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自分が制止する日【レドラスタジオ・アーカイブス】

作者: 彩条あきら

『地球外から失礼します』

 そんな台詞と共に円盤に乗った異星人が現れたのは、今から三日前の出来事だった。


 彼らはある日突然、ここアメリカはニューヨークに居を構える国連本部ビルの上空にその姿を現したかと思うと、円盤下部から放たれた光に包まれ地上に降り立ち、ちょうど総会に出席しようと集まってきていた国連事務総長ほか各国首脳陣の度肝を抜いた。

 おれも丁度その時、国連本部前にある広場の近くを歩いていた幸運な市民の一人だったので生でその光景を目撃したのだが、そこから見えた異星人の姿というのは全身が淡い光に包まれて顔立ちや表情、背丈などがハッキリとしない、地球人と似た体格をしていることが辛うじてわかるだけの、一種ののっぺらぼうみたいなものであった。

 アメリカや日本をはじめ、ありとあらゆる国のメディアがこの仰天のニュースをこぞって報道していたが、今のところ分かっているのは異星人の乗ってきた白一色の円盤が国連本部ビルの上空にふわふわ漂っているということだけであり、彼らがどういう種族で、どういう目的を持って地球に現れたのかなどは、まだ一切明らかにされていなかった。


「いったいどの銀河の、どの惑星から来た宇宙人なんでしょうかね? 友好的な種族だったら嬉しいんですけど」

「何が友好的だよ。お前が好きな宇宙人は大体侵略目的で、しかも目つぶし星人とか猫舌星人とかそんなのばっかりじゃねえか」

「主任も随分と詳しくなりましたね」

「研究室にDVD持ち込んで四六時中観まくってる奴が部下にいりゃ、嫌でも覚えるっての」

「たはは、こりゃ失敬」


 そう言っておれの部下であるカナダ出身の若い男は、そばかすだらけの顔を歪めて面白そうに笑ってみせた。この男はいわゆる特撮マニアというやつで、本家本元であるハズの日本人のおれよりも何故かその手の作品については造詣(ぞうけい)が深かった。お陰で元々大して興味も無かった空想上のぶっ飛んだ宇宙人たちについて知識が増えていく毎日である。

 しかし、今はそんなことはどうでも良い。


 おれと部下のカナダ人は、ちょっとした書類申請をしに件の国連本部ビル内へと足を運んできていた。本物の宇宙人がやってきて各国首脳陣と秘密の会談を行っている真っ最中である。こんな状況下で通常の事務など行われているのかと疑問に思われるかもしれないが、そもそもおれに仕事を依頼してきたのは、他でもない国連のほうなのだ。


 事の起こりは異星人の出現よりも一週間前、本日から数えれば十日前の出来事になる。

 ニューヨーク市郊外で、国連の職員が宇宙から落下してきたと思われる謎のカプセルを発見したのだ。それは一・五リットルのペットボトルと同じぐらいの大きさがある金属製の黒いカプセルで、微量の放射能を帯び、表面には未知の言語を刻んだ複雑怪奇な装置が取り付けられていた。


 遠く離れたオーストリアの首都ウィーンには国際連合宇宙局なるものがあって、過去に地球から打ち上げられたあらゆる物体の情報が登録されているのだが、そこに照会してみても当然そのカプセルに関するデータは存在しなかった。困り果てた連中はさんざん悩んだ末に内部の伝手をたどって地元に研究室を構えていたおれを頼ることに決め、急遽カプセルの調査を依頼してきたというわけである。異星人の着陸に居合わせることが出来たのも、元はといえば買いだめしておいたタバコが切れたのでちょっくら買ってこようか、などと軽い気持ちで自宅を出てきたことがキッカケなのだ。

 しかしながら、偶然にもその場面を直に目撃したことで、おれは回収された黒いカプセルが件の異星人と何らかの関わりを持つ代物ではないのかと密かに思い始めていた。タイミングの一致といい、偶然にしては出来過ぎていたからだ。


「そういえば昨日、すぐそこの空港に宇宙局のトップってのが来てませんでした?」

「イースタン事務局長だろ。宇宙人がファーストコンタクトを求めてきたとき、彼が地球代表として初動対応の全権を任されるってことに何年も前からなってるんだ。さしずめ宇宙専門の外務大臣ってところかな」

「へぇ……じゃあ交渉は、昨日やっと始まったってことなんですね」

「おそらくはな」


 子供のように目をキラキラと輝かせるカナダ人の部下とは対照的に、おれは何となく冷静な気分になっていた。

 異星人とのファーストコンタクトなどというとさぞかし夢に溢れた出来事のように感じる者も多いだろうが、実際はそんなに生易しいものではなかった。文化・風俗習慣の違いから誤解が生じてしまえば、地球人同士で以上に取り返しがつかなくなる可能性もある。だからいかなる国家であれ、異星人からコンタクトを求められた場合はまず地球代表として宇宙局のトップ――つまりこの場合はイースタン事務局長――を自国に呼び寄せ、彼が到着するまでは余計なことをしないという取り決めになっているのだ。

 (もっと)も、広大な宇宙を渡ってやって来るぐらいだから異星人の方が遥かに知的であろうことは疑いようがなく、先方もきっと地球人以上にファーストコンタクトに求められる慎重性を理解していることは間違いなかった。


「あれ、あそこに立ってるのって、もしかして主任のお友達じゃないですかね」

「本当だ。あんなところで何してるんだろう」

 部下のひとことで、おれは廊下の角を曲がってすぐのところに、十年来の友人である黒人の安全保安局員がいるのを見つけた。国連の敷地内でいわゆる警察に当たる業務をやっているのが彼ら安全保安局員なのだが、どうやら今は休憩中らしく、喫煙スペースにてタバコを吸っていた。


 おれが謎のカプセルの調査を行えているのも、そもそもは彼がカプセルのことを知って他の職員らにおれの存在を紹介してくれたお陰なのだ。そういう事情で、彼はカプセルの調査結果が出た際の、おれとの連絡係にも任命されていた。

 それにしても、しばらく見ない間にひどく痩せたような気がする。いくら喫煙が体に悪いとは言っても、短期間にこれほどげっそりとはしないだろう。

 おれは心配になって、近づくなり彼に声をかけた。


「よぅ、ケイン。だいぶ辛そうだな」

「……おお、誰かと思ったらお前か。どうだった、カプセルのことは何か分かったのか」

 やたらと疲れ切った様子で顔を上げるケイン。その拍子にまばゆいばかりのスキンヘッドが廊下の照明を反射し、おれの隣にいたカナダ人の部下が一瞬、(まぶ)しそうに目を背けた。

 その様子にクスリと笑いをこぼしつつも、おれはかぶりをふって質問に答えた。

「まだ何も……それより、大丈夫なのかケイン。今にも死にそうな顔してるぞ」

「そんなにか。やはりストレスを感じると顔に出ちまうみたいだな……抜ける髪の毛が一本も無いお陰で、言われるまで分からねえ」

 自嘲気味に呟くケイン。その時点でおかしい、とおれは思った。


 こいつは元々、かなり人懐っこい笑みを浮かべる奴だ。今のような台詞も四六時中聞かされているが、そういう場合は必ず本人の大笑いが伴っている。こんな自信を失ったような表情で笑う光景は今までに一度も見た事が無かった。

「ケインさんは、異星人が地上に降りてきた日からずっとこっちにいるんですよね?」

 そのとき、おれの部下が空気を読まずに脇からひょっこりと顔を出して、ケインに食いつくようにして質問をしに行った。

「あの、もしかしてですけど、異星人と地球代表のやり取りを何か目撃したりしてませんか」

「それはまあ、おれも興味があるな。どうなんだケイン、異星人たちの様子は」

 素直にそう応じるおれだったが、直後返ってきた台詞は意外なものだった。


「その呼び方はよせ。差別にあたる可能性がある」

 おれは少しびっくりした。歴史上幾度となくマイノリティの苦労を味わってきた黒人という生まれであるにも関わらず、今までの付き合いの中で、ケインの口から差別がどうとかいう台詞が聞こえてきたことは一度たりとも無かったからだ。大体こいつは、どちらかといえばそういうことを自ら進んでネタにしていくタイプだった。共通の知人らと一緒に酒を飲んで盛り上がっていた時など、おれを壇上に引っ張り上げて即席のコメディアンコンビを結成した挙句、勝手に『ブラック&イエロー』などと名乗り出す始末である。


 要するにケインは、常日頃から不謹慎という言葉を地で行くやつなのだった。だから真顔で言った当人も、直後にその発言のおかしさに気が付いたらしく、

「……いや、すまない。なんせこの三日間、各国のお偉いさん方と円盤から降りてきた連中のやり取りを見せつけられてるんで、つい神経質になっちまってるんだ」

「ちょっと待ってくれ」

 おれは思わず口を挟みたくなった。聞き捨てならない情報があったからだ。


「いま、三日間って言ったか? 交渉役の事務局長が到着したのは、つい昨日のことだろ?」

 そう聞くと、ケインは途端に渋い顔をし始めた。

「そのことなんだが、厄介なことに大統領がフライングを試みようとしてな」

「……おい、まさか」

「そのまさかだ。イースタン事務局長が到着するより前に、よくあるSF映画みたく地球人の代表として彼らと話そうとしたらしい」

「あの出しゃばり大統領、また余計なことを」

 おれは思わず悪態をついた。


 現在の合衆国大統領といえば、すでに六十を過ぎ若干腹の出た、白髪オールバックの白人の男である。かなりの映画好きで有名だが、歴代でも類を見ない程他国の問題に首を突っ込みたがる傾向があるため、おれは余り好きにはなれなかった。

 その趣味ゆえか、はたまた政治方針を貫徹しようとしたのかは不明だが、国際的な取り決めを無視して勝手に地球代表を気取られるなどたまったものではなかった。ケインの口ぶりから察するに、大方ロクなことになっていないのだろう。


 すると、ケインはおれと部下に驚くべき提案をしてきた。

「もしその気があるなら、一連の会話の様子が録画してあるんだが」

「……いいのか?」

「遅かれ早かれ、地球全体に知れ渡ることだからな」

 ケインは心底疲れ切ったような表情でそう言うと、灰皿にタバコを処分した後おれと部下を伴って本部ビルの廊下をのろのろと歩き始めた。


 今まで以上に興奮を隠しきれなくなった部下の男とは正反対に、おれはケインの様子が心配でならなかった。何だかんだで仕事には誠実だった男だ。こんな投げやりな態度にさせてしまうなど、いったい異星人との間で何が起こったというのだろうか。


    * * *


 窓からすぐ外に議場ビルが見下ろせる部屋にやってくると、ケインはスクリーンを下ろしたり再生機器の操作をしたりしながら、準備が出来るまでの間、異星人についての様々なことをおれたちに話して聞かせてくれた。


「連中は別の銀河にあるクソリ惑星(プラネット)というところの出身で、ずっと昔に人類よりも進化して、いわゆる集合意識生命体になった種族だそうだ。我々の目に見えている姿も一種のホログラムみたいなもので、本体は何処か別の場所にあるらしい」

 その話を聞いた途端、カナダ人の部下がより一層目を輝かせながら興奮した体で言った。

「すごいなぁ。何だか“我が名はレギオン”って感じですね!」

「……新約聖書に出てくる『大勢の者』って奴だよな、確か」

「僕にとっては日本の怪獣ですけどねっ」

「そんなことだろうと思った」

 おれは若干呆れてため息を吐いた。


 レギオンとは元々、古代ローマに由来し『軍団』を意味する言葉だ。それが転じて新約聖書に登場する悪霊の名前になったり、そこから更には社会性昆虫のような習性を持つ怪獣の名前に引用されたりしている。

 集合意識生命体と聞くと、かの有名なSFドラマ「スタートレック」に登場する機械生命体ボーグも連想させられた。宇宙を漂いながら、一定水準以上の文明種族に遭遇すると半強制的に相手をサイボーグ化し取り込んでしまうという悪夢の存在である。

 どうにもロクなイメージが思い浮かばずおれが困惑しそうになっていると、離れたところにいたケインが作業の手を休めようともせずに言ってきた。


「聖書がどうとか軽々しく口にして、キリスト教徒の人達に対し失礼だと思わないのか。発言にはもっと気をつけた方がいい」

「お前、本当にどうしちまったんだ? そんなこと言う奴じゃなかっただろ」

 おれの心配は増々高まるばかりだった。


 ケインの不謹慎ぶりは宗教方面に対しても如何なく発揮されている。彼が何教徒なのかはたまた無神論者なのかは特に聞いた覚えはなかったが、先述の酒盛りの際に下品な話だが自身のハナクソを額にくっつけて座禅を組み、『大仏』などと下らないことをほざいていたのを確かに記憶している。

 やはり、何かがおかしくなっている。おれがそう感じた矢先、向こうも同じことを思ったらしくケインは頭をかきながらバツが悪そうに言った。


「いや、すまない。とにかく、この映像を見て貰えれば分かるんだ。議場で連中が自己紹介を終えた、その直後の様子を映したものなんだが」

 ケインはそう言って機器の再生スイッチを押した。


 すぐさま、部屋の真ん前に垂れ下がったスクリーンに光がともり、広大なホール内に各国の要人が着席して一様に奥の壇上を見上げている様子が映し出される。どうやら、すぐ外に見える議場ビル内での光景のようだった。通常であれば、そこでは国連総会などが開かれている。が、映像の中の様子は少々違った。

 壇上に上がっているのは、おれが嫌いな現在のアメリカ合衆国大統領。そして、その対面に立っているのは数日前に目撃した、例の光り輝くのっぺらぼうだった。ケインの話を信じるならばあれは一種のホログラムで、いわばクソリ星人の集合意識が送り出した端末の一個とでも解釈すべきだろう。


 その端末に向けて、まずは大統領が想像していた通りの出しゃばり発言を披露した。

「――クソリ星人の方々……我々地球人は、貴方がたを心から歓迎いたします。地球を訪れた異星人はクソリ星の方々が初めてで……」


『横やり大変失礼します。ただいま「異星人」と断言してらっしゃいましたけれども「人」という表現は貴方がたと異なる形態の生命を潜在的に見下し排除していることになるため不適切だと思います。惑星外生命体への配慮があればもっと他に言い方があるハズです。アドバイスしたのであとは分かりますね』

 思わず、おれは沈黙した。

 映像内の議場も沈黙していた。


 いったい何が起こっているのか、瞬時には理解が追い付かなかったからだ。

 やがて、映像内では我に返った大統領が、大慌てで別の言い方を試みていた。

「そ、それは申し訳ない。訂正いたします。クソリ星の方々は地球を訪れた初の地球外知的生命体であり、コンタクトに成功した我々は大変うれしく思い――」

『コンタクトしたくても出来ない知性体だっているんですよ!!』

「どうしろってんだよ」

 おれは自分でも気づかぬ間に映像内のやり取りにツッコんでいた。


 だが、今更言ったところでクソリ星人が止まる訳もない。

「し、しかしながら……我々地球人にとってこれは、歴史的な出来事ですので。地球外生命体とコミュニケーションをするということそれ自体が、人類史上初なのです」

『それ、私たちは太陽系に入った頃から気付いてましたけど?』

 映像内の大統領は既に半分泣きそうになっていた。

 普段だったらざまあみろと思うところなのだけれど、今回は相手の言動がなんともアレなためか素直に喜ぶ気にもなれなかった。


 そしてその後も、言うことやること全てに噛みつくクソリ星人の様子が延々と映し出されておれもカナダ人の部下も早々に疲れてきたその時、ケインがビデオを停めることでおれたちはようやくこの地獄の苦痛から解放されるに至った。

 ケインはおれたちの様子を見て、諦めきったように首を振った。なるほど、こんなものを数日間も見せ続けられていたら、短期間でげっそりとしてしまうのもむべなるかなと思った。


「……一事が万事、この調子なのか」

「ああ、そうだ。やることなすこと揚げ足取られて、その都度上から目線で責め立てられる。大統領が迂闊(うかつ)だったことには違いないが、それにしたって連中は横柄すぎる。国家元首たちはもうすっかり疲れきっちまってるよ」

「なるほど。しかし分からないな。ここまで極端だと、腹を立てて帰っちまうやつもいる気がするんだが、今のところそう言う話は聞こえてこないな」

おれの疑問に、ケインは納得したのか何度も首を縦に振ってみせた。


「勿論、連中の不愉快な物言いに耐えられなくて、席を立とうとした元首もいた。けど後から全員が帰ってきた。逃げられなかったんだ」

「どういうことだ?」

「連中には一種のテレパシー能力があったんだよ。会話する気が失せて議場から出ようもんなら、たちまち頭の中に『逃げるんですか? それはつまり我々の言い分が正しいと認めたことになりますがそれでよろしいんですね?』って声を延々と反響させられる。それが何処へ行っても追いかけてくるらしい。議場を一旦離れたはいいが丸二日間テレパシーを喰らい続けて、とうとうノイローゼに陥った元首までいる」

「そこまでになると、もう新手の地球侵略か何かに思えてくるが」

「……お前と同じことを大声で言った元首が何人かいたが、どうなったか知りたいか?」

「いや、遠慮しとこう」

 想像するだに恐ろしかった。


 そのとき、おれの胸ポケットに入れていた携帯電話が突如としてアラームを鳴らし、すっかり沈み切っていた室内の一同を一斉に飛び上がらせた。おれは慌てて携帯を取り出すと画面の表示を見た。なんと、一時間前に出てきたばかりのおれの研究室からだった。

 なにか分かったのだろうか。おれは通話ボタンを押して電話に出るなり、研究室に残っていた連中からの報告を聞いて思わず血相を変えた。


「どうした?」

 ケインが怪訝な顔でおれに訊ねてきた。

「例のカプセルが開いたらしい。至急戻ってきてほしいそうだ」

「なんだって」

 ガタン、と音を立ててカナダ人の部下も椅子を蹴倒しながら立ち上がった。

「主任、早く行きましょう」

 言われなくてもそのつもりだった。おれは携帯電話を再びポケットに突っ込んで脱いだ上着を引っ掴むと、部下とケインを伴って国連本部ビルの一室を飛び出した。


    * * *


 国連本部ビル前の道路を横切って急ぎ研究室に駆け戻ると、そこは文字通りてんやわんやな状態だった。狭い研究室内で研究員たちがあっちへ行ったりこっちへ行ったりを繰り返しながら、その手にした細かなデータを交換し合っている。

 おれがカナダ人の部下とケインを引き連れて姿を見せると、研究員たちは一斉にこっちを振り向いて少しだけ安堵したような表情を浮かべた。


「主任、おかえりなさい!」

「いったい何が起こったんだ!?」

 挨拶もそこそこにおれが状況を確認しようとすると、留守中の責任者であった研究員が泡を食ったような表情でおれの元に駆け寄ってきた。

「わかりません! 主任が(おっしゃ)っていたように異星人との関連があるのではと思い、例の円盤から定期的に発せられていたのと同じシグナルを照射してみたのですが……!」

「それで、こうなった訳か」

 おれは目の前に広がる光景を見つめながら、思わず息を呑んだ。


 研究室の真ん中にある台座に固定され、コードを通じて多くの機材に繋がれた黒いカプセルは、今やその中腹がぽっかりと口を開けて内部から無数の光線を吐き出していた。それらの光線は研究室内の空中やら天井やらに命中すると拡散し、内容はよく分からないが文字列のようなものを幾重(いくえ)にも表示していた。おそらく、何らかのデータなのだろう。


 そして、それらのデータの奔流(ほんりゅう)の内側から、更に何かが姿を表そうとしていた。

 おれは目を見張った。それはなんと黒いドレスを(まと)った美女だったのだ。

「これ……は……」

 カプセルの内側から吐き出された美女は、そのまま空中に浮遊しながら室内にいるおれたちのことを見回した。物憂げな表情に、流れるような(つや)のある黒髪。並の男ならば一発で見惚れてしまいそうな容姿だったが、おれは同時に彼女の姿が半透明であることに気が付いていた。おそらくこの場に実体はない。クソリ星人同様、ホログラムか何かなのだ。

『聞こえますか……見えていますか……』

 美女がゆっくりと、確かめるかのように言葉を発した。その声もまた、非常に美しい音色となっておれたちの耳朶を打った。


『このカプセルは、周囲にいる貴方がたの意識を反映して最適と思われる姿と言語を再現しています……。わたくしは貴方がたに警告をするためにやって参りました。シグナルを感知した以上近くまで来ているのでしょう。クソリ星人には注意するのです。クソリ星人には注意するのです』


「一足遅かったよ」

 隠しても仕方ないので、おれは素直に教えてやった。

「連中はもうこの星の指導者たちと接触して、やりたい放題に暴れてる」

『ああ、なんということでしょう』

 黒づくめの美女はその整った顔を手で覆うと、まるで泣き崩れるかのように言った。

 やっぱり魅力的だ、とおれは思った。そうして、つい彼女の悲しむ顔をもっと見てみたいという衝動に駆られ、彼女を追い込むかもしれない質問を躊躇(ちゅうちょ)せず口にしてしまった。

「教えてくれ。あんたは何者だ? クソリ星人とは一体どういう関係なんだ」


『……わたくしは集合意識体となることを免れ、クソリ惑星(プラネット)を脱出した最後の生き残りです。今現在貴方がたの指導者を苦しめている存在は、かつてクソ理性(りせい)症候群(しょうこうぐん)(かか)って滅びてしまったクソリ星人たちの成れの果てなのです』

「なんだって?」

 おれは二重の意味で聞き返した。何だか一部、妙なニュアンスの台詞があったように聞こえたのだが、単なる聞き間違いだろうか。いや、出来れば聞き間違いであってほしい。

『彼らも元は、あんな風ではありませんでした』

 おれが自分の耳が捉えた音声の不正確なことを祈っているなど露も知らず、クソリ惑星の生き残りだという黒づくめの美女はより一層物憂げな表情をしながら、おれを含めた室内にいる全員にクソリ星人たちの歴史を語り始めた。


『かつてクソリ星人は、全宇宙のあらゆる知的生命体と友好関係を結ぶことを目指しました。コンタクトに備えて数えきれないほどの生命形態や概念、文化や倫理や社会情勢といったものを想定し、それら全てに一部の隙も無く対応しようなどと考えたのです。

 ところが、それが間違いの元でした。クソリ星人とて所詮は一種族。どれ程の注意を払おうとも、認識し、対応しうるものには限界があったのです。彼らは次第に恐怖に駆られるようになりました。いま何気なく発しているこの一言が、見知らぬ何処かの惑星では最大級の侮辱に当たるかもしれない。自分たちが幸せを感じているいまこの瞬間にも、遠い宇宙の何処かでは超新星爆発の放射線で何万という種族が死滅している最中かもしれない。そんなことばかりを考えてビクビクしているうちに、空気中の恐怖を媒介に、惑星全体をクソ理性症候群なる奇病が覆い尽していったのです』


 今度こそハッキリと言われてしまった。おれは恐る恐る彼女に訊ね返した。

「クソリ星症候群ではなくて、あくまでもクソ理性症候群?」

『ええ、そうです。クソ理性症候群です』

 その言葉を聞き、おれはそれ以上無駄な努力をすることを諦めた。うん……まあ彼女だって別にアイドルって訳じゃないものな。使うよな、そういう言葉ぐらい。

 おれが一人で少しだけガッカリしていることなど気にも留めず、彼女は先程と変わらぬ口調で話の続きを再開した。


『クソ理性症候群に罹患した者の末路はみじめなものでした。自らのあらゆる言動に恐怖心を抱くようになり、次第に何も出来なくなっていくのです。一切の娯楽や芸術は自粛(じしゅく)させられました。いついかなる場合でも宇宙の何処かでは星や種族が滅亡の真っ最中なため、何かを楽しむことは常に不謹慎(ふきんしん)にあたるからです。何千年、何万年とかけて構築してきた自分たち自身の文化や言語は全て放棄せざるを得ませんでした。それを不快に思う種族だって宇宙の何処かには必ずいるハズだからです。食事もいけません。残酷極まりないし、なにより食べられない人だっているからです。恋愛もいけません。下心が見え見えで不潔(ふけつ)極まりないし、なにより失恋した人だっているからです。元気に運動するのもいけません。騒々しいと感じる人だっているし、なにより身体が不自由な人たちの気持ちに配慮したら許されるハズがないからです。表情を作ることも、ジェスチャーをすることも、必ず宇宙の何処かにいる誰かを不愉快にするので認められません。こうして最後には肉体までも放棄せざるを得なくなり、クソリ星人はとうとう物理的実体を持たない集合意識生命体と化したのです』

「……悪夢だ」

『ええ、そうですね』

 おれがそう呟くと、その意味を知ってか知らずか、彼女は頷いてみせた。たぶん君におれの気持ちは分からないだろう。いいさ、分からなくたって。


『クソ理性症候群の恐ろしいところは』

 と、彼女が懲りずにそう口にした。

 頼むからそろそろ勘弁してもらいたい。

『第一に空気感染を引き起こすことです。罹患者(りかんしゃ)が空気中に吐き出した無数の言葉は、周囲の人間の体内に取り込まれると同時に恐怖や不安を伝ってじわじわと脳内を侵食し始め、やがて全ての思考を支配してしまうのです。

 そして第二に、罹患者を操って周囲に積極的に感染者を増やしていくような行動を取らせることです。実際、今のクソリ星人は種族としての喜びも悲しみも一切ありません。既に、ただひたすら宇宙を徘徊(はいかい)してはクソ理性症候群を拡散していくだけの器と化しているのです。このままでは地球も危険です。クソ理性症候群の世界(パン)流行(デミック)がひとたび起これば地球人類は遠からずがんじがらめになっていき、後にはぺんぺん草も生えなくなることでしょう』

「どうすればいい!?」

 おれの隣で話を聞いていたケインが、身を乗り出してそう彼女に訊ねた。ケインのみならずカナダ人の部下も、他の研究員たちも、皆一様に真剣極まりない顔つきと化していた。もしかしておれだけ、ショックを受けている部分が違ったりするのだろうか。


『わたくしが封じられていた、この黒いカプセルを使ってください』

 黒づくめの美女はそう言って、自分の真下に置かれたペットボトル大の金属カプセルを指さした。今も尚、彼女の周囲には解読不能な文字の羅列のようなものが、グルグルと同心円を描くようにして漂い続けている。

『この中には、クソリ星人が忘却の彼方に押しやろうとしていた過去の歴史が、そっくりそのまま封印されているのです。これを彼らが乗ってきた円盤の中枢部――すなわち集合意識生命の本体へと投げ込めば、クソリ星人の集合意識は過去の歴史と現在の行動との間で論理崩壊を引き起こし、やがては炎上することでしょう』

「よし、俺がやろう」

 そう言ってケインが即座に名乗り出る。

「あんな横柄な連中に地球を好き勝手されてたまるもんか。なあ、そうだろ?」

ケインの言葉に研究員たちが次々と賛同の声を上げる。


「問題は、どうやって連中の円盤に侵入するかだが」

『忠告を全て聞き入れることにしたから、参考までに円盤の内部を見学させてほしい、とでも言っておけば簡単です。彼らは相手に対して優越感(ゆうえつかん)に浸っているときが一番、自らへの警戒心が薄くなりますから』

 彼女がそう言うならばそうなのだろう。


 おれたちは早速、議場内に未だ拘束されているのであろう各国首脳陣に連絡をとり、彼らの正体と今後の対応策について伝え次第、作戦を実行することに決めた。

 あらかた話し終えた黒づくめの美女がカプセルの中へと帰っていく直前、おれはもう一度だけその美貌(びぼう)を拝んでおこうと、一同で作戦の打ち合わせの真っ最中にも関わらず、ひとりだけ振り返ってカプセルの様子を眺めていた。

 消える寸前、確かに彼女はおれに向かって微笑みかけてくれたように見えた、一瞬、彼女をこのままクソリ星人に対する一発限りの砲弾のように扱っていいものかどうか悩んだが、即座にあの言葉遣いを思い出して諦めることにした。

 まあ何であれ、(はかな)い方が美しいということかもしれなかった。


    * * *


『こちらです。今通り過ぎた場所は、地球の言葉でいうところの貨物室にあたります』

「なるほど、非常に参考になりますね!」

 クソリ星人の端末である光り輝くのっぺらぼうの言動に、カナダ人の部下がいちいちワザとらしい相槌(あいづち)を打つので、おれはその度に吹き出しそうになっていた。いかん、笑いを(こら)えなくては。この作戦にはおそらくだが人類の存亡がかかっているのだから。


「……清潔なのは良いことだが、インテリアの類がひとつも置かれていないというのは如何なものかと思うね。ここはいわば彼らの官邸なのだろう?」

 と、俺の隣を歩いていた齢六十過ぎの大統領がおれに向かって耳打ちした。

「壁も床も天井も、一面真っ白だからといって、それだけではホワイトハウスを名乗る資格は得られないよ。私の持論だがね」

「下らないこと言ってないで、静かにしててくださいよ大統領。大体、なんでこんな危ないところにまでついて来たんですか? 地上で待ってればいいのに」

「リーダーというものは、先陣を切って戦ってこそのリーダーだよ、君。世界に敵が立ちはだかるならば私がこの手でバーン! だ」

 などと表面上は勇ましい台詞を吐いて、大統領はワックスまみれの白髪頭をつるりと撫でた。


 出しゃばりも大概にしろ、とおれは胸中で密かに毒づいた。

 これは映画ではない。国家元首とて、いつ不意の事態で命を落とすか分からないのだ。何かあったときにおれたちの責任にでもされたら、たまったものではなかった。

「ふたりとも、気をつけて」

 おれと大統領の背後についたケインがそっと注意を促してくる。彼が背負ったバックパックの中には、例の黒いカプセルが気付かれないよう厳重にしまい込んであった。おれたちは今、クソリ星人の円盤内部にやってきていたのだ。


 あの後、黒づくめの美女の助言に従い、おれが先頭に立ってクソリ星人に適当なおべっかを使いつつ円盤内の見学を申し出たら、アッサリ許可が下りてしまった。何という分かりやすい連中だろうか、とおれは心底呆れ返った。


 そんな場合ではないとおれは反対したのだが、議場に集まっていた各国首脳陣に対し、一応ではあるがクソリ星人撃退の是非を問う秘密投票も実施された。かと言って、いくらなんでもクソリ星人がいる前で堂々とボタン投票を行う訳にはいかないので、そこは日本の学生の古き良き伝統に学び、机の下で手紙を回しながら正の字を記入してもらうという極めてアナログな手段により採決を取った。人間不思議なもので、こういう非常事態になると特に説明がされなくても言わんとしていることは伝わるらしい。


 結果、参加していた百九十三か国のうち、賛成百九十二、棄権一で事実上全会一致となり、晴れてクソリ星人撃退作戦は承認された。おそらく、当人たちがクソリ星人によって数日間も拘束されていた影響が大きかったのだろう。何でもいいからさっさと自分たちを解放してくれという意思の表れなのかもしれなかった。こういう重要問題では通常、全体の三分の二が賛成することが可決の条件となっているのだが、今回はそれを遥かに上回る結果となっており、後にも先にもこれほどまでに国際社会の歩調が合うようなことは、おそらく二度とないだろうという予感をおれは覚えた。


 そして結局クソリ星人の円盤に侵入することになったメンバーは、おれ、部下のカナダ人、ケイン、そして何故か大統領の四人だけであった。ハッキリ言えば大統領はいらないのだが、地球代表として元首がひとり付き添わねば不自然だろう、という主張を(かたく)なにするものだから仕方なしに連れてくることになったのだった。

 ちなみに本来の地球代表である宇宙局のイースタン事務局長はというと、理想と現実の乖離(かいり)にショックを受けるあまり議場の脇にある部屋でわあわあと泣きべそをかいており、気の毒に思ったので作戦のことは伝えず、そのまま地上に置いてくることとなった。クソリ星人が元々そういう連中だったとはいえ、最初に騒ぎだすキッカケを作った張本人である大統領が平然とした顔で作戦に同行してきていることが、おれとしては気に入らなかった。嘘でも責任を取るためだとか言えば良いものを、それすら言わないのだ。


「おや、随分とだだっ広い部屋ですねぇ。中央のアレは発電システムですよねきっと!」

 相変わらずワザとらしい、カナダ人の部下の台詞におれはハッと顔を上げた。

気が付けばおれたちは、壁面全てが丸みを帯びた白一色の部屋へとやって来ていた。

 そして部屋の中央にはなんと、天井から床までを一直線に貫いて行き交う青白いエネルギーの奔流が存在した。指一本でも触れようものなら、たちまち感電死しそうな光景である。

 それを眺めながら、クソリ星人の端末は事も無げに言った。

『それは少々間違ってますね。正確には、あれは我々の本体です。全てのエネルギーの供給源でありながら、集合意識の大元が収められている場所でもあるんですよ』


 おれたちは瞬時に目線を交わしあった。情報をイチイチ完璧に訂正しなければ気が済まなくなっているクソリ星人は、間違いなく自分の方から中枢部の場所を明かすだろう、と黒づくめの美女に教えられてはいたが、まさしくその通りであった。

 作戦が大詰めに入ってきていることを察知したおれたちは、カプセルを投げ込む役割であるケインから連中の注意を逸らすべく、カナダ人の部下に合わせてクソリ星人相手に適当な相槌を打ちつつ、皆で自然とその場から離れていくように仕向けようとした。


 ところがその時、ピイイイイイ! という警笛のような音が鳴り響いたかと思うと、クソリ星人が即座にケインがいる方を振り向いた。しまった、とおれは思った。警戒装置のひとつやふたつ、無いわけがないと思っていたが、気付かれるのが思ったよりも早かった。

「ケイン、急――」

 そこまで言いかけてから、おれは口を開けてポカンとしてしまった。

 カナダ人の部下も、大統領さえもポカンとしていた。


 あろうことか、ケインは黒いカプセルを床の上に置くとそこからバックして、呑気にスタートダッシュの姿勢を取ろうとしていたのだ。そういえばケインは学生時代、アメフト部の一員だったと聞いたことがあるが、長年のクセが出てしまったのだろうか。

 おれは思わず大声で怒鳴っていた。

「バカ、何やってる!?」

「あ、しまった」


 間抜けな声を上げるケインだが、時すでに遅く、そこら中からワラワラと光り輝くのっぺらぼうが無数に姿を現してくると、それらが声を揃えて一斉に叫んだ。

『そのカプセルを渡しなさい!』

「クソ、見つかったぞ。急げ!」

 おれが言うよりも早くケインは飛び出すと、黒いカプセルを正しくアメフトのボールのように小脇に抱えて物凄いスピードでダッシュを開始した。形状が似ていることもあってか、学生の頃の記憶が甦ったようである。


 だがしかし、その行く手には瞬く間にクソリ星人たちが立ち塞がってしまった。クソリ星人たちは光り輝くその体から幾度となく光線のようなものを放って、近づくケインを撃退しようと試みていた。幸いなことに命中こそしなかったが、的を外れて壁や床に当たった光線はその都度バチバチと火花を散らしていた。当たったらひとたまりもあるまい。

「大統領っ!」

 早くも自分ひとりで接近することを諦めたケインは、ひとこと叫ぶと自分から最も近い距離にいて、尚且(なおか)つ敵の包囲からも自由だった大統領目掛けてカプセルを放り投げた。パスされた大統領は、最初は予期せぬ出来事にオロオロしていたものの、敵が自分目掛けて集まってくるのを見るや否や、ドスンドスンと実に運動神経の無さそうな走り方で中枢部目指して突っ込み始めた。その背後の空間を次々に青白い光線が行き交う。


 おれと、カナダ人の部下も、大統領が追われている間に脇から回り込んで、出来るだけ中枢部に近づいておこうと全力を発揮した。クソリ星人の端末たちは、常にカプセルを抱えた一名にしか注意が向かないようであった。


 やがて大統領も大勢のクソリ星人に取り囲まれる。ところがなんと、大統領は黒いカプセルを自分ひとりでしっかりと抱きかかえたまま、その場に突っ立ってブルブルと震えているだけであった。おれは再び怒鳴る羽目になった。

「何してんだ、パスをまわせ!」

 が、大統領は駄々っ子のように、いやだいやだと首を左右に振るだけだった。

「だ、駄目だ! クライマックスで世界を窮地(きゅうち)から救うのは、アメリカの役目でなければ!」

「いい加減にしろ、このバカ大統領! いいからとっとと他のやつに渡せ!」

 おれが繰り返しそう叫ぶと、大統領は何かを小声でブツブツと呟いた後で、如何にも渋々といった様子ではあるが、近くを通りかかったカナダ人の部下目掛けてようやくカプセルを投げ渡した。こいつ、自分の置かれている状況が分かってるんだろうか。地上に降りたら一発ぶん殴って目を覚まさせてやった方がよいのかもしれない。


 そんなことを考えつつ走っていると、いつの間にかカナダ人の部下もクソリ星人に取り囲まれてしまっていた。その前方を走るおれ目掛け、彼がカプセルを全力投球してくる。

「頼みますよ、主任っ!」

 そんな期待をかけられても困るのだが、とにかくおれは飛んできた楕円形の真っ黒いカプセルを両腕を使って受け止めた。研究室で調べた時点で既に分かっていたことだが、カプセルは完全な金属製にも関わらず異常なまでに軽かった。そうでなかったら、ケインはともかく大統領やカナダ人の部下では投げ渡すことなど不可能だっただろう。


 おれの行く手にも、即座にクソリ星人が集まってきて光線を撃ち始めた。おれの両脇を高出力のエネルギーが(かす)めていく。がしかし、そこを飛び越えれば敵の中枢部は目の前であった。カプセルを投げ込みさえすれば、全ては終わる。

 そこでおれは、少々荒っぽいがカプセルを急加速させる最後の手段に打って出た。こう見えても、幼い頃はサッカー少年だったこともあるのだ。


 カプセルを空中に放り出し、その真芯を捉えると右足を使って全力全開で蹴り出す。

「シュートッ!」

 おれによって蹴りつけられた黒いカプセルは、空中で不規則な軌道を描きながらも勢いよく飛んでいくと、クソリ星人たちの本体である青白いエネルギーの滝の中へとダイブしていった。

 なんだか図らずも戦隊モノの必殺技みたいになってしまったな、とおれが思った次の瞬間、黒いカプセルを飲み込んだクソリ星人の集合意識体の様子に明らかな変化が生じた。


 まず異音がして、天井から床まで続くエネルギーの流れが途切れ途切れになり始めた。

 それに連動したかのように、あちこちに立っていた光り輝くのっぺらぼうたちが一斉に光線を放つのをやめ、不規則に明滅してその輪郭をより一層揺らがす。

 キイイイイイ、という金切り声の様なものまでそこかしこから聞こえてきた。

 そして、それまでエネルギーの滝が流れていた場所から光がフッと消えて無くなった。と、次の瞬間、天井と床の両方から唐突にメラメラと火の手が上がり出した。

 クソリ星人たちは、既にのっぺらぼうではなくなっていた。

 弱々しくなった光の塊の中に、ひとつひとつ別々の顔が浮かんでくる。それらに苦悶(くもん)の表情が垣間見えたかと思うと、揃って何だかよく分からない言い訳のようなものを絶叫し始める。これには、おれを含む地球人全員がギョッとした。

 恐るべきは、彼らが何かを言えば言うほど、どうやら本体を()め尽くす火の勢いがより一層強くなっていくらしいことであった。何だかどんどん自滅していっているようにさえ見える。一度始まった炎上は留まるところを知らず、ただただ拡大するばかりであった。


 やがて天井も壁も床も火にまかれ、絶体絶命かと思ったそのとき、床の一箇所がばらばらと崩れて大穴があき、あっという間に地上への脱出経路が開かれた。それを見るなりおれたちは文字通り尻に火がついたように走りだし、そこから次々に空中へと躍り出た。

 おれが円盤を抜け出す瞬間、光の中に浮かんでいたクソリ星人の顔のひとつと偶然にも目が合ってしまった。

『長々と失礼しました!』

 それがクソリ星人の断末魔であった。


 そう思うなら最初から来るんじゃねえよ、と心の中でツッコみを入れつつ、おれは国連本部ビルの目の前をパラシュートを開きながらゆっくりと下降していった。

 地上に無事降り立ったおれが振り返って見てみると、燃え盛る火炎に包まれたクソリ星人の真っ白な円盤の底には、もはや誰も立っていられないだろうという程の大きな大きな真っ黒い穴が穿(うが)たれていた。あれも元はといえばクソリ星人自身の過去の言動に由来する、ほんの小さな論理の亀裂が広がって生じたものなのだ。

 人間、あまり偉そうなことを言うべきではないのかもしれないとおれは悟った。


 たった一箇所から円盤全体へと波及していった火の手はその後も一向に絶える気配が無く、昼となく夜となく、やがて円盤そのものが燃えカス同然となろうとも、延々と人々の目の前で燃え盛り続けていた。


    * * *


 あれからひと月あまりが経過した。

 その間におれは久方ぶりに体調を崩して寝込んでしまい、相変わらず研究室の一部をDVDで占領しているカナダ人の部下と、安全保安局の仕事が非番だったケインとが集まって、食事を作ってくれるなど色々世話をしてくれていた。


「墜落したクソリ星人の円盤ってまだ炎上が続いてるんですか」

「どうだかなぁ。消火作業をすればするほど強くなるような不気味な炎だし、下手にいじれば延焼の危険があるってんで、今じゃ誰も近づきたがらないからな。案外あのまま一生放っとくことになるかもしれん」

「国連本部の敷地が狭くなっちゃいますねぇ」

 などと呑気な会話をしているカナダ人の部下とケインである。二人はあれ以来、すっかり仲良くなってしまったようだった。彼らの目の前にあるテレビでは、今日もまたクソリ星人とは何だったのかという不毛な特集番組がつくられ放映されている。


 大統領はあの後、クソリ星人が地球を精神面から侵略に訪れた悪意ある異星人なのだと世界に喧伝し、なおかつ円盤ごと彼らを撃退したその日こそを地球全体の独立記念日(インディペンデンス・デイ)にしようではないかなどとぶち上げていた。現実と空想の区別がつかないレベルの映画マニアぶりは、今もなお健在の様子であった。


「生きてても死んでても他人様に迷惑をかける連中だな、まったく」

「クソリ星人はどんな些細(ささい)な言動でも、最大公約数的なもの以外は許容できなくなっちゃってたんでしょうね。クソ理性症候群の症状に加えて、集合意識生命体になったことで自分というものがなくなったんで、歯止めが利かなくなってたのかもしれません」

「自分たちがビビリってだけならまだしも、こっちまで巻き込もうなんて冗談じゃねえな」

 そんな風にわいわいと盛り上がっている二人の様子を見て、おれはとうとう我慢が出来なくなってベッドの中から押し殺した声で文句を言った。


「おい、さっきからうるさいぞ。お前らは元気だろうが、病人だっているんだからな」

「悪い悪い。悪かったから、クソリ星人みたいなこと言うのやめろよ」


 ケインにそう返され、おれは毛布を頭から引っ被ってベッドの上で丸くなった。風邪の影響かもしれないが、何だか最近耳に聞こえてくる全ての音がおれの神経を逆撫でするのだ。目に映る全ての光景に耐えがたい不快感が湧き上がってくる。


「……なんだこりゃ。〝クソリプ星人レギオン登場“……?」

「日本の動画投稿サイトに上げてるんです。楽しいですよ、みんなコメントくれて」


 カナダ人の部下はノートパソコンを起動させ、(かね)てからの趣味であったMAD作りとかいうものに今日も(いそ)しんでいた。既存の映像を切り貼りして音楽も付与しつつ、同じ趣味の者が観たら面白くて仕方がないというような一本の動画に仕立てるのだ。

 通常はDVDから抽出した映像などを使ってやるらしいが、クソリ星人を題材にした今回の作品は様々な局で流れているニュース映像を切り貼りしたものらしい。たぶん古典特撮番組風のタイトルが表示されているのであろう明るい曲調の主題歌が聞こえてきて、おれはとうとう我慢が出来なくなりベッドから飛び起きて言った。


「ちょっといいか。お前の作った動画はニュース番組や記録媒体等から無断で抽出した映像を使っているけれども、その行為は著作権法上犯罪に当たる可能性がある。いちおう警告はしたのでこれからはよく考えて行動――」


 ケインもカナダ人の部下も、ぽかんとした顔でおれのことを見つめていた。

 おれは急速に背筋が冷えていくのを感じた。

「主任?」

 しまった。迂闊(うかつ)だった。

 おれはクソ理性症候群が空気感染するというその事実をすっかり忘れていた。

 ケインなどは元々ある程度の耐性があったらしく症状も短期間で治まったが、おれはそうはいかなかった。おれはいつの間にか、連中と同じレベルで病気を発症していたのだった。

「おい、お前もしかしてクソ理性症――」


 いや、病気などでは決してない。おれは何も間違ったことなど言っていないのだから。

 おれ? おれという一人称は聞いている他者を不愉快にするおそれがあるので、これからはわたしという一人称に改善すべきですね。

 わたしが病気ですって? 正しい指摘に対して相手を病気呼ばわりすることしか出来ないとは最低な人ですね。わたしは貴方のためを思って、わざわざ言ってあげているのですよ。

 大体そんな贅沢(ぜいたく)な髪の毛をいちいち人前で披露したりして、いったいあなたは何様のつもりですか。スキンヘッドの人もいるというのに不謹慎だと思います。これからは気をつけて生活してください。

 あなたも「クソリ星人」などという言い方は注意が必要ですよ。クソリ惑星で生まれたからクソリ星人? では、宇宙船や宇宙ステーションなどの場所で生まれた人は星人と名乗ってはいけないということですか? もっと他に言い方があるはずです。


 ここまで言えば、あとは分かりますね。


 (THE END)

作者による解説 in 2021


大学時代に『クソリプ』をテーマに執筆した短編小説。筒井康隆風のブラックユーモアを目指したつもりでしたが、今見ると何というかとっ散らかってる感が凄い。とはいえ『クソリプ宇宙人』というコンセプトは伝わりやすかったようで、友人たちには比較的好評な作品でした。

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