでしまった、毛色の違う存在。

 周囲からの視線が煩わしくて、肩身が狭くて居心地が悪くて。改善しようと頑張っても誰にも汲み取られもせず、息苦しさに外に居心地の良い関係を求める。

 俺がこっそり王宮から抜け出し、お人好しの冒険者三人と幸運にも仲良くなれたのと同じ事を、こいつも求めているのだろうか。


「センセ?」

「…なあ、チビ」

「チビチガウ! チビ、イヤ!」

「ああ、悪い悪い。…なあ、お前。名前、欲しいか?」

「ホシイ!」


 尋ねれば、考える素振りも無く肯定し、こくこく頷いた。

 同類相憐れむって事なのかもしれないが、俺に懐いて気を遣ってくれるこいつを、少し喜ばせるくらい良いだろう。

 こいつ自身に、俺への害意は無い訳だし。…まだ繁殖期云々に関係ない雛だからこそかもしれないが。


「じゃあ……そうだな。…お前は、『シス』だ」

「シス?」

「そう。北の地方に咲く、白い花の名前だよ」


 どんなに雪深く厳しい冬でも、その花が咲くと雪が融け、春が訪れるという。

 絵でしか見た事はないが、白という清楚な色でありながら大輪の花を咲かせるそれは、こいつによく似合うと思う。


「シス! ボク、シス!」

「ああ。気に入ったか?」

「ウン! センセ、アリガト!!」


 嬉しそうに満面の笑みを浮かべ、チビ……シスがそこら中をぴょんぴょんと飛び回る。

 幸い、周囲のハーピィに攻撃はされていないようだ。

 愛らしい子供であるのだから、いつか群れに受け入れられる時も来るだろう。

 とても賢いのだから、いっそのし上がってボスにでもなって見返してやればいいと思う。


「センセ! センセ、ナマエ、ナニ?」

「そういえば、名乗ってもいなかったかな。俺は、ティリノだ」

「ティリノ? ティリノ、センセ?」

「そう。ティリノ・アウロラ・カタラクティス」

「ぴ?! ナガイ! ナマエ、イッパイ!」

「一応、王子様だからな」

「ぴぃ…??」


 かくん、と首を傾げる。

 ハーピィには、家名とかそういう概念は無いだろうな。


「王子って言うのは、国をまとめるリーダー……王様の、子供って事だ」

「オーサマ…、……オージ! エライ、ニンゲン?」

「あー……。一般的にはな。俺は王子の中でも下の方で、偉いって程偉くないよ。こんなトコに来させられるくらいだ」

「…ティリノセンセ、ナンデ、モリ、キタ?」

「うーん…。この森、広くて凄く色んな物があるだろ?」

「ウン」

「それを、ちょっと分けて貰えないかなーって、お願いに来てたんだ。ハーピィはこの森では迷わないって言うからな」


 果たして、あいつらの思惑が『ちょっと』『分けて貰う』だったのかは甚だ疑問だが。

 ただ、侵略する事は相当な困難だ。森の支配権をハーピィから奪い取る事は不可能だろう。なんせ、ハーピィが居なければ案内役もいない、救いようのない迷いの森となるだけなのだから。

 俺がこうして捕まらず上手く交渉出来たとしても、うまーく甘い言葉ですり寄って、物の価値も知らない野生動物であるハーピィに案内役をさせ、資源を大量確保する……くらいの話になったろうな。

 汚いな、人間ってのは。うんざりする。


「ニンゲン、ボクラ、ヒツヨウ?」

「手助けしてくれたら良いなあって、甘い考えで来てみたらこの様だけどな」


 どっちに転んでも、大臣達には万々歳だった訳で、心底腹立つ。

 死ぬ前に、怨霊化の術を編み出しておかないとな……絶対呪い殺す。

 ああ、そういえばこれから繁殖期を過ぎて安全になった後、改めて交渉に来て上手く行ったらと思うと、本当に心底腹が立つな。

 あいつらの好きにさせんように、シスに人間に気を許すなって言い含めるか…


「ネエ、センセ」

「なんだ?」

「シヌ、イヤ?」


 見たら、先ほどあんなに可愛く無邪気に笑っていたシスが、表情を消し、真っ直ぐに黒い瞳で俺を見ていた。

 子供とは思えないような、射抜くような視線に、思わずつばを飲み込む。

 死ぬのが嫌かって?

 そんなの、嫌に決まってる。今まで本当に散々な目に合ってきたが、自分の命をぽいと捨てられるほどには絶望していない。

 そんな事をしたら、俺の嫌いな奴らが笑うだけなのだと知っているから。


「当たり前だろ、死にたくなんか無い」


 今までの人生で、一切楽しい事が無かったわけでもない。

 あの三人と知り合えて、友達になれた事は、人生最大の幸運だと思っている。

 万一、王宮に完全に居場所がなくなりどうしようもなくなった時は、一緒に国を飛び出して冒険者をやろうとも思っていた。

 むかつくやつらが俺の死を笑うだろう事、大好きな人達が俺の死を悲しむだろうという事。

 そして何より、この先を奪われるという事は、充分すぎる程に嫌な事だ。


「本当、王子とは言え底辺で精神的に蹴られ踏まれ蔑まれて、根性だけで頑張って来たけどこの様だよ、喜んで死ねる訳ないだろ」

「……」

「お前らにとっては卵の為で、それも死活問題なんだろうけどさ。俺にだってまだ色々やりたい事はあったんだぞ? 解んないかも知れないけど、若いんだからな」

「ヤリタイ、コト?」

「友達と一緒に来てたんだ、あいつらに心配いらないようにしたいし……、…ああダメだな、俺にとってはそっちより、やっぱ怨みの方が強い」

「ウラミ? ナニ?」

「クソ親父!! クソ兄貴と姉貴!! 弟も妹どもも、何よりあのクソ大臣!! 俺が死んであいつらがせいせいして笑うかと思うと、ああもう腹立たしい!! あいつらの思い通りになるかと思うと、早いトコ国家転覆でも目論んでやれば良かったと今とてつもなく後悔してる!!」


 律儀に国の為も思って、働こうとした俺が馬鹿だったってか!!

 なんであいつらの為にここまで来て、ハーピィの餌にならなきゃいけないんだ!

 絶対呪う、国を滅ぼすレベルの怨霊になってくれる。

 自分達の浅はかさを恨んで滅びればいいよ、ド畜生が!!!


「……っと、悪い。お前に言っても仕方ないよな」


 まだ人生に希望しかないような、生まれて数年の雛にぶちまける恨み辛みじゃないな。

 ドン引きされたか、あるいは聞き取れなかったか。

 謝罪し改めて視線を向けると……シスのやつ、笑ってやがった。

 くすくすと、おかしそうに。


「センセ、ニンゲン、キライ?」

「あー…全部が全部とは言わないけど、俺をここに蹴り出した連中は、痛い目見ればいいとは思ってるよ」

「ウン。…センセ、ボク、オネガイ」

「? なんだ?」

「ボクラ、ミカタ。シテ」


 うん……??

 笑いながら、よく解らないことを言い出した。

 流石に意図が読めず、今度は俺が首を傾げる。


「ボク、ハーピィ、ダイジ。タスケル、シタイ。マッテ、タ。ニンゲン」

「ん、…うん??」

「アンナイ、スル。モリ、スコシ、ワケル、スル。テツダイ、スルヨ」

「…?!」


 突然言い出した言葉を、理解すると同時に驚き、耳を疑った。

 俺がここに来た本来の目的、ハーピィ達の交渉に、乗り気なのだと言っている。

 いっそ、そういう目的の人間が来るのを、待っていたとさえ。

 …そういえば、俺がここに来る羽目になった原因。この森のハーピィが、人間に友好的なのだと思われた、その出来事。

 近くの村の子供がここへ迷い込み、二匹のハーピィに助けられて、無事に生還したという話。

 彼女らは案内の対価を求めなかったばかりか、子供が探しに入った薬草さえくれたのだと。

 もしも、その二匹のうちの一匹がシスで、人間を誘い込む為にそういう行動をしていたのだとしたら……


「…お前、本当に普通の雛か?」

「フツウ、スコシ、チガウ」

「なに? …何が違うんだ」

「ボク、オージ」

「……は?」


 更に理解に苦しむ事を言い出した。

 楽しそうに笑うシスに、怪訝な声を出してしまったが、笑みは変わらない。


「ああ、リーダーの雛なのか? …あのな、さっきは俺が王子って言ったが、王子ってのは男……オスに対する言葉だから。メスなら、王女って言うんだ」

「ウウン。ボク、オージ」

「…いや、だから」

「ボク、オス」


 ………………。

 なに言ってんだ、こいつ。

 理解に苦しむどころか、とうとう理解出来ない事を言い出した。

 オス? 男? ハーピィは、メスしかいない種族だろう? だから、他の種族のオスを浚わないといけないのだから。


「センセ、タスケル、ヨ」

「あ、ああ…?」

「センセ、ボクラ、タスケル、クレル? ニンゲン、オハナシ。シテ?」


 ……つまり、シスが言っているのはこうだ。

 人間達が望む通り、森の案内や資源の確保を手伝ってくれる。

 その為に、俺を助けるから。人間達への交渉を、やってくれって事。

 言われなくても、元々それが俺に押し付けられた仕事だった。助かるって言うならば、それを継続する事になるだろう。

 …もし、もしもだ。

 本当にそれが叶うなら。

 無理だろうと思っていた重要な交渉を俺が成功させ、しかもあいつらの思い通りに搾り取れる訳ではないくらいに、俺がハーピィ側についていたとしたら。

 功績がある上に、ハーピィの信が厚い俺を簡単には処断出来ず。それはそれは、ぐぬぬと顔を真っ赤にして胸が空く顔を見れる事だろう。

 いいな。あいつらを呪い殺す事は出来ないが、俺が生きたまま、高笑いしながらそれを楽しめる訳だ。最高じゃないか。

 我ながら相当に腹黒い事を考えているが、今までを思えば許されるだろう。


「本当に、俺を助けられるのか?」

「ガンバル」


 まあもっとも、この雛一匹に、群れ全員を説得し、俺を解放させられるのか?

 という疑問はどうしようもなく離れない訳だが。

 笑顔でうなずくシスに託す以外に、俺が助かる道は無いだろう。

 だったら、ダメでもともとだ。最高か最悪か、この子に賭けてみるのも良い。


「解った。もしもお前が俺を本当に助けてくれるなら、ハーピィ達に有利なように人間側と交渉してやるよ。頭を使うのは得意な方だ」

「アリガト! アリガト、センセ!」

「というか、お前らとしては、その交渉に意味はあるのか?」


 資源を採取すると言うのは、どうしても森の破壊につながる。

 それを最小限にとどめる制限を設ける気ではいるが、そもそもハーピィにとっては特に益の無い話じゃないのか?

 問うと、シスはまた可愛らしく笑った。


「ボクラ、ホシイ。ニンゲン、オス」

「……は」

「ヒトリ、タリナイ。モット。イッパイ」


 ……理解した。

 シスは、やはり尋常ではない。雛である身で、既にハーピィの自覚がある。

 俺以外に仲間の男を浚わなかった事から解るように、ハーピィ達は年に一匹のオスしか浚わないらしい。一応、配慮という事だろう。

 こいつは、それをやめようとしている。

 群れの繁栄の為、見返りは渡す。代わりに、卵を産む為の協力者をよこせ。

 なるほど、ただの善意でなど動いていない。大人のハーピィと遜色ないどころか人間の大人と同等程度に、こいつは損得勘定を考えた上で交渉している。

 しかも、俺の命を餌に、ハーピィ側に有利な状況まで作ろうと画策して。

 ……とんでもないな。ハーピィにしておくのが惜しいくらいだ。


「それは、命の保証はあるのか?」

「ウン!」

「それなら……良いだろう。交渉成立だ」


 大量のハーピィに群がられ、殺されるのでないのなら。

 人身御供に近いが、幸いハーピィの繁殖期は年に一回。性別が逆ならば色々反発が出そうだが、男性ならばある程度大らかなヤツも居るだろう。

 …酒に酔った勢いだが、いっそメスならハーピィでもだとか言う冒険者も、居なくはないしな……

 それを認めざるを得ないくらい、この森の豊かさは魅力的だ。

 木も石も、一級の質。森から流れる川からは、砂金や鉱石の欠片も見つかっている。間違いなく、大きな鉱脈もある筈だ。

 まあ、やりたい放題には取らせないがな。誰が王宮の好き勝手にさせるものか。むしろ、初期費用としてたっぷり準備金をふんだくってくれる。


「それじゃあ、宜しく頼むぞ、シス」

「ウン! ガンバル、ティリノセンセ!」


 名前を呼ばれるのが嬉しいのだろうか。何処か大人びた笑顔から、無邪気な子供の笑顔に戻って頷くと、ぱたたと木の上へと飛んで行った。

 ……本当に、異常に賢いとはいえ、ハーピィ達に俺を諦めさせられるのか…

 自分がオスだとか、訳解らない事を言ってたが。


「…いや、待てよ?」


 オスのハーピィ。伝承では、一応居た事になっている。

 全てのハーピィを従え、世界中の森を支配下に置いたという、ハーピィの王。

 ただ一羽のオスはとても賢く、人間や他の種族とは違えど立派な森林王国を築いたという。

 確かに、そんな古い話はある。オチとしては、力をつけすぎ驕った王が、神に挑んで怒りを買い、天罰を落とされた後、オスは生まれなくなりメス達も知能が落ちて一介の魔物に……という事だが。

 ……それが本当だとしたら、オスだと言うシスが異常に賢いのも納得できる。

 納得できるけど、おとぎ話じゃないのか……?

 見た目じゃ、ちっともわからないしな…。小さいから胸もないし、下半身が鳥だからモノがついてるかどうかも確認できないし、上半身はどう見ても美少女だし。

 ……とりあえず、万一本当に助かるようなら、信じる事にしよう。







 オスハピ子のお名前はシスになりました。


 というわけで、相変わらずスレてるティリノ王子と、無邪気そうに見えて色々考えてるシス王子でございます。

 望んでいた以上の立場の人が来ていた事に気付いて、シスさん上機嫌。





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